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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
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変わる未来

「ほう、ライナーですか。理由をお尋ねしても?」


 人払いされた王の寝室でその主が窓辺に座す【深き森人】に丁重に尋ねる。


「未来において彼ほど当夜と相性の良い人物がいないからね。何より信頼しているから、というのが大きいかな。」


 青年は穏やかに答える。彼の変化は王の目から見ても明らかに穏やかになっていた。


「なるほど。他の兄弟に負けじと背を伸ばしておりますが性根は優しい子ですからな。」


「今回は頼みたいことがあってね。また、君の立場を借りても良いだろうか?」


「それはもちろん構いませんが、今回は私も立ち会う形でお願いしたいのです。」


 それは王が2人いることを知らせるようなものだった。そして、ライナーを王に据えると宣言しているようなものだった。しかし、当夜の予言により次期国王への継承は1年半ほど先のことになっているはずだった。これまでのこの国の在り方を考えると異質な発言だった。


「・・・どういうことだい?」


「私の余命は残り2年を切りましたな。ともすれば次の王に我が王家の由緒を、貴方様のことを伝えなければなりますまい。」


 普段であればこのような発言は慎むべきところであるが王には確信があった。


「だけど、僕が示した未来ではあと1年以上先のこととしていたはずだよね。場合によっては内乱につながるかもしれないよ?」

(それに僕の知る未来では王の後を継ぐのはライナーでは無かったはずだ。)


 当夜が試すような口ぶりで問う。


「それはご覧になってのことですかな?」


「一般論としてだよ。」


 小さく笑う当夜。


「であれば問題ありますまい。今の私は魔人と魔王の再来を返り討ちにした強い王です。その威光を存分に活用しましょう。それに私にはかのライト様を超えうるトーヤ殿がおるのですから。」


「あれは、」


 笑う王に苦笑して返す当夜。あの件にほとんど関与することができなかった身としては心中穏やかではない。


「あの娘は貴方様がお救いになったことなのでしょう。ですが、あの後のあの魔法は彼が成したものとギルドマスターから聞いておりますぞ。」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 胸を貫かれ、魔核を砕かれたテリスール。


「えっ? っう゛ぁ!」


「テリスっ!」 


 口から血を咳き込むテリスール。当夜が叫ぶと、紅と黒の入り混じった髪を持つ男は嬉しそうに彼女を当夜に放り投げたのだった。慌てて彼女を抱き受けると、手に血が勢いよく流れる感触が伝わる。


「ちが、う。あなた、じゃない。」


「おいおい、どういうことだ。絶望しろよっ。俺がてめぇの母親を、てめぇら家族を滅茶苦茶にしてやったんだぞ!」


「喋っちゃ駄目だっ」


 当夜がテリスールに上級治療薬を祈る気持ちでかける。どうにか出血が止まり、その顔色が赤みを戻す。


「ちっ」


 その光景にペルンが再び貫手を放とうとするもギルスの渾身の蹴りが双方を引き離す。


「テリスっ、大丈夫か!?」


「どうにか一命は取り留めましたっ」


 テリスの胸に耳を当てていた当夜が涙ながらに答える。


「よくやったっ」


 当夜の声に思わず振り返るギルス。だが、そこにペルンが迫る。


「ふざけるなっ」


「ギルスさん!」


「がふっ。」


 線の細い体から繰り出される蹴りが剛体なギルスを吹き飛ばす。だが、余裕の無い姿にギルスが笑う。その手から包みが投げられ煙幕が覆う。


「ちっくしょうぉおおぉがぁああ」


 煙幕が灼熱の怒気によって吹き飛ばされる。


「消えろぉおおおっ」


当夜とテリスールに向けられた致死性のどす黒い炎は、当夜に【遅延する世界】を与えた。その刹那の中で黒く染まり切った渡界石が当夜の前に現れる。もはや猶予はない。ここで当夜だけが引き戻されるのであればせっかく救えるテリスールを見殺しにしたも同じとなってしまう。


「させるかぁぁあああ!」


 火炎に向かって手を伸ばす当夜。どんな手でも良い。どんなものでも呑み込んで掻き消してしまうそんな夢のような力をとにかく望んだ。その答えが彼の手の先に現れた。

 迫る黒炎に比べて小さすぎる点だった。黒に黒を重ねても見えるはずの無いものが確かにそこに浮かんでいた。


「なんなんだ、それは、」


 ペルンの魔法が呑まれ、当夜の姿は消えていた。だが、ペルンとテリスールの間に浮かぶ漆黒の珠はその場に残り続ける。次の瞬間、【暴食】はペルンの体内に転移すると彼を内側から喰らい滅ぼしたのだった。

 その後、テリスールを案じて急ぎ戻った当夜は残る鎧騎士をその魔法で倒すこととなる。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ああ、【暴食】だね。」

(あれはもっと後に修得するはずのものだった。ずいぶんと盤面が変わってしまったものだね。おかげで最善と見ていた未来が次々と書き換わっていく。だけど、今は追い風とみて進むしかない。)


「まったく恐ろしい魔法です。魔の騎士や魔人をあれほど容易く屠ってしまうとは。」


 王は初めて報告を受けた時の驚きをあらためて口にする。


「そうだね。」

(僕の知る未来と違う。僕が僕とは違う存在になっていく。)


 それは不安というものだろうか。おそらくは繰り返されるはずの未来において当夜の意識は過去に飛ぶ。それを見計らって自身は戻るものとばかり思っていた。そこから先の未来を見ることができないのはきっとそう言う理由だと信じていた。だが、ここのところ見られる変化はそれを揺らがせている。


「それで我が息子にどのような依頼を?」


 しばらくの無言の間。それを振り払うように王が尋ねる。


「ああ、そうだった。実は各家庭にある思い出の品を一時的に借り集めてもらいたいんだ。」


「思い出の品ですか。ずいぶんと抽象的な探し物ですな。」


「物自体に用はないからね。そこに宿る人々の想いが必要だ。だから、奪うんじゃ駄目なんだ。それができるのが彼だと信じている。」


 未来を見るものとしてなら知っていると言った方が正しいはずだが、当夜個人としてなら経験上の彼の人となりを信じてのこととなる。もちろんそんな理由が王に伝わるはずも無く。


「信じて、ですか。」


「そう。ライナーを信じているからだよ。」


 思わず遠い過去を思い起こす当夜はどこか遠くをぼんやりと眺めてしまう。


「あの子とそのような接点は無かったはずですが...」

(いや、私が知らない間に何かあったのかもしれぬか。いずれにしても次期国王はライナーとする。そのことに変わりはない。)


 それ以上を問うこと無く王は自らを納得させる。彼の意向に従うことこそがこの国を守ることにつながる。賢者と呼ばれた初代国王から引き継がれている約束は形骸化してきているが、それでも一個人として彼に受けた恩義を思えば信じるに足りるのだ。


「そうだね。今は、ね。」


「なるほど、我が子は未来でお役に立つのですか。借りばかりを作ってきた我々でしたが、ようやく貸しを作ることができるのですな。」


「君たちにとって借りなんて無いんだ。君たちはいつも僕に尽くしてくれた。僕たちはどこまで行っても対等だよ。」


「光栄でございます。ですが、我々には我々の信念があります。それはどこまでも貫かねばならないものです。きっとライナーも受け継いでくれると信じております。」


「そうか。だけど、そのことはこの旅においては伏せておいてくれ。」


「承知いたしました。」


 王が何のためらいもなく膝をついて首を垂れる。その光景はどちらが王かわからなくなるものだったが、ただ当夜はいつもの如く苦笑を浮かべているのだった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「父上!?

 き、危篤との報を受けて来たのですが…

 …ハハハ、道理で近衛が穏やかなわけだ。」


 毅然とした姿で玉座に座す国王の姿を見てライナーはその意味を理解して安堵に肩を落とす。


「もしもの時の予行練習のようなものだ。許せ。」


 レゼルダスはその姿に嬉しさを覚えつつも表情に出さずに招き寄せる。


「それは構いませんが。ともすれば何かご用件もあっての招集ですか?」


 王の前で片膝をついて見上げたライナー。


「ああ、そうだ。

ライナー・アウロ・クラレシア、おぬしに特命を与える。レアールのドワーフ王ダイタル様に資材援助の要請と、アルテフィナ法国のフィルネット教皇に王位継承の知らせを届けるのだ。それと、おぬしの婿入り先のコートル王国にも立ち寄りなさい。良いか、すべてはこれらの書状にすべて認めてある。この件は内密に進めよ。おぬしも中身を確かめることは許さん。」


 王は隣に立つ秘書官に文を渡す。秘書官は厳かにライナーへと手渡す。そして、ライナーはそれを恭しく受け取るのだった。


「はっ! ですが、父上、無礼を承知で申し上げます。未だ父上はご健在です。このような国の危機的状況の続く中で兄上に引き継ぐのは危険かと具申します。どうかもうしばらくお時間をおかけになっていただけませんか?」


 ライナーは継承権第一位の兄に王位を譲る旨が記されていると理解したことでこの国を案じて声を上げる。本来なら許されない行為だがどのみち他国に渡る身としては最後の役目とばかりに生まれ持った気性を押し通す。


「おぬしの言いたいこともわかるがもはや猶予はない。我にも考えはある。それと、レアールへの要請にはおぬしの持てる財力をすべて費やすのだ。これは国民のために王族が成すべきことの宿命と受け止めよ。」


「はっ! 至らぬ者の愚言をお許しください。」


「かまわん。12日後に立て。それまでに我も支度を整える。それと、トーヤ・ミドリベとの親交も深めておくのだ。おぬしには必要な存在となる。」


 先ほどまで国王の横に立ち、今はライナーの脇に立っていた秘書官がレゼルダスの声で、姿で助言する。その姿はどちらもが王の風格を備えており、呆気にとられるライナーにはどちらが本物の父親なのかまったく判別つかなかった。

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