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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
268/325

世界樹を侵す謀略 7

「なんだか私は怖いのよ。私が私でなくなるみたい。ってこれ、昔も言ったことがあったね。」


 霞みがかったような意識の中でもフィルネットが大事な存在であったことはわかる。そして、自身の不安を吐露できるほどの存在だったことを記憶が伝えてくれる。消えそうな記憶が一つの映像を見せる。2人の少女が世界樹の幹に寄り掛かって話し込んでいる姿だ。1人は不安げな表情を浮かべて語り、1人は勝気な表情で聞き入る。

 

「...」


「答えてくれないのね。」


 フレイアの問いかけにフィルネットは答えない。かつての親友ならそんな間など存在しなかった。即答で、「大丈夫だよ、私が守ってあげる」と答えてくれていただろう。


「ねぇ。」


 フレイアはぼやける意識を引きずってフィルネットの寝顔に手を添える。途端に瘴気を分解し続けていたフィルネットから瘴気が離れてフレイアに流れ込む。それは瘴気との親和性の違いであってフレイアの瘴気を引き寄せる宿命が肉体でなく精神に起因したものであることを示していた。


「これはっ

 そうだ。私はディートゲルム様の計画を遂行しているはずだった。しかし、この体は? そうか、セレス・アメスの体を私が奪った時の物のか。そして、今は世界樹の中にいると。」


 途端にフレイアは覚醒する。それは過去の幼き頃の記憶を塗りつぶすほどの鮮烈で魅惑的な記憶によってもたらされる。


「貴女はだれ?」


 瘴気の分解と言う役目から一時的に解き放たれたフィルネットが目を覚ます。その目に映った女性に彼女は心当たりがない。


「あら、お目覚めみたいね。それにしても私がわからないなんて残念ね。まぁ、この姿では仕方ないか。」

(私だよ、フレイアだよ。わからないの?)


 フィルネットの頬に当てていた手を首元に添えるフレイア。そのまま力を込めてその存在を絶つことこそが彼女を魅了した男に応えることであるとわかっているのだがどういうわけか力が入らない。それもこれも頭の中に響く誰とも知れない幼い少女の声のせいか。


「貴女からは穢れを感じる。」


 目を細めたフィルネットは敵意を向ける。


「そうでしょうね。貴女と一緒よ。私が救ってあげなければ貴女は人類初の魔物になっていたもの。」

(忘れちゃったの? 私がフィルネットの穢れを引き起こしてしまったのを。だから、私は、)


 恩着せがましいフレイアの言葉に逆らうように再生される記憶。幼きフレイアを襲う一匹の魔獣。それはフレイアとフィルネットが拾った親無き獣の成れの果て。フレイアに引き寄せられた瘴気に侵された悲しき存在。そして、それを泣きながら剣で貫くフィルネット。やがて討ち果たされた魔獣から溢れた瘴気は宿り主を求めてフレイアに向かう。怯えて動けないフレイアを庇うように抱きしめるフィルネット。その身に瘴気が流れ込む。その日、フレイアは初めて巫女の力を解放する。ただし、未成熟な力の発現は本来の機能を一部欠落してしまう。瘴気を恐れるあまりに負の感情を乗り越えることが、受け止めることができなくなってしまったのだ。


「貴女はだれ?」


 二度目となる問いかけには何かしらの期待が込められているようだった。もちろん、世界樹となった時に彼女の存在は失われている。彼女には明確な記憶は残されていない。それでも断片的な記憶が残されているのだ。


「私はフ、いえ、セレス、セレス・アメス。穢れを集める者よ。」

(私だよ、フィルネット。私はフレイアだよ。)


 フレイアがなぜ真の名を名乗らなかったのか。それは当夜との約束に制約されたものか、あるいはフィルネットを気遣ってのものか、もしくは今の姿を恥じているのか。


「瘴気は貴女にあげるわけにはいかないの。すべては私のためにいただくわ。」

(フィルネットの負うべき穢れは私が受け止める。フィルネットが苦しむ姿を見たくないもの。)


 フレイアはバックステップを踏んで距離をとる。選んだ場所はこの空間でフィルネットと最も離れた位置。世界樹の壁にその身を寄りかける。蔓のような枝が手先に絡まり同化を始める。


「駄目だよ。それを分解するって約束したの。そうすればフレイアちゃんが帰ってくるって。」


 蔓のつながった右手をのばすフィルネット。その手はフレイアに纏う瘴気に向けられる。


「そう。残念ね。それなら私たちは奪い合うしかないわね。私は負けないわ。」

(うれしい。だけど駄目だよ。私は巫女だもの。フィルネットにはあんな苦しみを負わせられない。)


 自身の体から離れようとする瘴気を苦々し気に見つめるフレイア。やがてわずかに離れたところで瘴気はフィルネットに届くことなく止まる。


「絶対負けないっ

 たとえ瘴気を引き合う力で敵わなくても別の方法で必ず勝って見せるんだからっ」

(あの人に、あの人に助けを求めなきゃ。そして、仲間を増やさないと。世界樹の能力を奪われる前にっ)


 フィルネットはそう決意すると目を瞑る。意識を世界樹に通わせて己の分身を作り出す。すでにフレイアの瘴気が世界樹すらも侵し始めたのだ。急ぎ脱出しなければ本当の意味で世界樹の能力の全権を奪われてしまう。


「言うじゃない。精々足掻いて見せなさい。」

(私は戦いたいわけじゃないの。私に任せて。)


 フレイアは不敵な笑みとも自虐的な笑みとも言えない複雑な表情でフィルネットを見つめる。


「「...」」


 フレイアの挑発を最後にその場に静寂が生まれる。


「さっきから何なのよ、あんた。私の中で気味の悪いことを言わないで!」

(...私は貴女の、)


 フィルネットの意識が無くなったのを確認したフレイアは己に問いかける。それは見逃すことを選んだ己の中の意志への問いかけだった。彼女の答えはフレイアに届くことなく途絶える。


「何だって言うの。私の、私の何だって言うの!?」


 フレイアの絶叫が世界樹に木霊する。だが、もはや誰もその投げかけに応えることは無い。


「フフフ。まぁ、何だって良いわ。私はディートゲルム様のために動くだけよ。あの男との契約もこの体なら問題ないわ。今の私はセレス・アメスだもの。フィルネット、貴女に私は超えられない。その理を見せつけてあげるわ。」


 フレイアは笑う。世界樹の掌握にはまだ時を要するがそれも容易くすら思える。そこにも当夜の仕掛けたトラップがあるとも知らずに。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 視点は変わって主の入れ替わった世界樹を見上げる1人の少女に移る。


「はぁ、はぁ。どうにか、どうにか脱出できたみたい。あれ、あれ、声が残響する?」


 肩で息をするフィルネットは初めて感じる陽の眩しさや温かさに感動を覚えるよりも先に己の口をついてこぼれた言葉に驚きを覚える。不気味に反響する自身の声。受肉したのは初めてのはずだが、そうとは思えない感覚がある。その感覚がその状況に不自然を感じていると訴えかけてくる。


『ここまでトーヤの予言通りか。まったく、恐ろしい限りだ。

 まぁ、落ち着きなって。その声は世界樹から強制的に分離した時に生じた後遺症だよ。精神と肉体が分割しかかっているんだ。』


 フィルネットの背後から少年の声が響く。


「貴方は、貴方は【時空の精霊】様?」


 フィルネットは不安げに尋ねる。だが、心のどこかでそれが概ね正しい認識だと記憶している。


『まぁね。トーヤに言われて助けに来たんだ。安心しなよ。それにしてもその目、両方とも持ってくるなんて。まったく世界樹に与えた権能とはいえ、やれやれ。さすがのトーヤも計画が狂ったんじゃないかな。』


 キュエルは腕組みしてフィルネットを置き去りに一人合点する。


「トーヤ様、トーヤ様? あの方のこと? その目?」


 安心した途端細い足が震えだす。そのまま力の抜けたフィルネットはその場に腰を落とす。それでも頭はキュエルの言葉を捉えていた。気になる言葉が口をつく。


『まぁ、これを見なよ。』


 キュエルが空中に映像を映す。そこには見上げるフィルネットの姿があった。


「これは、これは?」


 自身の姿を目にしたフィルネットは初めて己の姿を認識する。と同時に大きな違和感に気づく。黒髪から一転して銀髪と化した長い髪、そして己には不釣合いなマナを包有する瞳に視線を奪われる。その目に宿る幻惑を見せる能力が彼女の意識を引きつけたのだ。


『【紫銀の魔眼】。マナを歪めて相手に幻覚を見せる魔の目。そして、幻惑を見破る真実の目でもある。本当は別の目的のために用意されたんだけどね。』


 今の今をしてフィルネットに彼女の望む幻惑を見せ続けるその目であるが、同時にその幻惑を打ち消し続けている。すなわち彼女は幻惑を見ているのだが幻惑を見破っている状況である。ゆえに今の彼女は現実と幻惑を同時に見ていることになる。


「私の、私のためじゃない?」


 フィルネットは両目を抱えて震える。そのままその目を抉り出してしまいそうだ。


『いや、まだ予備もあるし何とかなるんじゃないかな。そもそもトーヤのことだからこうなることも承知の上さ。さて、トーヤからのお願いを伝えるよ。』


 キュエルは慌ててフィルネットの行動を制する。


「お願い、お願いですか?」


 フィルネットがその手をよけると目を輝かせる。


『そう。君は世界樹を監視してほしい。そのためにもこの地に留まってほしい。だ、そうだよ。』

(世界樹の目とは言えこんな少女に外から見はらせて何の意味があるんだろう。本来なら内部で抵抗させるべきだろう。たとえ敵わなくても。だいたい、)


 キュエルは伝えながらその言葉の意味を考える。


「私、私一人で、ですか?」


 キュエルの考えがまとまらないうちにフィルネットがその不安を言葉にする。


『もちろん、1人ではないよ。ね、ファーメル。』


 そんなことは当たり前の不安だ。当然、手を打つ。だが、キュエルからすれば見張りと言うことであればファーメル一人で十分すぎる気がするのだ。


「そうですね。師にも頼まれましたし、何より妹のような存在ですから全力で守らせていただきますよ。」


 正確には世界樹となる前のフィルネットがまさに妹であり、彼女はその子供となるわけだから姪と呼ぶべきなのかもしれない。だが、ファーメルから見てフィルネットの意識を宿す彼女はやはり妹に見えるようだ。


「妹、妹? 貴方はお兄ちゃん?」


「ああ、そうだよ。よろしく。」


 うれしそうに手を伸ばすフィルネットをそのまま抱き起したファーメルは固く握手する。


「はい、はい。よろしくお願いします。それで、それでトーヤ様はどちらに?」


 そんな兄に投げかけられた言葉はひどく真剣だった。その問いかけに兄として応えるべきであるが真実はあまり好ましい状況ではない。おそらく彼女に不安を与えることになる。


「トーヤ様は、トーヤ様は今、旅に出ていらっしゃる。」


 当夜の言葉を借りて誤魔化すファーメル。


「それでは、それではお伝えしたいことがあるのです。いつなら、どこならお会いできますか?」


 だが、フィルネットとしてもその言葉がどのような意図をもっていようが引き下がるわけにはいかない。


『当面の間は帰ってこない。』


 キュエルが冷たく告げる。


「そんな、そんな...。世界樹が乗っ取られたのです。トーヤ様にお伝えしないといけないのに。どうしたら、どうしたらよいのですか!?」


 肩を小刻みに震わせてフィルネットはファーメルに救いを求める。


「大丈夫だよ。それもトーヤ様はご存知だ。その上で君に監視を頼んだんだ。受けてもらえるかな?」


 答えを持ち合わせていないはずのファーメルが涙に濡れるフィルネットの瞳を真っ直ぐに受け止めながら即答する。


「そういう、そういうことでしたらお受けします。私は、私はこの地でセレス・アメスを監視します。そして、そしていつか世界樹を取り戻して見せます。」


 世界樹となる前に願いを受け入れてくれた当夜と親族として信頼を勝ち取ったファーメルの言葉にフィルネットが覚悟を決める。


「ともにトーヤ様のために頑張ろう。そうだ。トーヤ様から君に新たな名を預かっているんだ。君はこの名を名乗ることを許された。アメスを否定する者、アンアメスの名を。」


 それは当夜がキュエルに託し、キュエルがファーメルにこそ伝えるにふさわしいと認めた言葉だった。


「はい。頂戴いたします。私はこれからアンアメスと名乗り、世界樹を監視します。そして、必ず私たちの力で世界樹を取り戻して見せます。」

(トーヤ様とともに。)


 キュエルもファーメルも気づいていない。彼女の強い言葉の裏に隠された計画に。彼らからは見えない世界樹の裏側で根元に背中を預ける人の形を成したものがあることに。

11月ごろの再開を見込んでおりましたが、モチベーションの低下もあって今後に書き足すことは当面ないと思います。

削除は難しいようなので残ってしまいますがご容赦願います。

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