表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を渡る石  作者: 非常口
第7章 過去編第2部
294/325

アリスネルの誕生 その7

「はっ、はっ、はぁあああぁっ」


 銀色の線が幾重にも閃く。それを成す少女はすでに第1級の冒険者たちですら舌を巻く剣裁きを会得していた。だが、受け手であるライトは木剣片手に軽妙な動きであしらう。


「ほい、ほい、ほいっ」


 フィルネールの一瞬の間を突いてライトが木剣で彼女の額を小突く。


「くっ」

(速い!?)


 フィルネールが大きく飛び退く。その様子を見送ったライトは木剣を器用に回して笑う。


「良い動きなんだがなぁ。それじゃあ、俺には当たらねぇよ。機械的過ぎんだよ。」


 ライトは木剣を肩たたきに替えながら指摘する。


「きかいてき?」


 フィルネールは言葉の意味を理解できずに首をかしげる。


「あ~、要は単調ってことだな。まぁ、前よりましになってはいるが、な。よし、今日はここまでだ。」


 ライトは遠くにエレールと国王の姿を認めるとフィルネールに汗拭き布を手渡す。


「どうなの?」


 国王の護衛を終えたエレールが声をかける。この年老いた国王の先祖はこの国一の大魔法使いであり、賢者と呼ばれた存在であり、彼の血を引いた現国王もまたエレールに及ばずも世界屈指の魔法使いである。そんな彼の護衛が必要かは甚だ疑問であるが。


「今日も一本も取れませんでした。」


 フィルネールの悔しそうな反応を見てエレールは嬉しそうに笑う。


「それが普通よ。この馬鹿から一本取るなんてどこかの奇人変人くらいよ。」


「それは例の人物ですか。詳しく聞きたいです。」


 ライトが時折悔し気に話す名前の無い彼にとっての好敵手。フィルネールにとって強大な壁であるライトすら手を焼く相手。興味が湧かないはずがない。


「おいおい、あいつの話は止めてくれ。」


 詳しい話の一つでも披露したげなエレールを慌てて窘めるライト。


「一度も勝てなかったものね。」


 ライトの気持ちを尊重しつつも結論だけは述べるエレールにはどこか爽快ささえ漂う。


「だが、一度も負けていないからなっ」


 ライトが口をゆがめながら反論する。


「まぁ、負けみたいなものだろう?」


 三者のやり取りを見守っていた国王が割って入る。国王は聞いたこともない話なので流れから多数派に乗ったのだろう。


「まったく国王がこんな場所に来て油売ってて良いのかよ。」


 ライトが一国の王に対する態度とは思えない不敬な態度を見せる。そんな行動にも慣れているからか気にする素振りも見せない国王は気さくに応じる。


「構わん、構わん。」


「王様。」


 駆け寄るフィルネールの瞳は幼い少女が父親に向けるそれに似ている。彼女がこの施設で暮らすようになってから世話を焼いてくれた人物の一人であり、彼女の心が芽生えるその時まで寄り添い続けてくれた人物である。彼が国王であることを知ったのはライトがその正体を口にしてからだ。


「うむ。今日も精が出ておるようだな。」


 国王がフィルネールの頭を撫でる。その姿は孫と祖父の関係のように見える。


「国王様、いつもご支援を賜り誠にありがとうございます。ところで今日はどのようなご用向きで?」


 神父が恭しくお辞儀をすると尋ねる。この状況に慣れてきたとはいえその表情は緊張の色を隠せない。


「それに関しては気にするな。ワシも約束を違えるわけにはいかぬからな。用向きであるが、フィルネールをワシの側付きの近衛騎士として迎えたくてな。」


 約束とは国王自らが己の至らなさを詫びるとともに支援を申し出たことだろう。もちろんその時は王であることを名乗っていなかったため、神父は彼を教会関係者と思い込んでいた。

 そんな優しく信頼のおける王のありがたい提案に断る理由などあるはずがなかった。彼との約束さえなければ。


「フィルネールを!?

 ですが…」

(あの得体のしれない者の意を確認せずに勝手にフィルネールを手放して良いものか。違えたとされれば妻はもちろん子供たちが…)


「それにしたってよぉ。この娘はまだ就業の年には達して無いはずだぜ。どうしてそんな急に?」


 苦悶の表情を浮かべる神父にライトが助け舟を出す。


「うむ。近頃、ワシの周りで不審な動きが多いのでな。かの大英雄殿は王室への帰属は頑な断られておる。ならばその弟子を迎えようというのは至極当然のことであろう。噂が立てば他の国も間者を寄越してくるだろうしのう。

まぁ、年の件はワシがどうにかしよう。2才程度だ。うまく誤魔化せよう。」


「そう言われちまうと言い返せねぇな。」


 国王が用意していたかのようにすらすらと彼女を求める理由を述べる。その理由にライトも苦笑いを浮かべるよりほかにない。


「しっかし、あの本を読んでくれてた爺さんが王様だったなんてなっ」


 国王たちが話を続けている陰で孤児たちは様子をうかがう。彼らもまたフィルネール同様に国王に育てられたと言っても過言ではない。感情を持ち合わせていなかったフィルネールよりもより親身に感じているところがあっておかしくない。


「こら、失礼だよ!」


 初めに切り出した少年の頭に少女の拳骨が落ちる。


「どうせ聞こえないって。それよりなんで王様はあいつを大事にするんだろうな。」


「そりゃあ、あの強さでしょ。」

「美人だもんな~」


 男の子たちが声をそろえる。


「むぅ。あんたたちもあんなのが良いの!?」


 勝気な少女はさらに拳を振り上げるが、少年たちは顔を見合わせてフィルネールと少女を見比べる。


「いや、だってなぁ?」

「なぁ?」


 その問いは最初の少年に委ねられた。


「俺に振るんじゃねぇ!」


 その顔は怒りに染まっていたがどこか悔しさと寂しさを隠した気に見えた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いかがでしたか?」


 白亜の長い髭を撫でながら国王はバルコニーから夜空を見上げる人物に尋ねる。


「予定通りだよ。明日にはフィルを迎え入れる。そのつもりで頼むよ。」


 振り返った人物もまた同じく生えそろった長髭を擦って答える。


「それはお任せください。しかし、私の顔と声でそのような話し方をされると不気味ですな。」


 国王は苦笑しながらバルコニーに歩み寄る。


「ははは、悪いね。」


 国王の姿をした存在は国王の肩を軽く叩くと入れ替わるようにベランダから立ち去る。その姿は深き森人のそれに変わる。


「この国の真の英雄である貴方様がこのように裏方に回らなくとも…」


 レゼルダス・リウス・クラレシアは憂う。8代に及ぶ口伝において守り続けてきた現王国の誕生秘話。その中で前王国中枢を滅ぼし、当時の政治犯として追われていた初代国王を導いた存在が目の前で誰にも認められることなくこの国を導き続けている。


「違うさ。真の英雄は君たちの先祖である賢者君だよ。僕は機会を与えたに過ぎない。」


 裏切り者の烙印を押された賢者は深き森の間際で前王の手に捕らえられそうになっていた。それを転移の魔法で深き森に匿ったのが当夜であった。それ以来、この国の王には【時空の精霊】の加護が宿るようになった。その力を以て王国を奪取し、初代の国王として新生クラレスレシア王国を導いたとされる。もちろんその裏で彼の助言が幾度となくこの国を救ってきたというのは歴代の国王たちに共通している。


「それでもこの王国の礎を築き、発展させ、護ってきたのは貴方様です。本来ならしかるべき役職に就いていただくべきお方です。それなのに望まれたのはあの少女の仕官のみとは…」


「教会への支援もお願いしたけどね。」


 現王の嘆きに当夜はどこかばつが悪そうに苦笑する。


「それについて本来は国が目を配らすべきものです。むしろお恥ずかしい限りの私の失態です。しかし、あのような僅かな支援でなく大々的に支援してもよろしかったのですが。」


 当夜のかつて例のないお願いに国王は代々の功労に報いるチャンスと大きく肩に力を入れたのだったが、蓋を開ければすっかり力を抜かれてしまった。そこに来てもう一つのお願いが舞い込んだのだから次こそはという望みがあらんでもないことは明白だった。


「良いんだ。恵まれた世界にいるだけでは彼女は人として成長できなかっただろうしね。」


 国王の見るだけもわかる気合いの入り様に思わず微笑む。当夜の目に過去の友人たち、歴代の国王らの姿が彼に重なったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ