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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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世界樹を侵す謀略 2

『それにしても大層なマナだ。どうやら奥の贄のために供物を捧げたわけではなさそうだ。まさか自分のために喰っただなんて呆れるよ。本当にその贄に全てを押し付けて世界樹を枯らすつもりなんだね。』


 見送ったキュエルが呆れ声で壁にもたれかかるフレイアに確認する。


「―――当たり前でしょう。世界樹は瘴気をマナに変換してしまうのよ。そんなの盟主様の邪魔になるだけじゃない。」


 俯いてまったく身動きをしなかったフレイアが仕方なしとばかりに答える。


『でもその企てもフィルネールが行ったから水の泡と消えるわけだ。残念。』


「それはどうかしら?」


 まるでダメージを受けていないかのように淀みの無い動きでフレイアは立ち上がる。そして、不敵で狡猾な笑みを浮かべてキュエルを挑発する。その手が瘴気の壁に触れていたことにキュエルは気づいていない。


『こ、これは!』


 キュエルを中心に瘴気の壁が押し迫る。狭まることで厚さを増したそれはキュエルをしても容易に抜け出ることは難しい。


「かかったようね。ここに吹き飛ばしてくれたおかげでうまくいったわ。」


 ゆっくりとキュエルを封じた瘴気の檻に近づくフレイアは実に快活に勝ち誇る。その魔法はキュエルとの対峙を予見してフレイアが立てた最大の罠だ。迷いの森と後に呼ばれる瘴気を呼び込む魔法陣と彼女の慕うディートゲルムを封じた憎き牢獄の模倣によって作られた大規模術式だ。発動の起句は俯いていた時にすでに唱えていた。


『...瘴気の檻か。』


 キュエルの手が牢獄の檻に触れた途端に彼の手を弾き飛ばすように激しく反発する。


「そう。どうせすぐ出て来ちゃうでしょうけど時間稼ぎにはなるわ。」


 その言葉には自信がみなぎっている。言葉ほど容易く抜けられないことはわかっているのだ。


『時間稼ぎか。何のかな?』

(もはや彼女を捕まえることは難しいだろうけどせめてフィルネールのための時間は稼ぎたい。)


 冷静に尋ねるふりをするキュエルだが内心では相当に波立っている。時間稼ぎをしたいのはむしろキュエルの方だ。


「ごめんなさいね。今は貴方とお話ししている時間も惜しいの。ではごきげんよう。」

(あのなりそこない精霊を排除して世界樹を滅ぼす。その上でこいつからも逃げ切る。結構厳しいのよ。)


 丁寧なお辞儀を一つして踵を返すフレイア。もう彼女が振り返ることは無かった。


『―――参ったね。出るのに結構苦労しそうだ。瘴気のせいで外とも連絡が取れないとなると、助力も得られない。フィルネールが危ないか。』


 キュエルが無駄とわかっていながら転移の魔法を発動するも瘴気に乱されて打ち消される。キュエルの声に焦りがにじむ。


『こんにちは。貴女が贄となる方でよろしいでしょうか?』


 最奥の部屋で佇む女性にフィルネールが静かに声をかける。ゆっくりと振り返ったセレスの表情に感情の色は見えない。ただただ薄暗い空間に蒼白く浮かぶ彼女の顔には生気が乏しいのは確かなようだ。


「...」

(フレイア様をしても止めることができないだなんて。あるいはフレイア様でも対処しきれない数がいたか、でしょうね。)


 セレスが小さく首を振る。目の前の存在は確かにセレスでは敵わないマナの保有量を持っている。とは言え、フレイアが敵わない相手とも思えない。であれば正解は後者だ。


『お答えいただけないのですね。』


 フィルネールはなおも優しく確認する。今の彼女に残された選択肢は少なく、残された時間も少ない。なにより答えはすでに示されているのだ、彼女の命を奪うという。それにもかかわらず彼女は会話を求めている。それでも別の選択肢を選ぶ根拠がほしいのだ。


「答えが貴女の問いを肯定するものであればどうするのですか?」


 口を開いたセレスは目を細める。フィルネールからは殺気こそ感じられども敵意は感じられない。だが、セレスの言葉に彼女の殺気が揺らいだのが見える。


『できれば投降していただきたいのです。もちろん無事は保証します。』


 一息ついたフィルネールが殺気を完全に消してほほ笑む。それは彼女が心から願う言葉だ。


「そうですか。貴女は優しいのですね。」


 セレスの声に柔らかな抑揚が乗る。


『なら、』


 セレスのわずかな感情のゆらぎを今度はフィルネールが見抜く。彼女の願いが叶うように言葉を続けようとする。だが、彼女の願いは言葉と共に断ち切られる。


「ですがもう無駄でしょう。私にかけられた術式はもう間もなく起動します。手遅れなのです。処分するなら今の内ですよ。」


 セレスが儚い笑みを浮かべる。そう言って上着をはだけた彼女の首筋から胸元にかけて複雑に組み上げられた魔法陣が黒紫色に刻まれている。それは瘴気によって刻まれた呪いだ。解呪には相当な時間を要するだろう。


『貴女はそれでいいのですか?』


 確かにセレスのいう通りだろう。フィルネールではとてもではないが解呪することは叶わない。彼女がとるべき手段はもはや一つしか残されていない。それでも問わずにはいられなかった。


「ええ。フレイア様の瘴気の檻が無くなったことでわかったのですが私の村はすでに見捨てられていました。私が世界樹になるというのも怪しい話です。世界樹という存在の大きさに対して私はあまりに小さい。」


 セレスは、サーナは気づいてしまったのだ。だが、それすらも予期していたかのようなフレイアの仕組みは彼女に裏切りを許さない。彼女の足元からこの森全体に広がる魔法陣は彼女を縛る悪意だ。


『それなら術式の範囲から出れば、』


 フィルネールのいう通りでもある。世界樹を滅ぼすほどの魔法ともなれば二つの大規模な魔法を重ねる必要があった。ともすればこの迷いの森さえ抜けてしまえば術式の発動を阻止することができるはずだ。


「もう無理なのです。体が揺らいでいます。動けば霧散するでしょう。そうなった時に何が起こるのかまではわかりませんが良いことは起こらないでしょう。」


 サーナの体からマナがほどけ始める。マナが抜け落ちると同時に瘴気がその体を侵食していく。


『そんな!? 私は精霊になったというのになんて無力なのでしょう...』


 フィルネールはサーナの体にマナを分け与えてその瘴気の侵食を食い止めようとする。それでも瘴気の侵入の方が早い。己の未熟さが憎らしい。


「ああ、もう時間がありません。哀れと思うのであればどうか私を滅してください。」


 サーナの体が半分以上薄らぐ。唇を動かすだけで大きく揺らぐ。薄らいだ体の中心で暗紫色の塊がうごめいている。まるで彼女を内から喰らっているようだ。


『―――わかりました。貴女の願いを一つ聞かせてください。貴女の命を奪う代わりに叶えてみせます。』


 フィルネールがリアージュレプリカの切っ先をサーナに向ける。


「ありがとうございます。では、どうか私を罰してください。友人を裏切り、慕う者たちを正しく導けなかった私を。」


 サーナにはもはや前向きな願いなど思い浮かばなかった。瘴気が彼女の意志を奪っていく。それでもこの言葉を紡げたのは彼女の深い慙愧の念によるものだ。


『わかりました。私が貴女を罰しましょう。そして、その罪は私が許しましょう。』


 フィルネールが剣を後方に絞ると腹部で世に産声を上げようとする魔なる存在に刃を突きつける。


「ああ、ありが、」


 マナが瘴気と相殺されて徐々にその禍々しい色を薄らいでいく。浄化されていく体を見守っていたサーナは終わりが彼女を闇に誘う前に礼を述べようとする。


「そうはさせないっ」


 フィルネールを吹き飛ばし、サーナの腹にその手を突き刺したのはフレイアだ。


「あ゛あ゛...」


 サーナの口からうめき声が溢れる。彼女の腹に宿る悪魔が一瞬にして元の仄暗い絶望の色を取り戻す。


『っ、貴女がどうしてここに!?』


 がれきを払いのけたフィルネールがフレイアを認めて愕然とする。


「ずいぶんと消されてしまったみたいだけどどうやら間に合ったみたいね。いえ、寧ろ好都合だったわ。おかげで純度の高い瘴気を送り込めた。」


 消えゆくサーナの体から手を抜き出したフレイアはその手の中で暗黒に揺らめく球体を最奥の部屋の先に隠された【原初の精霊】に投げ渡す。同時にサーナの体が完全に霧散し、その煌めきは病原体とされる球体と反発するようにフィルネールのもとに流れる。


『キュエルはどうしたのですか。』


 砕けたフィルネールの鎧がマナによって修復される。すっくと立ち上がった彼女の言葉に殺気が宿る。


「へぇ、ただの弱小の無名精霊かと思ったけどなかなかしぶといわね。」


 フィルネールの怒りの感情が瘴気に変わらないことに驚いて見せるフレイアだが余裕の態度に変わりはない。彼女にはフィルネールを上回っている自信があった。


『どうして、どうして貴女はこのような悲しいことができるのですか?』


 フィルネールが剣を構える。


「はぁ? これのどこが悲しいのかしら。弱き者が淘汰された。ただそれだけでしょ。ちなみに貴女も弱者になるのだけど。」


 フレイアは身構える素振りもない。


『くっ』


 臨戦態勢であり、先手を打てるはずのフィルネールの方が追い詰められているような表情だ。【武の精霊】となりつつある彼女にはいかなる手を打とうとも数手先には詰みにつながっている光景しか見えない。


「そちらから来ないのならこちらから行こうかしら?」


 フレイアの周囲を無数の瘴気の刃が浮かぶ。血に濡れた漆黒の刃を思わせるそれはその切っ先をフィルネールに向ける。


『はぁあああぁっ』


 全方位から襲い掛かる刃を弾き落とすフィルネールだがあまりの数に追いつかなくなる。ついにその凶刃が彼女の体を切り裂き始める。


『うっ』


 切り傷から侵蝕する瘴気が彼女の存在を喰らい始める。


『ふっ』

(これでっ)


 全身を暗紫色の切傷に染めてどうにか刃の群れを弾き落としたフィルネールの視界に先ほどの倍を超える刃の群れが彼女を完全包囲している光景が映る。


(トウヤ、ごめんなさい、私はもうっ)


 フレイアが見下すような冷たい視線を向けながら腕を振り落す。フィルネールの存在がフレイアの瘴気に塗りつぶされるのは時間の問題だった。


「弱きものを踏み潰すのってどうしてこんなに気持ちいいのかしら。弱者は強者の贄となる存在なのよ。アハハッ」


 懸命に抵抗するフィルネールの体に次々と突き刺さる漆黒の刃。その刃には黒い鎖が編まれ、フレイアとフィルネールの体をつなぐ。フレイアの体に宙づりとなったフィルネールの【武の精霊】の力が取り込まれていく。フレイアこそが【武の精霊】にとって代わろうとしていた。

 だが、それは即座に無効化される。瘴気の刃は一瞬で霧散する。瘴気の鎖による支えを失ったフィルネールが崩れ落ちる。


『それなら僕が君を排除したところでそれは自然の摂理というわけだ。』


 薄れゆく意識のなかでフィルネールにその言葉が届く。絶望に塗りつぶされていた彼女の心に光が差し込む。


「どうして貴様がここに!?」


 今度はフレイアが逆の立場に落とされる。

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