目覚めの時
本来はお目汚しとなるので更新しないつもりでしたが、肝心なことを記し忘れていたので1話のみ加筆します。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
また、ブックマークや評価をいただいた方にはずいぶん励みをいただきました。そのおかげさまでやめようかと悩む中でも書き進められました。
重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。
またの縁がございましたら温かくご笑覧ください。
時は流れ、エキルシェールには人々が次々と文明を打ち建てていく。世界樹は静かに瘴気を吸収し、当夜もまた瘴気を分解し続けていた。おかげで世界は瘴気に塗りつぶされることなく今日も適度な刺激の中で過ぎていく。だが、当夜の予想は、想定を超えて、それも加速度を増しながら悪化していた。いつしか人は全世界で億を超えるに達し、境界を争い、差別を生み、利益を求め、社会を、感情を複雑化させていった。そう、内側から瘴気を生み出し始めたのである。
当夜が【渡界石】に導かれてきたその時から3000年ほど遡ったこの日、ついにその仕組みがエキルシェールと地球をつないだ。当夜の予定よりも4500年ほど遅れてのことだった。
『どうかしたのかい、【武の精霊】?』
精霊の界、意志がマナによって形を成すエキルシェールのもう一つの世界。その場で少年は来訪者の存在を覚知する。
『トウヤが、トウヤが目覚めましたっ』
現れた女性は口早に叫ぶ。
『ど、どういうことだい?』
(瘴気は今も流れ込み続けている。でも、増加しているわけでもない。いや、寧ろ減少傾向にあると言っても良いんじゃないか。それともエキルシェール内部での瘴気の増加が原因? かといって浄化が間に合っていないわけでもない。どちらかと言えば差し引きでいえば良い方向に進んでいるはず。)
少年の姿をした、とはいえすでに1万7千年の永きをその姿で歩んできた【時空の精霊】はここ数千年と抱かなかった動揺にさらされた。なぜなら彼の中では話題の人物は死したも同然のように眠りから覚めることがなかった存在が何の前触れもなく目を覚ましたというのだから。
『目覚めたといっても反応は極めて薄いのですが...
とにかく来てください。』
不安と期待が入り混じった感情に揺れる【武の精霊】フィルネールに引かれる形で弱まった瘴気の吹雪を突破した【時空の精霊】キュエルは中央で数名の【深き森人】らとともに横たわる当夜のもとにたどり着く。
『トーヤ。僕がわかるかい?』
そこにいた男は眠りにつく1万7千年前、その時の姿そのままだ。数日前に見た時と僅かな違いがあるとすればわずかに開いた瞼だろうか。そこから覗く瞳には僅かな光も宿っていない。
『...』
『まさか瘴気の影響が!?』
向かいから覗き込むフィルネールは不安に染まっている。
『いや、意識が一度戻ってまた抜け出た感じだね。』
当夜もまた2人と同じく精霊であって世界の理に縛られた存在である。ゆえにどんなに弱ろうとも存在が消滅することは無い。だが、自身の代わりとなる存在が生まれた場合には話は変わる。それ故に当夜は自身の存在が残されていることを示すために己の姿をそこに残している。もちろん、フィルネールを安心させる意味合いもある。そのことをキュエルに指摘されたフィルネールはようやく落ち着く。
『どういうことでしょうか?』
『う~ん。もう少し様子をみようか。僕らは贈り物の返事がどうなるかを見届けないとならないし。それにもうきっと動き出す。それは間違いないんだろう?』
いまや2人となった当夜の内、地球側の存在の誕生と同時に送り込んだ【渡界石】は異世界人を連れてきた試しがない。未だ異世界間をつなぐ試みは成功していない。ともかく、キュエルとフィルネールは4千5百年の永き時をひたすらに待ち続けたのである。
『―――そう、ですね。』
(ライト様にもうじき会えるのですから。)
この後二人は知ることとなる。異世界からの訪問者がついに【渡界石】とともに戻ってきたことを。そして、それこそが当夜の目ざめの引き金であったことを。同時に知るはずだった事実は彼らとは別の意志によって分かたれる。
「ここは?」
懐かしい香り。そして、薄暗いながらも十分に見渡せる程度には光球が灯されている。だが、頭はどうにも重苦しく冴えない。自身がなぜこの光景をみているのかも理解が及ばない。何より理解しがたいのは体が、肉体が存在していることだ。
「おはようございます。おはようございます。お目覚めをお待ちしておりました、ご主人様。」
そんな当夜の眼前にアンアメスの輝かしいまでの笑みが出迎える。
「君は、ああ、アンアメスさんか。ってことは今までのことは夢オチかぁ。そう言えばその目は幻覚を見せる設定だったもんね。」
この時の当夜はそう理解した。それこそ彼女の異質な能力があればこそ、ディートゲルムとの戦闘を前にしてアンアメスが親しき者の死や突飛な可能性の一つを見せてきたのだと漠然と受け止めていた。
「何を、何をおっしゃっているのかわかりかねますが、状況を説明させていただきますとトーヤ様の意識をこの依り代に移させていただきました。」
可愛らしく小首をかしげるアンアメスには当夜の知る妖艶で大人びた姿が認められない。
「依り代に移した? どういうことですか?」
いよいよもって理解が追いつかない。いや、頭の奥ではその解にたどり着いているのかもしれない。顎先を抜けて冷たい汗が床に落ちる。
「?」
(口調に威厳が見えないのはお目覚めから間もないからかしら?)
「はい。はい。再現度が高いでしょう? 私の、私のご主人さまです。」
アンアメスが水魔法で生み出した即席の鏡を当夜に向ける。そこには確かに再現された当夜の姿。ただ大きな違いがあるとすればアンアメスと同じ紫の瞳であろう。
(どうやら夢落ちってわけじゃなさそうだ。それにしても、)
「ご主人様?」
(って、どういうことだ?)
当夜は怪訝そうに問う。そのふざけた発言内容は当夜の知るアンアメスであれば十分に通じるものだ。単にからかわれているだけともとれる。とはいえ、どこか違和感を抱かざるを得ない雰囲気だ。
「ふふ。ふふ。その肉体はこちら側に私が受肉する前に世界樹の力で生み出したもう一つの【世界樹の目】です。そして、そして、当然ながらモデルはトーヤ様です。」
アンアメスは胸を張る。
「お、おいっ、何で僕なんだよ!?」
なぜアンアメスがそのような行動をとったのか意味がわからない当夜は声を大にして抗議する。
「それは、それは私の命の恩人ですし、親友を救う機会をくださいました。貴方に、貴方に忠誠を示すのは当然のことかと。」
(きっと好意がいびつに膨らんでしまったのでしょうね、私は。
今思えばお母様の精神規制が無くなったから、というのもあるのでしょうけど。あるいはもっと根本的な誘導かもしれませんけど。)
アンアメスの名を授かる前のフィルネットは恋慕や愛情という概念を持ち合わせていなかった。先代の世界樹はその相反する感情である嫉妬や憎悪の引き金となる感情を抑圧していたのだ。それが外れた瞬間、窮地を救った当夜と言う存在が彼女の中で大きな存在となった。急激にその機能を働かせ始めた感情と種の絶滅の危機がフィルネットにそう錯覚させたのかもしれない。
「命の恩人? どういうこと?」
(恩人なのはどちらかと言えば貴女の方だけど。あ、だけどこっちのアンアメスさんじゃないのか。)
彼の知るアンアメスは当夜をからかってきたが、こちらのアンアメスはずいぶんと当夜のことを買っているようだ。目の前にいるアンアメスの過剰な評価に心当たりのない当夜は過去の接点を見つめ直す。
(さっきまでの話の流れだと、やっぱりフィルネットとして死にかけていたときのことを言っているんだよな。)
「それは、それは先ほどにもお伝えしましたとおり、」
「ま、待ってくれ。そうだった。アンアメスさんは、あのときのフィルネットで...
ってことは君を精霊にしたのはキュエルだよ。命の恩人って言うならあいつの方だって。」
当夜は高すぎる評価の下落を目指して足掻く。
「ええ、ええ。存じています。ですが、あの方にその意思はなかった。貴方が導いてくださったと聞き及んでおります。ですから救ってくださったのはやっぱりトーヤ様です。」
とうやらキュエルも一枚かんでいるようだ。彼にとってもこの行動は予期されたものであるかまでは当夜には見当つかないが後で叱ることを決意した。
(そういえばアンアメスさんってずいぶん僕に好意的な感じだったけどこれが原因とか? 何だかすごく嫌な予感がする。聞きたくないけど聞かなければならないような...)
「う、うん。まぁ、気持ちはうれしいよ。で、さっきのご主人様ってのはどういうこと、なのかな?」
当夜が馴染まぬ体に冷や汗を浮かべながら確認する。
「もちろん、もちろん私たちは夫婦ですから。ご覧ください、ご覧ください、私たちの子供たちの姿を。」
うれしそうにアンアメスが当夜を引き連れて家を飛び出す。広げた彼女の両腕の先には数多くの【深き森人】の姿があった。
「うん。ナルホドね。」
(やっぱりかっ
どうすんだよ、これ!?
いや待て、これってそもそも僕たちの子で良いのか?)
「ちょい待ち。僕たちはいつの間にそんな関係に?」
当夜が下半身と彼女を交互に見比べる。その姿に首をかしげるアンアメス。やがてその意図にたどり着く。
「関係? 関係?
ああ、ああ、私たちはマナを通わすことで子供を成すのですから貴方のマナを受け入れれば子供はいくらでもできますよ。」
そう言いながら胸に手を当てながら照れてみせる。
「へ、へぇ~、そのマナとやらを提供した記憶がないんだけど?」
当夜がぎこちなく首を上げてアンアメスの顔を見上げる。
「はい。はい。私の意志でその体からいただきました。私が作った体なので思うままです。」
いうや否や当夜の体からマナが溢れ出し、彼女の体に取り込まれる。
(それって世界樹の自家受精なんじゃ?)
何が起きたのかわからない当夜は呆けていたが、ややして一つの結論に至った。
「トーヤ様、トーヤ様っ」
意識を思考に取られていた当夜はアンアメスの不安げな顔を間近で拝むことになった。
「お、おお? えっと何だっけ?」
「お陰様で、お蔭様でどうにか世界樹を取り戻せそうです。せっかく送り込んだレジュナム、ヴェール、レムネットのうち2人がセレスに奪われて形勢が再び不利になりましたが、今度は乗っ取られたときの手段を逆手にとって取り返してみせます。」
どうやら当夜が思考の沼にはまっている間にアンアメスが話を進めていたようだ。
「その名前、どっかで...」
当夜の記憶に懐かしい夫婦の姿が蘇る。たしか、彼らに任せた敵側に聞いたことのある名であった。
「今頃は、今頃はエレールとアリスが贄と捧げられていることでしょう。」
「エレールとアリス!? 贄って君が差し向けたのか!?」
当夜の中で急速に太古の記憶が浮上してくる。
「差し向けた、差し向けた、と言うのは少し言葉が過ぎます。私は、私は単に人の街に彼女らを送っただけ。」
当夜の過敏な反応にアンアメスが慌てて訂正する。
「それでどうして贄になるなんて言葉が出てくるんだ?」
当夜の声が生まれた疑惑に重くなる。
「人々は、人々は私がレジュナム、ヴェール、レムネットを送り込むために使った祭壇を見つけました。そこには、そこには彼女たちを讃える言葉と役割、儀式の手法を残してあります。対して、対して、世界は戦いに明け暮れ、負の感情が次々に生まれ、瘴気による災害が頻発している状況です。そのような中で【深き森人】を贄に災いの元たる瘴気を分解する【還元の精霊】なる存在を生み出せると知ったならどうするでしょうか。」
聞き手である当夜にはアンアメスが意図してそれらの情報を残したであろうことは容易に想像がついた。そのことを批難しようと彼女の顔を見て息を呑む。
「君は...、いや、世界樹を奪われた時点で君はこうするしかなかったんだね。」
(だとしたらそれを許してしまった僕らの手落ちだ。彼女を責めるべきではないか。)
「意外、意外です。もっと叱られるかと思っていました。」
実に苦し気な笑顔でアンアメスは告白する。
「そう思うならそうしないでほしかったなぁ。」
当夜もまた同じような表情で返す。
「ええ、ええ、それは申し訳なく思っております。ですが後悔はしておりません。彼女たちも巫女と言う国の重役を背負うものとなった以上は喜んでその任を受けるでしょう。」
だが、当夜は知っている。アリスはさらにその先の未来を憂いていたことを。そして、それは現実のものとなることを。
「なら、僕は彼女らを助けに行くよ。目覚めた以上は世界樹への干渉も多少なりできるからね。犠牲はいらない。」
予想を超えてブックマークに残していただいておりましたので近くのんびりと更新いたします(2017/12/26)。




