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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
252/325

精霊を創る戦い 1

本年、最後の更新となります(もう一話の方は来週あげますが)。

皆様、良いお年を!

( *・ω・)*_ _))ペコ

『どういうことですか?』


 フィルネールはキュエルにその真意を問う。彼が仕組んだ脚本の真意を。

 だが、キュエルはその問いに答えることなくターペレットに顔を向ける。そこには渋い表情を浮かべた男の姿があった。キュエルの督促にターペレットは腕を組むと重々しく口を開く。


「昨夜のことだ。我々を【土の精霊】が誘いに来た。なんでも世界樹に近い場所に村を創るそうだ。その住民にと呼ばれたわけだが...」


 ターペレットの口がさらに重たくなる。どうやら村人のいくらかはその誘いに乗って村を去っていったようだ。そのことを口にするのがはばかられるのだろう。


『【土の精霊】? そのような存在が生まれていたのですか。』

(おかしいですね。そのような気配を感じとれなかったのですが。)


 フィルネールは目を細めながらつぶやく。その目線はキュエルに向けられている。ターペレットは言葉を止めてキュエルの出方を窺っている。


『生まれた、か。

 ―――違うよ。創られたんだ。ディートゲルムの置き土産によってね。そうだろう、【癒しの精霊】?』


 向けられた二つの視線を受けてキュエルは小さく首を振って否定する。そして、その詳細を視界の端で佇む【癒しの精霊】に求める。

 憂いの表情を浮かべていた【癒しの精霊】は覚悟を決めたように一つ頷くと歩みを3名の元に向ける。


『はい。残念ながら。

 向こうには彼とは別にもう一人の異世界人がいました。彼女はその意思とは別に存在を奪われてしまったのです。ディートゲルムの駒として精霊を生み出す精霊に変えられてしまったのです。彼女は己の存在が失われることを望んでいます。』


 【癒しの精霊】はまるで本人から聞いて来たかのように語る。それがフィルネールにはひっかかる。


『それはその精霊の中に彼女の意思が僅かながらにも残っているということでしょうか?

 いえ、それよりも貴女は向こうと繋がっているのはありませんよね?』


 フィルネールが探るように彼女の所作を見守る。キュエルはその様子に苦笑する。彼がそのことを調べていないわけがない。己の行動を振り返れば当然かもしれないがここまで信用が落ちるとそれなりに堪えるものだ。


『それはありませんわ。そもそも【原初の精霊】と名付けられた存在の中には彼女はおりません。』


 ついに件の精霊の名前が明かされる。その名にフィルネールは刮目する。【原初の精霊】といえば彼女の世界ではすべての精霊の頂点にしてすべての精霊の生みの親とされる存在だ。そんなものが敵の手の内にあるというのだ。そして、自らを滅したいという彼女の心はそこには残されていないというのだからなおさらだ。その意思はすでにこの世界から失われてしまったということなのだろうか。その答えを教えるかのようにキュエルが口を開く。


『でも君の中に残っている。』


 キュエルの見分けづらい視線が【癒しの精霊】を捉えている。つられて一同の視線が彼女に集まる。


『―――そのとおりです。』


 あっさりと肯定する【癒しの精霊】。


『え? どういうことですか?』


 まるで彼女の中には二つの心が存在するかのような話になっていることにフィルネールは理解が追いつかない。それは自分の中に赤の他人が入り込んでいるということだ。かつて【時空の精霊】が2人いるという伝承を聞いたときはそれでも十分すぎる違和感を感じたものだが、それでも別々の存在として描かれていたおかげでどうにか受け入れることができた。一般の人々はそれすら受け入れられない。この世界の常識では一つの事象を司るのは一人の存在なのだ。別々の意識が一つの事象を共通した見方に統一することは如何にも難しいことだ。


『私は二つの心が作り出した精霊なのです。一つは世界樹の巫女であったエイラのもの。もう一つはトーヤと同じ世界から迷い込んだ異世界人ノーラのもの。エイラはこの世界を救うにはディートゲルムを癒すことが必要と考え、ノーラはディートゲルムが傷つけた者たちを癒すことを望んでいました。そんな二つの心が融合して生まれたのが私、【癒しの精霊】なのです。』


 元来、エキルシェールでは【深き森人】は事故により傷を負ったとしても世界樹がその傷を直ちに癒してくれていた。それゆえに世界樹こそが【癒しの精霊】であった。しかし、ディートゲルムの登場と共に状況は一変した。瘴気の流入は増加し、癒しに傾けるべき力はその分解に追われることになった。さらに彼の悪意によって人々が傷ついた。それらの傷は世界樹をしても癒しきることはできない。そこで初めて癒しという概念が独立して求められるようになった。世界が彼女らを受け入れる準備ができた。そうしてディートゲルムのもたらしたダメージを癒すための【癒しの精霊】が誕生したのだった。


『トウヤの同郷の方だったのですね。』


 フィルネールは意外に感じる一方で腑に落ちるものを感じていた。それは彼女の容姿にフィルネールには無い当夜に近しい雰囲気を感じていたからだ。しかし、それは間違いでもある。彼女の容姿が当夜に似ているのはエイラの影響が大きい。正確には【深き森人】を生み出した人物に依るものだ。

 フィルネールの気配が僅かに和らいだものになったことを受けて小さくはにかんだ【癒しの精霊】はさらに続ける。


『彼女はディートゲルムに拘束される身でした。彼女だけの問題だったのなら話は単純だったのですが、弟を人質に取られた状況でした。逆らえるはずもありません。潜在的な支配が肉体に刻まれていました。それがディートゲルムの力で精霊化したのです。彼の意図した行動をとるようになるのは必然のことでした。』


 それでも、と彼女は続けたい。それでも【原初の精霊】の機能がここまで遅れた理由にこそ彼女の強い意思があったのだから。


『それが精霊の創造。』


『はい。』


 フィルネールの確認に【癒しの精霊】は小さく吐息を漏らすように肯定すると力なく頷く。


『ともかくこのままでは世界の理がディートゲルム側に支配されてしまう。そうなればこちらの動きも取りにくくなるし、彼らの暮らしが苦しくなるという不利益が生じてしまうってこと。僕が焦った理由がわかったかい?』


 キュエルは今回の回りくどい一芝居へと彼女の話をつなげる。


『そういうことですか。ですが、トウヤが受け入れてくれるでしょうか。精霊を創るということはその者の生を奪うことに等しいのではないですか?』


 精霊になることは新たに生まれ変わることに等しい。フィルネールの場合は当夜と存在値の大きさの違いにより彼から認識されなくなってしまった。幸いにして同じ閾値に当夜が降りたことで再開を果たせたがこれは幸運なケースだ。この世界の人物から見れば友人や家族から認識されない存在になり、彼らに声を届けることもできなくなるのだから死したに等しい状況だろう。場合によっては摂理に支配されて自我すら失うかもしれない。


「まぁ、その辺はフィルネール嬢がうまいこと丸めこんでくれよ。」


 ターペレットが軽い感じでフィルネールに投げかける。


『丸めこむなんて...』


 そんなことできないと言い切りたい。だが、丸めこむとは言葉の表現が悪いだけで説得は必要だ。そしてそれが許されうるのも今は彼女だけと言っても過言ではない。いや、ひょっとしたら【癒しの精霊】も可能性が残されているかもしれない。しかしながら、精霊以前に一人の女としてそれは認めたくない。


『僕も手助けするからさ。』


 考え込むフィルネールにキュエルが助け舟を向ける。


『結構です。キュエルに任せるとトウヤの選択肢が勝手に狭められそうですもの。』


 一瞬喜色を纏ったフィルネールだったがすぐさま半眼をキュエルに向けるときっぱり断る。


『信用ないなぁ、僕。』


「当然の結果ですな。私たちだけが貧乏くじでは堪りませんよ。」


「だからこそフィルネール嬢が最適なんだろう?

 何といってもトーヤの想い人なんだからさ。」


 いじけたように地面をいじるキュエル。ホコイルは損な役回りを押し付けたそんな彼を冷ややかな目で見つめるとボソッとつぶやく。そんな2人の様子に苦笑しながらターペレットがフィルネールの考えを後押しする。


『そう一番信用されているからね。』


 キュエルも今度は真剣な声音で言い切る。


『そうであるなら私が彼を裏切るわけにはいきません。ここからはトウヤも知るべきことです。私は話します。そうでなければいつか彼がそれを知った時にひどい孤独感を抱くことになりますから。私はそのような未来には行きつきたくありません。』


 フィルネールはここまでを振り返って未来を憂う。彼女には十分に想像できた。それは当夜がディートゲルムと同じく狂気に陥る可能性である。先の戦いで参戦できないからこそ観察に徹した彼女がディートゲルムに抱いた印象は孤独に塗りつぶされた人物というものであった。2万年というあまりに長い年月を孤独に生きることなど当夜に出来るわけがないと彼女は思う。当夜のことを多岐に渡って優れた人物のように捉える者が多いのも事実だが、彼女からすれば心はそれほど強いようには思えない。むしろ弱いと言って差し支えないのではないか。彼には精神的に支え合う存在が必要である。それが自分であってほしいとフィルネールは願っている。


『君ならそう言うと思ったよ。もちろん反対はしないよ。世界樹の更新のことも話すつもりだったから。』


 仮にフィルネールが渋ったのなら悪役に堕ちようともキュエルがその責を負っただろう。自身は影となりフィルネールの光の輝きを高めるのだ。その効果が最も高まるのが彼女の選択であると彼は思う。彼女の高潔さは当夜に眩しくも温かく映ることだろう。


『そう、ですか。』


 フィルネールは少しばかり安堵する。キュエルが考えている世界樹の計画は正直なところ彼女にとっても未知の領域だ。彼の口を割るのは苦労することが十分に予見できた。それが彼自身の協力が確約されたのだ。


「私どもはすでに伺っておりましたが本当に世界樹を新たに創ることができるのでしょうか?」


 事前に通じていたホコイルだが正直なところ世界樹の創造については少しばかり懐疑的だ。世界樹はすでに存在する精霊、そんな存在をさらに追加することができるのだろうか。さらに既存の世界樹への影響はどのようなものになるのか。世界樹は彼らにとって母なる存在だ。そうやすやすと変わられたのでは複雑な気分だ。


『トーヤならできるさ。何と言っても僕らの父であって、もともと世界樹を、【深き森人】を創った方と同郷の人なんだからね。』


 ホコイルの心配をよそにキュエルは断言する。


「精霊の生みの親、か。こちらが父親なら向こうは母親だな。」


 ターペレットは特に深い意味なく感想を漏らす。だが、その言葉に喰いつかざるを得ない人物がいた。フィルネールだ。


『そ、それではトウヤと【原初の精霊】が夫婦みたいでは無いですかっ』


 頬を膨らめてといったら可愛らしいが本人は大層ご立腹の様子である。よくみれば背を向けてキュエルが頭を抱えていた。


(俺としたことが落とし穴に落ちたか。特に他意はないんだがなぁ。)

「いや、ただの例えだろう。そんなにむきになるなよ。」


 そっぽを向いたフィルネールに頬をひくつかせてなだめるターペレットだが状況は好転しない。


『...』


 フィルネールの反応が極めて渋い。その様子にキュエルが嬉しそうに傍観者を巻き込む。


『そうもいかないさ。まだまだ2人はピュアな関係だからね。踏み込まれた関係者なんて困りものなのさ。そう思わないかい、【癒しの精霊】さん?』


『私に振らないでくださいませんか。』


 心底迷惑そうに躱した【癒しの精霊】だったがフィルネールの視線が彼女を見張るように向けられていることに気づいてやや困ったような表情を作る。


『ハハハ。ごめん、ごめん。さぁ、真面目な話に戻そうか。』


 そうして最底辺まで雰囲気を落としてキュエルは仕切り直しとばかりに手をたたく。


『貴方が一番ふざけていたと思うのですが。』


「同感だな。」


「まったくですな。」


 キュエルの話の切り替えの早さに3人がそれぞれにあきれる。とは言え、先ほどまでのフィルネールがどうにかしなければならない流れがキュエルのおかげでうやむやに解消された。フィルネールもまたそのやり取りに苦笑しながら先ほどの件は水に流してしまっている。


『―――そうですね。キュエルはどうしようもない人ですから。』


『ひどいなぁ。』


 フィルネールは笑う。自分こそが当夜を支えられる存在だと思っていたがそうとばかりとは言えないようである。この雰囲気こそ今の当夜には必要なのではないかと思えるのだ。

それにしてもキリが良いところで終わりませんでした...

しばらくこれまでのところを修正しようかな。

それとも一気に書き上げるか。

年末ゆっくり考えよう。

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