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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
301/325

変わる未来

「お母さん…」


 呆然とつぶやくテリスール。ただ、頬を伝う一筋の涙が彼女の心象を表す。


「思うところはあるだろうけどこれが真実だよ。」


 当夜は彼女の推し量れない心内の正解を求めて観察する。その気配に気づいたのかテリスールは小さく笑う。


「心配しないで。今でも許せないことも多いけど、でも、知ることができて良かった。ありがとうございます。」

(私、ちゃんと愛されていたんだ。捨てられたわけじゃなかった。)


 深々としたお辞儀。


「大人だね。」


 当夜が知る光景だが、映像を見ただけとは大きく異なる。その場の空気までは読めなかった。だからこそ、この一言が出てしまったのだろう。


「いいえ、私は子供でした。今だってどうだかわかりません。」

(道理で母の悪口に賛同してくれる人はいなかったわけだわ。たぶん、みんなが私の母への思い込みを正そうとしなかったのは私が子供だったから。今だって彼がこの光景を見せてくれなかったらきっと誰の話も聞こうともしなかったでしょうね。)


 恥じて俯く。


「大丈夫だよ。君は十分に大人だ。」


 当夜はそっと抱きしめる。テリスールの腕が返すように当夜を包む。

 当夜は彼女に宿る瘴気の吸収を試みる。


「…」

(拒絶された?)


 瘴気については誰よりも取り扱いが長けたはずだった。彼女の母親の最後に託された願いが無くともそのつもりでこの場に臨んだのだ。この場面の可能性は何度も確認した。その中にこの光景は無かった。この結果は完全に予想外だった。


(やっぱり。)

「自信は無いけど。そういえばトーヤ君?」


 努めて自然な問いかけ。もしも当夜に動揺が無ければ引っかかることの無かった問いかけ。


「はい?」


 条件反射だった。そこに何ら失態の文字も見受けられない。


「やっぱりそうだったのね。」

(私の奥底にしまい込まれたこの悪意に気づいたのはトーヤ君だけだもの。)


 クスリと小さな笑いが漏れる。そこで初めて当夜は気づいた。


「え゛!?

 いや、誰だい、それは?」


 未来を知ることができる立場が即興の対応力を奪っていたことに今更ながらに気づかされる。


「ふふ。いつも気にかけていた男の子でしょ?私の中の瘴気をいつも癒そうとしてた。今にみたいにね。」


 してやったりと言わんばかりの笑みでテリスールが続ける。そこには強い確信があった。


「へ?」

(どういうことだ。何を間違った。いや、違う。当時の僕にそんな力は無いはずだし。なんだこの展開、僕が知らない流れだ。)


 久しぶりに流れる冷や汗に想像以上に冷たい怖気を感じる。


「そんな変装までしてどういうつもり?それにさっきまでの魔法はどうやったの?それと私の両親のことはどうして知っていたの?」


 正体を問う前者は別として後者は本来の流れの問いと同じものだった。そのことから本来の未来につなげるため無理やり彼の中であるべき台詞を投げかける。


「ねぇ、テリス。君は、幸せな夢と悲劇の予知夢のどちらが好みかな?」


「それってどういう謎かけ?」

(ふふ。焦った姿も可愛いなぁ。ちょっと大人ぶってみたい年頃なんだろうなぁ。こういう姿にも癒されるよね。)


 嬉しそうにテリスールは尋ねる。


「…」


「もう、しょーがないなぁ。じゃあ、幸せな夢かな?」


 姉が小さい弟のいたずらを許すようにほほ笑む。


「え?」


 当夜が知るどの道筋でもテリスールは未来予知を選んでいた。なぜなら、彼女は当夜の正体を【時空の精霊】と見破り、彼の問いの意味を聡く理解して選ぶのだった。そうでなければ当夜は彼女より先に死を迎え、彼女もまた救われることはない。いや、むしろ、彼女の中の瘴気を中和できなかった時点でより最悪な未来が創られてしまった。


「だって予知夢なんて見ちゃったら変えたくなるかもしれないでしょ?」


 当夜が問いただしたかった理由があっさりと明かされる。


「変えちゃえばいいじゃないか。」


 むしろ変えなければならない。


「その結果が悪い方向に転がったら嫌じゃない。」


 幸せそうな笑顔。その反動が世界を滅ぼすとも知らずに。


「でもっ」


「そんなにトーヤ君が熱くなるってことは私にとってあんまり良い未来じゃないみたいね。」


 ようやくテリスールがまじめな表情を見せる。


「だからトーヤじゃないって。」


 反射的に否定する。自ら話をややこしくしてしまったことに当夜は溜息をつく。


「それ、まだ続いていたんだね。」


 苦笑するテリスール。


「だから、」


 言い訳を考えようとする当夜を窘めるようにテリスールが遮る。


「はぐらかそうとしないの。そもそも私の意志に関係なく見せることもできるんでしょ。そんな変な選択肢を出したりしてるってことは何か意図があるんだよね?」


 そこで本来なら彼を【時空の精霊】と見破り、未来視の祝福を受けるはずであった。


「トーヤ君が望むならもちろんそっちを選ぶよ。でもね、私に選ぶ権利があるならやっぱり変えられない。」


 前提として目の前の存在が超常的な存在でなく、彼女の良く知る知人では進む先の当然異なる。


「どうして?」


「だって、貴方が用意してくれる私が幸せになれる夢なんだよね。そっちのほうが凄く楽しみだもの。」


満面の笑顔があった。


「楽しみって…ただの幻想だよ?」

(ああ、彼女の中の瘴気を癒せなかった時点で失敗だったのか。テリスも逃れられない死期が近いことを知っているから僕が伝えたい内容が自身の物だと理解してしまったんだ。この世界軸から離れないと…)


「ふふ。わかってないなぁ。幸せな夢が欲しいんじゃないの。私のために貴方が用意してくれるってところが良いの。」


 当夜が【時空の精霊】としての力を発動させることを取りやめるのに十分な言葉だった。


「そっか。もっと早くにこの選択をせまるべきだったってことか。」

(この先が知りたい。例えあるべき世界軸に戻るのが困難になるとしても。)


「そうね。トーヤ君と出会う前とかね。」


「違いないね。」


「ね、早く見せて。」


 再び当夜の瞳が紫色に染まる。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『ただいま、テリス。』


『おかえりなさい、トウヤ。今日の報告は?』


『ついさっき受付で報告したばかりじゃん。』


『んーん。貴方のお嫁さんだけに報告することがあるでしょ?』


『今日もお疲れ様。』


『…事務的。』


『今日もきれいだよ。』


『それは朝聞いた。』


『君に会える時間が少なくて寂しかったよ。』


『うっ、それは有りだけど、わかってるでしょ。』


『はぁ。』


『ん。』


『愛してる。』


『私も。ほら、ん~』


『あ~もうっ、やっぱり王道が一番よね。』


『…まったく、それだって毎朝言ってるじゃん。これじゃあ、愛してるの大安売りだよ。』


『いいじゃない、大安売り。高騰しているよりずっと。』


『いやいや、ほら、ちょっと抑えていた方が高級感とか稀少価値が味わえるんだよ。』


『わかってないなぁ、トウヤ君。毎日食べている私の手料理、安売りの食材使っているからお値段は結構控えめだけどトウヤ君のためだけに作られているなんてものすごい稀少価値だと思わない?』


『う、ん。確かに?』


『それにほら、近いうちには私たちだけの食事じゃなくなっちゃうんだから堪能しないと。』


『そうだね。』


『でしょ。だから、愛してるって言葉もおんなじ。この子にも向けられちゃうんだから今のうちに堪能しておきたいじゃない。』


『本当に敵わないなぁ。ただね、僕は子供が生まれてきても君を変わらず愛してみせる。愛情は分けるものじゃなくて生まれるものだから。』


『言ったわねー、約束破ったらただじゃ置かないんだから。死んでも許さないからねっ』


 それは当夜があらゆる可能性の先に見出した一つの可能性にして、テリスールが最も幸せを感じていた世界。ただし、このあとわずかな時の後に彼らは彼らの子供に出会うこと無く世界の終焉を迎える。

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