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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
251/325

新たな精霊の誕生 5

「言葉の通りですが?」


 ホコイルにまったく悪びれる様子は無い。むしろフィルネールの態度が理解できないといった様子だ。


『言葉の通り、ではありませんっ

 トウヤは【時空の精霊】を譲った身、私は依然として理を司ること無き精霊です。先日お話ししたはずです。適性の無い理を司ってしまったならより適性の高い存在にとって代わられてしまうのは自明の理でしょう。私たちは慎重を来さなければならないのです。』


 フィルネールはいつになく強い口調で抗議する。彼女にとって自身のことも大きな問題であるがそれよりも当夜の方が不安となるのである。彼女自身は当夜に後押しされたこともあってさほど不安は無い。だが、当夜は別だ。彼はその力をキュエルに譲っている。いや、その力は借りものであって本来の持ち主に還したというべきか。ともすれば真に適正があるのはキュエルである可能性が高い。そうなれば当夜と言う存在が身内に喰われるという本末転倒な話になりかねない。仮に当夜にも適正があったとしても信仰を分け合う形になる。いずれ訪れるディートゲルムとの戦いにおいて大きな損失になるのは間違いない。


「どういうことかしら?」

「さぁ?」


 当然、そのやり取りは村人の耳にも届く。険悪な雰囲気に人々がざわつき始める。


『ちょっと、フィル。落ち着いて。

 村長。ですがフィルのいうことは確かです。どういうことですか?』


 不安が広がると同時にマナが穢れ始める。それでも異世界からもたらされるものよりも圧倒的に緩やかな増加であるが。地球の負の感情の大きさがわかるというものだ。だからと言って当夜はその小さくともよろしくない流れを見逃すわけにはいかない。それが身内のもたらしたものだと言うのならなおさらだ。もちろんここでフィルネールの心情を傷つけるわけにもいかない。彼女は当夜を案じて苦言を呈しているのだから。


「確かにフィルネール様はそうおっしゃいました。ただ、それはご本人様の目線。外から見させていただけばそのように映るということです。」


 村人たちもホコイルの言葉に疑うところは無いとばかりに首を縦に振る。どうやら事前に村人とホコイルの間でだけ共有された情報があるようだ。


『もう少し具体的にお聴きしてもよろしいですか?』


 村人の熱いまなざしを受けても納得できない様子のフィルネールを片目に当夜はホコイルに再び問いかける。


「トーヤ様は【時空の精霊】を誕生させた【時空の精霊】、言うなれば【時空の大精霊】様です。そして、フィルネール様はその【時空の大精霊】様がお認めになった武を司る精霊様です。これのどこに間違いがありましょうか?」


 どうやらホコイルは当夜とフィルネールのやり取りの一部始終を見ていたようだ。2人は顔を見合わせると苦笑する。


『まぁ、確かにそうなるね。』

『うぅ、そうですね。』


「であればよろしいかと。」


 ホコイルはしたり顔だ。対してフィルネールは未だに納得しきれていないようであるがそのことを論破する言葉が見当たらない。


「やっぱりすごい精霊様なんだ。」

「大精霊様だって。」

「精霊様をお創りになられるそうよ。」

「私たちもひょっとしたら精霊様になれちゃうかも!?」

「そうだよ。精霊様について行けばきっとなれるさ。」


 2人の口から明確な否定の言葉が得られないことで村人たちの憶測が加速される。それは多くの人々に共有されていくことで当夜の存在をより強固な概念で固めていく。そして、彼らの言葉と敬仰の念は当然ながら当夜に届く。


『ここに来てすごいハードルが上がったよ...』


 当夜は額に手を当てて空を見上げる。


『本当に...』


 ここまで来てはこの路線に乗って進むしかない。フィルネールは小さく息を吐くとつぶやく。


「わりぃな、フィルネール嬢。」


 村人たちをかき分けて進み出る青年。心なしか自身の容姿に似ていることに驚きを感じつつ嫌な予感を抱く当夜。


『ターペレット殿。貴方、まさかとは思うのですが、』


 フィルネールはその姿を認めると目を細める。そして、背後で苦笑いするホコイルの姿を想像する。


『誰、そいつ?』


 どこの誰とも知れないのだが自分自身と似た人物とフィルネールがいつの間にか知り合っていることが不安でしょうがない当夜の声はどこか重たい。


「おっと。そんなに警戒しないでいただきたい。俺はターペレット。次期村長候補の男だ。そして、先ほど噂になった人物でもある。よろしく頼むよ。」


 現職の村長を前に次期の話をするターペレットはどこかお道化た様子で当夜に向かって大仰に敵意は無いとばかりに手ぶりしてみせる。事実、彼からは敵意を感じられない。それどころか純粋に敬意すら感じられる。しかしながら、当夜の第一印象としては非常によろしくない出会い方だったと言える。


『―――よろしく。』


 ややと言うよりはずいぶんぶっきらぼうな口調で答えた当夜の口は重たい。


「ずいぶんと嫌われたみたいだな。」


 ホコイルがその肩を叩いて笑う。


「そりゃ、あんたも大概だろうよ。」


 眉間にしわを寄せたターペレットはホコイルの手を払うと向き合う。ホコイルがあらぬ疑いをかけられたとばかりに目を見開いてその意図を問う。もちろんターペレットはその言葉無き問いかけを無視して2人に向き返る。


「だが、精霊様たちにとっても望む結果になるんじゃないか?」


『望む結果?』


 当夜が怪訝そうな表情で確認する。


「そうだ。まぁ、その辺は俺がフィルネール嬢に話させてもらうさ。」


 ターペレットは相手が【時空の大精霊】だろうと何だろうと話し方を変えるつもりは無いようだ。その不敵な在り様はかつて刃を交わらせたとある男の在り様と重なる。これでフィルネールの名前を出さなければ印象は塗り重ねられてプラスの方向に振れただろうがその単語が打ち消してしまう。


『それなら僕でもいいじゃんか。何でフィルにこだわるのかな?』


 当然ながら当夜はフィルネールとターペレットの密談を許すわけにいかない。このままではまさに2人きりの密会になってしまう。心配でしょうがない。もちろんそんなことと悟らせるわけにもいかない。プライドがあるのだ。顔の筋肉を一心に働かせながらポーカーフェイスを気取る。


「いえ、【時空の大精霊】様はこれから講義してくださるのでしょう?

 正直、この話は利害関係もそうですが少し生々しく、きな臭い。できれば村人の耳には入れたくないのですよ。はっきり言って精霊様にも不利に働く恐れがある以上、別に話した方が得策でしょう。」


 耳元で小声に話すホコイルの正論に苦々し気に顔をしかめる当夜だったが正直そんなことなどどうでもよかった。フィルネールを取られたくなかった。しかし、彼女の様子を確かめようとして視界が開けると別の世界が見えた。フィルネールの心配そうな顔、村人たちの期待と不安が入り混じる顔、ここで粘っても村人にもフィルネールにも心象悪く映るだろう。


『わかったよ。

 フィル、気を付けてね。』


 フィルネールに笑顔を向けたつもりだったが本人の考えていたものとは違っていたようだ。


『はい?

 ふふふ。そうですね。私は気を付けますけどトウヤもですからね。』


 フィルネールは当夜のポーカーフェイスを気取ろうとして顔を引きつらせる姿も笑顔を向けつつも不安に目じりを湿らせる姿も愛おしく映る。そのままゆっくり近づくと抱き寄せて頭越しに囁く。周囲からどよめきと歓声が生まれる。


『だ、大丈夫だよ。てか、何で僕の方が心配されているのさ?』


 当夜が鼻白んだ声を出して抗議する。


『さぁ? ご自身の胸に聞いてみてください。』


 剣を握ってきたとは思えない柔らかく温かい感触が当夜の頭を優しく撫でる。嬉しさと恥ずかしさで顔を上げることができない。


『うぅ、納得いかない...』


 当夜のつぶやきにフィルネールがくすりと笑う気配が感じられた。


「さて、それではお戯れはそのくらいでよろしいでしょうか?」


 隣で見守っていたホコイルだったがこれ以上の惚気は村人にとっても刺激が強すぎると口を挟む。


『お戯れって、まぁ良いか。はいはい。もういいですよ。何でも来いってもんだよ。』


 名残惜しさもあったが顔をいざ上げると助かったというのが第一印象だ。村人たちが生優しい目でこちらを見ている。羨望とも嫉妬とも祝福とも興味とも言い難い複雑な感情が渦巻く空間で講義をすることになろうとは思ってもみなかった。しかし、ここで止めていなければより濃い思念の漂う空間で講談をしなければならなかっただろう。とんでもない罰ゲームだ。もはや開き直るしかなかった。

 そんな姿に小さな笑みを浮かべたフィルネールはそっとその場を離れる。先に姿を消したターペレットの後を追ったのだ。ターペレットの残したマナを辿ってたどり着いた先にはキュエルとターペレットの姿があった。


『やぁ、お帰り。精霊の名はきちんといただけたかな?』


 キュエルはそのことをすでに認知している雰囲気を漂わせながらフィルネールに問う。フィルネールは黒幕を目の前にしてようやくここまでのことが身内に仕組まれたことであることを知る。それにしても不可解だ。どうしてキュエルは己にも当夜にもリスクが及ぶ道を選んだのか。場合によってはフィルネールは敵わないとわかっていても挑みかかるだろう。


『貴方だったのですか。ですが、今回の件はトウヤも貴方も力を失うことになるのではないのですか?』


 キュエルはヤレヤレとばかりに肩をすくめてみせる。


『そのための大精霊様だよ。多少、時空の要素を取られてでも当夜には精霊を創ることができるという概念が付与されるべき状況なんだよ。もはや、ね。』

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