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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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ペールでのお仕事 その2

 当夜は、後方から響く哀れな子羊の嘆きを聞き流して作業に没頭する。やはり、数の確認がだいぶ簡略化されるので効率が大きく高まった。5鐘を聞く前にはすでに作業は終わっていた。3鐘が鳴り終わってから作業に入ったので、実質2鐘分もかかっていない。地球でいうところの1時間30分くらいであろうか。ペースとしては1時間で終わりそうだったのだが、鑑定しきれなかった素材に苦戦したところが30分の延長の理由であろう。と言っても新人の仕事としては相当に早いものである。

 成果を報告に行くと、勇者と魔王の二人が壮絶なる相打ちを果たしていた。まぁどちらがどちらかはこの際どうでもいいのだ。問題なのは二人の豪傑が戦い合った凄惨な環境の改善、それこそが現在当夜に求められているものだった。


「お~い、二人とも。生きているかい?」


 当夜が散乱したコップやら瓶やらを受付裏の台所に運び終わってあらかたきれいにしたところで尋ねた。手には水を目いっぱい入れた1つのコップを持って。


「よう、トーヤ...

 どう、うっ...どうやら相打ちに持ち込めたようだ。ハァ、ハァ、俺が引き分け、お、お前が勝利した。これは俺たち二人の勝利だ。ガク...」


 ハービットが右腕をプルプルと振るわせながら宙に掲げて握り拳を作る。


「ハービットさん?」


 当夜は小さく笑う。その目の前でしわがれた腕が同じく震えながら伸びるとハービットの拳を掴んで机にたたきつける。その勢いでペールが床に転がる。そのまま仰向けの大の字に横たわる。顔だけでなく全身が真っ赤だ。


「フハハッ! このワシがこの程度でぇっ、ウェエッ! 倒れたと思ったか...

 さぁ、トーヤも戻ってきたようだ。第二、っ、ラウンドを始めようか!

 ウォエェッ!」


 食べ物など口にしていないペールの吐しゃ物に固形物は含まれていない。いないのだが、だからどうなのだということだ。結論、吐しゃ物だ。何にしても折角綺麗にした床が台無しだ。


「せっかくきれいにしたのに...

 はいはい、もう、二人ともいい加減にしなって。どう見ても、ひ、き、わ、け!

 ほら、ペールさん。水だよ。」


「すまんのう。」

「...」


 小さな声でハービットが‘俺は?’と呟いた気がしたが敢えて無視する。ここで彼もその台詞を出さないということは当夜の次の言葉を予期しているのだろう。‘酔ってないでしょ。’という言葉を。彼の倒れ伏したその影に隠れた表情は確かに辛そうに見えた。でも、当夜の目には彼の首回りが不自然に白いことが異様に映った。そのこともあって敢えて声をかけるときにそれとなく匂いを嗅いでみた。酒の香りが残っていなかった。


(たぶんもう一人が何かしていたんだろうな。)


 本日二度目となるが吐しゃ物をアイテムボックスに入れる。登録証の裏面の加護数が2減っている。2回分とでもいうことか。そのままトイレを探して廃棄する。


(トーヤは収納ボックスの真なる活用法を見つけた! ピロピロ~ン、なーんてBGM付きでそんなテロップがついたんだろうな、今。)


 戻るとペールはうつむいてはいたが、座れるまでは回復していた。


「ペールさん、とりあえず依頼を終えました。一応確認してもらえますか。特に(かめ)のほうは中身に別の物を混ぜるとまずいので補充してないので、そちらもやる必要があれば教えていただきたいのですが。」


「んん? まぁ、半日任せきりだったからのう。おかげで楽しい酒が飲めたわい。別にうまくいってなくても構わんぞ。」


「半日って。まだ5鐘が鳴っていませんよ。あと、これ。倉庫にあった板切れに補充した分を書いておきました。」


「そうか? まぁいい。ん~、どれどれ。おおう、売り上げと俺が確認した余りとばっちりあっとるよ、たぶん。この短時間でよくやれたもんじゃ。ん~、ここか。

 ...ほれ、依頼完了じゃ。あ~、眠いのう。悪いがワシャ~寝る。帰っていいぞ~。」


 おそらく、酒が利きすぎて何も考えたくないのであろう。確認もそこそこに受付の奥の部屋へ上がっていってしまった。幸いなのは確認印をきちんと押してくれたことであろう。ペールが先ほどまで座っていた隣の椅子に腰かけていたハービットは未だ屍のごとく動く様子は無い。このまま立ち去れということだろうか。例え狸寝入りとはわかっていてもここまで時間を割いて当夜を依頼に集中させるべくペールを足止めてくれていたのも確かだ。きちんとお礼は伝えたい。

 店を開けたまま眠りに行ったペールにため息をつきつつ、ハービットのために水を満たしたコップを用意する。泉の水は冷たいと言っても外気にやられてすぐに生暖かくなってしまう。当夜は拙い魔法で氷を作り出す。溢れ出した水が冷たい。それにしても卓球ボールほどの氷を作るのにずいぶんと手間取ってしまった。


(う~ん。イメージは浮かぶんだけど、どこかで現実にはあり得ないってブレーキがかかっちゃうんだなぁ。これはもう割り切るしかないよね。でも一度できたら次はもっと簡単にできそうだな。あとは反復練習だ。)


 この時点で、いや、暖炉に火を灯した時もそうだが加護精霊の助けを受けずに無詠唱で魔法を発現させること自体が異常なのだ。こんなところを上位の冒険者に見られでもしたら大変だ。パーティへの勧誘でたまったものではない。

 そうとも知らず当夜はハービットのすぐそばでやってしまう。幸いなことに泉部屋が離れであったため二人が気づくことは無かった。おかげで売り場の受付に戻ったところで騒ぎになることは無かった。その代りに酔っぱらいの振りをするハービットが出迎えてくれた。


「ペール爺、いやペール様! も、もう、そのあたりで...。あぁ、そんなナミナミ注がないで...。うぅっ。無理っす、無理っすよ。大王様!」


 そんな一人芝居がかった再現をするハービットに苦笑しながら、ペールの部屋から拝借した毛布をかけてあげた。


(たぶん気づいていると思うんだけどなぁ。まぁ、気づいていないふりしてあげるのが優しさなのかな。)


 やはりペールの長話の噂の影響なのか店に客が入ってくることはなく、6鐘が鳴る頃まで誰一人入ってこなかった。しかし、平和というものは突然終わりを迎えるものだ。

 突如としてドアが勢いよく開けられた。どうやらここを訪れる客はハービットよろしくペール爺さんの機嫌を確認してから入るのが習わしのようだが、今回の客はお構いなしだった。

 件の乱入者は15歳くらいの女の子であった。シャンパン色の瞳を擁するたれ目とアールマイティボブにまとめた茶髪。西洋人風の顔立ちだが微妙に彫が浅いせいか幼く見えた。しかしながら、当夜の頭の中では見た目年齢に自動的に女性には+5才、男性には-10才をつけることが決定されている。とすれば20歳くらいか。当夜の見た目よりも上の年齢となる。


「ハァハァ、こんにちは。あれ、ペールのおじいちゃんはいらっしゃらないのでしょうか?」


 息を切らせて喋った彼女の声はこの緊迫感に反して甘ったるい声だ。


「やぁ、僕はトーヤ。ギルドの依頼でここの手伝いに来ていたんだ。ペールさんはそこの勇者との壮絶な戦いの後に次の戦いのため傷を癒しに深い眠りについたところだよ。」


 曲がりなりにも挑戦者として挑んだことから当夜が勇者と評したハービットに二人の視線が集まる。僅かにハービットの右手が上がる。たぶんあいさつしたのだろう。


「ぁあ、ハービットさん...

 じゃあ、今は買い物できないんですね。困ったなぁ。」


 未だ肩で息をして悩んで見せる彼女に当夜も腕を組んで首を傾げる。


(僕でもわかることならいいけど...)

「急ぎ?」


「あ、はい。ちょっと急患で。」


 そわそわと足を動かす彼女は今にも店を飛び出しそうだ。


「急患? 病院、いや教会の人?」


 よく見れば服装がリコリスのそれと似ている。リコリスの方が少しばかり装飾が多彩だったような気がする。となると彼女の方がリコリスよりも下の職階なのだろう。


「はい。あ、申しおくれました。精霊教会北街支部でシスターをしていますヘレナと申します。」


「ちょっと待ってて。」


 当夜が受付の奥に広がる暗い通路に向かって声を張り上げる。


「ペールさん! 急患が出たって。教会から遣いの人が来てるよ!」


「んぁ? トーヤ? すまんが代わりに受付を頼む...」


 しばらくして小さな声で返事が返ってくる。と同時に奥でバタンと大きな音が響く。おそらくこちらに向かおうという努力はしているのだろう。だが、力尽きたようだ。主力は間に合わなそうだ。


「はぁ、しょうがないな~。適当にやっとくよ。」


 一応、対応を預かる旨を返事する。振り返ると不安げな表情を浮かべるヘレナの目と目があった。


「ありゃ、死んでる。当分出てこれそうにないな。」


「やっぱり難しいですか?」


「いや、僕に任せるってさ。それで、何が必要なの?」


「はい、中級治療薬を2つ、下級治療薬を3つ、冷却剤を5つ売ってください。あとできれば上級治療薬をひと塗り分譲っていただきたいのですが...」


「う~ん。売るじゃなくって譲るか。それはどうかな。僕の裁量じゃ、ちょっとわからない。まずは買うものから。ちょっと待ってて。」


 当夜はとり急ぎ前者の購入品を棚から集めると受付にあった値段表に照らし合わせて計算する。


「中級が一本960シースで二本、下級が一本8シースで三本、冷却剤が一本8シースで五本だから全部で1,984シースだね。」


「その年で計算できるのですね。すごいわ。」


 両手を握って身を乗り出すヘレナは本当にすごいといわんばかりに尊敬の目を向ける。正直照れくさい。


「出来なきゃまずいだろ。まぁ、いいや。どうする? 買う?」


「はい、お願いします。今は値段のことを考えてはいられません。はい。おつりは受け取って。いきなりなのに対応してくれたお礼です。上級治療薬はしょうがないかな。ありがとね!」


 小銀貨2枚を受付台におくと慌てて出ていくヘレナ。おつりを探す暇すら与えずに玄関から去っていった。


(しゃーない。このままだと寝覚めが悪くなりそうだ。こいつを細かくするいい機会だな。)


 トーヤは懐の金色に輝く硬貨の入った革袋を握りしめた。

 戸棚から上級治療薬を取ると玄関に向かう。


「ハービットさん、ここまでのことペールさんが起きてきたら説明を頼みます。あと、お金は後払いでと伝えてください。いつまでも寝たふりしてないで店番代わってくださいね。」


 トーヤが店を出ると燃え尽きたはずの男が立ち上がる。その動きに一切の淀みは無い。


「ありゃりゃ。あの時のでやっぱりばれていたのかね~。戻ってきたのが良いタイミングだったからな。それとも単に偶然か、君としてはどう思う?」


「さてな。だが、実力は気にも留めるほどではない。興味ないね。」


「そりゃ、冷たいこって。ま、確かに英雄たち本人ってわけじゃない。縁者だからな。ただ、見初められるってことは何かあるとは思うんだよな。」


 そこには、いつの間にかハービットの横に立つもう一人の若い男の姿があった。

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