ペールへのお詫びと長話
鍛冶屋『ローレンツ』を出て、そのまま急ぎ足で『ペール』を目指す。すでに4鐘が鳴り、約束の時間も近づいていた。
「こんにちは。ペールさん、いますか?」
「なんじゃ、おう、トーヤじゃねーか。今日はどうした?」
戸の先にいたペールは陽も高いのに酒をあおっていた。
「いえ、お借りしていた上級治療薬の代金を支払いに来ました。
実は、この間の蒼いゴーレムとの戦いの負傷者のために上級治療薬を一本お借りしていたんです。支払に戻る途中で当のゴーレムに襲われて長いこと自宅療養することになりまして、こうして代金を支払うのが遅れてしまいました。
無断でお借りした上に、支払いが遅れてしまい申し訳ありませんでした。」
当夜が深々と頭を下げる。当のペールはその光景に呆気に取られる。やがて、我に返ったペールは何がおかしいのか笑い出す。
「ハッハッハッ。なんだ。そんなことか。律儀な奴じゃな。そうだったな。災害の件は聞いているぞ。まさか、お前まで巻き込まれているとはな。代金の件は気にするな。教会の者が来ていたなら、ワシとてくれてやったわい。」
手招きするペールは獲物、話し相手を見つけてかなりの上機嫌だ。
「ありがとうございます。ですが、僕の評価が上がっているだけで、ここの評価につながっていないんです。ですから、きちんと清算させてください。」
実際には国の要請を受けたギルドによって情報統制がなされて当夜の功績もまた広められていない。だが、この事件の中心にいた者たちの記憶には強く残っている。その者たちの評価は間違いなく当夜に向けられている。それを受け取るには少なくともペールに代金を受け取ってもらう必要があると当夜は決めている。
「いらん! と言っても聞きそうにないな。
いいか。それは物に対しての感謝ではない。行為に対しての感謝だ。お前の行為に対しての、な。」
「ですが...」
「わかった、わかった。半分の2,600シースを貰おう。後の半分はお前がワシに感謝すれば良い。そうして、これからもここを贔屓にしろ。売りだけじゃなく、買取りもやっているからな。それで、いいじゃろ。」
(まったく。こいつは、ずいぶん頭が固そうだのう。ハー坊と足して二つに分ければ良い感じなのじゃが。そう言えば、あいつはトーヤにずいぶん入れ込んどったな。)
偏屈爺さんは口ではぶっきらぼうに言っているが、その顔を見ればずいぶんと機嫌の良いことがまるわかりである。
「そうですか。こちらばかりが得している気がしますけど。ありがとうございます。」
「折角じゃ。ちょっと酒でも飲んでいくか? いや、お前に酒はまずいか。まぁ、ともかくちょっと話に付き合え!」
孫が遊びに来たおじいちゃんのように機嫌が良くなるペールは、当夜の返事も待たずに奥に行くと酒を数本出して戻ってくる。
(ん~。待ち合わせの7の鐘までまだあるし、ここですぐに帰るのも失礼だよな。6の鐘まではお相手させてもらいますか。)
「わかりました。でも、6の鐘までですよ。待ち合わせがありますから。」
「よし来た! ほれ、こっちに来い。」
ペールは、早速コップを2つ用意してカウンター横のテーブル(あの日、二人が力尽きていた席である)に大きく陣取り、トーヤに大きく手まねきをしている。その姿は夜の遊び場で中央に陣取り、お気に入りの女の子を呼び寄せるおっさんの姿に重なった。
そもそも、このペールという人物、今は白髪交じりの72歳の痩せた老人であるが、若かりし頃は、やり手の冒険者として名を馳せ、ギルドマスターのギルスと当時のクラレスのギルドで双璧を成した人物である。その頃から、冒険者仲間と酒を喰らい、女遊びに興じる典型的な自由人であった。そして、その生活は、怪我で冒険者を引退してからも続いていた。だが、彼を心配する人たちの言葉を軽んじて遠ざけ、彼の発展の無い過去の栄光、自慢話ばかりが続けば傍に残る人も自然と減ってくる。羽振りが悪くなればそれ目当ての人も離れていく。そしてついに、その相手を客に求めるようになった。おかげでどんなに品ぞろえが良くともお店は閑古鳥状態である。
今日はそんな中で珍しいことに生贄が捧げられたのであった。
当夜は、カウンターに遅延料を含めて小銀貨3枚を置くと、指名席に腰をかける。
「そう、あれはワシが17の時じゃった。まだまだ、駆け出しのワシはギルド登録の初日から第9戦級の討伐依頼に挑戦したんじゃ。相手はテームウルフじゃった。ワシの剣のセンスは当時、街の中でも随一であった。」
彼の話はおおよそ事実ではある。だが、その当時は完全に返り討ちに遭い九死に一生を得て帰ってきた。その経験が彼をより強くしたとも言える。
「へ~。」
(これは長い話になりそうだなぁ。6の鐘が鳴ったらとにかく退散しないと。)
当夜は水をちびちびと飲みながら相槌を打つ。
グビッ ゴクゴク
「プハー!当然、ワシが剣を振れば女の子の黄色い歓声がそこらじゅうで響いたもんじゃ。
(以下、省略)。」
話も快活に進んでいるが、お酒の消費も実に好調だった。
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5の鐘が鳴った。
「聞いているのか! トーヤ!
そうだ。ほら、酒を注げっ!
お~、おう。いいぞ。よし!
あ~。どこまで話したっけな。あー、そうだ。あれだ。
ギルスの奴が俺の倒した奴を横取りしやがったんだ。あれは許せん! そう思うよな、トーヤ!」
「ほんと。大変でしたね。」
(ふ~。僕も今、大変なんだけどね。って、そもそもさっきの話からするに、ギルスさんのパーティの戦闘に勝手に乱入して弱っていた獲物に止めを刺しただけじゃん。そりゃ、ギルスさん、怒るよ。しかも、ギルスさんのパーティの女性メンバーに色目使うためとか駄目すぎでしょ。ほんとに早く終わんないかな。)
だが、当夜の希望とは裏腹に、一般の冒険者には見られない傾聴姿勢を取る当夜の態度はペールの長話の呼び水となるだけだった。この時には、ペールは出会うことの叶わなかった子供や孫という存在に当夜を重ねるまでに至っていた。
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クラレスに6鐘が響き渡る。ついでに、ペールのすすり泣きも部屋に響く。
「なぁ、トーヤ...
オメーはわかるか。惚れた女があんな男に取られるなんてよぉ。おかしいだろ。どうしてなんだよ。あの女は確かに俺に気があった。きっと、ギルスの奴が裏で手を回しやがったんだ。そう思うだろ。なぁ。」
どうやらペールの想い人はギルスの奥様となった女性のようだ。ギルスとも面識のある当夜から見るとペールの勘違いであり、彼女の選択は誤りでは無かったと思えてしまう。
「ペールさん。僕も約束があるから帰らないと。ほら、だいぶ飲んだよ。そろそろ体を労わってあげよう。」
(あ~。面倒くせー。酒くせー。もう6の鐘が鳴っちゃったよ。早く切り上げないと。よし! 注ぐペースを上げよう。ハービットさん、あの時は本当にすみませんでした!)
当夜はペールのコップになみなみと酒を足す。
「良いんだよ。そんな約束。ワシの話を聞けねーってか! これだから、最近の若ぇ者は。人の付き合い方をわかってねー。そんなことより、さっきの話だが。
(以下、省略)」
言葉と全く逆の行動を取り出す当夜とまったく終わりの見えない長話を続けるペールの二人の攻防が過熱する。
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「う、うおぇ。すまん、すまんのう。こんな長くまで引き止めて。おぇっ!
のう、もう少し傍にいておくれ。まだ、大丈夫じゃって。これからが良い話なんじゃ。うっぷ。」
背中をさすりながら当夜はほくそ笑む。ついに戦況は最終局面を迎えたのだ。ここで勝負は決まる。当夜はそう思っていたに違いない。
「これ以上は無理だよ、おじいちゃん。予定時間をだいぶ押しっちゃったし。ごめんね。こんなに苦しい思いをさせちゃうなんて。僕はもう来ない方が良いよね。」
当夜はわざとらしく孫のような子供らしい振る舞いを見せる。
「うっぷ。いやいや。なんでそうなるんじゃ。お前は何も悪く無いぞ。また、来てくれていいんじゃ。」
顔色を悪くしながらもペールはすがるように当夜の肩に手を当てる。
「そうはいかないよ。僕が来るたびにこんなになるまで悪酒飲ませていたんじゃ、いつか体壊しちゃうもん。おじいちゃんのことを思うとやっぱり来ちゃ駄目な気がする。ごめんね。」
「ま、待ってくれ! お前は、トーヤ坊は、悪くない。ワシが悪かったんじゃ。ワシを一人にしないでくれ!お願いじゃ。」
とうとう当夜の呼び名も変わったペールは土下座を決め込む。
「うん。じゃあ、きちんと断酒できたらまた来るね。今日はしっかり反省するように。またね、おじいちゃん。」
当夜は来るときと同じように足早に店内から出ていった。カウンター横のテーブルには決意の目を浮かべるペールの姿があった。
(やばい、たぶん、あと15分と無いや。間に合うかな。まったく、もう!
あれ? そう言えば、僕はここに何しに来たんだっけ?)
家路を急ぐ当夜は、感謝と謝罪のために来たはずのペールの店を振り返ると首を傾げる。
ハービット「よう!トーヤ。元気そうで何よりだぞ。」
当夜「あ、ハービットさん。あの時はお世話になりました。本当にハービットさんが(酔っぱらいの対応が)凄い人だってわかりましたよ。」
ハービット「そうかい、そうかい。いやー、俺も1級として恥じない(蒼いフレイムゴーレムとの)戦いぶりが見せれて良かったよ。」
当夜「また、次の(ペールさんとの)戦いも期待しています!」
ハービット「まぁ、今すぐはご遠慮願いたいが、次は(蒼いフレイムゴーレムに)負けねーぞ」
勘違いは進んでいく。このときのハービットは知らない。長期にわたる断酒により覚醒したペールが彼を待ち受けていることを。
2017/07/31更新




