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世界を渡る石  作者: 非常口
第8章 幕間
299/325

親娘 2

「※※※に助けを求めるのは無しだ。」


「どうして!?」


 エメルダの悲痛な声が響く。


「そんなことをしたら俺たちの努力が、皆の心が無駄になっちまう。」


「エメルダ、すまない。僕はターペレットたちの想いを最後まで届ける義務がある。だから、君の願いを叶えることはできない。」


 苦し気にそれでも確固たる意志を込めて言い切る。


「そんな…」


 縋るような眼差しを向けられる。予見していた光景だった。


「そのかわりに、これを渡すよ。」


 真紅と呼ぶにはあまりに赤く、澄んだ透明感に溢れた宝石だった。


「きれい…それに温かい?これは?」


 エメルダの手のひらに転がるそれは僅かドロップビーズ2粒ほどの大きさ。それでもその美しさに目を奪われている。


「おいおい、良いのかよ?」


 ターペレットが慌てて近づく。


「もちろん。これはターペレットのために作ったものだからね。こいつがあれば瘴気を吸い取ってくれる。」


「へぇ。凄いものなんだよね?」


 エメルダが確認するようにターペレットを見上げる。


「ああ。だが、これはお前がどうしても助けたいって奴のためのものだったろう?」


 返すようにエメルダの腕ごと差し出すターペレット。エメルダの腕はそれを拒むように細かく震えている。


「君もその一人だ。それにその人の分はちゃんと用意しているよ。」


 そう言って一回り小さくはあるがもう一粒の宝石を見せる。


「そいつはありがたい言葉だが…」


 自身の物より当人の物が小さいことに引け目を感じているのかターペレットは言葉に詰まる。何より瘴気にのまれていった仲間たちのことを想うと容易には受け取れないのは想像がつく。


「もちろん他の者たちの分も作ろうと思ったんだけどね。結局、間に合わなかった。できたそれも小さくてね。それが黒く染まった時には浄化の効果はなくなる。だから、そんなに長くは時間をあげられない。」


「それってどれくらいなの?」


 エメルダが不安げに問う。


「その大きさだと1週間くらいだろうね。」


「それだけ?」


 エメルダが宝石とターペレットを交互に見比べながらつぶやくように確認する。


「それだけの業を抱えちまっているってわけか…」


 ターペレットが俯きながらつぶやく。


「だからこそ思い残すことがないように過ごしてほしい。」


 重苦しい雰囲気の中であえて厳しい現実を告げる。


「何よ、その言い方。それじゃあ、まるで、」


「そう言うことなんだ。もう誰にも止められない。」


 エメルダの言葉を遮る。その先には望みの無い言葉があるから。言葉にすれば意識してしまうだろう。


「ま、そうなるか。」


「そんなあっさり受け入れないでよ!」


 淡白なターペレットの反応にエメルダが怒る。


「あっさりなわけがない。」


 感情を表に出さない彼らしからざる語調だった。


「え!?」


 エメルダの驚きの表情がその珍事を物語る。


「そうだね、二万年もの時はあっさりとは言われたくないか。」


「二万、年?」


 エメルダが眉をひそめる。


「信じがたい話だろうけどね。」


「へ、へぇ。それって、ほら、えーっと、何ていえばいいんだろう…」


 意味の無いジェスチャーを交えながらエメルダは言葉を探していたが肩を落として二人に目を向ける。


「まぁ、俺はいつくたばってもおかしくない爺ってことだな。」


「と言うことは僕もお爺さんってことかぁ。」


 二人はしみじみと言葉にすると互いを見合って笑う。


「冗談じゃないんだよね?」


 置いてけぼりにされたエメルダはやや不満そうに寂しげに問う。


「ああ。」

「まぁね。」


「そういう意味じゃあ、介護が必要なんじゃないのかい?」


 悪戯っぽく視線を移されたターペレットは困ったように頭を搔いてつぶやく。最後は頼むと消え入るような一言を残して。


「本当に爺扱いだな。俺が消えるのはある意味じゃ自然の摂理だ。むしろ逆らいすぎたぐらいだ。おかげでお前とも出会えたと思えば、その、良かったって表現は不適切かもしれんが俺は感謝している。だからさ、醜い俺の最後を看取ってくれないか?」


 エメルダと向き合ったターペレットはとても求愛の言葉とは似つかわしくない言葉を贈る。負い目のある彼なりの精一杯の言葉だったのだろう。


「し、仕方ないわね。それなら私の傍で最後まで安静にしていてよね。」


 恥じらいながら答えたエメルダはほほ笑む。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日を迎えて彼女を迎えに行く。


「彼は?」


「これを置いていなくなった…」


 彼女に向けた一通の置手紙と彼の指にはめられていた指輪。こうなることは見えていた。いや、未来が見えなくとも想像に難くなかった。


「そっか。彼らしいね。君はどうするんだい?」


 中身を読むまでもなくエメルダに返す。


「私?」


「そう。」


「もちろん追いかけるわ。だって、最後は私が看取るって決めたんだもの。」


 返ってきた手紙と指輪を受け取らない。その答えも知っていた。知らずともやはり想像できる。


「その道は叶わないかもしれないよ。彼はもう君のことを覚えてないかもしれない。何より彼は望んでいなんじゃないかな。」


 エメルダのお腹に目をやる。特に今は変化を認められないが今後どうなるかを知っている者としては想い留めさせるのが正しい。ターペレットも気づいたから彼女のそばを去ったのだろう。いや、それが無くとも彼は彼女の傍を離れる理由があったのだがより大きな理由を得たと言って良いだろう。


「ふん。そんなこと知らない。これは私が決めたことなんだから。あいつの言いなりになんてなってあげないんだから。」


 地団太を踏んで怒りを吐露するエメルダ。ターペレットの前ではもう少し落ち着いて理知的にふるまっていたのだが、彼がいないと年相応に戻ってしまう。


「やれやれ、彼女の性格はどっちに似たんだか。」


 エメルダを見ながらつぶやく。比較された人物はもっとお淑やかでお姉さん気質だったなぁと思い出に浸っていると鋭い視線で睨み付ける彼女の視線と合ってしまった。


「何、どういうこと?」


 不服そうなエメルダがずいっと自身の身に着けていた指輪を外して押し付ける。


「何でもないよ。だけど、良いのかい?この指輪は彼からの贈り物だったんだろう?」


「良いの、良いの。今度はもっといい指輪をせがむから。それは、そうね。私たちの子供に渡してあげて。」


 お腹を愛おし気にさすりながらエメルダははにかむ。


「気づいていたんだ。だったら君の手で、」


「ううん。この子が物心つく頃にはきっと私は居ないと思うから。だからお願いね。」


 笑顔。こんな光景は予見できなかった。


「瘴気のことにも気づいていたんだ。」


 伝える手間は減ったものの釈然としない。


「ええ、当然でしょ。あの馬鹿がそれを気にして私から離れたことも、瘴気が少なからず私の体に入っていることも、それからあいつが貴方に浄化を頼んでいることも。」


「まいったね。でも、それならどうして子供に会えないなんて。僕なら君に残された瘴気くらい何とかしてあげられるよ。それが、彼の望みでもあるんだ。」


 いやな予感がした。


「私はね。この瘴気だってあいつからの贈り物だって思っているんだもの。この苦しみも彼と共有しているものであって、彼を少しでも癒した証なの。思い出なの。だから私から想い出を奪わないで。だから、私たちの思い出たる娘のことをよろしくお願いね。」


 それだけ言い残すとわずかな荷物で飛び出ていくエメルダの背中を見送った。


「まったく。とんだ貧乏くじだ。あんなことを言われて浄化できるわけないじゃんか。ターペレット、正気に戻してやるからその時は覚悟しておけよ。それにしても…」


 考えをまとめるより早く事態が動き出す。エメルダの背後を追いかける存在に気づく。


「へぇ、あの女が噂のターペレットのお気に入りか。何が良かったのか気になるじゃねぇか。ちょっくら遊んでやるか。」


 ペルンと自らを称する魔人だった。彼はターペレットに封じられていたはずだったが、ここにいるということはターペレットが彼同様に人々の業に呑まれたということなのだろう。


「やれやれ、お前とはつくづく縁があるらしい。お前が同志の成れの果てで無かったらどんなに楽だったことか。」


 ペルンの前に転移する。突然に目の前に現れた行方知れず仲間の姿にペルンは目を見開く。それが悪手であるとも知らずに。その瞳は【紫銀の魔眼】に捕らわれていた。


「おめぇは、ど、う?」


 その場に崩れるペルン。彼は眠りの中で起こり得た未来の光景に酔いしれていることだろう。飽きっぽい男なのでこれに満足してこれ以上関わることもないはずだ。母親に関しては。


「はぁ、滅ぼしてやることの方が君のためなのかもしれないけどこの未来を外れるわけにはいかないんだ。」


 計画に関わらない仲間だった別人たちはすでに幾人も屠ってきた。それが彼らのためだったから。そして、目の前の魔人もかつての友であったのだから同じく解放してあげたかった。この先の悲劇をまき散らす存在たるを考えると尚更であったが、そうすることで救い手をこの世界に留めさせることができないことを知ってはそうもいかなかった。

コロナの影響で患者さんを受け入れていないのに忙しい...

たぶん更新頻度が落ちます。

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