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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
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残滓抗心

「それで、こうして接触をとってくれたのはどういうことかな?」


『知っての通り、彼女の動きが活発になってきたでしょ。ついにフィルネットにも手を伸ばしてきたの。』


 アンアメス固有の訛りが消え、脳に直接声が届くようなフレイアの声が響く。


「そうか。君は彼女の正体もわかっているんだね。」


 当夜がその先にいる存在を意識して天を仰ぐ。


『そうよ。あなたも気づいているのでしょ。』


「まぁ、そうでなければ良いなって程度にはね。」


 苦笑いを浮かべる当夜。


『そう、残念だったわね。』


 冷淡な感想だった。


「まぁ、そうだろうね。」

(キュエルのお姉さんってことは確定か。問題は、どうしてそんなあり方を選んだのか。そして、キュエルにどう説明したものか。)

「問題は、」


『問題は貴方が思っているところに無いわ。もっと深刻よ。』


 呆れ声で嘆く。


「どういうこと?」


『貴方が思っているような行動原理では無いってことよ。そして、キュエルの姉というのも正確ではない。彼女こそ世界樹なのよ。』


「キュエルのお姉さんが世界樹? それがアンアメスの言っていたことにつながるの?」


 アンアメスは当夜のこの世界における異質性を説いていたが、このフレイアもまた同じことをするのだろうかと当夜は恐れを抱く。だが、フレイアのそれはより根幹的なところを握っているようにも感じられた。


『ええ。世界樹は貴方を愛している。それでもあくまで樹の姿では結ばれない存在。それを覆す存在が彼女。これを聞いて貴方はその理由に心当たりを探し当てることはできるかしら?』


「それは、…無いね。」


 事実、世界樹に接点などあるわけもない。まして、アンアメスの話では当夜がこの世界に来る前から決まっていたかのような内容でもあった。それこそ尚更の話だ。


『でしょ。正直に言うと私にもあるの。貴方に対して言い得ぬ感情が。でも、私にあるのはあくまで好感。あの女のものとは違う。ただ、これはどう考えて刷り込まれたような得体のしれない感覚なの。私は、その起因を知りたい。だから、元凶たる貴方を観察していた。でも、貴方が何かをしたようには思えなかったわ。』


 アンアメスに宿るフレイアがその体を自ら抱きしめると身震いする。


「そんなの僕にも心当たりがない話だよ。」


 対する当夜もとんだ濡れ衣に身動ぎする。


『そのようね。ただ、貴方が鍵なの。私たちに課せられた呪いを解くための。』


「呪い?」


『だってそうでしょ。知らない相手をひたすらに待ち焦がれて、愛し続ける。こんな恐ろしいことがある?』


「…それは確かに呪いと言えるかもしれない。」


 当夜は深く思慮して肯定する。


『そして、その呪いを解く鍵が目の前にある。私なら飛びついたでしょうね。なのに彼女はそうしなかった。なぜだと思う?』


「ディートゲルムが邪魔に入ったから?」


『違うわ。精霊の貴方では無く、人である貴方こそを手にしたいのよ。本物である貴方を。』


「僕は偽物だと?」


 当夜が目を細めてフレイアの次なる答えを待つ。


『そうよ。貴方はある時点の本体の思念を複写した存在。そこにさらに経験と思考を積みかねた別の存在だもの。だからこそ、貴方はこの時代の貴方とどちらが本物かの問いに直面した時に堂々と自身も本物だと言っても良いの。』


「その問答に対する答えは持ち合わせているつもりだけど感謝はしとく。保証されるのって存外うれしいものだね。」


 小さく息を吐くと当夜はほほ笑む。


『まぁ、話を戻すとするわ。』

(この天然のたらしめ…)

『別に彼女は貴方をコレクションにしたいわけじゃない。相思相愛を求めているのよ。貴方への愛情は十分。でも、貴方からの愛情は?』


「あるわけないよね。」


『そうでしょうね。じゃあ、いったい何が障壁になっていると思う?』


「接点がないこととか? 出会わなければ感情も何もないからね。」


『そうなるわね。ところで、精霊と人の間の垣根は越えられると思う? もちろん恋愛感情の点において、よ。』


「肉体の有無や容姿は、当時の僕には大きな障壁だろうね。」

(時間の精霊と同化していたテリスに気づけなかったんだから。)


『その間を埋められる存在に心当たりは?』


「それがアリスネルとフィルネールにつながるわけか。」


 当夜は顎先に指を添えてアンアメスの言葉の意味を咀嚼する。


『そうよ。フィルネットからも聞いたでしょうけどアリスネルは世界樹が生み出した彼女のための器を維持するための仮初の心。そして、フィルネールは、彼女が入る余地をなくすために私が生み出した、いえ、選んだ心よ。』


「選んだ?」


 当夜は怪訝そうな視線を送る。


『そう。貴方も知るアリスよ。』


「アリス…アリスってあの?」


 当夜が呆然と尋ねる。彼女の物語は彼の中で一度完結している。今更すぎてうまく思考がまわらない。


『そう。貴方が躍起になって助けようとしていた彼女よ。』


「どうして、いや、だとしたらフィルはアリスネルの体を奪うために生み出されたってこと?」


『ごめんなさい。言葉を誤ったわ。そもそもあの器たる肉体はアリスの体を使って生み出されたものよ。アリスの心があっては彼女が入り込めないから体だけを利用しようとしただけ。そこに私が本来の心を吹き込もうとしたってこと。』


「でも、それなら今の状況はおかしいじゃないか。アリスネルもフィルも肉体を持ち合わせている。どういうことなんだい?」


『そうね。私もそれが誤算だった。アリスは、いえ、フィルネールはそれを拒んでアリスネルに肉体を譲った。そして、フィルネールは精霊と同化して仮初の肉体を得た。』


「フィルはどうしてそんなことを…」


『アリスは世界樹が貴方に愛される礎となるべく作った試作品だった。たぶん、あの子はそれに気づいていたんじゃないかしら。だからこそ貴方のもとを去った。その心をもつフィルネールは世界樹の意志では無く、この世界に生きる人々の意志を選んだんだと思うわ。ねぇ、私にとって精霊はこの世界の人々の想いの集合体、この世界の意志だと思うの。人の正の感情が彼女の望みを叶えたんじゃないかって思うと素敵じゃない。』


 フレイアは儚げに笑う。


「なるほどね。でも、僕はこうも思うよ。彼女の優しさがそうさせたって。」


 言葉にして短い当夜の見解はとても深いものがあった。それを知るフレイアは暫くの瞑想の後に切り出す。


『…どちらでもいいわ。兎にも角にも世界樹の思惑通りになってしまった。』


「アリスネルを乗っ取られる前にどうにかする方法を考えれば良いんだ。どちらも残れる未来を掴んでみせる。」


 すでに未来視の力を失っているに等しい当夜だがこの可能性に至ったあの日からずっと考えてきた。決して無策でここまで来たわけではない。


『やれるのならそれに越したことはないんだけれどね。もうすでに遅いのよ。アリスネルはすでに手遅れよ。ほとんど残っていないもの。アリスネルが真実に気づいたときにアリスネルは死を迎えるのよ。』


「真実に気づいたときって?」


『ええ、彼女が造りものだということ、緑邉当夜を愛するように仕組まれていたこと、自身が仲間を裏切っていたこと、これらすべてが彼女の感情を負の感情に暗く染めたときに瘴気に染まった世界樹の心が呼び合い、融合する。晴れてアリスネルの肉体は世界樹のものになる。』


「だからって昔の僕がアリスネルを愛するとは限らないんじゃ…」


『そうかしら。フィルネールは消滅し、テリスールもいないこの世界でアリスネルは特別な存在じゃない?』


「だけど僕はこの世界に留まるつもりはなかった。」


『この世界と貴方の世界をつなげていた存在は消えるのよ。すでに貴方たちに元の世界に戻る術はないの。世界樹に初めから首輪を繋がれていたようなものよ。そもそも、気づいていなかったの?』


「な、何に?」


『キュエルの姉が異世界の門になったのは緑邉当夜をこちらの世界に呼び出すためでしょ。』

(問題はどうやってディートゲルムを呼び出せたのか、なのだけど。)


「だとしたら、完全に世界樹の思う通りに動かされてきたってことか。

はぁ、さて、どうしたものかな。」


『安心して。最後はきちんと私が処理してあげる。私の宿る世界樹で貴方の肉体は消してあげるから。そうすればこの世界の人々も貴方から解放されるからね。』


「なるほど、君だったわけだ。」


『その様子だと貴方の時はうまく行ったみたいね。もちろん、貴方だけを終わりにしないわ。私も最後の力を振り絞ってのことでしょうし。』


「どういうこと?」


『私はもっと早く消えるはずだったんだけどね。フィルネットがこの身に匿ってくれているの。そんなことをすれば自身の体が奪われるかもしれないのにね。馬鹿な人。

フィルネットのためにも私はその時に全てのマナを注ぐわ。その時こそ私の最後。敵の手に落ちているかもしれない世界樹を動かすにはそれくらい必要なの。』


「君も損な役回りだね。」


『貴方ほどじゃないわ。私には救いがあるもの。』


「そうか。さてと、行かないとな。まったくもう少し早く教えてくれればよかったのに。」


『早く明かし過ぎたら逃げられちゃうかもしれないでしょ。』


「大丈夫だよ。僕の最善を尽くして選んだ未来だ。例え、世界樹に誘導されていたとしても最善を選んだ結果だ。きっと受け入れられる。」


『そんなのつらいだけじゃない。』

職場内感染の恐怖...

シフトがこんなに厳しくなるとは_(꒪ཀ꒪」∠)_

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