アイテムボックスの修得
ライラとワゾルが去り、玄関には当夜とテリスールの二人が残されていた。
そんな二人だけの沈黙の間は、当夜には長く気まずく感じられて何か話さないとと話題を思案していた。まぁ、実際には1分も経っていなかったのであるが。
(テリスールさんに聞こうと思ったんだよな。なんだっけ。まずいな。このままだと帰っちゃうぞ。)
沈黙という均衡を破ったのはテリスールであった。
「トーヤさん、私もこれにて失礼します。」
手を遠慮がちに振りながらテリスールは玄関を後にする。慌てたのは当夜だ。室内を照らし続ける光球の止め方もわからないし、ギルドの仕組みもよくわからない。とにかくこの世界についてわからないことばかりで少しでも情報が欲しい。何より一人は寂しい。
「あっ、テリスールさん、ちょっといいですか? ギルドで聞きそびれたんですが、【時空の精霊】の加護ってどんなものかご存知ですか?」
当夜はテリスールに駆け寄るとその肩を掴んで止めるとギルドで聞きそびれた一番気になることを尋ねる。振り返ったテリスールは嫌な顔一つせずに答える。
「時空の精霊の加護ですか?
そうですね。私も講義で聞いたことくらいしかお話しできないのですが、察知や索敵に優れると聞きます。もちろん、【風の精霊】や【地の精霊】の加護にも言えることですけど...
ああでも、アイテムボックスは特別ですね。重量によって制限はありますがパーティでは重宝されますよ。トーヤさんは今どのくらいの加護を受けているのですか?」
「どのくらいって、どこで聞けばわかるんですか?」
当夜は首を傾げる。純然な無知をさらけ出す当夜にテリスールが頭を抱える仕種をする。
(レイゼルめ~)
「当方の説明不足だったようですね。申し訳ありません。それでは登録証をお出しください。」
「登録証? ああ、ギルドでもらった石板ですか?」
当夜は聞き覚えの無い単語に首を傾げるが、ギルドから与えられ、手元に残った物を指していることに気づく。
「えっ? ええ...」
(ハァ。何やっているのかしら、あの子。)
がくんとうなだれるテリスール。
(何か溜息ついちゃったよ。レイゼルさん、もうちょっと頑張ろう。)
「その石板、登録証と言います。街から出る時に門番に見せれば通行料を払わずに済みます。それと、ギルド公認の様々な店で割引やサービスが受けられます。特に非常招集時には優先的に薬や武具防具の調達が認められます。
それから右隅、名前の隣に数字があります。それが現在の個人のランクです。そして、今は無いでしょうが、そのランクの上に数字が出ている場合は所属するパーティのランクです。これは依頼の達成数や難易度、活動評価などをギルドが行い、各月の安息日に更新します。このランクが受諾できる依頼のランクと一致します。ただし、その前後1つまでなら受けることは可能です。つまり、トーヤさんの場合、ランクは10級となりますので、ランク10およびランク9のみとなります。」
テリスールが本来受付で当夜が受けるはずだったサービスを提供する。おかげですごく事務的な雰囲気に戻ってしまった。
「じゃあ、6級の人だとランク8以下は受けられないんですね。その理由は何ですか?」
「その通りです。ギルドとしても若い冒険者にも成長してもらいたいのです。高次戦級者が低次のランクの依頼を次々受けてしまったら低次戦級者が成長できないですし、効率も悪いですからね。」
(そりゃそうか。でもそうなると、)
「なるほど。それでもどうしても低次ランクの依頼を受けたい場合はどうするのですか?」
当夜が頷きながら話を膨らめる。この辺りで続きは明日とでもなるかと心配したがテリスールはむしろ生き生きと言葉なめらかに話し始める。
「そうですね。まぁ、育成と称して低次戦級者とパーティを組むことでしょうね。パーティのランクは構成員の平均値に合わせられますから。ただし、この場合、ギルドの査定を受けることとなります。過剰な介入と認められれば低次ランク者には評価はつきません。もちろん、高次ランク者はどちらの場合にも評価はつきません。」
「へー。過剰な介入とかってどうやって決めるのですか?」
「基本的には登録証に集積されたマナの量です。ですから、新人がいきなり膨大なマナを集積してきた場合には査定がかかるわけです。ちなみに登録証に戦闘情報の蓄積がされますので専門職員がみれば何が起こったかもおおよそ確認できます。当然、当事者以外の証言があれば聴取することもあります。」
「なるほど...」
「こほん。トーヤさんと話しているとつい余計なことまで話してしまいますね。」
(聞き上手なんだから。これで15歳とか本当なの?)
そう、この世界の冒険者の多くはならず者だ。過酷な重労働や化かし合いはもちろん、日々命を懸けたやり取りは精神を疲弊させている。お人よしではやっていけないのだ。よって、ギルド員の言葉に対しては目を細めて疑心暗鬼から来るあらさがしに終始している。あるいは見目麗しい彼女たちは男性冒険者たちからしつこい勧誘があるのだ。そうなると多くの場合、話を聞いてもらえることもなく一方的な自慢話を聞くはめに遭う。いずれにしても、好意的に自身の話を聞いてもらえることは少ない。そこについて当夜は現代日本の傾聴姿勢を身につけており、テリスールの話す内容に逐一相槌を打つものだから彼女もつい気を良くしてしまう。
そうとは知らずテリスールがなぜか頬を赤らめるのを当夜は疑問に思いながらとりあえずはにかみ笑う。
「さて、登録証の機能に戻りますね。裏面の右隅に加護精霊の名前と数字が記されていると思います。あ、ほら、【時空の精霊】と74/74ってあるでしょう。この74が今のトーヤさんの加護の度合ですね。この辺りはアイテムボックスと同じ機能を持つ魔道具【収納袋】でいうところの蓄積マナの残量ですね。今のトーヤさんなら大きさにもよりますが最大74個の物を収納できることを示しています。
ちなみに左側の数字は加護を消費するほど減っていきますので注意してください。回復するまで半日待たないとなりませんから。」
テリスールが当夜の石板、登録証を翻して説明にあたる部分を逐一指し示してくれたおかげで当夜は難なく理解することができたが聞き捨てならない単語に思わず身を乗り出す。
「えっ? 【収納袋】? そんな便利なものがあるならアイテムボックスなんて意味ないじゃないですかっ」
ここまでで一番激しい反応を見せた当夜に一瞬目を大きくさせて一歩下がってしまったテリスールは声を詰まらせながらも彼を安心させるべく言葉を選ぶ。
「っそんなことは無いですよ。【収納袋】は、一つの物を出し入れするとマナが1減りますし、繰り返せば繰り返しただけ回数分のマナが減ります。当然、残量がなくなれば消失して中身がばらまかれてしまいますから逐次マナの残量を能力であるアイテムボックスであれば使用者が亡くならない限り機能し続けますもの。それに加護の強さが増せば収納最大数も増えますから。」
「はあ、でも、唯一の稀少価値が...」
だいぶトーンダウンした当夜が肩を落としながらつぶやく。どう声をかけたものかとテリスールが手を当夜の肩に乗せようか乗せまいかで戸惑う様子がまるで姉と弟のやり取りのようだった。
(どうしよう。私の説明がうまくなかったせいで...ううん、ここからが年上の見せどころなんだからっ)
「でも、ほとんどの精霊属性で魔道具が開発されていますからどの精霊の加護でも同じようなものですよ。」
ようやくかける言葉を見つけたテリスールが言葉をかけると同時に肩を引き寄せる。テリスールはその勢いに任せて当夜の耳元で囁く。
「さ~てと、テリス先生があなたの加護の素晴らしさを教授しましょう。」
「いきなりどうしたんですか!?」
こそばゆい感覚に体を大きく震わせて当夜が離れる。耳から頬まで真っ赤だ。
「ふふ。驚かせちゃったかな。これでも一刻は教師をに目指していたの。まぁ、教会とは折りが合わなくてなれなかったんだけどね。でも、トーヤ君は勉強をしっかりやってこなかったみたいだから補修を受けてもらうわ。もちろん、私が知りうる範囲で、となっちゃうけど【時空の精霊】の加護についてお話してあげる。」
迷子の弟をあやす姉ような雰囲気はやや大人びて如何にも学校の先生と言った雰囲気に変わる。
「かなり難しい話になっちゃうけど、【時空の精霊】の加護には、能力付与として空間認識や空間作成がつく例が多いの。空間認識は仲間のほかに魔物や素材の位置を把握する能力のことだよ。こちらは感覚でなんとなくわかるところから始まって、極めれば精霊の存在すら知覚できるとか。空間作成はアイテムボックスを作る力よね。こちらは手のひらに箱をイメージするとマナの量に応じて収納できるようになるそうよ。といっても私も使えるわけではないから詳しくはわからないわ。ちなみに攻撃魔法のようなものの存在は残念ながら認められていないかな。
どう? 参考になったかな? って言っているそばから!?」
いつの間にか目を瞑って指を立てながら自らの説明に浸ってしまったテリスールは当夜の様子を確認するため細目を開けたのだがそこに広がる光景に我が目を疑う。
(嘘でしょ!? だってまだ、ううん、加護精霊が教えてくれたのね。きっとそうよ。)
しかし、加護精霊と同じ属性の魔法は彼らのおかげで起句結句を知らずとも使えることは往々にして発生しうることだ。テリスールにも覚えがあった。
だが、当夜はテリスールとは異なる。【時空の精霊】とは一度もコンタクトが取れた記憶も無い。だからこそこの魔法発動の生みの親は当夜にとってはテリスールなのだ。ともかく彼女に言われたとおり箱をイメージしてみると暗いブラックホールのミニチュア版のようなものが手のひらの上に出来上がっていたのだ。
(これがアイテムボックスか。空間認識はあまり実感が湧かないな。)
当夜はアイテムボックスを手のひらごと上下左右に動かしてもの珍し気に観察する。テリスールはそんな子供のおもちゃに意識を奪われた少年を優し気に見守っている。当夜は我に返ると見つめる彼女にドギマギしながらお詫びする。
「あぁっと、すみません、夢中になってしまって。しかもこんな遅い時間に引き止めてしまいまして。
―――送りましょうか?」
提案するだけしてみたは良いもののこれで了承された日には会話で盛り上げられる自信は無いし、何より帰り道に遭難することも十二分に考えられる。そんな不安を見抜かれたのか。テリスールが笑顔で断わりの返事をする。
「フフ。大丈夫ですよ。これでも結構強いですから。トーヤさんに来てもらったらまた送り直さなきゃいけなくなります。」
(下心のある人達よりもずっと紳士的だね。社会勉強がてら一緒に街に出るのもいいかもしれないけど今日はもう暗いからね。私はともかくトーヤ君は危ないもの。)
「...なんか納得いかないけど。まぁ、ともかくいろいろ教えていただきありがとうございました。」
「アハハ。はい。おやすみなさい。」
テリスールは自身のことを顔見知りぐらいに気を許してくれているのだろうかと当夜はその親し気な笑顔を見ながら思う。
「はい。おやすみなさい。」
(まぁ、あまり頼りになるとは思えないよな。これから徐々に信頼を得ていきたいところだな。まったく近所の年上の女性にあしらわれた感じだな。年下だったけど。)
こうして当夜のあまりに長い一日が幕を閉じることとなる。




