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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
302/325

変わる未来

「あ、ああ、もち、ろん、だよ…」


 幸せの最中、当夜が突然に涙を流し出す。あってはならない未来、それでもあってほしかった未来に心が揺らぐ。それを正すべく、あるべき姿を見せようとするかのごとく当夜の能力が暴走する。


(トォ、ヤ。ありが、とう。

 う゛っ!

 私、トーヤの、こと、好きです。

 あ、なた、の返事、聴か、せて...)


「僕は、僕も君のことが好きだ!」


(そっか。なら、よかっ、た。

 わた、し、トー、ヤ、しあ、わ、せ、なっ...)


「待って、待ってくれ! テリスっ!」


 当夜の知る悲しく悔しい光景。彼の意志とは別にこの未来を拒むかのようにあの時の再現が上映される。


「そうなんだ。私、答えを、幸せを貰えたんだね…」


 共有したテリスールが確信めいて呟く。


「ごめん。今のは、違うんだ。見せるつもりはなかったんだ。」


 慌てて幻術を解く。すでに解く意味すらなかったが。


「ううん。貴方はちゃんと幸せな夢を見せてくれたじゃない。どっちも幸せになれる夢だったよ。それに、私は何を見ていたとしても何も見ていなかったとしても同じことをしていたと思うの。」


 テリスールのひどく穏やかな表情に当夜は怖気を覚える。


「やっぱり君にこれを見せるべきじゃなかった。なのに、どうしてこうなってしまうんだっ」


 変わろうとしていた未来が無理やり戻される。例えそれが選べない未来だったとしても当夜はその先を見たかった。


「それってやっぱり私に死んでほしくないからってことかな?」


 小さく笑いながらテリスールが尋ねる。


「当たり前だろ!」


 当夜は余裕なく声を荒げる。


「そっかそっか。ふふ。愛されてるなぁ、私。」


 悪戯を成功させた子供のようにはにかむテリスール。


「そんな呑気なこと言っている場合じゃないよ。あぁもうっ、正直言ってどんなリスクを背撮ってでもどんな汚い手を使ってでも君に生きててほしいんだ!」


 当夜はこの先に広がる数多の未来の収束点が一つにまとまることを知る。彼にとっての最善に至る未来を知る、それが【時空の精霊】の宿命ともいえる。過程は僅かに揺らいだものの結果は変わらない。だが、彼女の続けた言葉は彼の知る未来の予言書には無いものだった。


「そっか、私も死にたくないなぁ。こんな熱い告白を聞いちゃうと。」

(やっぱり、こっちのトーヤ君は私を救うために未来から来てくれたトーヤ君なんだ。それなら納得がいくことばかりだもの。)

「それであっちのトーヤ君はこの未来を知っているのかな、未来のトーヤ君?」


 嬉しさからくる笑みを抑えずにテリスールは尋ねる。


「そりゃバレてるだろうけどさ。もちろん向こうは知らないよ。だから、ここで下手に君を救っちゃうと未来が大きく変わって結果的に世界が滅ぶ方向に進んじゃうんだ。そのためにどうにか君が死んだ風に見せかけて、」


 天を仰ぐ当夜。細部まではわからないが少なくとも幻術による偽装程度では彼女はどうしても助からない。


「それでもどうにかして、君の身代わりを用意してでもっ」


 答えは見えなくとも開き直った当夜はどの時間軸でも認めてこなかったことを、心の内に秘めていた実現できそうもなかった希望を告げる。


「ううん。その必要はないよ。」


 神妙な表情で当夜の希望を否定するテリスール。彼女の知る当夜が壊れる前に止めなければならいという気持ちが強まる。


「いやいや、テリスだって死にたくないって言ってたじゃないか。」


 一瞬呆けた当夜はあたふたと言葉を繕う。


「ええ、そうよ。だけど、そもそものところ、貴方が見せてくれた通り、魔人としての瘴気が私の肉体をだいぶ蝕んでいるの。だから、どのみち私は助からないわ。それならトーヤ君の成長に役立てたほうがずっといいじゃない。」


 テリスールが当夜の後ろに回るとそっと抱きしめて頭を撫でる。


「それは僕がどうにかする。今の僕ならできるんだよ、テリス!」


 胸に回された腕を強く握って振り返る。テリスールの目線と交差する。


「その結果があったとして私は君を見殺しにできると思うの?」


 当夜の心の内を見抜いたような透き通った瞳に迎えられる。


「そ、それは…」


「結果は変わらないんじゃないかな。」

(それに、こっちのトーヤ君なら有無を言わせずに私を救うことができたはず。それをあえてこういう形で私の口から助けを求めさせようとするなんて本当は彼自身もそれが正しくないことをわかっているからだと思うのよね。)


 言葉に詰まる当夜を置いて上を見上げたテリスールが続ける。


「変わる。変えてみせる、だからっ」


 戻された目線に抗うように当夜は語気を強める。テリスールは一瞬驚きを顔にしたが、すぐさまに表情を緩めて当夜の頭をポンポンと叩く。


「うんうん。ありがとう。でもね、トーヤ君が私のために瘴気に苦しめられるのは嫌だし、世界の滅びの一助になるのも嫌なの。だって、この世界には私の大切な人が多すぎもの。」


「…テリス。」


 悲痛な表情を浮かべる当夜に苦笑で返すテリスール。彼女なりの決断があってこの答えなのだ。それを当夜に伝えなければならないと悟る。だが、それは彼女にとってあまり知られたくない過去、自身の内面を見せることになる。少しの間をおいて話し出す。


「私ね。幼い頃は周囲に当たり散らすことで瘴気を発散していたの。誰だって負の感情なんて抱えていたくないでしょ。でもね、ある時気づいたの。これじゃあ、私の嫌いな両親と同じなんだ、自分のことしか考えていないって。だから、アルピネルさんの癒やしを拒んだり、困っている人を手助けする仕事のできるギルドの受付になったり、苦しいことは私が引き受けて幸せを振りまくんだって。それが魔人の血を引く私にできる最大の抵抗だと思っていた。だけど、それがまんまお母さんと同じだったなんて思ってもいなかったんだけどね。」


「…」


「この世界には瘴気があふれているのにその反対が無い。まるで負の感情はあっても正の感情は無いかのように見えるわ。でも、そんなはずない。だれもがそのどちらも持っているはずだもの。ただ、幸せは手離したくなくて、不幸は手放したい。幸せは近しい人に、不幸は縁遠くに。それが瘴気を目立たせている。でも、逆を言えば正の力だってこの世界に溢れているはずでしょ。それを見つけて使えるようにすればきっと中和できる。」


 テリスの視線が同意を求めて当夜に向けられる。


「ある意味でそれがこの世界の真理でもある。正と負の感情は対極だけど表裏一体。どんなに汚い感情も裏を返せば正の感情が隠れている。僕が瘴気を中和する時にも用いている手だ。だけど、戦争や自然災害、理不尽な仕打ちから来る怨念や怨嗟は違う。あれは内から救うことができない。君の言う通りに別のところから正の感情を持ってくる必要がある。だけど、君も言っていただろう。幸せを手放したい奴なんていないって。」


 答えた当夜の表情はとても冷淡だった。


「難しいかも。でも、誰にだってできるよ。私にだって気づけたんだもの。今はまだそれが必要だって気づいていないだけだよ。」


 慌てて取り繕うように言葉を紡ぐテリスール。そんな彼女を当夜は眩しそうに見つめる。その先には彼女の父親の姿が重なる。


「君は特別なんだよ。本当の瘴気を引き受けてきた君は。」


 当夜は寂し気にほほ笑む。


「そうじゃないよ。私は瘴気を抱えきれなかった。でも、それをほどいて癒してくれたのは私の周りの人達だった。もちろんトーヤ君もそう。それって愛情だと思う。この世界の誰もが受けられる権利として持っているはずだもの。それに君も言っていたじゃない。愛情は分けるものじゃ無くて生まれるものだって。」


 テリスールが諦めた表情の当夜に抗議の声を強める。


「あれはただの例えだよ。」


 当夜が頭を搔いて目線を落とす。


「私にとっては真理だよ。愛情だけじゃない、幸せも一緒。分けるんじゃなくていっぱい生み出せばいいじゃない。受けられる権利があるってことは与えられる権利だってあるってことでしょ。」


 当夜のおでこを人先指で押し上げて目と目を合わせる。


「そんな無茶苦茶な…」


 当夜は世界が簡単ではないことを知っている。理不尽を、災害を、戦争を、結果として瘴気を減らす努力もしてきた。それでも最善の結果の組み合わせの上に今の理不尽な世界がある。瞳が泳ぐ当夜は再び俯こうとする。それを許さないテリスールは両頬を包んで固定する。


「無茶苦茶じゃないよ。不幸ばかりが連鎖するなんてそれこそおかしいよ。幸せだって連鎖するべきじゃない。それこそが均衡ってものでしょ。ううん、幸せも積み重なっているんだよね、この世界は。」


「やれやれ完敗だよ。」


 折れない強い意志のこもった瞳に当夜は笑って受け入れるしかなかった。


「瘴気の対となる存在、ここでは聖気とでも呼ぼうか、それを得るには正の感情をわけてもらわないとならない。それも赤の他人に。出来ると思う?」


「難しいね。でも、きっとできる。」


 テリスールが当夜の手を積空強く握る。その手はとても温かだった。


「君に言われると説得力があるね。」


「でしょ。だから、トーヤ君、君も受け入れて。逃げないで。」


「ずるいよ。」


「…」


 返事を渋る当夜にテリスールは上目遣いで促す。


「…わかった。わかっていたよ。でも、それなら僕も、緑邉当夜も幸せになる権利があって、テリスにはそれを与える義務があると思うんだけど?」


 ジト目でテリスールに訴える。これで一矢報いることができる。おそらくはあっさりと論破されるであろうが。

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