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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
248/325

新たな精霊の誕生 2

『というわけなのです。』


 フィルネールの説明をまとめるとそういうことだったらしい。


『う~ん。確かにディートゲルムの封印空間に似たような話だね。もちろん使われている魔法は違うだろうし、解決してもこちらの件に応用できるとは思えないけどやるだけやってみるのもいいかもね。何か思いつくかもしれないし。キュエルはどうだい?』


 正直に言えばディートゲルムが閉じこもる【タルタロス】とホコイルの【隠遁】の魔法では格が違う。そもそも魔法の構造にして封じるか隠しているかの違いは似ているようで大きく異なる。


『まぁ、世界樹の必要性を認識しているんだから行って損はないんじゃないかとは思ってる。でも、君にとっては問題なのではないのかな?』


 キュエルにすれば願っても無い話であった。何しろ【深き森人】は世界樹との親和性が高く、その上に彼らは瘴気を無くしたいと願っている。その強い想いは優れた瘴気の浄化能力を持つ世界樹を産むであろう。しかし、あからさまな歓迎の態度は当夜に不信感を抱かせるかもしれない。世界樹誕生に生贄が必要であるとわかれば当夜は反対するだろう。ゆえに、キュエルはさして関心のないふりをする。そして、話の流れを当夜に向ける。この場合、当夜に同席されるのはキュエルにとって得策ではない。できれば世界樹が最も求められている今のこの時点で世界樹の生誕を促したい。


『ん? どうして?』


 当夜はキュエルの言葉の意図を本当に理解できていないようで小首を傾げる。


『いや、ここから離れるんだよ? あいつへの瘴気の流入が抑えられないじゃないか。』


 むしろ焦ったのはキュエルだ。ディートゲルムへ流れ込む瘴気の中和の件もあるが、確かに当夜は自らこの表舞台に立てる時間が限られていることを危惧していたはずだった。であれば当然ながら今回の話は辞退するものと見込んでいた。


『ええ、心配なのはそれもそうなのですが、当夜にはこの世界における顕現可能な時間に制限があるのでは? であればここに残った方が良いのではないでしょうか。』


 フィルネールはキュエルの思うところを突く。だが、当夜の背後から【癒しの精霊】の手が垣間見えると意見が反転する。


『ですが、私はたまにはリフレッシュも必要なのではないかと思うのです。』


 フィルネールの視線の先に何があるのかと振り返る当夜だったがその原因となった存在の姿は認められない。戻った当夜の視界には不機嫌さを醸し出すフィルネールの姿が映る。こうして見ると精霊になる前はあまり感情を出してこなかった彼女が実は多感な女の子であったことがわかる。残念ながら当夜に伝わった様子は無い。


『ああ、そのこと。それなら大丈夫かもしれない。分け身を使ってみようかと。』


 当夜はその懸念すべき事案に対する一つの解をすでに導いていた。


『その身でできるのですか?』


 フィルネールが少しばかり感心しながら問う。


『たぶん。肉体を持っていた時よりもやりやすいかも。ただ、問題は、』


 当夜は顎に指を添えると少し言葉を詰まらせる。


『君が依然危惧していた20日の縛りが分身にも適用されてしまうのか。そして、それを確かめる手段がない、だね。』


 当夜の言葉を継ぐようにキュエルが付け足す。


『そうなんだよ。残された日数はわかるんだけど具体的にどのくらい減ったかはわからないから分け身にも適用されたのかどうかを知る術が無い。』


 当夜は両手を組んで唸る。


『そもそもどうしてトウヤは異世界に引き戻されていたのでしょうか?』


 フィルネールが唐突に問う。


『そりゃ、【渡界石】の力で...』

(そもそも【渡界石】の原理ってどうなっているんだ?)


 はたと当夜は根本的な疑問に引っかかり言葉を詰まらせる。


『【渡界石】? なんだい、それは?』


 キュエルは聞き及んだことのない、しかしこの問題の根本にあるであろう単語に興味深々のようで身を乗り出して尋ねる。


『なんだいって、君が作り出したものだろう。あ、いや、君じゃなかった。未来の君か。』


 当夜は呆れたように呟くが慌てて口元を隠す。


『―――僕が?

 まったく心当たりは無いし、イメージも湧かないなぁ。実物を見せてくれないかな。』


 発した言葉はすでにキュエルの耳に届いている。とは言え、今の彼にはそれがいったいどのようなものなのかまったく計り知れない。それゆえ甘えた声で当夜にその物の提示を求める。当夜は一先ず考え込む。果たして未来の知識をここで明かしてよいものか。未来に大きな影響を与えて自身の制御できる領域を外れてしまうのではないかと心配になっていた。しかしながら、今更とぼけることも難しいだろう。


『そういえば【渡界石】ってこっちに持ってこれたのかな?』


 当夜は体の周りを確かめるもそれらしきものは無い。


『ごめん、物質的なものは運べなかったみたいだ。』


 当夜は顔を上げてキュエルに視線を戻すと肩をすくめてみせる。


『そっか。そうなると具体的な話を聞いてみたいな。【渡界石】、トウヤが知っているのはどこまでだい?』


 キュエルは両腕を組んで首を傾げて応える。


『これくらいの赤い結晶で、すごくきれいなんだ。でも、こちらにいられる時間が減ると黒ずんできて最後は真っ黒になる。それで地球、ああ、僕の元いた世界なんだけど、そこに戻される。戻れば3時間くらいでエネルギーがチャージされるんだ。あとは衝撃を与えることでこちらの世界に来られるって寸法さ。そういえばチャージ時間よりもこっちにいられる時間の方が圧倒的に長いんだよね。30日くらい一度にいられるからなぁ。それに戻ってもほとんど時間は動いてないし。

 後は未来の君から聞いた話。確か、僕がいた時代からおよそ1200年前、つまりは今から18800年ほど後のことだね、そのころの異世界人が元いた世界へ帰るために構築していた理論を君が結び直して作りあげた、だったかな。』


 当夜は指で【渡界石】の形を宙に描く。そして、【渡界石】に関する情報を未来の記憶を探りながら当夜は語る。


『ふ~ん。なるほどね。他には情報はないの?』


 キュエルは当夜の言葉にうなずきながら更なる言葉を待つ。


(あれ、そういえば未来のキュエルの話じゃ、それを作るように命じた彼の創造者ってあの時から20000年前の異世界人だったような...

 それって僕らのことじゃないのか。それにたしか彼らは帰れなかったって...)


 当夜は未来で【時空の精霊】から聞いた話を再び思い起こしながら冷や汗を流す。あの時は僅かな憐れみを感じる程度だったが、それが当事者となれば話は別だ。そうなれば当夜はフィルネールを救うことはできないのかもしれない。


『トウヤ?』


 どうやらフィルネールを見つめていたようだ。少し熱を持った顔でフィルネールが目線を逸らしたり送ったりしてくる。


『あ、ああ。他に、他に、ね。えっと、資質がうんちゃらとか。ああ、そうだ。異世界や冒険事を好む人間性を候補者の資質には設定しているだったかな。はは。あぁ、でもそれはエキルシェールに呼ぶ資質だったかな?』


 当夜は視線を慌ててキュエルに戻す。そして、その先のやり取りを思い起こす。そこには海波光との今は懐かしいやり取りすら引きだされる。まぁ、あの一方的な宣告を言葉のやり取りといえるのならだが。


『―――資質、か。』


 キュエルは小さな小さな欠片を握りしめる。それは、当夜がディートゲルムの膨大な瘴気を分解し続けた結果として生まれたごく小さな粒であってキュエルがひそかに回収したものだ。そして、それに当夜がディートゲルムを閉じ込めた封印空間に流れ込む瘴気を分解し続ける間に生まれた微量な粒子と合わせたものだ。最初は有害な物質とみてキュエルの空間魔法で封じてきたものだったが、当夜の話でその正体に気づいた。これこそが【渡界石】の原料なのではないかと。だが、その成因はまだ不明な部分が多い。唯一言えることは当夜による瘴気の分解がカギとなっていることだ。


(とは言え、ここでトウヤに話すべきではないね。彼のことだから無理をしてでも増産するとか言いかねない。)


 キュエルは当夜の言葉の意味を理解した。18800年もの長きにわたって【渡界石】が生まれなかった理由を。そして、それほどにまで渡って待つべきものであることを。


『それでどうなのですか? 影響はあるのですか?』


 当夜にこそ気づかれなかったがフィルネールにはキュエルが何かを掴んだことを悟られたようだ。この話の本来の結論を求める。


『ああ、それはやってみなければわからないね。でも、僕ならわかるかもしれない。』


 キュエルは【渡界石】の欠片を握る手で当夜に触れる。


『―――わかりそうかい?』


 当夜の期待の篭もった声。


『なるほど、なるほど。うん。何とかなるんじゃないかな。』


 キュエルは僅かに開いた指の隙間から【渡界石】を確認する。漆黒の状態から紅い輝きを得たそれはすでに3分の1ほどを黒く染めている。米粒にも満たないその大きさでは当夜の気にするところの30日、すなわち30等分の目盛りと考えるとかなり際どいレベルだろう。顕微鏡でもあればどうにかなるかもしれないが。だが、そこは空間を司る【時空の精霊】、キュエルは力強く頷いて見せる。


『よかった。これで試せる。』


 当夜は唇を強く結んで頷く。


『ですが、トウヤ。たかが一日、ですが貴重な一日なのですよ...』


 そんな当夜の決意にフィルネールは不安げだ。たった20日しかない中でこの一日が後悔する一日となりかねないのだから。


『うん。だけど、それがわかるなら必要な対価だよ。これでカウントされないなら僕自身も情報収集できるようになるからね。』


『トウヤがそう言うのであれば...』


 当夜は展望が見えただけに顔色が明るんで見える。対するフィルネールは対照的に沈んでいる。しかしながらこの話を持ち込んだフィルネールには当夜を止めることができない。


『よし。じゃあ、早速、』


 当夜が背を伸ばして足を一歩前に踏み出したところでキュエルが台詞を奪う。ただ、当夜の口から発せられるはずだった言葉とは異なっていたが。


『打ち合わせをしようか。』


『いや、それ、僕の台詞だと思うんだけど...』


 当夜が額に汗を浮かべながらキュエルに抗議する。


『君のことだから今すぐにでも行こうとか言いだしかねないからね。』


 きっとキュエルの顔が見えたなら半眼で当夜を蔑んだ視線を送ってくれているのだろう。


『おいっ』

(おっかしいなぁ。僕とこの時代のキュエルってそんなに親しくなってないはずなんだけどなぁ。)


 そんなキュエルに当夜は声を上げると同時にふと思う。


『そのようなことよりも話を始めましょう。』


 フィルネールが小さく溜息をつくと仕切り直す。


『あれ? フィルまで?』


 当夜が勢いよく振り返る。


『い、いえいえ、そういう意味ではありませんよ。それでは進行はトウヤにお願いしましょうか。』


 当夜の顔が思った以上に不機嫌そうに見えていたのかフィルネールは両手を激しく交差してその意図を否定する。それを証するように当夜に進行を譲る。


『え? ああ、はい。』

(そういう意味ってどういう意味だよ。まぁ、そういう意味なんだろうけどさ。)

『えっと、それでは、題目は大きく二つかな。エレムバールへの瘴気の流入の阻止と村人の強化かな。』


 別段、フィルネールの心配するような気分に至っていなかった当夜は突然振られた役割に何とか反応する。


『それは向こう側、エレムバール側からみた目的だね。』


 キュエルが補足する。


『そうだね。こちらの視点からすればディートゲルムへの瘴気流入の阻止とフィルネールの信仰の確保だね。』


 当夜は先ほどの自身の発言を彼ら自身の視点に切り替える。


『そうなりますね。ですが、私に武の真理を司ることなどできませんよ。その資格など持ち合わせておりませんから。』


 後者に挙げられたフィルネールはまたも顔色を濁す。初めて出会った時の凛とした姿と比べるとずいぶんと気弱になってしまったようにも感じられるが、これもまた当夜になら弱みを見せることができるということの表れなのかもしれない。そして、彼女の強さは確かなものであって、それでいて真に彼女の強さはその高潔さでもあると見てきた当夜は当たり前のこととばかりに言う。


『どうしてさ? フィルなら十分強いと思うけど。』


『いえ、私などとてもその域には到達しておりません。私より強い人物はいくらでもいました。』


 一瞬、顔を明るめたフィルネールだったがその言葉では足りなかったようだ。


『だったらなおのことフィルがふさわしいんじゃないかな。』


 それでも当夜は彼女をふさわしいと言葉を重ねる。


『どうしてですか? どうして当夜はそこまで、』


 もはや瞳は潤んでいる。好きな人に信じられている嬉しさが半分、その期待の大きさに対する不安が半分といったところだろうか。


『いや、本当に強い人ってさ、きっと弱さを知っている人だと思うから。それにフィルはその弱さに真摯に向き合っている。そういう意味じゃフィルはまだまだ強くなるよ。』

(な~んてゲームとか漫画にありそうな言葉なんだけどね。)


 当夜の現代日本に溢れ切ったような物語めいた台詞だったが、フィルネールは思いのほか真剣に受け止めている。精霊同士では感情や意識が意図せず伝搬してしまうのだが、すでに当夜もキュエルもそのあたりはコントロールに万全を来している。これは決してやましいことがあるからではない。後に必ず対面するであろうディートゲルムとの闘いの中で手の内を見透かされないようにするには必須だと結論付けたからだ。それがたまたまこのような形で使われているに過ぎない。ということにしておいてもらいたい、と当夜はフィルネールに内心で言い訳する。


『―――弱さを知る者ですか。』

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