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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
259/325

フィルネールの戦い その1

「ぐっ」

(つええっ この強さは精霊ゆえの強さじゃない。このひとの持ち前の感覚の鋭さ、そのものだ。)


 振り下ろされた木刀が受ける木刀の上を滑るようにして軌道を変える。それと同時に受け手の木刀を片手で操作する人物の細くも力強い回し蹴りがその相手を吹き飛ばす。そんな彼女の背に別の木刀の切っ先が迫る。だが、それすら背中に目でもあるかのように金の長い髪をたなびかせて躱して見せる。


「そんな!?」

(完全に背後を捉えていたはずだっ)


 腕を伸ばしきった青年の腕を彼女の木刀が打ち付ける。青年の持つ木刀が地面に転がる。


『ラフト、良い一撃でした。受け流すのに苦労させられました。オウル、貴方は良く相手を観察していました。私の背後を確実に捉えていました。そうですね。あと少し踏み込みが早ければ満点を差し上げてもよいのですが。それとラフト、自らを囮にするというのは作戦として在り得ることですが、今回は私が貴方を斬り伏せない、殺されないという大前提の元、ある意味で思い込みの元に行動していましたね。実戦はそのように甘いことは起こりません。その考え方が染みついてからでは遅いですので早々に改めなさい。』


 木刀を腰に戻して姿勢を正したフィルネールが一つ手を打つと彼らの戦いぶりを総評する。


「ハアハア。ありがとうございます。」

「ハアハア。すみません。」


 苔に包まれながら2人の青年、勝気そうなラフトと線の細いオウルは並んで大の字に倒れる。2人とも声を出すのもつらそうにそれでも感謝の念を伝えるのを忘れない。


「息一つきれていないとは。」


 その様子に先ほどまでの自身の姿を重ねて嘆息するのは序列3位を序されたジュデルだ。


「精霊様だからでしょ。」


 その言葉を拾い上げたのは勝気そうな女剣士だ。その言葉遣いは見た目通りにぶっきらぼうだ。ちなみに精霊様という彼女の表現は精神体と置き換えることができる。


「違うな。最小の動きと力で躱していた。」


 ジュデルは腕を組むとしきりに頷いて見せる。


「あんた、本当にわかってんの?」


 確かに彼の言葉は事実ではあったが彼女がそう問いたのも無理はない。なぜならその言葉はジュデルがコテンパンにされたその時にフィルネールに与えられた助言そのものだったのだから。


「―――何となく。」


 冷静を装ってみせるジュデルだがその額には痛々しい赤い痕が残っている。


「大層なことで。」


 鼻で笑ったところでフィルネールが声をかける。


『次はだれかしら?』


 その文字面には相手は指定されて居なのだが、すでに彼女の視線はかの女剣士を捉えている。そして、それは彼女も同じだ。


「じゃ、私で。」


『待っていたわ。ラミーシャ、【剣を修めし者】という名に恥じない腕を見せて頂戴。』


 このやりとりも見慣れたものだ。ただ違うとすれば彼女の名前の後に物々しい二つ名が付いたことだろう。


「あたしにはそんな腕はまだ無いはずでしょ?」


『あら? 言葉ではそう言っているけど体は真逆のようね。そんなに鋭い視線で私の動きを警戒しなくても良いのに。』


 【剣を修めし者】とはフィルネールが設けた剣士の基礎の習得基準の中で最上位の位を意味する。フィルネールの教えられる型をすべて会得し、それを使いこなせることを意味している。フィルネールが所属していた王国騎士団であれば上級騎士に比類する力量と言えよう。

 ラミーシャはもともとずいぶんお淑やかな女性だった。剣を握るよりも花や草を摘むことの方が得意な可憐な少女だった。それがこのように変質してしまったのはおそらくあの男の巻き起こした事件により彼女が家族を失ってしまったためだろう。荒んだ目がフィルネールの一挙手一投足を見逃さない。


「前回は油断していただけ。あんなやられ方はもうごめんだわ。」


 ‛あんな’とは先日の手合わせで見事に出し抜かれたことである。フィルネールによって投擲された木刀を避けたつもりだったが、それにはマナで作られた見えざる鎖がついていた。引き戻された木刀に後頭部を打たれて思わず本来の可愛らしい声を上げてしまったのだ。

 そんなラミーシャが言葉を終えるなりフィルネールが自らの武器を真横に投げる。ラミーシャにとって最も脅威である木刀に思わず視線が誘導される。ラミーシャの視界の端から自身の影が外れた瞬間にフィルネールが素早い動きで死角を突いたまま彼女に詰め寄る。そのまま体を硬直させて警戒するラミーシャの後頭部を小突く。


『ほら、油断しているわ。』


「あぅ!?」


 一瞬何が起きたのかわからなかったラミーシャは本来の可愛らしい声で悲鳴を再び上げてしまう。


『後ろががら空きです。』


 この時代の人々は実に素直だ。フィルネールの教えを乾いたスポンジが水を吸水するように修得していく。その一方でその真面目さが足を引っ張ることも多々ある。ラミーシャの腕はもはや王国騎士団の上級騎士に後れを取ることは無いところまで来ている。まして、魔法を扱うに長ける種族である彼女はある意味でフィルネールの副官と互角と言っても過言ではあるまい。


「うぅ~。今日もやられたっ」


 自慢の長髪も背後からの攻撃を見切るためにバッサリと落としたというのにまたしても背後からの攻撃をまともに受けてしまった。悔しさにジュデルに八つ当たりである。


「や、やめろって!」


「ははは。残念だったね、ラミ。それじゃあ、今度は私がお相手いただきましょう。」


 爽やかな笑い声を飛ばすこの青年はファーメル。まるで気負いなくフィルネールに相対する彼は自然な流れで剣を構える。あまりに正統派な構えであって教科書通りという言葉が似合うその姿は応用力に欠けるようにも感じられる。だが、それはフィルネールの態度を見れば確かな見立てで無いことは間違いない。


『ええ。今日も楽しませてくださいね、【賢帝】。』


 先ほどまでの弟子たちに比べて圧倒的に声に遊びが無い。すでに戦いが始まっているのだ。お互いに相手の隙を探している。

 【賢帝】。フィルネールがファーメルに与えた称号である。フィルネールが鍛えてきた数多くの騎士たちに見られない剣技の上達速度、冷静さ、洞察力、そして他の【深き森人】たちに無い自ら戦術を開拓していく向上心が彼には在った。それはあたかも神童と期待されてきたフィルネールをも凌ぐように彼女には感じられた。自身が到達しえなかった世界10指を意味する帝の称号を得るのは彼なのではないかとさえ思えたほどだ。少なくともこの時代においてはその一人であることは間違いない。だからこそ送った称号だ。


(しかし、ファーメルは恐ろしいまでに上達が早いですね。これでは近い将来に私が教えることは無くなるでしょう。)


 弟子の成長はうれしいものだが半面寂しいものでもある。


「ほんと、あんた何者よ。確かレスシアの森の出身よね。」


 ラミーシャが心底羨ましそうに確認する。


「はい、そうですが?」


 緊迫した状況でありながら涼しい顔で答えるファーメル。だが、フィルネールをして僅かな隙を見いだせないままだ。


「いや、だからどうしてそんなに強いのよ?」


 さらに追いすがるラミーシャ。ここ数回に至ってはフィルネールと互角を演じるファーメルに対して嫉妬めいた焦りがある。今日もフィルネールに良いようにやり込められた彼女は目の前のライバルにどうにかして隙を作りたいのだ。


「ああ、私は第一世代ですからね。初代【世界樹の目】の一体ですから。」


 第一世代とは世界樹から直接生み出された【深き森人】のことであって【深き森人】たちにとっては村長のような深い見識と豊富なマナを持つ存在として尊敬されているが、【世界樹の目】については彼らはその存在を知らされていない。なぜなら【世界樹の目】は負の感情を生み出す存在がいないかを確かめるために初代の世界樹が生み出した存在、いわば世界樹の間者であったのだから。


「一体ってことはまだいるってことよね? あんたみたいなのが。」


「そうなりますね。」


 実際にファーメル以降何代も【世界樹の目】は生み出されている。その多くは役目を終えると世界樹に戻る。その一方でファーメルは世界樹に戻っていない。なぜなら彼は【世界樹の目】を監視する役目を担っていたからだ。ただ、彼は思う。


(私を監視する別の【世界樹の目】がいたとしてもおかしくないわけですから。)


「ひょっとしてホコイル様が?」


「いいえ。」


「そうよね。年齢が明らかに違うものね。あれ、だけどそうなるとファーメルの方が年上のはずだし...」


 いつの間にか本来の目的を忘れてラミーシャは話し込む。


「私の見た目は年齢に直結していませんよ。」


 ファーメルの言葉が終わるや否や木刀がぶつかり合ったとは思えない高い音と衝撃が大気を震わせる。


『おしゃべりは済みましたか?』


 フィルネールが不敵な笑みを浮かべる。彼女はファーメルの隙を見出して突撃したのではない。彼女が有利な立場になる前に中立な状況で仕掛けたのである。当然ながらファーメルは見事にその高速の突きを受け止めた。間合いの詰まったそこから先は剣戟の応酬となる。

 フィルネールの剣先を弾いたファーメルが伸びきった彼女の腕めがけて剣を振り落す。対するフィルネールはその場で後方に宙返りして避ける。そのまま彼女の足蹴りがファーメルに迫るが彼は怯むことなく前転して回避する。一連の動作が終わると2人はまさに背合わせ状態になる。


「相変わらず恐ろしい強さです。まだまだ底が見えませんよ。」


『まさかここまで成長しているとは。師としてこれほどうれしいことは無いですね。』


 お互いに再び距離をとる。先に構えたのはファーメルだった。流れるようにつないだ上段斬りに一切の淀みは無い。最短の動作で斬りかかる。


(とった!)


(ここまで来たのなら十分でしょうね。)


 相対するフィルネールは何を思ったのか剣を地面に落とす。誰もがフィルネールの降参を予見した。弟子が師を超える時が来たのだと。ここから先は師範として多くの者たちに武芸を教えて【武の精霊】を盛り立てる立場になる栄誉を授かるのだと。【武の精霊】に認めらえた、まさに素晴らしい門出となるのだと。


「くっ!?」


 ファーメルだけは違っていた。彼女の狙いが別にあることを察知していた。だが、すでに全力で振り下ろした木刀を止めることはできない。彼の木刀がフィルネールの額を捉えようとしたところで両脇から目で追えぬほどの速さで彼女の白い手が閃く。額までわずか。だが、もはやそこから微動だにしない。白刃取りだった。かつて、フィルネールの騎士団長昇任の最後の試験で彼女の剣の師が見せた大人げない大技だった。身の軽いファーメルの体ごと木刀をねじ伏せる。


『残念ですけどまだ一歩届きませんでしたね。』


 今ならわかる。景気づけの勝利は慢心を産むし、技能の上達を鈍らせる。師は彼女を更なる高みに連れていくために敢えて厳しくしたのだと。そして何より自分を信じていてくれていたのだと。


(この気持ちをライト様にお伝えしたらどんな反応を返してくださるのかしら。)


 そう思いながらフィルネールは転がる自身の剣を足で蹴り上げてファーメルの首元に突きつける。

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