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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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戦いの後で

「ふむ、災害指定級と認定すべき強さですね。まさか宝剣リアージュがここまで痛むとは。」


 そう評した彼女は刃の先端が溶け爛れたレイピアを物寂し気にみつめる。しかし、彼女の声は呆然とその光景に固まる二人には届かない。それもそのはずだ。彼女は彼らの前から一瞬で消え去り、気づいたときには50mを優に駆け抜けていたのだから。彼女が駆けたその延長線上には道だけが残されている。道と言っても先ほどまで存在していなかった地面がえぐり取られてできたばかりの真新しいものだ。

 彼女がその道を緩やかに折り返してくる。


「お二人ともお怪我ありませんか?」


 誰もが見惚れる美しい顔で二人の身を案じる。年は20歳ほどか、いやこの世界の基準に則すなら25,6歳くらいか。見つめる翠玉のような瞳は、こちらの心まで見透かすような透明な眼差しを向けている。ストレートロングの金髪は、フレイムゴーレムに突撃したにも関わらず、その艶めきに一切の焼け痕も許さない。当然、装備にもその痕跡は無かったが、唯一、二本あるレイピアのうち一本が焼けただれて鞘に戻せないでいた。


(助かったぁ。死ぬかと思った。

 それにしても声は優しいのに表情は硬いなぁ。せっかくの美人さんがもったいない。どっちが本当の彼女なのやら。いやしかし、ほんとにきれいな人だな。若いエレールさんといい勝負しているんじゃないか。そんでもってめちゃ強とか、ギャップ萌え狙いかっての。)


「ああ、おかげさんで五体満足だよ。助かった。」

「———っと、僕もです。ありがとうございます。」


 当夜が益体もない思考の海に呑まれているとハービットが苦笑いを浮かべながら礼を述べる。当夜もその声に我に返り続く。


「いえいえ、1級パーティ【逆巻く風】のハービット殿、【烈風】の渾名を冠するあなたなら要らぬお節介に映ったことでしょう。ご容赦を。」


「とんでもない。所詮、個人ではまだまだ2級止まりの半端者さ。あと数手遅れていたらやばかったからな。何より貴殿の絶技を拝めただけでも幸運だったよ。」


 彼女は社交辞令のあいさつなのだろうが、実際はハービットのいう通り二人ともあと数手でお陀仏だっただろう。本当に彼女様々だ。


(えー。ハービットさんって1級パーティの冒険者だったんだ。確かにとんでもなく強かったけど。)


「そう言っていただけますと幸いです。」


 そんな会話を進めていると、後方から兵士たちが隊列を組みながら近づいてくる。その一陣から金銀の宝飾に飾られた馬にまたがった一人の男性騎士が抜きんでてくる。


「フィルネール殿! 突然どちらに行かれたかと思えば。兵士たちはともかく、守衛兵隊長の顔が青ざめていたぞ。国王様の警護を勝手に放棄してこのようなところに出向かれては困るのだ。これだから下賤の者は、拾ってやった恩も忘れおって、」


 ちょび髭を擦るその騎士は如何にも貴族様らしく馬に乗ったまま高みから高圧的な態度でののしる。


「それは申し訳ありませんでした。

 ですが見てください。これほどの被害が出ているのに守衛隊は駆けつけるのが遅すぎるのです。王宮の最奥にいる私より駆けつけるのが遅いとは情けないではありませんか。ただ、今回はそれが幸いしました。相手は災害級の強さを誇っていました。これを見なさい。」


 そう言ってフィルネールと呼ばれた女性騎士は騎乗したままの男性騎士に崩れた街並みを示し、次いで焼けただれた剣を見せる。正直、あの強さと相対した当夜からすれば王国の兵士の実力は知らないでも彼女の発言が正しいものと聞こえた。


「なっ!? 宝剣リアージュが! これは一大事だっ これほどの名剣を打ち直せるものはおらんぞ。国王様の護衛に差し支えてはどうするおつもりか? これは責任問題だ、そう国家への、いや国王様への反逆だ!」


(こいつ、後から出てきて事情も知らずによくもまぁいけしゃあしゃあと、)


 よくわからない論法で当夜の命の恩人を貶める結論に歪曲させた男に当夜は強い苛立ちを覚えた。思わず口を開こうとしたところでフィルネールが小さくない溜息を吐く。同時に空気が冷えていくのを感じる。


「あなたは全く...

 良いですか。これほどの被害に、リアージュの損傷、いずれも相手が単体で災害級の力を持っていたということです。災害級ともすれば、守衛隊では抑えきれず、北街は壊滅、王宮とて無事では無いでしょう。そうであればそう遠くない未来、私と蒼い焔の巨像は相対することとなり、結果はこのとおりとなっていたでしょう。王宮が危機にさらされないと出てこない私を、いえ、王国の振る舞いをゾレック将軍が民ならどう思いますか?」

(貴殿は私が宮殿の奥でどれほど苦悩したかわからないのでしょうね。消えていく人々の命、深い悲しみや恐怖に染まったマナ、ただ見ているだけなんて騎士としてできるはずがない。貴殿は違うのですか?)


 フィルネールの感情の高ぶりに圧せられたゾレックを乗せた馬が一歩下がる。ゾレックは半顔をゆがめながら馬に鞭する。どうにか踏みとどまった馬をさらに二歩進めさせたゾレックは決して自らの言葉を曲げない。


「そんなことは結果論だ。だいたい、こんな若造たちに足止めされるような弱小魔獣ではないか。この街には冒険者もたくさんいる。何より我ら王国軍にかかれば災害級だろうが何だろうが討伐可能だ。まったく出過ぎたことをしてくれたものだ。」


 鞭の先をフィルネールの顔さきに向けたゾレックが粋がる。おそらくは彼女への劣等感を覆い隠すための強がりなのだろうというのが当夜の見立てだ。先ほどまでゾレックに苛立ちを覚えていた当夜だったがここまでくると哀れに思えて逆に落ち着いてくる。


「ふぅ、災害級の恐ろしさを知らないわけはないでしょうに。むしろ、彼ら二人は良くここまで足止めをしてくれたと褒められるべきです。彼らがいなければ被害はとんでもない規模に膨らんでいましたよ。」


 フィルネールがゾレックの視界から外れると背後のハービットと当夜を手で指し示す。


(ハービットさんはともかく僕は何の役にも立って無かったような...)


 だが、フィルネールの行動など意に介していないゾレックは二人に一度たりとも顔を向けることは無い。その視線は彼女から離れることは無い。むしろ好機を逃すまいと狩りを愉しむ獣のように貪欲に付きまとう。


「ふん。ポッと出の小娘が。調子に乗りおって我に説教するつもりか。所詮、貴様は偶像なのだ。王の慰み物としてそばにおかれているにすぎん。我のそばに来るといえば此度の失態は見なかったことにしても良いのだぞ。王もこんなことで困らされる必要もあるまいよ。」


 ゾレックの顔が醜く歪む。正直、この場に居るほぼすべての者が彼の発言の浅はかさを理解しているのだが、兵士たちは上官の妄言に異を口にできる者はいなかった。そのようなことができる者が居ればその場で即手打ちとなっている。その光景を幾度も見せられれば逆らうものなど消えてゆくのも当然か。ハービットも冒険者という立場上、騎士団への介入など許されないことを理解しているがゆえに口を紡ぐ。ただ一人、世間知らずな当夜だけが異論を唱える。


(なんだこいつ。恩人を貶されるのは許せないな。)

「戦ってもいないくせに、よくそんなことが言えるな。自分じゃ勝てもしないのに偉そうに。」


 兵士たちに動揺が走り、ハービットが苦虫をかみつぶしたような顔を装い、フィルネールが息をのむ。ゾレックの顔が紅潮する。細目と眉を吊り上げて狂犬のように吼える。


「貴様!その無礼な頭、切り落としてくれよう!」


 激高したゾレックは、何の躊躇も無く当夜の首筋に向かって剣を薙ぐ。兵士たちが顔を背け、数秒先の光景に悲観する。ハービットは唐突過ぎる事態に救いの手を差し伸べることができない。当夜の言葉に意識を奪われていたフィルネールが反応して剣を割り込もうとしたがすでに届かない位置に刃は迫る。誰もが当夜の死を覚悟した。


(来た!)


 次の瞬間、当夜の体は消え、そして、ゾレックの背後には彼の剣を奪う形で逆に首筋に切っ先を添える当夜の姿があった。そう、【時空の精霊】の加護は先ほどの戦闘で尽きていたはずだったのだが、【時空の精霊】の悪戯か、時を読むかの存在の予見か、当夜は時間の遅延した世界でゾレック将軍の剣を奪い、逆に突きつけたのであった。


(【時空の精霊】さまさまだよ。ありがとうございます!)


「「「おぉ!」」」


 兵士たちの驚きと賞賛のどよめきがまず湧きあがる。ついでゾレックの引き攣ったような声が響く。


「なっ!? 貴様っ、いつの間に。いったい何をした!?」


 ゾレックは振る舞いこそ悪辣だが剣技については王国でも指折りに数えられる。ゆえに当夜を襲った斬撃も相応に常人には反応できるものではない。まさしく刹那だ。その刹那の間に避け、さらに剣を奪い、挙句に相手に突きつけた当夜の異常性は一流の剣士たちに驚嘆を抱かせる。


「おいおい、マジかよ...」 

(目にも留まらなかったぞ。)


(雑な動きでありながらこれほどまで素早く動けるとは、)

「あなたは...。まさか、」

(この子が、ライト様、いえ、エレール様の縁者だったのですね。)


 二人のそれぞれの視線と声を受けて浮かびそうになる照れ恥ずかしさをかみ殺しながら同時に体を襲う痛みに耐えて強がる。


「このくらいできても勝てない相手だよ。貴方に何が出来る? うぐっ。」

(体が軋む。やっぱり、遅延空間で激しく動きすぎたか...。)


 襲い掛かる猛烈な痛みと三半規管を激しく揺さぶったがために生まれた吐き気に堪らず剣を落とし、地面に倒れ伏す当夜。度重なる心労と肉体の酷使によりすでに限界に達していた心身に更なる追い込みをかけたことで当夜の意識は完全に途絶えた。そんな当夜をフィルネールが慌てて抱き起こす。

 よろめきながらも落ちている自らの剣を震える手で取ったゾレックは口を開き断罪の言葉を並べようとする。だが、その声を遮ったのは凛々しくも美しいフィルネールの声だった。


「この者の処遇は、今は私が預かり、のちに国王様に問うものとする。」

(加護を無理やり引きだしたのですね。早く治療してあげないと意識が戻らないかもしれない。エレール様に託された意思、こんなところで潰えさせるわけにはいかない。)


「き、貴様! 何を勝手にっ

 いつか貴様ら二人とも痛い目にあうぞ。」


 フィルネールは、ゾレック将軍の脅しを聞き終わることなく、マントを翻して当夜を抱えたまま教会に駆けだした。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 当夜がフィルネールに運ばれたその少し後のこと。その場には調査のための守衛隊の一部と大の字に寝そべるハービットが残されていた。そんな彼の横に伸びる影。


「無事だったようだな。安心したぞ。」


「無事なもんか。全身ボロボロ、装備もボロボロ。騎士長と将軍のやり取りでは蚊帳の外。散々だぜ。

 まあ、収穫が二つあったけどな。」


「ほう、収穫か。」


「ああ。見ろよ。俺が倒していないのにこんなにマナが蓄積されていやがる。あいつは間違いなく災害級だ。おかげで個人のランクもたぶん上がったんじゃないか。もう一つはトーヤの力の片鱗を拝めたことだな。騎士長も気づいたみたいだが、あいつ時間停止を起こせるみたいだな。すっげー奴だぜ、トーヤはよぉ!」


 ハービットが嬉しそうに登録証を掲げて振る。だが、彼に取ってそれはおまけのようなものなのだろう。後半の彼の言葉じりがそれを物語っている。


「ふん。それは大したものだ。それで、それを土産にパーティに加入させろと言うつもりか?」


 親友の機嫌のよさに内心嫉妬めいたものが浮かんだことに舌打ちしたケレスタがそっぽを向いて問う。


「いや、まだ早いな。もっと経験を積まないとな。ランクも違いすぎる。楽をこかせたいわけじゃない。ただまぁ、先に唾を付けられないか心配ではあるんだがな。

 で、アイネットは?」


「あいつは事態の収拾を知って先に帰ったよ。まったく、帰ったら大変だぞ。何しろ【マナの雫】やら【水霊のヴェール】やら買い漁ってきたしな。とんでもない請求を貰えそうだ。」


 ケレスタがやれやれと肩をすくめる。


「はあ。冷たい仲間たちなこって。俺はトーヤとコンビでも組もうかね。」


「ほら、馬鹿言ってんな。肩を貸してやるから、さっさとホームに戻るぞ。みんな、心配して待っている。」


「ああ、ありがとな、ケレスタ。」


「気にするな。リーダー。生きててくれてありがとう。」


 男たちが肩を組みながら夕日の中に姿を沈めていく。その姿はまるで仲の良い兄弟のようだった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 この日、北街で起きた大惨事は、後に【蒼炎柱の巨像の侵攻】と呼ばれるようになる。被害は、以下のとおり報告された。

<人的被害>

 死者:門兵15名、冒険者13名、住民56名、旅行者12名

 負傷者:門兵3名、冒険者7名、住民16名

 行方不明者:42名

<建物被害>

 全壊・全焼48軒、半壊・半焼10軒、一部損壊12軒

<特記事項>

 宝剣リアージュの中破


 災害級の被害と呼ぶには怪しいと言い張る一部の軍人がいたようであるが、目撃者の証言や致死率の高さ、何より宝剣リアージュの中破が決め手となった。結びに国王による守衛隊ととある将軍への一喝によって幕を閉じた。

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