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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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フィルネールの戦い その2

「ふう。勝てたはずだったのですが...やはり強いですね。技で並び、力で上まったと思っていましたが心で負けていたようです。今日の試合に負けて良かった。何より貴女が師であって良かった。」


 フィルネールの遠のく気配にようやく目を開けたファーメルは柔らかに立ち上がり、師に感想を述べる。どうやらフィルネールが悟るまでずいぶんと時を要した域にすでに達しているようである。フィルネールは嬉しそうにほほ笑む。


「なにそれ。負け惜しみのつもり?」


 ファーメルの意味深な言葉にラミーシャが噛みつく。まるでファーメルが自身を置いて一人高みに昇ってしまったかのように感じられたのだ。焦りが辛辣な言葉になって顕れる。その言葉が反って自身のみじめさを際立たせたことに彼女も気づいている。そして、彼女の言葉に対する好敵手の予想される大人の対応がさらにそれを強めることだろう。握りしめる拳が震える。


「そうかもしれない。実際悔しかった。それでも先ほど言ったことは心の底から思ったことだよ。」


 ラミーシャの言葉に対するファーメルの最初の言葉は彼女の想像と違っていた。気障ったらしく気取った否定ではない。彼女の言葉を認めたのだ。彼の在り方に似つかわしくない反応だった。そして、続く言葉は彼らしい取り繕われたような台詞だった。それでもラミーシャにもわかった。自身と同じ、前者こそが彼の本当の気持ちなのだと。


「ふん。気障な奴。そんなのあたしだって思っているもん。」


 ラミーシャの声が僅かに喜色を含む。彼は決して自身とかけ離れた場所に行ってしまったわけでは無いのだと。追いつける背中であると。何より憧れの人物が自身と同じ想いを抱いていることがうれしかった。


『ふふふ。貴方たちに教えることができたことは私にとって誇るべきものです。ここまでついてきてくれて本当にありがとう。』


 フィルネールは全員が見渡せる位置まで距離を取ると振り返って感謝を述べる。満面の笑みで。


「何をおっしゃるのやら。お礼を言うべきは我らの方です。」


「そうですよ。」


 ジュデルの言葉にラフトが同調する。もちろん言葉こそ無いが皆が同じ想いのようだ。ある者は力強く、またある者は静かに頷いている。


『ジュデル。貴方はまだまだ強くなりますよ。その長身を活かして闘う術を考えてみてください。私が教えたのは本当に基礎の部分です。貴方はきっと槍術や棒術のほうが向いているでしょう。一考してみてください。』


 見た目が最年長のジュデルにフィルネールが助言を贈る。長身の彼はその長いリーチを活かした戦い方が板についてきた。そこに長い得物を合わせることで更なる強化が図れると言うものだ。実際、フィルネールはジュデルに長柄の武具の扱いに近い剣術を教えている。


「ありがたきお言葉。一生の宝とします。」


 ジュデルが片膝をついて首を垂れる。それは彼がフィルネールから聞いた騎士の礼節の在り様だ。


「大げさなんだから。」


 ラミーシャがその光景に肩をすくめてみせる。そんな彼女を諭すような柔らかな声でその名が呼ばれる。


『ラミーシャ。』


「は、はいっ」


 思わず体が直立不動になる。決して怒られたわけでも責められているわけでもないことはわかっている。そうではなく、彼女の体はフィルネールの一言一句を残さず受け取りたいと身構えているのだ。

 フィルネールの口元が小さくほころぶ。


『貴女はファーメルの特殊な出自ゆえの強さを除けば最も成長した教え子です。貴女には細剣を薦めます。剣技の正確さでは右に出る者はいないでしょう。』


 ラミーシャの攻撃スタイルは鋭く手数の多い突きを主体とした戦い方である。実際その突きの速さはフィルネールをして全力の回避に回らねばならないほどだ。


「あ、ありがとうございます!」


 フィルネールの言葉に世辞が無いということはラミーシャでも十分理解できた。それゆえに彼女もまた心の底から歓喜する。そんな飛び跳ねて喜びを表すラミーシャを苦笑して見守るフィルネールは彼女の未来を想って釘を刺す。


『ただし、もう少し心にゆとりを持ちなさい。一点に集中しすぎるところは良い点でもありますが大きな隙にもつながります。本来の貴女らしさを取り戻すことが目的達成に近づく近道になりますよ。』


 本当に小さな小言で済ませるつもりが言いたいことが次々と頭に浮かぶ。剣技についてはラミーシャは優れた才能を持っているだけでなく大きく開花させた。だが、それを犠牲にしたかのように身なりや言葉遣い、日々の生活、果ては嗜好の類まで関心を持たなくなってしまった。その姿が正しいとはフィルネールには思えなかった。


「...はい。」


 言い訳や拒絶反応が現れるかと思いきやラミーシャはしおらしくうなだれた。


「もっとお淑やかになれってよ。」


 すでにお淑やかな姿を見せたラミーシャになぜかラフトが無用なはっぱをかける。その言葉にしばらく沈黙を保っていたラミーシャの肩が震えだす。震えだしたと思った時には顔を真っ赤にした彼女が元凶めがけて飛びかかっていた。


「...ラー、フー、トーっ」


「そこだってっ」


 取り押さえられて地面に顎を擦り付けるラフトは大声で抗議する。静まり返った空間に再び喧騒が蘇る。そんな騒がしさにフィルネールは笑いをこぼす。彼女がラミーシャに期待したものはこの姿なのかもしれない。過去の姿も大事だが現在の姿とて前を向くために彼女が選んだ姿なのだ。だから本当に伝えたかったのは。


『ふふふ。それでこそ、それでこそラミーシャです。前を向く貴女の姿はとても美しいと思います。大切にしてください。』


「えへへへ。はい。まぁ、お淑やかさはもう少し頑張ってみます。」


 恥じらいにはにかんで笑うその愛らしさこそフィルネールが求めた姿の極致だろう。


『はい。期待しています。それと、貴方もですよ、ラフト。』


 役目を終えたとばかりに油断するラフトにもフィルネールの声がかかる。


「え゛?」


ラフトは諦観していた。序列4位とは聞こえは良いが実質的には降順2位のことであり、その立場に甘んじていた。それでも努力は怠っていなかったが才能には敵わないということを思い知らされた。おそらくフィルネールは献身的に指導してくれてはいるものの内心では自身のことをとうの昔に見放していると思っていた。


『貴方は自身を蔑ろにしすぎです。身を挺して前面に立つ、確かにそのような場面は武人であれば必ずいつか訪れます。ですが、真に強きを得たいならそのような考えを抑えなさい。自身をまずは守ることを身に付けなさい。他人を守ることを考えるのはそれができるようになってからです。』


 当然ラフトの思い込みは間違いである。フィルネールは常にラフトの育成に全力を向けていたし、彼のことを見くびったこともなかった。その真剣な眼差しにはそのことがはっきりと記されている。初めてと言って良いだろうか、彼女の顔をしっかりと見る余裕ができて初めてフィルネールがずっと自身のことを見離さず見守ってくれていたことに気づいた。


「まぁ、実力も無いのに格好つけるなってことだな。」


 呆けるラフトの肩をオウルが小突く。


「オウル、てめぇ!」


 オウルが若干ねじ曲がった形で翻訳したフィルネールの助言だったがラフトには十分にそれが伝わっていた。自覚していたことでもある。ゆえに反発してしまった。


「違うのか?」


「そ、そうだよ。わかってるんだよ、そんなこと。わかってんだよ...」


 冷静な一言に消沈していくラフト。


『ラフト。ですが、貴方のその真っ直ぐな想いが私には好ましく映っていましたよ。それに貴方はまだまだ伸びます。』


 励ましの言葉。同時にフィルネールのラフトに対する率直な想いだ。


「は、はいっ」


 顔を大きく上げるラフト。その顔には感激の情が浮かんでいる。

 ラフトの成長を見極めたフィルネールはその隣で静かに彼女を見つめるオウルに体の軸を合わせる。


『それとオウル。貴方はラフトの逆です。慎重になりすぎる傾向が見えます。もちろん慎重なことは生き残るうえで必要な条件です。ですが、せっかく慎重に見極めた機会を不安や不信が殺しています。もっと貴方自身の判断を信じなさい。』


 オウルは先読みに秀でている。そのことを十分に活かすことができたのなら序列は大きく変動していたことだろう。冷静に状況を判断できるオウルのことである。フィルネールの言葉の意味は十分に伝わったであろう。


「―――はい。気を付けます。」


「お前だってビビり症だって言われているじゃないかよっ」


 お返しとばかりにラフトがフィルネールの言葉を極端な形にまとめる。


「なんだと!?」


 普段は冷静なオウルが頬を引き攣らせて身構える。ラフトとオウルはある意味で正反対の性格と言える。それゆえに自信に無いものを持つ互いのことをライバルと認識しているようである。もちろんそう指摘されても2人共に認めることはないだろう。


『はいはい。2人とも。今言ったことはどちらも長所であって短所であることです。それはどちらにも不足していることなのですよ。私が2人を組ませていたことを十分に理解してくださいね。』


 フィルネールの言葉に2人は顔を見合わせるとお互いに目を逸らす。同時に少し不機嫌になったような雰囲気まである。しかし、フィルネールは気づいている。2人の間に流れるマナには尊敬と羨望の念が含まれていることを。


「お互いを見習えということだな。」


 そのことはジュデルにも伝わったようだ。珍しく笑ってフィルネールの意図をあえて口にする。


「「...」」


「「わかりました。」」


 お互いに無言で再び顔を見合わせた後にまったく同じタイミングでまったく同じ言葉を発する。


『仲が良くて何よりです。』


 2人と同じく鍛えられた仲間たちがフィルネールの評価に笑う。フィルネールもまたつられて笑ってしまう。


「「どこがっ」」


 ほかの者たちに笑われてむくれた2人は例によって口をそろえて抗議する。


「だから。そういうところだって言うのよ。」


 ラミーシャが苦笑しながら指摘する。これでフィルネールから贈られる言葉の受取人として残されたのはファーメルを残すのみとなった。別れの時は近づく。

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