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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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災害の終焉

「ハービットさん!奴は地点指定の火柱攻撃をします。魔法陣が現れてからだとやばいです。気を付けてください!」


 当夜の忠告など聞くまでもないのか。ゴーレムに向かって走り出す二人。ハービットは剣を片手に構え、エルフは矢を弓に番えながらも何かに後押しされているのではないかと言うほどに加速しながら回り込む。


「トーヤ。止まっていると良い的だぜ。走って攻撃あるのみだ!」

「フン。」


 そう言ってゴーレムに接近して斬撃や矢を撃ち込んでいく二人。確かに地点指定の攻撃は対象が高速で移動していては当てづらい。ただ、それは二人がかなりの速度で動き回っているからだ。ゴーレムは忙しなく顔を動かして二人を追おうとしている。そんな魔物をからかうように二人は幾度も交錯を繰り返して撹乱し続ける。

 そんな二人でも気づいてしまう。並走しながら互いに情報交換と今後の対応について手短に確認し合う。


「こいつはとんでもない奴だな。斬撃を入れる度に剣が溶けてやがる。何よりダメージが入っている気がしねー。こいつはちっと厄介な相手だぞ。

 ケレスタ、そっちはどうだ?」


「同じだな。矢は触れた瞬間に蒸発だ。まるで意味がない。我らだけでは討伐はおろか足止めも難しいな。」


「そのようだな。アイネットを連れてきてくれ。魔法の方が効率がよさそうだ。あと、替えの剣、できれば【水の精霊】の加護を受けた良い奴を頼む。」


「確かに魔法が必須だな。だが、アイネットでは地点指定の魔法の的だぞ。」


「遠距離から水霊の盾を張らせながらやりゃ何とかなるだろ。長期戦になるぞ。ギルドに連絡して第1戦級を全員かき集めさせろ!」


「わかった。これも使え。死ぬなよ。」


「まかせとけ。俺を誰だと思っている。」


 ケレスタと呼ばれた長身のエルフは剣をハービットに渡すと、全力で戦域を離脱した。そんなやり取りがなされている中、当夜は、フレイムゴーレムがハービットたちに標的を絞ってくれたおかげで肉弾戦からは解放されたが、ひたすらに火柱回避に明け暮れていた。

 だが、当夜の動きがいきなり悪くなる。それは登録証の裏の加護の残量をみればわかることだった。そう、そこに記されていた数字は0、加護が終了したことを意示していた。


「ぐっ。これは。まずいな。」


 だが、当夜とて、ただ闇雲に避けていただけではない。


(奴の眼が光ったら、四歩分飛ぶ。今だ!)


 どうにかフレアゴーレムの炎の柱の発動のタイミングを把握し、遅延した空間でなくとも避けられるくらいにはなっていた。だが、体力がいつまで持つのか。逃げ出したいのはやまやまだが、逃げることに徹して背後を向けば眼が光る様子がわからない、ということは避けられないではないかという不安が逃走の二文字を大きく揺るがしていた。その上、ハービットらが撹乱戦を挑めば挑むほどに正対する機会が低減する。ある意味ではケレスタが離脱し、ハービットもまた防戦一方になった今の状況の方が生存率は高いといえる。


「よう、相棒。こいつはマジでやべーな。剣が3本も駄目になっちまった。」

「・・・。」


 刃こぼれどころか鉄の棒と化した剣を当夜の視界で振りながらハービットが笑いかける。額から玉粒大の汗を流しながら当夜が睨み付ける。ハービットが当夜の体を強く押し飛ばす。


「おっと!」

「っ!」


 火柱が二人の間に熱い壁を作る。意識を奪われていた当夜は彼が押しのけてくれていなければ危うかっただろう。もっともその原因を作り上げたのも彼なのだが。


(なるほどな。奴の眼を見ていれば魔法の発動時がわかるってか。大したもんだ。初見で良く死ななかったな。だが、良い情報だ。)

「ま、もうちょいがんばれや。1級冒険者全員でタコ殴りにしてやるぜ。おおっと。」


 ハービットが当夜の視界を遮らない位置、かつ前方に陣取る。ケレスタを逃がすためにハービットは自身のスキル、挑発を行使してフレアゴーレムからのターゲットを常に自身に向けるように誘導している。その上で当夜が突撃に巻き込まれないように、それでいてその眼が見えるように配慮してくれているのだ。その負担たるや筆舌に尽くしがたい。決して、悠長に会話を楽しめる余裕などないのだ。それでも、当夜を物理的に守るだけでなく精神的にも支持しているのだ。この時の当夜は、彼がヘレナに伝えたようにまさに足手まといなのだ。だが、ハービットは当夜と違って安易に逃がすのではなく、戦場で守ることを自らに強いたのだ。


「っ! あんたが来ると標的がこっちにも多く向いてせわしくなる。さっさと離れろって!」


 ハービットの決意など知らない当夜は目の前をうろちょろされる苛立ちを隠せずに声を荒げる。実際問題、火柱についてはターゲットを複数にかけることができるようで当夜とハービットの位置関係に大きな意味は無い。等しく両者ともに狙われている。そして、当夜であれば眼さえ見失わなければどうにか避けられる。だが、先ほどのラリアットは別だ。金属すら蒸発させるそれに触れれば一瞬で灰になること間違いなしだ。その上、あの攻撃速度に反応できるかといえばかなり怪しいところでもある。


「あ~あ、冷てぇなぁ。っと!」


 そう切り返すと即座に当夜から離れてフレイムゴーレムに立ち向かうハービット。さらに接近して魔核を狙うように剣を突き出す。ハービットの鎧の隙間から一瞬で蒸発した汗が湯気めいたものとして立ち昇る。


 ジュッ!


 ハービットの剣先がフレイムゴーレムの体表に触れた瞬間に蒸発する。


「おいおい、この剣、結構高かったんだけどぉ。そんかわり、代償はきっちりもらうぜ!

 【テンペストドーム】」


 【風の精霊】に愛されたハービットが無詠唱で魔法を発動する。【テンペストドーム】、台風をわずか直径5mほどの球体に押し込めたようなとんでも魔法だ。フレイムゴーレムの体を猛烈な嵐が包み込む。嵐は地面ごと抉りとり、内部は真空の刃が乱れ裂く。上級のモンスターでも簡単にひき肉になる威力だ。相性の悪い火属性の魔物であっても無事ではいられまい。

 一旦、間を取り、様子を見るハービット。しかし、魔法は発動中であるにも関わらず、ハービットの足元に蒼い紋が浮かび火柱が立ち上る。回避するもハービットの転がった先に40にも上る蒼い紋が展開される。それこそ地面だけでなく、ハービットを檻のように全方位から狙い定める。


「チッ!【風霊の障壁】」

「ハービットさん!」


 当夜の叫びも虚しく、ハービットを中心に大地を引き裂くような爆発音が響く。大気が揺らめく中、絶望した当夜の目に飛び込んできたのは真っ赤に溶ける大地のクレーターの中心で薄緑色の膜に包まれて荒い息をするハービットの姿だった。


(こいつは本気でやばいな。【風の精霊】はこいつと相性が悪すぎる。接近するだけで体力、武器、防具を削られる。地点指定魔法は一度に40前後展開可能。肉弾戦は絶望的。この化け物みたいなマナ量相手にアイネットはじめ一級冒険者の水魔法がどれほど効果があるのか。一番良いのは魔核の一点破壊か...。それにしたって届く武器が無い。いや、この街の武器で可能なのは国宝の【レシア・レナメント】くらいか。結局、クラレスに壊滅的被害が出るまで無い物ねだりだな。俺も次の一撃は耐えられないな。次がすぐ来る様子は無いが立っているのもきついぜ。)


 【風の精霊】が後方から守衛隊の接近を知らせてきたのを感じとったハービットであったが、どれだけの兵があの地点指定魔法を回避できるだろうかと不安を抱くしかできなかった。


「トーヤ! お前はギルドに今から言うことをそのまま伝えろ。いいな。

 風と北は落ちた。蒼き焔の巨像は災害指定の恐れあり。

 それだけ伝えろ! 行け!」


「でも、ハービットさん。まさか、風って、あなたは!」


「いいから、行け!」


 言葉のニュアンスから明らかに自らの死を前提に置いた発言だ。当夜がヘレナを見送った時の言葉よりもはるかに重い。


「失礼します。それには及びません。あとはお任せを。」


 戦場であって鈴の音が聞こえた。いや、人の声だったのだろうか。当夜の目の前に紅いマントがひらめき、その上にストレートの金髪が流れる。

 当夜とハービット、さらにはその助っ人の足元に火柱の前兆紋が広がる。当夜は慌てたが一瞬で紋が掻き消える。そして、疑問の光景を他の二人にも適用されたか確かめるために視線を前に向ける。目の前の人物すでに消えていた。その先に居たゴーレムが色を失って崩れ始める。


「マジかよ。あいつを一撃か...

 さすが近衛騎士長、様だな、半精霊と噂されているだけあるぜ。」


 悠然と戻ってくるその人物はライトがいない今、このクラレスレシアが誇る最強の剣士である近衛騎士長フィルネール、そのひとであった。

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