先達の助言
自身を値踏みするような視線に気づいて振り返ろうとすると、横から大きな影がこちらを覗き込むように現れた。見上げた当夜にかぶせるようにぶっきらぼうな声が降ってくる。思い起こせば隣の9級向けの依頼掲示板を眺めていた二人組の一人だったような気がする。
「なんだ。何を探しているのかと思ったらお前みたいなガキには打って付けの依頼だな。せいぜい長話につきやってやれよ。」
(テリスールさんと仲良く話しているからどんな奴かと思っていたがただのガキじゃないか。)
「はぁ。」
(おおう。でけー。っていってもどうせ僕より年下なんだよな。しかっし、ずいぶんと高圧的なことで。)
声をかけてきた男は、橙褐色の短髪、痩せ型で年齢は当夜と同い年くらいか。もちろん、この世界の物差しで測れば20歳にも到達していないのだろうが。それにしても軽装だ。身を守るものは金属の少ない革製の鎧で下地の布が結構見えるほど必要部分に絞ったつくりであった。回避優先の軽量装備ということであれば恰好がつくのだが、おそらく金銭的に余裕がなかったのではないかと思うくらい小物臭が漂っている。まあ、当夜なんて普段着のままなので、さらに目を当てられない。テリスールがこのような街の中で完結するような依頼を紹介するのも当然だ。
もう一方は痩せ型であるものの、声をかけてきた男より凄みのある風貌であった。その凄みは、濃紺のぼさぼさ頭でも隠しきれない額にめだつ横一線の傷跡のなせるものだろうか。装備も前の男とは全然違う。黒塗りの鎧の下には鎖帷子が見える。この男も当夜の方に向かってくる。
「ゼテス、何を突っかかっている?」
「兄貴! い、いえ。ちょっとこのガキが調子に乗っているみたいだったので...」
ザイアスの登場に途端に弱腰になるゼテス。そんな彼の肩を引くと一歩前に出たザイアスは当夜を真剣な眼差しで見渡す。
「連れが失礼した。俺はザイアスだ。ペール爺の依頼を受けるようだが、その手の依頼を受けるならアイテムボックスの魔法か時空の精霊の加護を受けたアイテムでも持たなきゃ苦労するぞ。」
「僕は当夜です。お気になさらず。」
(止めてくれたのかな。それも助言まで。見た目は怖いけど良い人なのかも。)
当夜が【時空の精霊】の加護者であることを告げようとしたところで横槍が入る。ゼテスが少しでも先輩風を吹かそうとしているようだ。
「お言葉ですが、ペールの爺はどうせ話を聞いてほしいだけですよ。どうせ人も近づかないんでさぁ~、ものを動かすことなんてありゃしませんぜ。」
手振りを大きく力説し始めた。だが、対するザイアスは冷ややかだ。
「フン。だからまだお前は9級から上がれないのだ。新人の君もそうだが、依頼は最大限の可能性を考慮した上で現実と都合を合わせてこなすものだ。心構えはきちんとしておくに越したことは無い。いつか後悔することになるぞ。」
「あなたのようにですか?」
当夜は額の傷に目線を送りながら目を細める。彼なりの激励を込めての言葉なのだろうが実感と言うか何と言うのか重みを感じる彼の言い回しの裏を読もうとしてしまう。
「なっ! てめぇ!!」
どうやら当りだったようだ。当人はともかくゼテスが激しく狼狽する。
「はっ! 一著前に鎌をかけてくるたぁ。面白い。まぁ、落ち着け、ゼテス。見た目によらずお前より考えてそうだぞ、この少年は。だが、俺の忠告、心の隅にでも置いといてくれや。行くぞ、ゼテス。」
(こいつは鍛えがいがありそうだ。いつか組めると良いな。まぁ、まずはこの問題児からか。ギルドも世話の焼ける奴ばかり押し付けやがって。)
ザイアスが今にも当夜に飛びかかりそうなゼテスに一瞥くれると受付に去っていく。
「ありがとうございます。ご忠告心に留めておきます。」
当夜がお礼を伝えて一礼する。ザイアスがいつの間にか取っていた依頼書を背中越しに振っている。ゼテスが当夜ににらみを利かせると慌てて追いかけていく。
「ちっ!せいぜい頑張れよ、新入り。待ってください、兄貴!」
二人の話しぶりからおそらくザイアスはゼテスに付き合って下級の依頼をこなしているのだろう。手続きをさっさとこなして玄関を去るまでの動きに無駄が無く、冒険者としての貫録の差を見せつけられた気がした。
ザイアスを見送って受付に戻るとテリスールから声がかかった。
「トーヤさん、こちらへ。ザイアスさんたちと話していたみたいですが、何かあったのですか?」
「いえいえ、冒険者の心構えを伝授していただいただけですよ。パッと見は荒くれ者ですが良い人みたいですね。」
当夜が玄関を振り返ると笑顔を浮かべる。一応心配をかけるべきでないと判断しての大人の対応を心がける。ゼテスはともかくザイアスは事実として助言を与えてくれたのだから間違いはあるまい。ただ、日本人としての目線で見ればあの高圧的な雰囲気は十分脅威に感じてしまうものだろう。
「はい。ザイアスさんは後進の育成にかなり貢献されています。身だしなみを整えた時のお姿なんてそれはもう素敵な方なのです。ギルドの女性陣にはそれはもう高評価なんですよ。」
テリスールも彼が去った玄関を見つめて好評を語る。
「ふーん。テリスールさんもその一人みたいですね。それはさておき、依頼の方を進めたいのですが。」
内心あまり面白くない思いを抱いて普段よりもぶっきらぼうになってしまう。それが見透かされているのではないかという思いが沸き上がり、つい顔が熱くなる。
(まったく、僕も器の小さい男だ。ザイアスさんがイケメンすぎるんだよなぁ。)
たぶん鎌をかけてしまったのもそのあたりが原因かもしれない。
「あっ、失礼しました。では依頼書と登録証をこちらに。
―――はい。では、こちらの依頼書をもって薬事処『ペール』へ行ってください。あとは先方の指示を受けて依頼をこなして完了の印と評価を依頼書にいただけば完了です。完了後は必ずこちらにご報告ください。」
テリスールが当夜に依頼書と登録証を返却する。
「わかりました。行く前に地図とかいただけますか? 『ペール』がどこにあるかどころかこの街のつくり自体知らないんですよ。」
当夜は受け取ったものをポケットにしまいながら尋ねる。
「え? あぁ、そうでしたね。確かトーヤさんはこちらに引っ越されてきたばかりでしたか。それでは何もできませんね。地図は1枚6シースするのですが大丈夫ですか。」
テリスールが心配そうに尋ねる。
「一枚お願いします。基本給のほとんど飛んじゃいますね。」
当夜が苦笑しながら中銅貨を受付台に並べる。
「申し訳ありません。ですが地図がなければこの先困るでしょうし、先行投資ですよ。」
テリスールが地図を手渡しながらそっと2枚の硬貨を当夜に返そうとする。
「あ、そんなつもりじゃなかったんですがね。ちなみに人が住み変わった場合とか新しく家が建った場合にはその都度教えてくれるんですか?」
当夜はその手を硬貨ごと押し返す。ここで受け取ったら何だか負けた気がする。たぶんお金に困っていてもここは譲れなかっただろう。きっと。
テリスールが小さく笑う。
「その点は大丈夫です。こちらの登録情報が変われば自動的に地図に反映されますから。はい、これが地図ですよ。」
6シースを払って手に入れたそれはA4サイズの橙黄色がかった羊皮紙一枚であった。手に取ると現在地を中心に街の様子が平面図としてモノクロで描かれた。
「その地図は所有者のマナを【時空の精霊】が使って所有者を中心に最大で1万歩ほどの空間情報を記してくれるように術式が組み込まれているのです。そこにギルドが預かっている情報を反映するように合わせて組み込んであるというわけです。便利でしょ。」
テリスールが雄弁に語る。だが、当夜には聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「えっ? 【時空の精霊】って。これ、【時空の精霊】の祝福受けてない人でも使えるんですよね。だとしたら【時空の精霊】の庇護者の価値って...」
「ああっ。そんなに気を落とさないでください。【時空の精霊】の加護には未知の領域がたくさんありますから。それとこの地図だって普通の人は自身のマナを注ぎつつけないといけませんが、トーヤさんのように【時空の精霊】の加護を受けていればマナを使う必要はないのですよ。それに精霊の加護の度合いによっては追加で恩恵を受けられるかもしれませんし。ね?」
落ち込む当夜に必死に弁明するテリスールだが、当夜にはもはや響かない。
「———、―――。
ね? ほんとだよ?」
何度か慰めの言葉をもらったものの、ほとんど頭に残ることなく、肩を落としながら薬事処【ペール】に向かう当夜であった。
(地図の見方がわからない。ちゃんと聞いておけばよかった。)
幸い、遠くが見たいなと思えば地図が広域になるし、近くが見たいなと思えば地図が狭域になった。素晴らしいのは行きたい住所を思い描くとそこまでのルートが赤く表示されたことであった。ただ、これらのことは普通、マナを通わせて呪文を唱えなければならないのだが、【時空の精霊】の加護を受けた当夜にはイメージするだけで【時空の精霊】がそれを反映させてくれているのだ。テリスールの話を上の空で聞いた当夜は知る由もない。もっと【時空の精霊】に感謝してもらいたいものだ。
薬事処【ペール】に向かう当夜。地図が思ったより使い勝手が良く、ところどころ気になる店を見つけながら目的地に向かっていた。
(そういえばこの依頼受けるにあたって最大限の可能性と心構えって何だったんだろう。一つは本来の依頼内容であるモノの移動のための収納ボックスの所持、二つ目にペールさんへの傾聴姿勢、他には何があるんだろう。必要なのは経験だな。ザイアスさんみたいな経験豊富な先達に教えを請うのも必要なのか知れないな。)




