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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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止められない過去 11

「どうやら、どうやら策があるみたいだね。なら、好きにしなよ。」


 当夜の言葉に深く頷いたターペレットが彼らと対峙する。

檻が崩れる。もはや結界は存在していない。果たして彼らにとってそれは幸福なことだったのだろうか。そして、変化は結界の消失と共に現れる。ターペレットの体を黒い鱗が覆い始める。やがてその姿は禍々しい黒き龍へと変わる。


「・・・ようやく俺の出番か。反旗を翻す愚か者たちにこれで鉄槌を下すことができる。」


 龍が鋭い目で見渡す。


「こいつは、一体…」


 ペインが代表して心の声を吐露する。

 それまで晴れ渡っていた世界は一瞬にして暗転して嵐に変わる。まさに災害が現れたのだ。


「君たちは本当の力の使い方を知らないようだ。まぁ、これからは俺の下についてもらうわけだからちょっとばかり指導してあげよう。」


 先制攻撃は龍を囲うように放たれた。雷と火炎がまとわりつく。そこへ巨大な岩が投げ込まれ、轟音と共に砕ける。魔法が消えると同時に信じがたいほどに大きな剣を持った双角の剣士が突貫する。その対角線上にして死角から長髪を流しながらペルンが同じく駆け込む。それぞれの一撃が対象の腱を断ち切るべく叩き込まれる。

 飛び退いた2人に加え、魔法を放った者たちも土煙がきれるのを待つ。刹那、大気中を舞う煙が払いのけられる。まったくの無傷といえる龍が翼を広げたのだ。


「こんなの、有りかよ…」


「い、いいから全力を叩き込むんだよ!」


 再び魔法が発動する。それはもはや何の種類の魔法かもわからないほどに多重に放たれる。相性の悪い魔法が打ち消し合うこともいとわずただ闇雲に叩き込む。近接攻撃を主体とする2人などは味方の攻撃にさらされるリスクすら恐れていないかのように突撃する。


「やれやれ期待外れもいいところだ。」


 ターペレットであった龍がうすら寒い笑みを浮かべたかと思えば静観一転して攻勢に転じる。一度、翼を打てば堅牢な建物でも軽々と吹き飛ぶ暴風が吹き荒れ、山を一息で貫通する火のブレスが大地を穿つ。その鋭利な爪先は魔法により生み出された岩の壁をいともたやすく砕く。強靭な漆黒の鱗は雨霰のごとく降り注いだ魔法や斬撃、打撃とするあらゆる攻撃を弾き、また、毛ほどの傷も付いていない。

先ほどまでの勢いを失った者たちが力なく荒れ果てた荒野に倒れ伏している。それどころか数名に至っては化け物の姿から本来の【深き森人】に近い姿にまでに戻っている。


「ククク。これが力だ。これでこの地下に眠る瘴気の塊を手に入れられれば俺こそがこの世界の支配者というわけだ。」


 暴力の余韻に浸り、倒れ伏す者たちの姿を見下したターペレットは次なる獲物を見定める。地の底に封じられた同格の存在であり、今の彼にとっての餌となる獲物である。もちろんそれは向こうも同じだろうということは彼にもわかっている。


「強欲、強欲だね。それとも支配欲かな。これがターペレットの危惧した姿か。」

(でも、さすがはターペレットだ。解決策まで提示してくれるなんて。要は負の感情、ストレスを解消させろってことなんだ。つまり、瘴気を消耗させ切ればいい。)


 瘴気を分解する側の当夜は彼から見れば実に魅力の無い相手である。それと同時に滅ぼすべき対象でもある。

当夜にしても期せずして仮想ディートゲルムとする存在が身内から生まれたのである。両者が剣を交わえるのは避けられない。


「おや、君もいたのだね。俺からすれば力の元を自ら絶ち続ける君は真の弱者だ。負の感情は強い意思を与え、マナが引き寄せられる。これほど効率の良いマナの集約方法はないというのに。」


 当夜に激しい敵意を滾らせる。それはやがて瘴気に変わり、彼をさらに強化する。


「それは、それは大いに為になるご助言ありがとう。だけど、闇雲に瘴気だけを求める君に負ける要素を僕は見いだせないなぁ。」


 当夜が手招きするように挑発する。


「言うじゃないか。」


 膨大な瘴気がターペレットの咢に集約される。次の瞬間、当夜を滅するべく高温高速のブレスが放たれる。熱線の中に消える当夜の姿。


「他愛ない。」


「あんな、あんなド派手なだけの攻撃でやられる奴なんているのかなぁ?」


 当夜が龍の鼻先でつま先立ちで笑う。


「貴様!」


 ハエを叩き潰すかのような形で爪が振り落される。真っ二つに割れる当夜の肉体。それでもターペレットは訝し気にその死体を観察する。


「そうそう、そうそう。正解、正解。」


 先ほどと同じ位置から聞こえる声にターペレットは目線を戻す。先ほどと全く同じように立つ当夜がいた。ただし、先ほどと違ってその瞳がアンアメスと同じ紫色に染まっている。


「…限りなく現実的な幻術か。」


 ターペレットが頭を振って当夜を追い払う。


「どうかな、どうかな。」


 当夜は【静止する世界】も【遅延する世界】も発動させていない。ターペレットの言うように単純に幻想を見せただけだ。だが、その幻想は確かに現実味が極めて強い幻想だ。なぜならそれは実際に起った光景だったのだから。それは、当夜が【時空の精霊】としてターペレットをかく乱させるために、数ある未来の可能性の一つにして都合の良い光景を抽出してみせたものだ。


「まさかと思うが、俺があいつらを圧倒したことも幻想だとは言わないよな?」


「どうかな、どうかな。」


 当夜の声がさも我が意を得たりと言わんばかりに弾んでいることにターペレットは焦りを覚える。もしもそうならば彼らもまた今のターペレットを指さして笑っているはずだ。そんな幻想が彼の脳裏をよぎる。


「ふう。だが、いまの俺に見えている敵は君だけだ。今は全力で排除するというのが正しいはずだ。どこに本体が隠れているかわからないなら炙り出せばいい。」


 今度はターペレットの全身が輝きだす。先ほどの熱線の予備動作に似た瘴気の流れが当夜に見える。それは直ちに膨大な熱量として解き放たれる。大地がマグマの海の如く溶解し、暗んでいた空は白んで何一つとして見えるものは無い。何もかもが焼き尽くされたかのような熱が占める中、不自然に黒い球が浮かんでいる。


「くくくっ、少しばかり安心したぞ。どうやらそいつらは俺の手で倒したようだな。」


 いつの間にか黒い竜燐の鎧に身を包んだ人の姿に戻ったターペレットが膝をつきながら黒い球体の裏で倒れたままの者たちを見つけて苦笑いを漏らす。


「僕が、僕が守らなかったら彼らは死んでいたよ?

まったく、まったく、配下に置くはずならもっと大事にしないと。」


 当夜が発動させた【暴食】を解除してため息をつく。


「ああ。お前が守ってくれる気がした。約束もした、だろ。」


 ターペレットを纏う黒い鎧が崩れる。まるで風化した岩肌が崩れるがごとく。それと同時に完全に元の姿に戻ったターレットが膝をつく。瘴気とマナが尽きた証拠だ。


「決着だね。そうだろ、ターペレット?」


 ターペレットにだけ届くような小さな声で当夜が確認する。


「ああ、だいぶ迷惑をかけたようだな」


 ゲーペレットやゼブレルが元に戻ったターペレットに駆け寄る。


「いや、いや、僕にとっても良い予行演習になったよ。また瘴気発散の手伝いに来るよ。」


「それは助かる。ところでなぜお前は国造りなんかを勧めてきたんだ?」


 ゲーペレットの肩を借りて立ち上がったターペレットが改めて問う。


「ああ、ああ。ちょっとした思い付きだよ。彼らの希望をそれぞれ叶えるためにはそれ相応の人が必要だろ。世界中で暴れられると莫大な瘴気が生じるし、追手もかかって面倒でしょ。それなら自分たちの国を作ってその中で済ませてくれれば大分対処しやすいしね。それに、人が増えるまではそれぞれが自身の獲物を守り合う。その間に僕は君たちを戻す手を考える。あわよくば愛着でも湧いて大事にしてくれるかもしれないしね。」


「さすがにそいつは…」

「ああ。」

「…対処、ですか。」


 三者三様の反応だがいずれも肯定的とは言えない。


「ふふ、ふふ。当事者の君たちが案ずるくらいだ。難しいことなんだろうね。」


「そりゃな。」


「さて、さて、悪いけど僕も用事が残っていてのんびりしていられないんだ。」


 当夜の目には目の前の光景に加えてアリスの危機が映っている。


「ああ、こちらこそ無理を言って悪かったな。こちらはこれで当分大丈夫だ。行って来てくれ。」


 肩を借りたままターペレットが力強く頷く。


「ああ、ああ。君たちはゆっくり休んでくれ。【転移】」


 当夜の姿が消える。その誰も居なくなった場所を見つめていたゼブレルがため息交じりに声を出す。


「ふぅ。行きましたか。」


「まったくそろいもそろって規格外な存在だな。」


 ゲーペットが力なく崩れる。


「俺とあの方では比べ物にもならんさ。お前はあの方を覚えていないのか?」


 一緒に腰を地面に落ち着けることになったターペレットが借りた肩をほどきながら尋ねる。


「…悪いな。思い出せん。」


 やや間をおいて答えたゲーペットは苦し気に見える。


「そうか。だが、しばらくは凌げそうだ。あとはいただいた時間で解決策を模索するか、それとも、」


 ターペレットの視線が小さく動く。その動きに気づいたゲーペットが彼の意を言葉にする。


「地下の化け物の力を少しでも剥ぐか、か?」


「そのとおりだ。」


 その言葉が発せられるのを予見していたかのように肯定するターペレットの表情は明るい。


「ですが、それではあの方の意志に反するのではありませんか?」


 冷静さを取り戻させるかのようにゼブレルが釘を刺す。


「まぁ、それはそうだが、」


「とりあえず、今日は休もう。みんな元の姿に近づいたんだ。」


 その場の空気を振り払うかのようなゲーペットの一声が静かになった丘に響く。


「そうだな。」

「そうですね。」


 ゼブレルが丘の上に土魔法で小屋を作り上げる。その中に2人が気を失った仲間たちを運び入れる。この場所はやがてグエンダール帝国の首都となり、またその城の中心地となる。

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