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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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初めての依頼

 この世界の朝のすがすがしさはきっと素晴らしいものに違いない。

 当夜は、排気ガスや騒音、そう言ったものが無い分期待していた。しかし現実はなかなか手厳しい。路上には馬糞が散らかり、そこかしこに串焼きの串などのごみが散乱していた。やれやれ期待しすぎたかと馬糞を踏まないように気を付けて進んでいくとやがて朝市の会場が目に入った。


「よう、坊主。なんか買っていけよ。母ちゃんに喜ばれるぞ。」

「腹減ってんだろ、串焼きうめーぞ。」

「坊ちゃん、飴、飴だよ。お母さん連れて来な~。」


 などとまくし立てるように店主たちが声をかけてくる。


「そこのお兄さん、」


 そんな中、当夜が今まさに求めている言葉が投げかけられる。思わずその声の主を探す。振り返った当夜に気づいた若者が優し気な笑みを湛えていた。


「お兄さん、占いを受けていきませんか?」


 そう、『お兄さん』、その言葉を待っていたのだ。振り返るとそこにいたのは当夜と同じくらいの若者、いやこの世界では少年と呼ばれる男の子がわずかなスペースに店を構えていた。

 当夜は久々に年長者として扱われた喜びに普段なら迷信事とばかりに遠ざけることがらにも関わらずつい早足で近寄った。


「君、僕をお兄さんって呼んだかい? なぁ、君は僕の年齢がいくつに見える?」


 その気迫はまるで【口裂け女】のそれであるが、少年におびえる様子はない。ただ、少し意外そうな表情を浮かべる。


「あれ? 気配は30歳くらいかなと思ったんだけど。全然若いんだね。僕と同じくらいかな? 僕はサクヤっていうんだ。えっと、占いを受けますか?」


 上目づかいで当夜を見つめる昨夜に当夜は一瞬驚きの声を上げて慌てて口元を隠す。


「え!?」

(目が無い? やばっ、失礼だろっ)


 そう、彼の目は無かった。失明でも、義眼でもない。くぼんだ瞼の隙間からは闇が覗いている。


「おう、坊主。そいつはやめときな。目が見えないんだ。そんな奴が人様の先のことなんか見えるもんか。」


 隣に食材屋を構える大男がにらみを利かせる。おかげで昨夜は小さく縮こまってしまったが、どこか鬼気迫る雰囲気を醸し出しながら再び顔を上げる。


「あの、大丈夫だよ。ちゃんと師匠のお墨付きももらったから。それに君は僕の言葉を聞くべきだと思う。」


「占い事は興味ないんだけどね。それって時間かかるのかな?」


「ううん。すぐ済むよ。」


「わかった。じゃあ、お願いしようかな。」


 当夜は自身のポリシーを曲げるつもりは無かったが少年の気迫と隣のオヤジの発言に負けるのが嫌で少年の話を聞くことにする。重要なのは話を聞くだけで占いを受けるということでは無い。と、当夜は自身に言い聞かせる。


「あ~あ、知らねーぞ。それよりどうだ、串焼き一本3シースだぜ。」


 この世界では占いは相応に有能なものとして受け入れられている。だがそれは貴族や大商人などの遊びのようなものだ。金を払ってまで受けるべきものではないというのが一般論である。そのため隣の商人は当夜を良いカモとみなしたようだ。強引に串焼きを押し近づける。正直買う気にもならないが、朝食が思わぬ形で少なくなったことや悔しいが良い香りなのだ。甘じょっぱい香りとカラメル色素が食欲をそそる。


「はあ。はいはい、じゃあ二本ください。」


 ここまでの話の流れで二本も買うのはおかしいと思われるかもしれない。だが、当夜とて無策で買ったわけでは無い。


「毎度あり! ほらよ。」


「では、6シースです。」


 ライラに朝食の材料費を支払うついでに小銀貨を両替してもらった当夜は中銀貨六枚を手渡す。まぁ、両替の前にライラが食材費の受け取りを散々拒否したので大変だったのだが。


「せっかくの縁だし、サクヤにも一本あげるよ。期待の前売りってことで。」


 当夜がオヤジに含みを持った笑みを向ける。一瞬受け取りを拒もうとしたサクヤも当夜の意図を読んだのかその手に受け取る。


「あっ、おい!」


 串焼きを思わぬ形で気に食わない相手に横流しされた串焼きオヤジは如何にも悔しそうな表情を浮かべる。


「あ、ありがとう! トーヤ君。朝食を焦げ付かせちゃったからお腹減っていたんだよ。」


「ん? 僕、名前って言ったかな?」


「言わなくてもわかるよ。見通す者だもん。占う相手のことくらい予見しているよ。」


「そっか。じゃあ、さっそくお願いするよ。」


「‘世に刻まれる記録を識る者よ、迷える者に導く指標を与えん’ 【プレディクション】」


「それって何の精霊?」


「汝はこれより先、別れに涙するだろう。救いたくば生きよ、願え。今の汝には過去に抗う術は無い。無くともその術を得られる権利を持つ。可能性の枝葉は数限りなく広がる。その先にある祝福と言う果実にたどり着けるかは汝の努力次第だ。たどり着きたくば追え。すべての枝葉を追うが良い。」


 当夜の質問に一切答えること無く単調な言葉遣いで占いの成果を伝える。その目は見えないはずなのにどこか宙の一点を見つめ、まるでそこに何かが記されているかのようだった。


「な、何を言っているんだ? おい、サクヤ!」

(何か不気味なくらい真に迫っていたぞ。)


 占いという名の予言の中身よりも当夜にとってサクヤの様子に不安を覚えた当夜はすぐに彼の体を揺らして呼びかける。


「あ、終わった? どうだった、【時空の精霊】からのお告げは?」


 先ほどまで何者かに操られてでもいたのか当の本人はケロッとした様子で当夜を振り返る。これが普段通りの儀式なのだろうか。だとしたら大いに不気味である。中身があまり入ってこなかった当夜ははぐらかすように尋ねる。


「どうって。どうもこうも一体アレはどういうことなんだ。」

(【時空の精霊】の魔法ってことか。だとすると彼も僕と同じ祝福を受けたのか。なんだ、珍しいとか言って意外と身近にいたんじゃん。しかし、この魔法は使いたくないな。何か操られているみたいだもんな。そう言えば、どんな内容だったかな? あんまりしっかり聞いてなかったんだよね...)


(汝はこれより先、別れに涙するだろう。救いたくば生きよ、願え。今の汝には過去に抗う術は無い。無くともその術を得られる権利を持つ。可能性の枝葉は数限りなく広がる。その先にある祝福と言う果実にたどり着けるかは汝の努力次第だ。たどり着きたくば追え。すべての枝葉を追うが良い。)


 サクヤの声では無い何かが頭の中を駆け巡る。それでも不思議と一瞬にしてサクヤの語った予言の内容だと理解できた。もちろん、意味はわからない。


「な、なんだ!?」


 当夜が慌てふためいて後ずさりしたのを感じとったのかサクヤが小さく笑いながら頭を掻く。


「ごめん。僕も【時空の精霊】様の言葉を借りているだけで僕自身は聞けてないんだ。聞いたのは君だけ。周りの人にも一切届いていないはずだよ。安心して。一応、心に刻まれるはずだから気になるようだったら念じてみて、もう一度聞きたいって。」


「安心してじゃないよ。何だか気になることだらけ、わからないことだらけだったよ。」


「そっか。じゃあ、ヒントになるかどうかわからないけど最初の一文に思い当たることがあればそこが予言のスタート地点だよ。まぁ、すべてが当たるわけじゃないし。少し心のどこかに留め置いてくれればいいんだよ。」


 そう言うとサクヤは立ち上がる。目が見えないとは思えない足取りで路地裏に歩き去る。どういうわけだか当夜はその姿が消えるまで追いかけることはおろか声をかけることすらできなかった。


「お、おいっ」


「お代はさっきの串焼きってことで。どうもありがとう。」


 完全に姿を見失った当夜の問いかけに路地裏から返答が返ってくる。まだいると確信した当夜は路地裏に駆け込むと曲がり角から顔を出す。


「お、おいってば!」


 そこはL字の行き止まりであった。いるはずのサクヤの足取りはぷっつりと途絶えていた。

 首を傾げながら戻ってきた当夜に串焼きを売りつけた男が不安げに声をかける。


「なぁ、坊主。俺は気づいたんだが、そこは通路前だから店を出せねぇはずなんだ。それに今のガキ、目が合ったんだ。いや、違うな。顔が合ったんだ。不気味だった。何もない、でも何かが渦巻いていた。何なんだ、あいつは...何なんだよ! くそっ、胸糞悪ぃ...」


 もはや最後の方はつぶやきであって当夜には向けられて無かった。その後は尋ねたところで応えは得られまいと話をする気にもならずに朝市を後にした。



 道中、何度もサクヤの残した予言が頭を巡る。どうしても気になるものは気になるのだ。だが、彼曰くところのスタート地点に立っていないからかまったく思い当たるところに行きつかない。そんなやり取りの後なだけに狐につままれたような気持ちでギルドに到着すると、ドアを開けて中に入っていく。


(う~ん。気にはなるけど今はわからなそうだな。それよりもせっかくのギルド、せっかくの冒険者だ。非現実を楽しまないと!)


 果たしてどんな依頼が待っているのか。ゲームや物語にあるような、英雄譚の序章を飾るようなそんな冒険をしたいと当夜は大人げなく胸を躍らせていた。そう、依頼書を見るまでは。


 10級の掲示板を眺めると、数十枚もの紙が貼られていた。

 ・件名:家畜用のヒツジが逃げ出した。連れ戻してほしい。 依頼者:オークンス 報酬:チーズ2玉

 ・件名:我が家の前の馬糞の清掃(南本通り) 依頼者:グルブル・シーケンス 報酬:20シース

 ・件名:馬糞およびごみの清掃(全域) 依頼者:環境室 報酬:基本給2シース+出来高

 ・件名:お弁当の配達 依頼者:エント食堂 報酬:昼食券1回分


 などなど。まさに雑用であった。そして、いずれも貼っては剥されを繰り返しているとみられる跡があった。


(おそらく、受付に持って行って詳細を聞いて難しいあるいは利益が無いと判断されたんだろうな。さて、どれにするか。)


 もちろんそれだけでは無い。完了するたびに再び貼り直されるからだ。この世界では紙は極めて貴重品なのだ。ともかく、何か期待を裏切らない依頼は無いか見ていくと何度も貼り直された痕跡のある依頼書があった。


・件名:きれいな石の採取 依頼者:ルーフェン 報酬:モノによる


(これはまさに僕向きではないか。出来高みたいなもんだし、これなら手持ちの石でいけるだろ。)


 依頼書を剥すと受付にテリスールを見つけてその列に並ぶ。すでに列に並ぶ人はおろかギルドに人影は少なく、すぐに自分の番が来た。当夜が占いにあたふたしている間にピークは過ぎ去ったせいである。


「おはようございます。テリスールさん。」


「おはようございます。トーヤさん。今日はどうされたのですか?」


 テリスールが笑顔で挨拶を返してくれる。


(テリスのあの笑顔、本物だよ!)

(ついに姉さんにも春が!?)

(違うわよ。あの様子は可愛い弟を出迎える姉の姿よ。)

(え~、弟って可愛い? うるさいだけだって。)

(あんたたち、仕事! 仕事!)


 周囲が一瞬ざわつく。当の二人は気づかず首を傾げたり、周囲の様子を確認している。大事でないと結論付けた当夜が切り出す。


「ん? いえ、依頼を受けに。これなんですけど。」


 受付台越しに差し出した依頼書を受け取ったテリスールは首を傾げると難しい表情になる。


「うーん、トーヤさん。依頼は朝一番に来ないと良いものからどんどん取られてしまいますよ。

 それで、受けられるのは...

 これは、トーヤさんにはきついのではないでしょうか。鉱山をお持ちか魔窟に挑むかしないとルーフェンさんがお求めの結晶は採取されないでしょうし。良いものは深いところに眠っていますから。何よりこの依頼はすべてのランクに貼り出されているので高位冒険者ほど有利になります。一応受けてもらうことはできますが道端にある石ころでは満足してもらえないと思いますよ。評価が低いと今後の昇級にも影響があるから無難なところから進めた方がいいと思います。」

(本当は一度取ってしまった以上受諾してもらう決まりだけどトーヤ君は初めてだし良いよね。説明も兼ねてということで。)

「あと、今回は特別だけど一度剥した依頼は必ず受けることになるから注意してね。今回はレイゼルの説明不足もあったから特別だよ。これは静かに戻してきて。」


 テリスールはいつもの生真面目さにあるまじき思考に陥っていることに気づかない。体を乗り出すと周囲に見られないようにそっと依頼書を当夜の手に戻す。


「はい。気を付けます。ありがとうございます。」


 当夜は受け取りながら声の調子を合わせて礼を述べる。


(ピンクサファイアでいけば結構自信があるんだけど。まぁ、確かにいきなり目立つのも危ないか。)

「じゃあ、どんなのがお勧めですか?」


「トーヤさんには...

 これなんていかがですか? 時空の加護持ちですからアイテムボックスを使えば結構簡単だと思いますよ。」

(話は長いのですが。おかげで誰も受けてくれないのよね。短気な冒険者だと喧嘩になっちゃうし。その点、トーヤ君なら安心かな。)


 差し出された紙には

  依頼番号:1502紫8火268号

  依頼者:薬事処『ペール』、薬師ペール (住所:クラレス北街4-3)

  報酬:基本給10シース、出来により【下級治療薬】×5(びん)まで追加報酬あり

  期限:クラレスレシア1502年 紫の月 15の日 光の鐘 までに来店すること

  内容:戸棚と在庫の整理、店主との雑談を含む。拘束時間は5鐘程度。昼食はなし。


(基本給は2食分にもならないか。ただまぁ、治療薬は結構気になるところだな。)

「ちなみにこの時間まで残っていたわけは?」


「気になりますよね? 当たり前ですね。おそらく仕事はほとんどありません。多くは依頼者の昔ばなしや調薬話の付き合いがほとんどになります。」


 テリスールは再び前かがみに当夜に顔を近づけると再び砕けた口調となる。


「ここだけの話、冒険者の人たちは短気な人が多くてなかなか釣り合わないの。仮にそういうことができる人は別の仕事に指名されちゃうことが多いし。つまり、トーヤ君は期待の星ってことだよ。」


「ま、まぁ、調合自体には興味ありますし、いきなり討伐とかする気が無かったので情報収集がてら受けてみます。どうしたらいいですか。」


 期待の星などと称されては悪い気はしない。照れ隠しに顔をわずかに逸らしたが当夜はテリスールの様子をうかがう。テリスールが笑いを押し殺しきれずに漏れる。


「ふふ。それじゃあ、依頼板から裏面にこの番号の打たれた依頼書を取ってきてもらえる?」

(ああ、もう! 可愛いなぁ。弟にほしいよ、トーヤ君。)


 投げた棒切れを拾いにいく子犬のように当夜を見つめるテリスールは気づいていない。そのらしからぬ緩んだ顔とその姿を本日の話のネタとして見えないメモ帳に速記する同僚たちの鋭い視線に。

 そんな渦中の中心にいるとは思いもよらない当夜は10級の依頼掲示板の前に立つと該当する番号の依頼書をはぎ取って思惑が荒れ狂う受付に戻ろうとした。後ろからの不躾な目線に嫌な予感を感じながら。

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