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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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訪れた安息

 激痛から解放されてすでに3日目に突入していた。にもかかわらずベットには横たわる当夜の姿が残されていた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時は遡る。

 感涙のひと時に当夜が酔いしれていた時のことだった。

 フィルネールの退席と程無くして目覚めたライラに、もう大丈夫である旨を伝えた当夜であったが、そこから当夜にとって予想だにしない事態が始まった。

 突然、ライラに拳骨を落とされて説教を受けること30分ほど、彼女は笑ったり、泣いたり、怒ったりと表情を目まぐるしく変化せて当夜を案じた。このやり取りを書き綴ることは効率的では無いので省略させていただこう。決して、書くのが面倒なのでは無い。そう、ライラの名誉を守るためなのだ。ご、ごほん! 要約すると以下のとおりだ。


曰く、「生きていてくれて良かった。」

曰く、「どれだけ心配したか。」

曰く、「歯が立たない強大な相手に逃げ出さないとは何事か。」


 たったこれだけのことを伝えるのにライラは延々2時間以上喋り倒した。怪我人を相手に、だ。正直、後半はほとんど覚えていない。その後、ライラは当夜を抱きしめると、大きく肩を震わせながら嗚咽を漏らした。そう、ここまでならば当夜とて甘んじて受け入れよう。だが、これだけで終わらなかったのだ。なぜなら、その泣声にヘレナまで起きて、参戦してきたのだから。お互いがお互いに火に油を注ぐ相乗効果なのか、二人は当夜の今後の日常生活に次々と現実的で無い制限を課してきた。過保護な説教の第二幕が開けたのだった。

 ちなみにゴーダは小さく手を振って巻き込まれるのを避けるように帰っていった。


 結果として、当夜は謹慎3日までの妥協案を勝ち取ったものの、ライラの監視の下で養生をせざるを得なかった。ちなみに2人からの当初要望は謹慎1か月である。果たして何のためにこの世界にいるのかわかったものでは無い。

 もちろんその3日間を当夜とてただ寝て過ごしていたわけでは無い。前任者である光の部屋から様々な図書を引っ張り出しては読み漁っていた。どうやら、光の性格によるものなのか、討伐したモンスターについての補足が付け足された図鑑が多く残っていた。このままでは光が戦闘狂のようになってしまうので補足するが、薬草や食材、調合に関する書物もあって2日では読み切ることが難しいくらいであった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「明日からようやく動けるよ。はぁ、長かった。今回の件は骨身に沁みたし、まずは武器と防具を身につけないとならないなぁ。」


 3日連続して同じ部屋に頼るのは味気ないので、当夜は気分を変えてライトの部屋の右隣の部屋を物色することにした。この部屋の主はエレールであったのだが、当夜は知らない。

 ドアを開くと、そこにはさまざまな草や花が鉢に植えられていた。しかし、すでにほとんどが枯れてしまっていた。どうやら、主がいなくなったことで枯れてしまったようだった。他に目立つものとして机があるのみで役に立ちそうなものは無かった。


「ここは早いところライラさんに頼んできれいにしてもらった方が良いかな。それにしても、枯れた花がこんなにたくさん。もともとはきれいな部屋だったんだろうな。誰の部屋だったんだろう。

 ん? これは。」


 机の上には分厚い2冊の本が重なっていた。

 1冊は、【野草図鑑 (エレール著)】であった。中を開くと、植物体が大きな絵として書かれており、生育方法やそれぞれの細かい特徴が書き記されていた。ふと、1枚の押し葉がしおりのごとく挟まれていることに気づいた当夜は、その頁を開いた。


【世界樹】

<深き森人の聖地であるエレムバールに立つ神木。半精霊たる存在であったエルダーエルフを生み落した木の精霊の化身とされる。深き森人は、死期を悟ると世界樹に自らのマナを返還して世界に還る。現在のエレムバールのものは樹齢2700年とされている。

 葉は食用。強い治癒性を持つとともに、マナを豊富に含む。調合素材に有用。

 ()は、マナの結晶を中心核に持つ楕円形のものとも、エルダーエルフ自体がそれに該当するともされている。>


 世界樹の絵と解説が記されていた。そして、1枚の紙切れが挟まれていた。


<私は、お母様の下に還ることになるのでしょうか。出来ることならこのままライトに見送られて逝きたい。そして、この地で、この家の傍らで彼を見守っていきたい。それがあなたの意思に反することであっても。このような私をあなたは許してくれますか。>


 ところどころ、水が落ちたのであろうか、インクがにじんでうっすらと染みを作っていた。

 もう1冊は手記のようだった。


(こっちは日記か。人の日記を勝手に読むようなことはしたくないな。この2冊は光の部屋に移しておこう。)


 部屋から出ると、1階のライラから声がかかった。


「トーヤ君! お昼ごはんができたよ。降りてきて。」


「は~い。今行きます。」


 本日のお昼は、白パンとコーク貝のスープであった。ライラの方針で消化の良い白パンがこの3日間は続いている。


「ライラさん、僕だけ白パンではやっぱり申し訳ないです。明日からは黒パンでお願いしますよ。」


 当夜は知っている。このところライラは当夜の食事の世話をするばかりで一緒に食事を摂ろうとしない。それは彼女が黒パンを食べているところを当夜に見せないようにしているからだろう。当夜に余計な心配をかけさせないようにしているのだ。当夜とて大人なのだから敢えてその好意を指摘することなく受け取ってはいるが内心はやはり後ろめたいものがある。


「そんなこと気にしないで良いの。子供は子供らしく甘えなさい。」


 ライラがテーブルの向かいから体を乗り上げて食事中の当夜を上機嫌に見守っている。鼻歌がそのうち混じるのではないだろうか。


(いや、だから子供じゃないんだって。なんだかライラさんが余計に過保護になった気がするよ。)

「はぁ。では、お言葉に甘えて。」


 遠慮気味に食べる当夜を見て、ライラが満足げに笑う。


(あ~。小動物みたいで可愛い! きっと子供がいればこんな感じなのかな。はぁ、3日と言わず10日とするべきだったかしら。)


「あの~、ライラさん。二階の階段上って右手の部屋なんですけど、中で植物が枯れちゃっているので掃除してもらえますか? ほかの部屋も順次確認していきますのでその都度お願いします。」


 満面の笑みで食事の様子を見つめられる当夜はやはり食事に専念できない。美味しいはずのライラの手料理も味が判別できない。やむを得ずに会話で紛らす。


「ええ。きれいにしておくわ。」


 表情変らずライラが上機嫌で応える。


「それと、ちょっと息抜きに庭に出ますね。中にこもっていると滅入っちゃうので。」


 この状態が改善されないことを悟った当夜は共有のおかずに手を付けずに切り上げる。


「そ、そう? まだ、危ないんじゃない? 大丈夫?」

(ちょ、ちょっと、全然食べてないじゃない。ひょっとして嫌いなものでもあったのかしら?)


 当夜を心配したライラは引き留めようとするが食卓の消費具合に余計な心配を生み出す。


「心配し過ぎですよ。庭をちょっと歩くだけです。丁度、植物図鑑を手に入れたので実物と見比べてみたいんですよ。」


 ライラの顔色の変化に気づいた当夜は苦笑しながらエレールの植物図鑑を掲げる。

 庭に出る。エレールが育てていた様々な草花が庭に彩を添えていた。


(やっぱり、あの部屋はエレールさんの部屋だったのかな。)


 ふと裏庭を見ると一つの弱った小さな芽が目に留まる。なぜか当夜にはその芽の存在に惹かれて近寄った。


(なんだ? この芽、枯れそう? 折角だから日当たりのいいところに移し替えてあげるか。)


 当夜はその芽とその周りを慎重に掘り出して、日当たりの良いひらけた場所に移して、水桶から水を行き渡らせる。


 ひと段落して、腰を伸ばす。ふと、移す前の芽の在った場所を見やると光るものが落ち葉の隙間から覗いた。それは土に半分埋もれる形で控えめな色合いの裏面を上にしていたが、力強くその存在を当夜に知らせていた。


(ん? 光るものが側に落ちてる。

 こ、これって! 光がエレールさんに送ったブローチじゃん。

 あれ、でも、ここを旅立つとき胸元に輝いていたはず。どうして、)


ブローチを手に取った瞬間、当夜の頭に声が響く。


(長い間、お世話になりました。トーヤのこと、しっかり守ってあげてくださいね。新しい管理人も良い娘ですから幸せにしてあげてください。

 これで良いよね、ライト。私は先に逝っています。―――いつまでも愛しています。)


 水桶に当夜の涙が落ちる。誰に伝えたいでもなく声が響く。


「―――ありがとうございました。」

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