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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
321/325

表舞台 1

「世界樹の枝は焼き払えっ、遠慮はいらん!」


 ギルドマスターの檄が飛ぶ。


「根は凍結させろ!」


 ザイアスの指示が続く。


「前衛は詠唱者を守れ。物理攻撃は効きが悪い。」

「こ、こっちに来た!?」

「だ、だれか助けて!」


 前衛職の防御陣もわずかにしか耐えられない。何より自身の身長を超える枝が高速で迫る様は防御力や素早さに秀でない者たちに死への明確な恐怖を与える。


「う、うわぁああああっ」


 一人が逃げ出せば周囲は当然に浮足立つ。詠唱は途絶え、よしんば遅れる。その一瞬が活路を閉ざす。


「駄目だっ、いま魔法を放たなければ全員死ぬぞ!」


 ただ一人剣を十字に重ねて世界樹の枝と拮抗するザイアスだったが、続いて迫る頭上からの影に気づくと敢えて足の力を抜く。瞬間、ザイアスの姿が横薙ぎの枝と共に詠唱者たちの視界から消える。その直後、ザイアスのいた場に激しく世界樹の根が叩きつけられる。


「く、くうぅわぁあああ!?」


 衝撃波が地面を伝って届く。震度7にも匹敵する揺れに誰も彼もその場に膝をついて崩れる。


「馬鹿野郎、魔法職もちっとは自分で守れ!」


 ギルドマスターが詠唱者3名を肩に担いで戦線を脱する。


「す、すみませんっ」

「助かりました!」


 世界樹の根や枝は数百の手数となって冒険者たちを襲う。世界樹と戦うにふさわしい力量であれば良いがそうでない者たちは次々と戦線を離脱する。かといってギルドの精鋭たちですら本体はおろか枝葉にさえ苦戦を強いられている。その光景が世界樹を中心にいたるところで見られる。


「くそ、あっちの手伝いにさっさと行きたいが、こっちはこっちで手助けを頼みてぇぐらいだ。」


 似たような状況に陥っている隣のグループを気にかけると舌打ちする。


「マスターっ、あれを!」


 隣で戦っていたセリエールが世界樹の先を剣で示す。そこには王国やドワーフ国の旗を掲げた軍勢の姿があった。


「来てくれたか!」


「よぉ、まさか世界樹と戦うことになるとはな。だが、王国とドワーフの戦力は投入できたが、法国はどうなるかさっぱりだ。神殿や教会はまるで機能しちゃいねぇ。帝国はここまでの道のりで通り過ぎたが死体の山だった。帝都に使者を送ったがもぬけの殻だそうだ。その他の小国はその二国の動きを伺っている有様だ。果たして最後まで静観してくれるどうか。」


 ウォレスが軍勢のつなぎ役としてギルドマスターに報告する。


「そうか。だが、お前たちが来てくれて少しは望みが出てきたってもんだ。」


「負傷者は、いったん下がらせろ!」


 戻ってきたザイアスが冒険者たちに声をかける。皆、満身創痍で体を引きずるように後退する。


「治癒術士はこちらの後方です。輸送員は負傷者を搬送しなさい。」


 傷ついた冒険者たちに迫る枝を切り落とすほどの腕前を見せた騎士が輸送員を連れてくる。彼らと別れた騎士がギルドマスターのもとに歩み出る。その胸元には国王護衛騎士の徽章が輝く。


「貴女は、王の直属の騎士団ではありませんか。こんなところに来て良いのですか。」


 ウォレスの話から考えれば国王の警備こそ彼女らのやるべき職責と言えよう。


「ええ、我らが守らねばならぬ方がこちらにお越しなのですからこの場こそが戦場です。」


「まさか、国王様が自ら!?」


「ええ。ご子息に負けてられないと、困ったお方です。」


 そう言って後方の本陣を振り返る彼女の顔はどこか誇らしげだった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「す、すまねぇ。しっかし、後方支援にやたら人が多いな。あんたも徴兵されたのか?王国は民間人も総動員したのか?」


 負傷した腕に包帯を巻かれながらとある冒険者は不慣れな様子の少女に尋ねる。彼女のような年端もいかない少女まで動員されたとあっては自身の妻や娘もそうなのかもしれないと不安を覚えたのだ。


「いいえ、だって、この世界の一大事なんでしょう。それにエレール様の願いですもの。」


「エレール様の、願い?」


「そうですよ。街人全員が夢に見たんだから。」


 修道服を教会に預けてきたヘレナは半ば興奮気味に笑顔で応える。


「夢、だって?」


「うん。エレール様が真っ白な場所で教えてくれたの。世界樹が悪に染まっちゃったんだって。それをいろんな人たちが必死に治そうとしているんだって。」


「そういうこった。」


 別の冒険者の兜を金づちで叩きながらレゾールが現れる。


「おやっさん。」


「武器や防具の手入れも今日だけはタダだ。なんたって費用や素材はドワーフ国持ちだぞ。さっさともってこい。がっつり強化してやる。しっかし、我らが王もずいぶん豪気なもんだ。」


「まじかよ。そいつはすげーや。」


「ほら。出来たぞ。」


 最後の調整を終えた兜を持ち主に放って返す。


「おお、こいつは確かに凄いや。」


「あ、あんたは!?」


 治療を受ける冒険者は目をみはる。兜の受取人であるその人物は彼らの憧れでもある一線級の冒険者だった。


「ん?どうかしたか?」


「い、いや、まさか『逆巻く風』の『烈風』までいるだなんて。」


「まぁな。あいつが困っているって聞いたんでな。恩でも売っておこうかってな。んじゃ、お先に戻らせてもらうぜ。」


「頑張ってください、ハービットさん。」


「任せておけ!」


 完全武装のハービットは重装備であるにもかかわらず信じがたい速さで駆けだしていく。


「は、はぇえー」


 瞬く間に小さくなるその姿を見送った中堅冒険者はただただ呆然とするのだった。


「よう、待たせたな!」


「おっせーよ。」

「遅い。」

「本当に、ずいぶん、待たされました。」


 『逆巻く風』のメンバーから一斉に非難されるリーダーは苦笑いを浮かべる。


「さっきは真逆の送り出しを受けて来たんだけどな。」


「来るぞ。」


 深き森人の血を色濃く引くケレスタが真っ先に世界樹の気配を感知する。


「任せろ!」


 ハービットが突如として地面を割って現れた世界樹の根を切り飛ばす。それで決着がつくほど簡単な戦いで無いことに『逆巻く風』は理解している。津波のように押し寄せる根のうねりを力づくにねじ伏せていく。


「この馬鹿がこれほど切り落としても次々再生してくる。キリが無いぞ。アイテムの残りは?」


 一つの波を押しのけてもまたすぐに次の波が押し寄せる。ハービットの不在の間に消費した治癒薬をはじめとするアイテムを考えるとパーティの頭脳であるケレスタは不安を覚える。


「ポーションもだいぶ減ってきました。ケレスタ、ペールの爺さんのところで補充してきてください。」


 魔法攻撃の要であるアイネットが答える。『逆巻く風』に治癒術士はいない。アイテムを頼りにした戦術を立てている彼らにとってこの状況は極めて厳しい。普段なら撤退するところだがこの状況はそれを許さない。ともすればアイテムの補充は必須だ。


「しかし、それならアイネット、君が行った方が良い。」


「足の遅い私では時間がかかりすぎます。貴方が動いた方が効率的です。」


 アイネットのパーティとして正しい判断にケレスタは眉間にしわを寄せる。彼の勘はそれ以上の危険性を感じ取っていたからこそ彼女を動かそうとしたのだが彼女を説得させるのは難しそうだ。


「こいつらは任せろ。ちゃんとくっつけるまで俺がお守りしてやるさ。」


 ハービットとアイネットの前に躍り出ると巨大な斧を軽々と回して迫りくる枝葉を散らすダンダル。


「ば、馬鹿っ、こんな時に何を言っているのですか!」

「変に集中を欠かすんじゃねー!」


 二人からの抗議には明確な動揺と恥じらいが隠しきれずに表れていた。そんなメンバーにケレスタはやれやれと肩をすくめる。


「わかった。任せたぞ。」


「わかった、じゃねぇんだよ!」


 姿を消したケレスタに剣を振り上げながら無駄な抵抗をみせる。


「ハービット!」


 ダンダルが突破を許した根に対する警告を発する。


「わかってる。魔法は任せるぜ!」


「任せなさい!」


 二人の連携に凍り付く世界樹の根。これにより再生されることなく動きを止めることが成った。とはいえ、世界樹の根はこの一本ではない。まだまだ予断を許さない状況は変わりない。


「爺さん!」


 息を切らせたケレスタが簡易小屋に飛び込む。


「なんだ!」


 目を見開いた店主が驚きを声に変えて返す。


「ポーションとマナの雫をあるだけ頼む。こっちは前線を支える『逆巻く風』だ。優先してもらいたい!」


 いつになく声を張り上げたケレスタの声音にペールは事情を即座に把握する。しかしながらどうにもできない光景がそこにあった。


「わかった。って言ってやりたいのはやまやまなんだが。ほれ、このざまじゃ。」


 陳列棚はもちろん在庫を入れていた木箱も空で転がっている。


「これは…」


 騎士団の到着というマンパワーの増大はアイテムの消費を増大させ、また引き下がった冒険者が回復と補充のために更なる在庫不足を加速させたのだ。


「想定以上に世界樹は強力だったということだな。」


「他の店は?」


「同じようなものじゃろ。一応、こんなこともあろうかとそれぞれひとつずつはあるが…」


「…足りないな。」


 受け取りながらケレスタはつぶやく。


「だろうな。王国軍とドワーフ国の連合軍が来ているんだろ。そろそろお前たちも下がって良いんじゃないのか?」


 心配するペールに首を振るケレスタ。


「まぁ、最初はそうするつもりだったんだが、爺さん、あんたも言っていたように世界樹は想像以上に強力だったんだ。彼らから見ても手が足りていないのさ。」


「せめて回復手だけでも欲しいところか。」


「どうにかならないか?」


 半ばあきらめに嘆いたケレスタは肩を落として俯く。期待できない返答であれば直ちに仲間のもとに戻らなければならない。彼らの想いを歪めてでも退却を促さなければならない。

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