アリスネルの誕生 その8
「アリスネル様、こちらをお召しください。」
「いいえ、こちらを。」
「こっちの方が。」
三人がかりでアリスネルにまったく異なる感性の衣装を勧める深き森人のメイドたち。その光景にうんざりお茶をすするアリスネル。いつもの日常だ。
「はぁ、私、こっちのが良いの。貴女たち、本当にセンスがないんだから。」
目の前に押し付けられた衣装を押しのけてアリスネルは席を立つ。彼女は自身の今着ている服を見せつけるようにテーブルの上で威風堂々と胸を張る。
「「「申し訳ありません。」」」
メイドたちが一斉に礼をする。しかし、言葉とは裏腹にその表情は笑みが張り付いている。むしろこの顔を隠すためにとったとも取れる行動だった。それもそのはず彼女が身に着けている服はメイドたちが初めて薦めたものだったのだから。
「まぁ良いわ。今日の私は機嫌が良いもの。ラッキーね。」
再び席に着いたアリスネル。その顔はいつもどおり自信にあふれている小さな女王様だ。
「「「ありがとうございます。」」」
機械じみた表情に変えてメイドたちが体を起こすとテーブルを整え直す。
「そんなことより今日は何して遊ぼうかしら。お茶会とかどう?」
アリスネルがティーカップを口元に運ぶ。
「アリスネル様のお望みのままに。」
そのわずかに減ったカップに新しいお茶が注がれる。
「そ、なら準備して。」
「「「はい。」」」
(…あと少し、あと少しで自由に外を歩けるから。)
アリスネルのお気に入りの人形たちに席を設けられる。無言の彼らはアリスネルの数少ない親友だ。どんな話も聞いてくれる。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるメイドたちにも打ち明けられない心の声すらも。
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「今日も会わずに帰るのかい?」
「———情が湧きそうだからね。それにあの娘を救うのは、僕じゃない。けど…」
キュエルに呼び止められた当夜はアリスネルに背を向けたまま尻すぼみに答える。
「ふ~ん。」
(もうこれ以上なく気にかけているじゃん。)
キュエルが首をすくめて後を追う。
「それで接触者は?」
わずかに開けた泉の傍で当夜は岩に腰かけるとキュエルにかねてより調査を頼んでいたことの首尾を尋ねる。
「今のところ特には。そうそう、ライトはたまに来ているよ。エレールがアリスネルに魔法の指導もしていたし。いろいろと話し込むことも多かったね。」
エレールはアリスネルに強い関心を示していたのは確かで【世界樹の眼】として共有される情報以上のものを伝えようとしているようだった。
「へぇ。ライトが、ねぇ。」
(まぁ、エレールさんはわかるけどさ。)
「何か気になるところでも?」
彼らと当夜の未来の接点を知らないキュエルは首をかしげる。
「いや。ライトの奴、アリスネルに何か吹き込んだりしてなかった?」
「ん~、あぁ、そう言えば何か彼が魔法を教えようとしていたみたいだね。結構細かく原理とか教えていたし。手取り足取り?」
実際は子供の相手が下手なライトは雑多に説明した程度だ。むしろ、アンアメスに鼻の下を伸ばしながら詳しく説明していたせいでエレールにこっぴどく叱れていたくらいだ。
「それ、どんな魔法だった?」
「火の魔法、たぶん炸裂系だと思うよ。遠かったからあまり詳しく聞けなかったけど近くにいたメイドとアンアメスならしっかり聞いていたはずだよ。」
「そうするとアンアメスは結構来ているのかい?」
「ああ、もちろん彼女もそうだけど【深き森人】らは彼女の世話にしょっちゅう来ているよ。君より偉いよね。」
キュエルが皮肉めいて言う。
「ずいぶん大切にしているんだね。」
「おや~、嫉妬かい。それなら君ももっと積極的に行けばいいのに。」
キュエルが当夜の肩を揺らす。
「君たちの目から見た意見も聞きたい。」
泉に向かって当夜が声をかける。水面が輝くと男女の姿が浮かぶ。
「そうですねぇ。ちょっと我儘な女の子、ううん、良い意味でも悪い意味でも普通の女の子って感じでしょうか。」
そう言った女性は当夜がこの世界で最もお世話になった人物であるライラであった。しかし、その態度は彼が知るライラとは異なりどこか距離があった。
「———おい。」
静かだが厳しさのこもった声がライラを窘める。彼もまた当夜の良く知る人物ワゾルだった。
「だって、大精霊様はお世辞とか望んでいらっしゃらないでしょ。」
ライラがワゾルに口をとがらせて抗議する。すでに三者は一年以上の付き合いだ。目の前の当夜のことを彼女なりに見抜いた結果だった。彼女らの窮地を貴族から救った日の敬意は欠片しか見えない。
「性格的な裏があったりする様子は?」
当夜が厳かに問う。
「う~ん。無いと思います。逆にあの環境でよくあの性格に納まったなぁって感じですよ。」
「主の言う世界樹の情報共有機能のおかげだろう。」
「まぁ、そういうことよね。あとはオリジナルの素養といったところかしら。」
「オリジナル、か。」
当夜がしみじみとつぶやく。
「何か気になるところでも?」
ライラが尋ねる。その姿を小さく笑いながら眺める当夜。
「何、何?」
頬を膨らませて抗議するライラ。
「いや、当夜との邂逅の時も間もないからね。」
「そっか。ついにトーヤ君に会っちゃうのね。そして、アリスちゃんは恋を知る。すっごい楽しみね。」
「ふふ。その話し方ですよ、ライラさん。」
自身の心中が思わず口をついて出てしまう。ライラという女性はこうなのだ。それと同時に自身のしでかしたことの愚かさを思い知る。
「もう、茶化さないでくださいよ。トーヤ君の言い方まで真似して。」
彼女はすでに当夜に会ってしまっている。未来を知る当夜がライラに予行演習として自身の記憶を再現してみせたのだ。
「…」
「そんな不安そうな顔をしないの。男の子でしょ!」
「は、はいっ」
ライラの意を決したような気迫に当夜の声が上擦る。
「大丈夫よ。きっとうまく行くから。」
「任せろ。」
「よろしくお願いします、ライラさん、ワゾルさん。」
当夜は深く頭を下げたのだった。
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「う~ん。それにしても迫真の演技だったわね。思わず私も感情移入しちゃったわ。」
ライラが両腕を組みながら独り言ちる。
「う、うむ?」
(彼の御方がトーヤだと気づいていたのではないのか。)
ワゾルがライラを二度見する。
「だってそうじゃない。あれは最後の試験だったわけでしょ。私たちが上手くやれるかどうかの。」
ライラはあくまでも大精霊が当夜の真似事を急に投げかけることで咄嗟の対応力を試してきたと思い込んでいるのだ。確かにそう言う意味では彼女の意見は間違いとは言い難い。
「う、む。そうだな。」
(最後のあれは演技ではないと思っていたのだが俺の勘違いだったか。そもそも俺たちを助けてくれたのもそう言うことがあってのことならわかりやすい構図だったのだが。)
口をへの字に結んだワゾルを片目にライラはさらに付け加える。
「それにしても大精霊様って本当にトーヤ君に似ているよね。おかげでこの頃は言葉の遣い方も雑になってきちゃった。命令の時とかは取っ付きにくいんだけど偶にふっと見せる姿が、ね。そう思わない?」
ライラが軽快な足運びを止めて振り返るとまさに躓きかけるワゾルが目に入る。
「何やってるのよ?」
「まぁ、そうだな。」
(こいつ、確信犯だよな。でなければとんでもない頓珍漢だぞ。いずれにしても受けた恩は返す。)
どうにか膝をついて体勢を整えたワゾルに元気な声がかかる。
「さぁ、少しでも怪しまれないようにクラレスの住民になりに行くわよ。それでトーヤ君とアリスちゃんを迎える準備を整えるんだから。」
肩を勢いよく回すライラ。
「もう一つの役目も忘れてないよな?」
窘めるワゾル。
「あったりまえでしょ!」
差し伸べられた細い手を掴むワゾルはその手に篭もる力強さに頼もしさを覚えるのだった。
良いお年をお迎えください(*- -)(*_ _)ペコリ




