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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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臨時管理人 ライラ

 エキルシェールには電球が無く、夜ともなると暖炉の火か油皿から伸びる紙縒りに火をともして明かりを取るしかないようだ。暖炉の明かりでは明かりとしては有って無いようなものだ。それにこの温かい室内でこれ以上火を焚いた日には脱水症状で倒れかねない。まあ、ゲームもインターネットも無いのでやることも無いのだけど。ただ、これからを考えると本は読んで知識を蓄えたいところなのだが、暗すぎて読めたものではない。というのは、当夜の認識。

 もちろん事実は異なる。実際、当夜は確認していないが周りの家を見てみれば明かりがきちんと取られている。そもそもタルメアの店では光球が燦々と輝いていたことを失念しているようだ。当夜はこの世界の文明水準を日本よりも下と見下した偏見と精霊の力を知らない無知ゆえに貴重な時間を無為に過ごしていた。


(暇だ。地球での生活のせいで遅くまで起きていたから寝れないし。どうしよう。)


 ミンクの毛皮に似た高級感あふれる外装を与えられたソファーの上で当夜は横たわりながら一向に訪れない眠気に首を長くして待っていたが普段からの遅い就寝癖がどうやらとおせんぼしているようだ。


「こんばんは。トーヤさんいますか。」


 女性の声のがらんとした玄関に響いた。


「ギルドのテリスールです。エレール様のご依頼の件でまいりました。」


「はい。今開けます。」


 金属の棒を鍵穴から引き抜きドアを開けると、そこには昼間お世話になったギルドのできる受付嬢こと、テリスールがいた。


(あれ? 目がおかしくなかったかな?)


 テリスールの背後が黒貫のスクリーンに映る。通りから漏れる街路樹の明かりが何かにさえぎられているのだ。その先を求めて顔を上げた当夜の目に入った金の瞳が僅かな明かりを反射して光る。そこには出会った記憶の無いごついおっさんの姿があった。体の影に滾るオーラが浮かぶようなその男は山男と呼ぶにふさわしい姿だった。


「? ああっ」

(エレールさんの依頼って家政婦の件だよな。ってことはこのおっさんが家政夫ってこと!? 婦でなく夫だったってオチかよ。こんな人じゃ、頼み事なんて出来っこない。こっちがこき使われちゃうよ。と言うよりこの人、本当に人間かよ。でけーよ。)


 当夜が口をパクパクと動かして見えない何かを食しているとテリスールが少し心配そうに尋ねてくる。


「あら、もうお休み中でしたか? エレールさんから承った家政婦さんのあっせん依頼で参りました。エレールさんはもう旅立たれてしまわれましたか。」


 青ざめる当夜に気づかず(まぁ暗いしね)話を進めるテリスール。中々、家に上がる許可を下さない当夜の代わりに動き出す。


「ちょっとこのままでは紹介しづらいので明かりをいただいてよろしいですよね。では、失礼します。『点灯』。」


 テリスールは玄関に架けられてあった水晶球のようなものに触れると命令する。すると、家中の同じ玉が光り出し、蛍光灯やLEDライトには無い淡い光が当夜の背後を満たした。


「はぁ~。やはりエレール様はすごいですね。これほどの数の光霊石をお持ちとは。」


 振り返った当夜の口から思わず感嘆の声が漏れる。


「おぉ。」

(暗かったのはあの玉にマナを注がなかったからとかそう言う理由か。『点灯』だけで良いのかな。それとも呪文がいるけどテリスールさんが省略できるだけか。う~ん。後で教えてもらおう。)


 事実、光球が機能していなかったのは当夜が『点灯』の命令を与えなかったからである。この世界の魔道具と云われるものは基本的に精霊の加護を受けている。魔法名さえ知っていれば使用者のマナを消費することも呪文を必要とすることさえない。魔法を使えない者でもその効果を発揮できる優れものだ。ただし、精霊の加護の残量が決まっており、その加護がなくなれば消滅してしまうのだ。もちろんマナを補充すればその限りでは無い。この場合、テリスールが光球に手をかざしたのはそのためだ。ただし、例外もあって精霊の顕現が起こって祝福されたものは、精霊が常に管理しているおかげで残量は常に補充される。つまり、よほどのことが無ければ永久に効果を発揮し続ける夢の道具である。そんな恒久性もあって国宝級の価値がついてくるのだ。


「ライラさん、こちらへ。」


 テリスールが後ろのとても名前と合致しない大男に声をかける。


(おいおい、まさかそのなりでライラは無いよな、無いといってくれ。まさか男だと思っていた僕の認識が間違っているのか。そうか、ライラという名は男性が使うべき名称なのか。そうだ、きっとそうに違いない。)


「はい。」


 この大男の声とは思えない女性らしい返事が響いた。


(どっから出した、その声!)


 当夜はあまりのギャップに、今まさに笑いの濁流が堰を切って流れ出すところだった。大男は呼ばれた方向とは別の位置にずれて後ろに控える人物に道を譲る。それは本当の返事の主が姿を現したことで寸でのところで抑えられた。そこにいたのは20代にみえる束ねた髪を左肩から流す長髪の女性であった。


「トーヤさん、紹介しますね。今回の募集を受けてこの家の一時家政婦として名乗り出てくれたライラさんです。お隣は夫のワゾルさんです。ライラさん、ご挨拶をお願いします。」


 テリスールに促されてライラが口を開く。美しいとは言えないが愛嬌のある可愛らしい顔立ちというのが当夜の第一印象だ。ふと指元に煌めく指輪に目が行く。ブランデーとシェリー酒の間のような色合いのインペリアルトパーズをあしらった銀の指輪だ。ふとライラと目線が重なる。ライラが柔らかな笑みを浮かべている。


「はじめまして。ライラと申します。普段はフィルネット公爵の貴族荘の管理をしておりますが、放浪癖のある主様が当分お戻りになられない旅に出てしまいましたので今は手が空いておりました。そんな中、別の職を探していたところ、ギルドからこちらの依頼を紹介いただいたわけです。家事全般につきましては自信がありますのでよろしくお願いいたします。」


 お辞儀。この世界でもこういう挨拶もあるのだなと自然と流す。むしろ慣れ親しんだその挨拶に安堵する。見様見真似でウォレスの見せた礼節をとるべきかと本気で心配したのだから当然だ。


「あ、はい。トーヤです。こちらこそよろしくお願いします。正式な管理人が入るまでの短い間ですがお世話になります。

 ってこんな感じで勝手に進めてしまって大丈夫なんでしょうか、テリスールさん?」


 テリスールの顔をうかがうと満面の笑みでうなずきながらライラを薦めてきた。


「はい。ライラさんはこのような仕事に高い実績がありますので、ギルドとしては一押しですよ。お二人とも異存ないようですし、このまま契約してしまってよろしいのではないですか。」


(まぁ、公爵さんの別荘管理ができる人だからきっと仕事のできる人なんだろうなぁ。でも待てよ。公爵ってそんな奔放に生きられるのか? いや、今はそこじゃないか。)

「ええっと。こちらとしてはこの街にきてまだ日が浅いので、失礼ながらライラさんがどのような方かあまり存じ上げないのです。少しでも人となりが知りたいのですがね。それにしてもライラさんはお若いのにお二人はずいぶんな年の差婚なんですね。」


 そう、当夜から見てもライラは20代半ば、つまりは年下だ。片や夫のワズルは40代後半にしか見えないのだ。まさに年の差婚だ。


「え? もう、トーヤさんはお上手ですね。私と夫は幼馴染で同い年なんですよ。」


(は? ってことはワズルさんは20代前半ってこと? 老けてるのか。そういえばウォレスさんも老けて見えたよな。総合的に考えると、男性は見た目より15から20歳は若く見積もりつつ、女性は5から10歳くらい上に見積もらないといけないわけか。)

「すみません、テリスールさん。ライラさんっておいくつなんですか?」


 小声でテリスールに確認する。テリスールが傾けた首を戻すと記憶の台帳を引きだしたようだ。即座に答えが返ってくる。


「確か私より7つ上だから32歳ですよ。トーヤさんは若いのに女性を煽てるのが上手ですね。お姉さんはトーヤ君の将来が心配です。」


と、普段のまじめな雰囲気からは想像できない悪戯めいた笑顔で返された。


「感じたままに言っただけなんですけど。まあいいや。ギルドのお墨付きの人ですし、こちらも契約するに問題ありません。それでライラさんはいつからこちらの管理人になっていただけるのですか?」


「その確認を取るために来たわけですよ。

 こちらが契約書です。

<期間は明日朝から正規の管理人が来るまでの間、契約金額は鐘数に6シースを乗じたものとする。なお、勤める時間は1鐘から10鐘までとする。また、5鐘と6鐘の間は休息時間とする。その他の決めごとは王国法契約規定第32条の管理人契約に準ずる。>

 という形でギルドにてこのとおり契約書を作りましたが、雇用者トーヤ並びに受諾者ライラは異存ありませんか?」


(といわれてもな~。まぁ、ギルドが関与しているし金額的には大丈夫なんだろうけど、この広い家を1鐘6シースで管理するのはきついな。たぶん本当に軽い掃除とかなんだろうな。)


 当夜はライラを心配そうに観察する。向こうも当夜の様子をうかがっていたのか目が合う。ライラに笑みが浮かぶ。これが社交辞令だというのなら物凄い高度な営業スマイルだ。まぁ、初対面の雇用主に向けられたならきっとそうなのだろう。そのお気楽公爵様との付き合いの中で獲得したに違いない。


「私に異存はありません。」


 雇用に置いて最も重要な因子であり、当夜ですら不安視していた給与の点について特段取り上げるつもりはないのかライラはあっさりと受諾の意思を述べる。


「えぇ、僕も構いません。ただ、支払方法はどうするのですか?」


 当夜としては本人が良いと言っているのに口を挟むのもおかしいかと次に進める。


「エレール様から前金でいただいておりますよ。正式な管理人さんの分も含めて。ただ、契約内容に指定の無い食事に係る経費などは都度お支払いいただきます。」


(エレールさん、ありがとう!だけど、正式な管理人さんの分もってどのくらい払ってあるんだろ。怖くて聞けないけど。)

「ちなみにハンコなんて持っていませんが、母印でも良いんですか?」


「ボイン? なんですか、それ? 契約はマナを通してくだされば大丈夫ですよ。では、先にライラさんお願いします。こちらへ。」


 そうテリスールが促すと、ライラは指を自身の名前の書かれた場所に当てる。すると指の先、すなわち彼女の名前の横に青い光が輝いていた。


「では、トーヤさんも。」


 とりあえず、ライラと同じように名前の横に指を当て指先に意識を集中させると、ライラ同様に名前の横に光が灯る。ただし、光と呼べるかわからない灰色のゆらぎであったが。


「はい。以上をギルド員テリスールが公正に見届けました。本契約は成立します。無いとは思いますが契約内容の破断が生じた時はギルドまでお問い合わせください。ご両者とも遅くにありがとうございました。」


「こちらこそ。ライラさん、明日からよろしくお願いします。」


「はい。よろしくお願いします! それでは、私たちはこれで失礼します。」


「家内がお世話になります。ではこれにて失礼します。いくぞ。」


「ええ。」


(旦那さんが初めて喋った。見かけのとおりハスキーボイスで安心したよ。)


 明日から一時であるがこの家の管理人となるライラは、夫と下見をすることなく一礼の後に帰路についた。

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