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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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世界樹を侵す謀略 4

『―――わかった。君が僕らの邪魔をしないというのならここは見逃そう。もちろん魔法による魔法を結ばせてもらうよ。破れば手痛い目に遭ってもらう。』


 意外だった。むしろ対立するものとばかり思っていた。そうであれば力の限りを以て押しつぶすつもりだった。当夜が知っている未来の彼女は心底ディートゲルムに心酔していたはずだ。だとすれば少なからず悩むものと予測していた。ゆえにこうも早く決断を強いられるとは予想していなかった。何より彼女の発言が信じられない。それでもこの提案を切り出した当夜がひっくり返すことはフェアではない。精神体である当夜の意思が揺らぐということはその存在が揺らぐということでもある。その点を突かれたことに当夜は今更ながら気づくことになった。


「そう。わかったわ。ならさっさとこの檻を解いてくださる?」


 勝ち誇った笑みを浮かべるフレイア。


『これで良いかな。』


 当夜は彼女を捕えていた檻を崩す。


「ええ。私は貴方たちの邪魔をしない。そして、貴方たちはこの場で私を見逃す。これで良いのよね?」

(もうすぐ、もうすぐよ。さぁ、おいでなさい。)


 フレイアはいつでも逃げられるにも関わらずその場を離れようとしない。むしろ当夜との会話を望んでいるようにさえ感じられる。しかし、彼女は気づいていない。当夜が何の手も打たずに彼女を解放するなど許すはずがないことに。なぜなら当夜にはフレイアに対して彼の愛おしい女性を傷つけられたことへの正当な報復根拠があったのだから。


『そうだね。では、契約を。これで約束は守ら、』


 当夜がほほ笑む。その手が差し出される。フレイアはその手を取ろうとする。これにより2人の間に契約が成立したことになる。だが、それがなされることは無かった。第三者、いや、当夜の陣営から約束は結ばれる前に反故にされたのだ。


『そいつがそんな約束を守るわけがないだろっ』


 キュエルの空間をも裂く斬撃がフレイアを襲う。当夜に差し伸べられた左腕が吹き飛ぶ。


「う゛あ゛っ」


 フレイアが切断面を抑えながら飛び退く。抱きかかえるような姿勢で蹲る彼女の顔には冷や汗と共に笑みが浮かぶ。


『キュエルっ、待つんだ!』


 なおも次なる斬撃を放とうと手を振り落そうとするキュエルを羽交い絞めにして止める当夜。それでも振り下ろされたキュエルの腕。その一撃は逸れたものの彼女の右肩に大きな切断面と鮮血のしぶきを残す。


「残念ね。まさかそちらが約束を違えるなんて。」


 フレイアは飛び退き、その場をさらに離れる。先ほどの斬撃の射程を考えれば明らかに足りていない。だが、当夜との会話が成り立つ距離だ。


『止めだ!』


 転移までして当夜から離れるキュエルは大きく振りかぶる。確実にフレイアを殺すつもりだ。


『キュエル、これ以上僕を怒らせるな。』


 そんなキュエルの動きを止める当夜の声はかつてないほどに冷え切っていた。キュエルと当夜では【時空の精霊】の力を受け取ったキュエルのほうが保有するマナの量と言う点で大きく上回っている。だが、そんなこととは関係なく圧倒的な威圧感で抑え付けた。


『なっ、だけどっ』


 キュエルが震える体をどうにか動かして振り向く。


「失礼するわ。」

(な、何よ、この感覚。気味が悪い。)


 フレイアは全身から汗が噴き出ていたことに怖気を感じる。畏怖してしまったのだ。このイメージは当面拭うことはできないだろう。


『約束を守ってくれると信じてる。』


 当夜の落ち着いた声。だが、今のフレイアには脅しのように受け取れた。


「先に反故にしたのは、っ」


 フレイアは震える唇を動かして抗議する。当夜を出し抜いた己の才覚に対する矜持が成した反論の糸口。その一言を告げさえすれば当夜は彼女を害することはできなくなる。それでも体はその場を一秒でも早く逃げ出したいと言っている。


『君を信じてみたい。』


 当夜の言葉は静かで穏やかだった。それはフレイアにその先をいうこと躊躇わせた。彼の知る未来の変革を示したのは他ならぬフレイアだった。


「―――ふん。」


 フレイアは口を閉ざすと何かを鼻で笑う。そのまま背を向けると背後を警戒することなく歩き去る。キュエルの殺気を浴びながら。


『はぁ。トーヤ。どうしてここに?』


 言いたいことと共に大きく息を吐き捨てたキュエルは当夜がこの場にいる理由を問う。本来ならば瘴気の嵐の中で外界から閉ざされている当夜がこの事態を把握できるはずがないのだ。仮にキュエルが送り届けたターペレットとウレアをしてもこれだけの遠距離を魔法も使えない状況でリアルタイムに情報を送り届けることはできまい。だとしたらほかに当夜には術があったのだろうか。


『君が捕まっちゃってフィルがやばかったからね。』


 まるで現場を見てきたかのように当夜がキュエルをみつめる。


『う゛っ』


 思わず息を詰まらせるキュエル。


『ハハ。まぁ、いじめるのはこのくらいにしておこうか。実は君が送ってくれたお友達が仲間を呼んでくれてね。情報が入りやすくなっているんだ。』


『お友達...仲間?』


 当夜の種明かしにキュエルはそれでも納得できないようだ。


『そう。そうだろう、ゲーペッド?』


「―――まぁ、あいつとは古い仲ですから。それと姉貴(それ)とは思念共有できますし。」


 当夜の呼びかけに答えた青年が物陰から姿を現す。その青年は表情を変えることなく当夜の背後を示す。


「まぁ、あいつだなんて表現がよろしくないわ、ゲーペ。」


 当夜の背後から唐突に現れた女性は間延びした声でゲーペットをたしなめる。代名詞を使われたためにキュエルには伝わらなかったが彼らは姉弟の関係である。加えるなら思念を共有することのできる双子である。


「うるさいなぁ。」


 青年は頭を掻きながらつぶやく。


『か、仮に思念を共有できるとしても所詮はマナを通してのはずだ。瘴気の嵐をどうやって抜けたんだ? いや、そもそもどうやってここに? ここだって瘴気の壁があったはずだよ。』


 空間を統べるキュエルをして認識できないゲーペレットの存在も十分脅威だった。キュエルが誰ともなく問いかけている。結論、当夜に視線は向かう。


『それは...』


 当夜がもったいぶっているかのように口ごもる。


「愛の力ってことですよ~。」


 ゲーペットの姉とされる女性は当夜の代わりに大げさに照れて見せる。当夜はもったいぶっていたのではなかった。単に照れていたようだ。


『はぁ? 愛の力?』


 キュエルの肩の力が抜ける。併せて素っ頓狂な声が響く。


『ちょっ、そう言うんじゃないって! レントメリっ』


 当夜がなおも解説を続けようとするゲーペットの姉、レントメリの口をふさぐ。


「まぁ、【武の精霊】様とお話するためだけに通話孔を作ったわけですから間違いではないかと。」


 姉の口を代理するかのようにゲーペットが解説する。


『普段はお姉さんに突っかかっているのにこういうときだけ妙に仲良くなるのはおかしいだろっ』


 当夜が顔を赤らめながら叫ぶ。その一方で、レントメリはにこやかに頷いている。


『トウヤ、それは本当なのですか!?』


 横たわっていたはずのフィルネールが上半身を起こして当夜を力強く見つめている。


『や、やぁ、フィル。調子はどうだい?』


 当夜はレントメリの口元から手を放すと片手を上げて引き攣った表情で挨拶を送る。


『はぐらかさないでください!』


 もちろんそんなことでフィルネールの追及を躱せるはずもなく彼女を守る結界すらも破って詰め寄ってきそうくらいの気迫だ。


『まぁ、どうにかね。だけど、まだ小さな穴が開いたに過ぎないよ。』


 当夜は彼女を守る結界を解くと自ら近づく。


『負荷は大丈夫なのですか?』


 フィルネールが当夜の体を前後左右、上から下まで見て回る。


『それは大丈夫。だから声ぐらいしか届けられないんだけどね...』


 足元のおぼつかないフィルネールを抱き寄せるとほほ笑む。心配してくれている彼女の方こそ心配されるべき状態だ。


『そういうのはもっと早く教えて下さい...』


 顔を下に向けながらフィルネールはつぶやく。


『はい。』


 当夜はそこに浮かぶ表情を予想しながら笑いを堪えて返事する。


『これでいつでも声が聞けるのですね。それなら早く持ち場に帰ってください。』


「そんな恰好でよく言う。」


 冷静さを装うフィルネールの言葉を鼻で笑いながらゲーペットが茶々を入れる。そんな恰好とは彼女自身も気づいていないのだがその手が当夜の服をきつくつかんで離さないとする姿のことだ。


「こ~ら、ゲーペ。そういうことは言わないの。」


 レントメリがゲーペットの額を小突く。しかし、その顔には明らかな賞賛の色がにじんでいる。ゲーペットもしたり顔だ。他方では当夜とフィルネールが困ったようだ表情を浮かべている。


『いやいや、思念の伝達方法は分かったけど君はどうやってこの場に? 転移なんてできないだろう?』


 そんな甘い雰囲気を割ったのはキュエルだ。


「ええ。それは【時空の大精霊】様の加護をいただいたのです。」


 ゲーペットが一枚のプレートを見せる。黒銀色の板面にはいくつかの文字が浮かんでいる。


『加護?』

(以前、フィルネールが言っていた信仰とは違うのか。)


 キュエルがまじまじと観察しながら問い直す。


『そうか、この世界にはまだない概念だもんね。僕ら精霊が存在を強化をしてもらう見返りに何らかの便宜を図るということだよ。』

(やっばいなぁ。今更こんなことを説明したら怒られるよなぁ。)


 当夜はキュエルの雰囲気をうかがいながらも至極当然のことのように言いきる。


『便宜だって?』


 キュエルの纏う空気が怒りでは無く困惑に染まる。言葉の意味が理解できていないようだ。


『僕の場合は時空に関する魔法だね。』


『私は武具を授けました。』


 当夜とフィルネールは具体例を挙げる。


『なるほどね。その場合、僕はトーヤと被るわけだ。そうなると僕の存在は強化されなくなる気がするんだけど?』


 キュエルの疑問は当然のことだ。


『一見するとね。だけど、【時空の精霊】の実態はこうだ。君が空間を司り、君のお姉さんが時を司り、僕が時空にまとめる。そういう三位一体の精霊なんだよ。だから、僕が強化されれば君もお姉さんも強化されるわけなんだ。』

(僕が来た未来の世界の【時空の精霊】はキュエルと彼のお姉さんだと僕は認識していた。でもたぶんそれは間違いだった。彼女はテリスだった。つまりはその時まで空席だったんだ。それまではキュエルが演じていたのか、僕が演じていたのか。あるいは別の誰かか。何にしてもこの器は未来に向けての保険だ。僕が管理者でなければならない。)


 それこそが当夜が選んだ【時空の精霊】の在り方だった。特に時を司る【時間の精霊】については確かにキュエルの姉の肉体を使ってはいるが意識は空の状態である。いわば精神体の受け皿となっている。もしもテリスールの命を救えなかった時の保険として十分に役立つということになる。2人を精霊化した時にはそんな打算はなかった。だが、ある時に気づいてしまったのだ。


(まったく自分が嫌になる。)

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