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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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止められない過去 4

『まったく君は何をやっているんだい?』


 当夜の頭に直接声が響く。その声には明確な呆れと批難が混じる。


「キュエル?」


 声の主に心当たりのある当夜はその声の主の名前を挙げる。


「キュエル? どなたかお知合いでもいらっしゃいましたか?」


 その声が届いていないアリスが周囲を見渡す。もちろんそこには2人しかいない。それを確認したアリスが小首をかしげる。


「ああ、ちょっと席を外させてもらう。悪いね。」


 小さく笑いながら玄関に足を向ける。


「いえ、お気になさらず、どうぞ。」


 見送るアリスは今も不思議そうだ。


『君がそんなことして姿をくらますから彼女がご立腹だよ。一度戻ってもらえるかい? …まずいこともあるし。』


 いわゆる念話と言うものか。伝えてきた内容に当夜は冷たい汗を流す。人気のない最寄りの路地にたどり着くとどうにか気になる言葉を復唱することで誤魔化す。


「まずいこと?」


『その辺は戻ってから話すよ。』


 歯切れの悪い声からは現地で説明することを望んでいるようだ。そこに何かがある。


「今は、ちょっと、」


 もう少し粘れば情報が引き出せるかもしれないと即答を拒む。


『―――戻らないと後悔するよ。』


 重苦しい声が応える。どうやら相当に深刻な問題のようだ。それでも強制的に呼び出されないということはそこまで急ぎでは無いとも取れる。


「―――わかった。とはいえ、この体にかなり強固に囚われているんだけどその辺りも含めてどこに集まればいいかを教えてくれるかい?」


 この世界のほとんど場所に転移できる当夜だが肉体を有している時点でたどり着けない場所がある。それはすなわち精霊の世界だ。


『なるほどね。フィ、アンアメスもずいぶんと面倒な真似を…わかった。転移させる。』


 キュエルが遠くで唸り声を上げる。小声でぼやいたキュエルが当夜の周辺にマナを漂わせる。途端に当夜を幾重もの魔法陣が取り囲む。


「ちょ、ちょっと待った!」


 当夜の声に散らされたかのように魔法陣が霧散する。


『どうしたのさ?』


 怪訝な声。


「アリスに挨拶してくる。」


『フィルネールが怒るよ。』


 茶化すようないつもの軽口とは違う平坦な声が返される。


「それを言うな。だけど、人としての礼節だ。」


 彼らしからぬ反応に当夜も真面目に答える。


『行っちゃったか。人、か。怒ってくれる人が居なくなる前に戻ってきてくれると良いんだけど。』


 キュエルは遠ざかる当夜に向かって細目で呟く。もちろんその声は届かない。


 宿舎に戻るその入り口に慌てた住民の訴えを聞くアリスの姿があった。気づいたアリスが手招きで当夜を呼ぶ。


「トウヤ様。どうやら件の魔物が近くまで来ているようなのです。見届けてもらえますか?」


 期待を込めた目で見つめられた当夜の脳裏でアリスネルの姿が思い起こされる。


「あ、ああ。わかった。」

(もう忘れてしまったと思い込んでいたのにこうも鮮明に思い出せるとはね。まぁ、与えた加護についても何かわかるかもしれない。キュエルもそんな急ぎの雰囲気ではなかったし、多少遅れても大丈夫だろ。それに危ないようだったら助けないとならないし。)


 自分に言い聞かせる当夜。そして、2人は海岸に足を向けた。


「来ます!」

(思っていたよりも速い?)


 地平線を見つめていたアリスが切迫感を以て世界樹の木剣を構える。同時に彼女の頭上に火球が生まれる。


「え?」

(まだだいぶ遠いみたいだけど? ひょっとしたら索敵範囲の広がる加護だったのかな?)


 当夜の空間把握の中では少々早すぎる対応に驚きの声を上げる。その声と同時に完成させた巨大な火球を解き放つアリス。水中の【悪意の紫甲】が飛び出る直前に海面を蒸発させる。


「どうして!?」


 アリスの驚愕の声。だが、傍から見れば当然の結果だ。警戒した【悪意の紫甲】は海底で身をひそめる。


(先読み? そうか、未来を予測する系統か。それも継続的に予測するでなく一時的なもの。加えて開花したばかりの能力ゆえに現実との時間差を見誤ったって感じかな。)

「未来を予測する能力だね。使いこなすのは難しいだろうけど今回の相手にはかなり有効だね。まずは現実との時間差に注意するんだ!」


「は、はい!」


 しびれを切らした【悪意の紫甲】が海面を割って現れる。同時にアリスの魔法が炸裂する。戦闘はそれほど長くはかからなかった。最初こそ未来と現実との乖離に戸惑ったアリスだったが、覚えの早い彼女はその能力を瞬く間に己のものとしてしまう。形勢は一気に傾く。【悪意の紫甲】の鋏は焼け落ち、装甲は三割以上が破損している。退き際だった。


「逃がしません!」


【悪意の紫甲】が海に逃げ延びようと背を向ける。その姿をすでに見ていたアリスの風の刃が肢を切り裂く。海を目前に巨体を岸壁に打ち付けた【悪意の紫甲】は苦し気に呻く。それは誰の目から見ても決着だった。

だが、アリスが慌てて魔法を発動させる。【悪意の紫甲】の体を焼き尽くすアリスの魔法にオルピスの民が喝采を送る。にもかかわらず彼女の表情はさえない。


「自ら魔核を!?」


 そう、【悪意の紫甲】は己の心臓とも言える魔核をその口から海に向かって吐き出したのだ。それでも彼女にはその光景すらも見えていたのだ。海面に到達するよりも早く魔石に雷撃が走り、魔核が砕け散る。


(あれだけ細かく砕ければ再生は難しいはず。仮に復活できても遠い未来か。ってまさか僕が戦った【悪意の紫甲】の正体って…いや、それよりも、)

「見事に討伐したね。これで君は、っと、」

(まぁ、こうなるか。これでアンアメスの計画が進んでしまったわけか。とりあえずキュエルの要件を済ませてからきちんと話すとしよう。)


 当夜の賞賛が最後まで届くことは無かった。もちろんそれはオルピスの住人が彼女を取り囲んだからだ。


「み、皆さん!? 落ち着いてくださいっ」


 その輪の中央で当夜を探すように飛び跳ねるアリスだったが彼らの賞賛とて無下にするわけにもいかない。引き攣った頬を無理やり整えて笑顔を作って応対している。当夜と落ち着いて話せるようになるのはしばらく後のことになるだろう。


「また後で。」


「お父様?」


 当夜の声が届いたわけでもないのにアリスにはそれが深い別れのように感じた。


「待たせたね、キュエル。」


『そうだね。急げば間に合うか。行くよ。』


 先ほどまでいた路地に戻った当夜をキュエルが迎える。時を預かる精霊にしては珍しく焦りを感じさせる声で。


「どういうこと?」


『行けばわかる。』


 キュエルの声に僅かな非難が含まれていた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 当夜が去ったクラレスでは男たちが【迷いの森】にある遺跡に集まっていた。集まるべき人物が揃ったのか、あるいは定刻となったのか一人の男が声を発する。


「では、報告会を始めよう。それで準備の方はうまく進んでいるのか?」


 男の声を合図に松明が灯される。そこにいたものはクラレスの政を司る者たちばかりだ。


「はい。完璧です。」


 力強い返事は魔科学なる技術を生み出した組織の長だ。その技術の背景にある力に裏打ちされた自信が透けて見える。


「しかし、アンアメス様を裏切ることになるのでは?」


 慎重な意見は彼女とのパイプ役である人物の言葉だ。だが、その意見に好意的な反応は無い。


「大丈夫だ。国王陛下ももうじきこちら側に引きこめる。何より魔科学に加え、法国の力を借りられるのだ。彼女の力が強力だとは言え、二国の力には敵わん。」


 軍務を司る男は魔科学長を横目に笑う。法国には彼女以上の化け物がいることを知っているからだ。


「アンアメスからは知識を搾れるだけ搾れたと考えるべきでしょう。それにいくら魔王が去ったとしても国々をまとめる上で国民の不安は計り知れません。そこをわかっていない彼女は当てになりませんよ。この国に必要なのは癒しを与える神殿と強力な魔科学の知識を有する法国なのは明白でしょう?」


 魔科学長の饒舌な物言いはすでにこの流れとなることを計算しつくされたものだ。


「それにしても瘴気を地下深くに封印するなど普通には思いつかん。瘴気が地震や火山活動を引き起こす恐れすらあるのではないか?」


 ただ一人賢者と呼ばれるアンアメスとの繋ぎ手だけが食い下がる。


「そこはもう議論を終えたではないか。あの方も保証してくださった。世界樹が根から吸収する方が効率は良いという話だろう?」


「それはそうだが。エレール殿とアリス殿を殺害する必要までは…」


「どちらの話でもどのみち二人は死ぬ定めだ。気にすることではない。」


「まったくだ。」


(予想通りいかんともしがたいか…力不足で申し訳ありません、【時空の精霊】様。)


 結論はすでに用意されていた。賢者は肩を落とし、助言を与えてくれた小さな双子の精霊に謝罪する。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 陽が天頂に至り、この時代の都市レベルに似つかわしくないほどに文明の進んだ街並みが最大限の輝きを放つ。その栄華の中心、白亜の神殿その奥の暗い一室に二人の気配がある。一人は泉の縁に腰かけてもう一人を待ち受ける。その目は暗闇の中でも血のように赤い。


「それで、話はついた?」


「はい、フレイア様。」


 クラレスの魔科学長の副官を務める女性がそこにいた。彼女こそクラレスに魔科学なる技術を伝えた人物だ。


「そう。良かったわ。下がりなさい。」


「はい。」


 立ち去った女の気配が完全に遠のいたことを知覚したフレイアは口角をつり上げて笑う。


「あはは。残念ね、フィルネット、いえ、アンアメス。貴女の計画もこれでまた水の泡よ。」

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