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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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未報告の結末

 謹慎3日目もようやく終わりを告げ、当夜は朝食時間より長いライラのお小言を消化してようやく家を出たのだった。


「ライラさん、心配し過ぎなんだよ。まったく。これはもう二度と危ない橋を渡らないように注意しないと、小言で二度と玄関を跨げなくなるな。気を付けよう。」


 黒塗りの門を抜けて、最初に当夜が向かったのは鍛冶屋ローレンツであった。久しぶりの異世界の街並みに足でリズムを刻みながら軽やかに道を急ぐ。レンガ造りの小屋、白い煙を上げている煙突、槌と剣が交差する看板、小さく設けられた簡素な木の引戸、そのどれもがやけに懐かしく覚える。


「おはようございます! レゾールさ~ん、いますか?」


「おう! おはよう! ずいぶんと来るのが遅かったな。」


 叩かれた戸が大きく開かれる。小太りのドワーフが胸を張って出迎える。まぁ、鍛え上げられた胸筋もその豪勢なひげが覆い隠しているので当夜にはその意図は全く伝わっていない。


「すみません。いろいろと巻き込まれてしまいまして。これでも急いできたんですよ。」


 本当にやるべきことはいっぱいだ。復帰のあいさつ回りに、絶賛遅延している支払いに、助けてくれた美人すぎる騎士様へのお礼、やるべきことが山積している。正直、細かくあげればキリが無くなってしまう。


「わーってる。何たってギルドで噂のルーキーだからな。」


 軒先まで出てきたレゾールが勢いよく当夜の腰を叩く。レゾールの固く鍛え上げられた手のひらと日々鋼を叩き上げる強靭な腕が繰り出したその衝撃は当夜の軽くはないはずの体を容易く店の中へ送り込む。


「うわさ? 噂って何ですか?」


 腰を擦りながら当夜が問う。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「ん? ギルドに顔を出していないのか。なら、早いとこ行った方が良いぞ。早くしないと罰金ものだぞ。」


 その表情は至って真面目だ。どうやら当夜を驚かせようと言った冗談ではないようだ。


「ええっ!? どう言うことですか?」


「まぁ、罰金かどうかはともかく、依頼の完了後はすぐに報告しないとペナルティものだ。といっても教会とギルドを救った英雄だからな、そうそうこじれることではないだろうがな。ただ、話が錯綜しちまったみたいでペール爺の長すぎる話に寝込んじまっているってことになっているぞ。お前、依頼完了の報告をしていないだろ。」


「んん? あ...、ああ! そう言えば、報告するのを忘れていました!

 ごめんなさい、レゾールさん。先にギルドに報告してきます。」


「おう。急げ、急げ。次から気を付けろよ!」


 レゾールの言葉を聞き終わる前に入り口から出ると、ギルド目指してまっしぐらに当夜は駆け出した。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ギルドの入り口をくぐり、早足で受付にまっすぐ進む。途中、当夜に気づいたほかの冒険者がひそひそと内輪で噂していた。


「おい、あれが噂の新人だぞ。」

「ああ、何でもペールの爺さんに...。」

「3日も完了報告しなかったらしいぞ。」

「...つい昨日まで起き上がれなかったらしいよ。」

「ギルドマスターのお叱りだな。」

「だが、嘘か真か、災害級に追いかけられたとか。」

「俺が聞いた話じゃ...」

「まじかよ、ハービットさんが...」

「いやいや、フィルネール様まで...」


 呆れる者、勘ぐる者、嘲る者、持て囃す者と、誰もが当夜に好奇の目線を向けていた。


 受付に辿り着くと、そこにはテリスールが笑顔で出迎えてくれた。だだし、漫画のワンシーンであれば、背後にはカタカナで‘ゴゴゴゴッ!’とか‘ビキビキ’とか効果音が付いていただろうけれども。


「おはようございます。トーヤさん。さぁ、こちらに来てもらいましょうか。」


 テリスールの言葉がやけに機械じみている。まるで感情を押し殺しているかのようだ。


「...はい。ごめんなさい。」


 案内されたのは一階受付の裏部屋だった。冒険者たちに言わせれば通称、お仕置き部屋である。


「はぁ。これで良し、と。では、トーヤさん。」


 戸に鍵をかけて振り返ったテリスールは当夜の顔を厳しい表情でみつめる。


「は、はい!」

(ゴクリッ)


 2人だけの空間が静まる。


「し、心配しましたよ。元気でいてくれて良かった。

 まったく、無事なら無事と連絡をください。あんなことがあって3日も顔を見せてくれないとなればいくら信頼ある人たちが状況報告してくれても私たちは不安になります。」 


 当夜が寝込み、謹慎を申しつけられた間、ライラが毎日のように状況報告をしていた。と言うのも初日にギルドはライラに5日間の猶予を与えてその間は状況報告を欠かさないことと必ず最終日には当夜を連れてくるように言い渡したからだ。だが、その日のうちにギルドにはクラレスレシア国王から親書によって【蒼炎柱の巨像の侵攻】の情報統制に加えてその当夜を縛る制限を取り払うように依頼があったのだ。おかげでギルドは1級パーティ【逆巻く風】から得ていた事件の詳細を開示できず、当夜にあらぬ噂を付与することになった。


「ごめんなさい。

 はぁ。てっきり、ペールさんの依頼の件で報告が遅れているから怒られるのかと思いました。」


 安心した当夜は恥じ入るように笑う。


「そんなことはどうでも良いの。だって、トーヤ君の報告が遅れる原因になった、いえ、命の危機をもたらしたあの災害、【蒼炎柱の巨像の侵攻】は私たちギルドの、ううん、私のせいでもあるんだよ。」


 おどけた当夜の両肩を掴んで痛い位に力を込めるテリスールの目は真剣だ。それもそのはずだ。今では【蒼炎柱の巨像】とまで怖れられた、かのフレイムゴーレムの力量を決定したのはギルドの総意であって見誤ったのは確かにギルドの失態ではあるのだが、その依頼を冒険者に直接出したのはテリスール本人だったのだから。


「そんなことはないと思いますけど...」


 この世界をなめていた、それが今回のすべてだと当夜は認識している。死の恐怖は後からずいぶんと重たくのしかかってきたがそれを他人のせいにするほど弱くないつもりだ。


「ええっと。落ち着いて聞いてください。ギルドは件のフレイムゴーレムの合同討伐依頼を出す前にいくつか不自然なところを指摘されていたのです。火山地帯でもないのにフレイムゴーレムが出現するなんておかしいし、大きさもきわめて小さい個体でもありました。漏れ出る炎に青みがかかっていたといった今回の危険性を示す報告さえありました。ほかにもいくつかありますが...

つまり、こちらがもっと綿密な調査や情報整理をしていれば避けられたかもしれない悲劇なのです。私があのような依頼を出さなければ、きっとトーヤ君はあんな目に遭わずに済んだのです。」


 普通、下位の冒険者は少しでも多くの生活費を得ようとギルドの手落ちを見つければ怒鳴り込んでくる。品の良い冒険者でも何らかの優遇措置を求めてくる。だが、当夜にその様子は認められない。思わず、自らに不利となるような言い回しを使ってしまう。


「そうだったんですか。」

(って言われてもどう反応したものやら。大変な仕事ですよねって慰めた方が良いのかな。)


 淡々とした当夜の態度がテリスールには恐ろしく映る。ギルド職員としてその勤めを果たすとき彼はどのように受け取り、そしてどのような無理難題を突き付けてくるのか。


「トーヤさん、貴方は今回のギルドの不手際の被害者であり、治療薬の提供やゴーレムの足止めといったこの不始末の火消し役にもなってくださいました。ギルドとして本当に感謝しています。

 そして、ここからは私の厚かましいお願いです。今回の件はギルドの威信を根底から揺るがす失態です。ですが、ギルドが揺らぐことはこの国にとって大きな損失に繋がります。ですから、今回のことを騒ぎ立て無いでいただきたいのです。代わりに私のすべてを差し上げます。この場で殺していただいても構いません。ですから...」


 そう言いながら、いつでも胸に短剣を突き立てることができるように整えるテリスール。当夜にとっては唐突過ぎる話だ。だが、彼女は多くの人々の生命と財産を奪ってしまったという責任を背負い込んでいる。その自ら積み上げた罪を裁かれることを彼女は望んでいた。


「ちょっ、ちょっと待って! まったく気にして無いから! すぐに剣を収めて!」


 当夜はテリスールの構えた短剣に飛びつく。誤って彼女の体を傷つけないように刀身を掴む。


「あっ」


 赤い雫が柄を通してテリスールの手を濡らす。思わず短剣を手放すテリスール。


(い、痛いっ、けどこれで一先ずは安心かな。)

「はぁ。そもそもテリスールさんの命を奪っても僕に良いことなんてないですよ。そんなことしたら、僕がテリスールさんのファンに殺されてしまいます。」


 涙を浮かべて当夜の手を見つめるテリスールに当夜は少しでも心配かけまいと冗談を言って余裕を見せる。


「―――そんなことは無いと思いますけど...」


 テリスールは弱弱しく笑って応える。当夜の配慮に気づいたようだ。


「“いかなる者にも公平なる慈しみと祝福を授けし心温かき者よ、我に応えよ”

“傷つきし哀れなる者たちの失い流れた血肉をその肉体を構成する組織の分化を以

て補い給え、そのための礎として我がマナを捧げます”

 【癒しの風】」


 テリスールは瞑目すると早口で魔法を発動する。その力は当夜の傷ついた手を包む。思ったよりも浅い切り傷は跡形もなく塞がる。


「―――これで一先ずは大丈夫だね。ごめんなさい、トーヤ君。私のせいで...」


 テリスールは伏し目がちに消え入るような声で謝る。


「とんでもない。勝手に僕が怪我しただけですし。それを治していただけてありがたいです。

 さっきの話ですけど、本当に僕は気にしていませんから。あっ、そうだ。だったらこの怪我の治療がその謝罪ってことで良いじゃないですか。

だけど、テリスールさんは何でそんなにギルドに入れ込んでいるんですか?」


 当夜は大きく首を振る。そして、話題を少しでも変えたほうが良いと当夜は判断した。


「それは...

それは、私が人と魔人との混血だからです。このギルドの方々は、私が魔人との混血であることを知っていながら雇ってくれます。普通、魔族に連なるものは見つけ次第殺して構わないことになっています。ですが、ここの人たちは幼少のころに迫害されていた私と母を助けてくれて、今なお信じて守ってくれているのです。だから、少しでも恩返しができれば、私は幸せなのです。」


 涙ながらにテリスールが語る重たい話に若干たじろぎながらも当夜は反論する。


「だけど。だけどさ、テリスールさん。貴女の半分が魔人の血だったとしても、もう半分は人間なんだよ。僕は、そこまで血縁に囚われた世界に住んでいなかったから簡単に言うべきでは無いのかもしれない。だけど、貴女を見ていて思うことは、心は貴女の言う【人】そのものだということ。人の本質は心の在り様なんだと思います。だから、そんなに自分を貶めないでください。」

(ほんと、この世界の人たちは真っ直ぐで正直なんだね。良い意味でも悪い意味でも。っていうかこんな台詞、僕のガラじゃないし。)


 ゴーダのように浅ましい者には厳しく、テリスールのような誠実な者に優しい世界。それが当夜のクラレスの住民に抱く印象である。


「トーヤさん、―――ありがとう。」

(うぅ、トーヤ君って本当に15歳なの? 危なく抱きしめちゃうところだったよ。

うん? 抱きしめるくらいなら大丈夫かな?)


 当夜は自ら発した言葉に歯がゆい物を感じていた。一方、テリスールはそんな当夜の熱の入った言葉に心ときめいていた。


「お二人さん。良い雰囲気のところ申し訳ないが、ワシからもお詫びの言葉を述べて良いかのう?」


 いつの間にか二人の背後にいた大柄の老人がニヤニヤと笑みを浮かべながら問いかけてきた。慌てたテリスールが声の主を非難する。


「もう! 変なこと言わないでください。ギルドマスター!」

2017/07/24修正

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