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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
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新たな精霊の誕生 1

 やがて、ホコイルが魔法で呼んでいたのか村人が木々の陰から現れる。皆、なぜこの場に集められたかは聞かされていない。おかげで彼らの視線の動きで自分を捉えている者たちはだれかがフィルネールには十分区分できた。


「皆、こちらに精霊様がいらっしゃるのだが見えているものは声を上げてほしい。どうだ?」


 村人はすべて集まったのだろう。ホコイルがフィルネールに手を向けながら問う。ホコイルの問いに首を傾げる者、目を細めて凝視する者、隣の者と確認し合う者、そんな見えていない者たちの間から数名の声が上がる。


「俺は見えるぞ。」

「俺もだ。」

「僕も。」

「私もだね。」

「―――見える。」

「たぶん見えてる。でも、結構ぼやけている。」

「えー、私にはすっごいきれいな光に見えるよ。」

「おかしいな、俺には鋭い刃のように感じられるぞ。」

「何言ってんだよ。僕には金の粒子に見える。確かにきれいなことは認めるけど。」


 いずれもフィルネールが目を付けた者たちだ。だが、彼女の捉えられ方はバラバラなようだ。


「ふむ。他には?」


 どうやらホコイルから見ても彼らがその該当者として見積もられていたようだ。口では確認しているがその目は探そうとしていない。


「では、前に出て来なさい。」


 ホコイルの呼びかけに応じたのは6名だ。


「あの~、ホコイル様の隣にいらっしゃる女の人のことですか?」


 そんな中で上がるはずのない声が弱弱しく響く。


「おお、お前さんにも見えるのか。ウレア?」


 ホコイルは少女を呼び寄せると優しく受け止める。そして、その瞳を見つめて尋ねた。その目に偽りはない。他の村人たちもなぜか感心したような声を上げている。その光景は彼女をこの村の人々にとって特別視されるべき人物であることを示しているとフィルネールに直感させた。同時に彼女の言葉にも確かめたい言葉が含まれていた。


『私の容姿まで見えるのですか?』


「はい。流れるような金色の髪とその青葉のような美しい瞳、見蕩れちゃいます。えっと、何かおかしいでしょうか?」


 彼女の目は確かにフィルネールの瞳を捉えている。伝えてくれた特徴も彼女が自慢とするものだ。思わず抱きしめる。突然の出来事にウレアは顔を忙しなく動かして周囲の者たちにその意味を問おうとする。だが、多くの者たちにはその姿は一人で慌てる少女の図としてしか映らない。


『そのようなことはありません。すごくうれしいですよ。』


「ほぇ?」


 どうにも理解が追いつかないウレアの頭を一人の青年が優しく撫でる。


「俺にもその姿が見えているぞ。大丈夫だ。」


『貴方もですか。良かった。確かに目が合いましたものね。』


 フィルネールはウレアを抱きしめたまま視線を青年に送る。その瞳を捉えた青年は力強く頷いてその名を告げる。


「ああ、俺の名はターペレット。これでもマナの扱いにかけては村一番だろうからな。

 それで精霊様はどう呼べばいいんだ?」


『そうでした。私はフィルネールと申します。精霊としてはこれといって司るようなものを持ち合わせていない精霊の赤子です。』


 精霊とされながら司るものが無いと告白する目の前の存在にホコイルもターペレットも眉間を寄せる。それは精霊として認められるのだろうか。むしろ彼女はすでに何かの精霊であって本人がそのことに気づいていないだけなのではないかというのが2人の推測である。


「おそらくは何かしらの真理を司っていらっしゃるはずでしょう。それが何か、まずはそこを見極めるべきでしょうな。」


「それなら美人だから【美の精霊】様とか?」


 ウレアが恥ずかし気に発言する。


『いえ、そのようなことはありません。皆さんの方がよほど美しいではありませんか。それに今の私が求めるものはそんな戦力にならないようなものでは困るのです。』


 と否定するフィルネールであるが、【深き森人】の中でも優れたアリスネルと比肩するその容姿は彼らをして十分に美しいと評しても過言ではない。ウレアの発言が否定される筋合いはないのだが、フィルネールには隣の芝生は青く見えるらしい。彼女の言葉にも嘘は無い。無論、後半の内容こそが重要なのだ。


「―――戦力、戦う力か。」


 ターペレットが渋い表情を作る。


「それなら私たちも同じですな。ですが、残念ながらこれまで戦いを知らなかった私たちではお役に立たないかもしれませんなぁ。」


 ホコイルもまた表情を曇らせる。確かに彼らはここに至るまで争い事を避けてきた。今だってそうだ。日々の糧を世界樹に頼れなくなった中でもどうにか相手の命を奪う行為に手を出せないでいる。これもいつかは破綻をきたすとはわかっていても前に進めないでいる。そんな彼らがフィルネールの願いに適う祈りを捧げることなどできるはずもない。


『そうですか。私は一応戦事には多少なりの知見を持ち合わせているのですが、だからといって強かったわけではありませんから。』


 フィルネールを弱いかといえばそんなはずは無い。むしろ強いと答える者の方が圧倒的だっただろう。だが、ライトという越えられない壁や一斉に出会うことになった強者たちの存在が彼女の中での強さの定義を必要以上に高めてしまった。


「その容姿で武を志していたのか?」


 ターペレットが目を見張る。


『いけませんか?』


 その発言に少し苛立ちめいたものを含めてフィルネールが声を低くする。そこにはかつての力の片鱗とも言える威圧が込められる。


「いいや。強い者にそのような区別は必要ないだろう。」


 ホコイルが咳払いを一つしてターペレットを一歩下がらせる。


「精霊様って強いんだ。私にも少し教えてもらえませんか?

 私、剣の使い方もよくわかっていなくて。」

(私にはあの時、力が足りなかった。だから、少しでも...)


 ウレアは世界樹の枝から作り出された短剣を不器用に握りしめた手を持ちあげる。握り方のわりに磨耗した柄を包む布はひどく磨耗して地がところどころに見えている。さらに観察すればボロボロの布には血の跡がにじんでいる。


(身を焦がすほどに彼女を動かしているのは何?

 村を守りたいという気持ちは伝わってくる。それにひどい喪失感と怒りも。とにかくこのままでは彼女自身が壊れてしまう。どうにかしてあげないと。)

『―――ええ、護身術程度でしたら。』


 フィルネールはウレアに心象を悟られないように努めて平静を装って答える。


「ありがとうございます!」


 落ち着き払ったその声はウレアにはひどく神聖なものに聞こえた。フィルネールという精霊が彼女の期待に応えてくれたのだ。美化されて当然と言える。


「―――精霊様。あの娘は、」


 ホコイルは2人の間に生まれたであろう相違を正そうと口を開く。だが、それを制するようにフィルネールが小声で告げる。


『後ほど。』


「ですが、」


 それでも納得できないでいるホコイルは声を荒げる。それはもはや周りの村井人にも十分に異変として伝わるものだ。それは彼がウレアを大事にしている表れでもある。そんな間に割って入るようにターペレットが体を滑り込ませる。少し陽気な風を装って。


「よし、俺も教えてもらおうかな。外は敵だらけだからな。とは言え、いつまでもここを出ないってわけにもいかないだろう、みんな?」


 彼の発言には意図がある。ウレアが教わる護身術は村人全員が学べるような一般的なものであることを印象付けるというものだ。加えるなら、村人の不安のはけ口である。


「そうだな。俺にも教えてくれよ。」

「わ、私も護身のために、」

「なら、僕だって。」


 ターペレットの声を合図に村人たちは皆で参加を希望する。決して我が身可愛さという自己中心的なものだけではない。ウレアを大事に想う気持ちは彼らにもある。少しでも明るい方向に、前むきに彼女が進めるようにと祈っての行動だ。


「いいなぁ。私は姿も見えないし、声も聞こえないから無理ね。」


 誰かがぼそっと囁いた。村人の多くはこの言葉にシュンと肩を落とす。やはり、心の隅では護身のための力はほしいのだ。そんな不安すらも解決するこの男はホコイルが次期村長と推すターペレットであった。


「なに、俺が通訳に入ってやるよ。いっそのこと広場でこれから毎日みんなでまとまって教えてもらったらいいじゃないか。その方が愉しいだろう?」


 これに驚いたのは大役を受けることになったフィルネールただ一人だ。他の【深き森人】たちは一斉に賛同する。


『ええっ?』


「おお、いいんじゃないかい。」

「そうだね。」

「そりゃ名案だ。」


「そうですな。精霊様はご自身を見つめ直していただきながら、私どもはこの世界の生きぬき方を教わる。良いではありませんか。一緒くたに教えてしまえばお時間の無駄も減りましょう。」


 ついにはホコイルまで都合の良い言葉で丸めこもうとする。とは言え、彼のいうことももっともである。フィルネールはとんとん拍子に進む流れに、期待を一心に向ける村人たちに乗せられて決意する。


『―――そうかもしれませんね。では、明日、この時間に広場で始めましょうか。』


「皆の者、精霊様の御許しが出た。明日、この時間に我らに戦いについてご教授くださるとのことだ。興味のある者は広場に集まるように。」


 ホコイルが手を大きく打つと村人を解散させる。ウレアだけが何かをフィルネールに訴えるように残っていたがターペレットに連れていかれる形でこの場を後にする。


「あの娘は、ウレアは我らの命の恩人なのです。あの娘はただひたすらに元いた村々から逃げるように説いて回ってくれました。あの娘がいなければこの場にいる者たちは誰一人残ってはいなかったでしょうな。ここに居る者たちは彼女を信じてきた者たちなのです。ゆえに、ウレアの望みはすべて叶えてあげたいと思っているはずです。ですが、それを叶えるということは彼女を仄暗く染めてしまうことにつながる。ですから、」


 ホコイルは遠ざかる少女の背中に目を向けながら言葉を途中で一度止める。


『ですから止めようとしたのですね。彼女に復讐の手立てを与えるのを。』


 その後を続けるようにフィルネールが言葉にする。


「そうです。」


 ホコイルは短く肯定する。


『仄暗く染めるというのは瘴気のことですね。』


「そうです。」


 ここでも。そして、それらの肯定はフィルネールの中で一つの結論を導く。


『この空間を作ったのも本当は彼女のためでしょう? 魔物くらいなら十分に追い払う力を持っている方がいましたから。』


 ターペレットのことだ。彼は明らかに他の村人とは違っていた。彼の目は命を奪うことを知っている目だ。戦うという言葉に触れた時の彼が顔を歪ませた理由は命を奪うことの苦しみを知っているからだろう。


「―――そうです。もちろん力ない者たちを守るためでもあります。守るべき者たちの中にウレアを含めてしまうことでこの外部と断たれた空間に閉じ込めたのです。それに彼女の心は負の感情に支配されています。外にいるだけで瘴気を集めてしまうのです。そのことも含めてあの娘を守るには必要なことでした。」


 フィルネールの極論に僅かに唇を震わせたホコイルにはその過程で生まれた葛藤を吐露したいという感情もあったのだろうが抑えて冷静な物腰で補完する。だが、その声は震えを含んでいる。


『―――やはり。』

(村長さんは彼女を守りたいのでしょう。ですが、さきほどの流れを見るに村人すべてがそうとは思っていない。ウレアちゃんの問題を解決させてあげたいという人もいるはず。問題はどちらが大勢かということ。)

『では、村人に戦い方を教えるということはよろしくありませんね。』


 フィルネールは一寸言葉を止めて何かを考えるとバッサリと先ほどの決まり事を切り捨てる発言をする。


「いえ、その一方でいつまでもここに篭もっているわけにもいかないのです。瘴気は僅かな隙間から入り込んでいます。あの娘が汚染されるのも時間の問題でしょう。それならばあの娘に復讐心という希望を持たせるのも一考かと。まぁ、これはターペレットの発案なのですが。」


 ホコイルがフィルネールの言葉に慌てる。どうやら村人の考え方の陽動はターペレットの方が優れているようだ。


(その話、トウヤとキュエルにも相談してみましょう。瘴気の浄化には世界樹も必要でしょうし、瘴気の漏れもディートゲルムの封印空間への流入に似た話ですし、どちらも気になる話でしょう。)


 この村の置かれた状況はある意味で似ている。ディートゲルムとウレアは瘴気を集める者、そのいずれもが閉じ込められた系の中にあること、そして、瘴気の中和に無くてはならない世界樹を求めていること。この村の問題を解決することこそが大もとを解決する術につながる、そんな予感がフィルネールにはあった。


『なるほど。そういうことでしたらほかの者たちにも相談してみましょう。』


「ありがたいことです。彼女をお救いください。」


 ホコイルには彼女の言葉の意図が武力に限らない対処の検討と聞こえた。


『ええ、善処します。それでは、明日。』


 フィルネールはそう言葉を残すとキュエルの魔法を発動して当夜のもとに転移した。

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