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世界を渡る石  作者: 非常口
第6章 過去編第1部
242/325

フィルネールとの再会

次週はもう一つの話の方を進めるので次回は10月3日に更新する予定です。

 振り返った当夜の目に美しくも見慣れた女性が愛おしく映る。


『フィル!?

 良かった。ようやく君に会えたっ』


 当夜の声が届くなりほほ笑むフィルネールはうっすらと涙を浮かべている。そんな目じりを指で拭うと急に真剣な表情に変えた彼女は感情のこもっていない含み笑いをあげる。


『ふふふ。私のことなんて忘れているのかと思っていました。』


 フィルネールの半眼の抗議に当夜は一歩後退してたじろぐ。


『えっと?』


『忘れているのかと思っていました。』


 フィルネールは上体を前倒しに傾けると少し言葉じりを強めて繰り返す。


『ちょ、ちょっと! そんなこと無かったって!』


 当夜は慌ててフィルネールの傍に進み出る。とは言え、頬を膨らめて怒り心頭といったフィルネールにどう接してよいものかと頭の中ではあわあわと右往左往、もはや続けるべき言葉も見当たらず表面上は完全にフリーズしている。そんな当夜の胸に前かがみのままのフィルネールが飛び込む。当夜は衝撃に意識を引きもどされる。それでも相手側から抱き付いてくれたフィルネールへの対応に手をこまねいてしまう。肩に手を回して受け止めて良いものか。それも力強く抱きしめるのが良いのか、それともそっと優しくするのが良いのか正解がまったく見当つかない。


『―――私はいつも貴方の隣にいましたよ。』


 反応の無い当夜にしびれを切らしたのかフィルネールが当夜を抱く力を強める。当夜の胸にフィルネールの顔が擦り寄せられている。当夜の胸の中でフィルネールが呟く。理屈で無く当夜もそれに応えるように強く抱きしめる。


『ごめん。心配かけたね。』


『...嘘つき。』


 当夜のささやきにフィルネールは当夜の横腹をつねる。


『いやいや、本当だよ!?』


 当夜は顔を引き攣らせながらフィルネールの肩に手をおいて引き離すと顔を見て話そうとする。


『ハイハイ。わかってますよ。』


 泣き顔かと思いきやフィルネールは笑いを堪えながら顔を逸らす。慌てたように白けた表情に切り替える。


『その返事、絶対にわかってないよね!?』


 当夜がその顔を正面から捉えようとフィルネールの周りをクルクルと立ちまわっている。なにせ正面にたどり着くなりすぐに彼女が首を振るものだから仕方ない。彼女が納得するまで挑むよりほかない。


『あのぅ、そろそろ姉さんの状況を教えてもらえますか?』


 そんな2人に呆れながらキュエルが近づく。そして、当夜が初めに立っていた場所に寝かされたままの彼の姉を指さす。当夜は勝機を見出せぬままやむなくキュエルに振り返る。


『ああ、うん。悪い、悪い。正直、生きているとは言い難い。でも死んでいると言うわけではないはずだよ。』

(これはどうなんだろう。未来ではこの少女と僕は何度も出会っている。だけど、それはキュエルの姉じゃないんだろうな。僕の推測が正しければ別人の精神の器として接していた。そして、あの反応は僕のことを知っている人物と言うことになる。)


 当夜は幾度となく彼の心を救ってくれた少女の姿を思い浮かべる。


『そっか。それでも、きっと姉さんの心は僕が救ってみせる。

 何だか、トーヤの印象が変わった気がする。姉さんがトーヤのことを気に入ったら応援してあげるよ。』


 キュエルは姉の体を抱きしめる。そのまま当夜とフィルネールに交互に顔を向ける。表情こそわからないがきっと質の悪い笑みを浮かべていることだろうことが容易に想像がつく。フィルネールにもその意図は十分に伝わったようで横から当夜に鋭い半眼を向けている。


『悪いけど僕は当夜。真ん中の「う」は延ばさないでいただきたい。フィルも、ここ重要だから。』


 当夜はフィルネールの視線を躱しながら話題を大きく捻じ曲げる。


『ふ~ん。トウヤ、当夜かぁ。次から気を付けるよ。』


『トーヤ。そのようなことで誤魔化されませんよ。』


 あからさまな話題の路線変更にその原因を作ったキュエルは一通り意趣返しが済んだのか素直に従い、フィルネールは今なお不満げに当夜を横眼を止めて正対する形で睨んでいる。


『ところで、当夜は母様と同じ世界の人で未来から来たってことだけど、そもそも2人はどういう関係なのですか?』


 当夜に向ける言葉遣いとフィルネールに向ける言葉遣いが明らかに異なるキュエルはどうやらここまでのやりとりで2人の力関係を見切ったようだ。とは言え、問題はその先である。2人の関係はどこまで進んでいるのかついつい気になってしまう。キュエルの見立てではすでに夫婦といっても良いのではないかと思っている。


『私たちですか?

 そうですね、...戦友?』


 フィルネールは唇に人差し指を当てて上を見上げると当夜に向かって清々しいまでの笑顔で確認する。


『あれ? 恋人では...』


 当夜が顔を引き攣らせて確認する。だが、その声は尻すぼみに消えていく。


『あら、そうでしたか?』


『ちょ、ちょっと、フィルっ』


 フィルネールは当夜に肩を掴まれても決して正面を向こうとしない。その顎を反らせた横顔にはツーンという擬音が見えるかのようだ。


『フィルネールさん、怒ってます?』


 当夜にだってわかっている。彼女がお怒りでいることぐらい。しかし、ここで掘り下げねばいつまでも尾を曳きそうなのだからここはお叱りをいただくこと覚悟の上で尋ねる。声が少しばかり震えていたことを責めないでもらいたい。


『別に。トーヤが深き森人達を脅かしたときに私の言葉を聞いてもらえなかったことにも、私の声には反応しなかったのに美人な精霊さんが来たらちゃっかりお話に花を咲かせたことにも、あの化け物みたいな男に相打ち覚悟の戦いを挑んだことにも怒ってなどいませんよ。怒ってなどいませんから。』


 フィルネールにしてはやたらと長文なその言葉には棘が目立つ。


『あ、はい。申し訳ありませんでした...』


 当夜が大きくうなだれる。そんな様子にフィルネールは嬉しそうに笑みをこぼす。


『さぁ、冗談はこのくらいにして。』


『...』

(僕たちは恋人、で良いんだよね。フィル?)


 フィルネールの軽快な仕切り直しの声に当夜は未だに俯いて肩を落としたままだ。それくらいの反省と謝意は示すべきだし、彼自身もそうしたいと思っているのだからフィルネールの許しがあるまでこうしているつもりだ。


(ふふふ。だいぶ意識してますね。そうです。私は怒っているんですから。少しは反省してください。それにしてもこういうトーヤも新鮮かも。いえ、真名はトウヤでしたね。私だけが本名で呼ばせていただけるのですね。これで一歩抜きんでた形になるのかしら。)

『それはそうと根本的な解決はできていないというのはわかっているのでしょう、ト、ウ、ヤ?』


 フィルネールの中で当夜の呼び名に関する優越性を比較する対象にキュエルはカウントされていない。上機嫌となったフィルネールはようやく当夜に意見を求める。


『え?』


 キュエルはその意味が解らず思わず疑問符を打つ。


『―――それは、もちろん。

 地球とこちらの間に異世界同士をつなぐ連絡橋が構築されてしまった。おかげで今なお穢れたマナが世界樹の先を目指して降り注いでいる。そして、それはディートゲルムの回復を進めている。つまり、この連絡橋を壊さない限り、ディートゲルムを倒さない限り、解決は見えない。』


 当夜は一呼吸置くと真剣な表情に変えて答える。その視線は世界樹の根元に向けられる。その目にはうっすらと黒紫の禍々しいマナが根の先に吸い込まれていく様子が映っている。


『そうです。僅かな瘴気ではありますが積もり積もることで彼の者が力を取り戻す主因になるでしょう。それもそう遠い話ではありません。特に今回の世界樹はマナを浄化させる力が弱いのです。』


 フィルネールもまた当夜の向けた視線の先を見つめる。


『確かに今の世界樹の核となっているフィルネット、いやアンアメスさんだったかな、彼女はその意思なく世界樹になってしまったからね。それに本来の世界樹の浄化能力ではこれだけの瘴気を分解することは難しいよ。それとこの世界の住人からも瘴気が生まれている。あいつが負の感情を過剰に生み出す因子を植え付けたからね。個人的には処分する他ないと思う。何せ人の因子を多く受け継いだ分だけ繁殖力が強化されているから負の因子の増加が懸念される。』


 空間を操ることができるキュエルなら隠れる意志の無い一般人の位置など容易に把握できる。それならば容易く混ざりものを除去できるはずだ。キュエルはこともなげに命を奪うことを提案する。確かにディートゲルム復活を阻止するためには必要な行為かもしれない。単に計算上、効率性を高める意味では。それを不自然なまでに割り切れるキュエルはやはり人では無いのだろう。


『それは駄目だ!

 彼らは確かに負の感情を生むかもしれない。だけどそれが理由で殺されるなんて僕だったら受け入れられない。穢れたマナは僕が引き受ける。分解してしまえばいいんだから楽勝さ。それに僕の第三の誕生の地が世界樹の前だったことは幸いだったよ。ここなら特異点としてこちら側から世界に干渉できる。もうすでに一日を使っちゃったからね。』


 精霊化したとはいえどその多くを譲った当夜にはそれこそ人としての要素が濃集されたと言っても良いのかもしれない。それゆえにそれを踏み越える意思は生まれない。もしも人を超越してしまった【時空の精霊】としてのままならばその非道な選択肢を選べたのかもしれない。そう言う意味ではキュエルにその選択を作らせたのは当夜なのかもしれない。ならばこそ止めるのも当夜であるべきなのかもしれない。半ば必然の流れともいえる安請け合いは当夜を孤独な戦いに挑ませることになる。


『楽勝って。

 はぁ。まぁ、わかったよ。』


 キュエルは小さなため息をつく。それは呆れから来たものでは無い。どちらかといえば当夜の我儘に付き合わされる未来に向けられたものだ。


『トウヤ。それはひどく孤独な戦いですよ。』


 フィルネールもまたキュエル同様に当夜の描いた未来、その道のりの険しさを思い浮かべて当夜を案じる。


『大丈夫だよ。どのみち僕は限界顕現日数15日の縛りがある。マナの浄化をしながら次の策を練るとするよ。なんたって2万年の月日でたったの15日。それ以外はこっちの世界か世界樹の前に居続けなければならないんだ。時間ならいくらでもある。それに今はフィルも居るしね。』


 確かに当夜にはエキルシェールにおける顕現可能な日数が定まっている。その上、貴重な一日はすでに費やされている。むしろ【時空の精霊】の力を譲った今、2万年もの永きにわたる日々をどう過ごして良いものか当夜にとっては指標が示されたようでありがたいくらいだ。


『私はずっとそばに居ますよ。ここに至るまでと同じく。』


 フィルネールがようやく自らの意思で当夜の隣に歩み寄る。そのまま当夜の隣で反転すると向きを合わせる。


『ありがとう、フィル。だけど、2人にはフレイアともう一人の【原初の精霊】の動向を探ってほしい。特にフィル、君は昔のような力は無いんだ。まず協力者を得てから動いてほしい。』


 当夜はフィルネールに感謝を伝えると2人に静かに願いを伝える。そして、隣に並んだフィルネールの肩を抱き寄せて囁く。正直なところ肉体的アドバンテージを失った彼女ではそれでなくとも敵わないフレイアはもちろん意思の無い不完全な存在となった【原初の精霊】でさえ厳しい。それならば隣にいてほしいというのは本音だがここから相手すべき存在はその二者なのだ。彼女らが何を目論んでいるのか、手遅れになる前に動向だけはつかんでおきたい。ともすれば切れる手札は切るべき時に切っておくべきだと判断した。


『それではトウヤが、』


 フィルネールの言いたいこともわかる。彼女が心配しているのは一人となった当夜をフレイアらが排除に動くのではないかということだ。フィルネールから見ても当夜の力は当初とは天と地ほども開きがある。ゆえに心配でならないのだ。


『大丈夫。たまにでもいいから会いに来てくれれば十分だよ。それより僕は、』


 フィルネールの言葉を途中で制した当夜にも計算がある。フレイアは当夜の現状、すなわちディートゲルムや自身を圧倒した力が失われたことを知らない。ともすれば一先ずは当夜の命を狙うよりもディートゲルムの指示に従うはずだ。


『わかっています。無理はしません。その証に毎日会いに来ます。』


 今度はフィルネールが当夜の言葉を止める。彼女にもわかっている。当夜の心配も、自分自身の力不足も。正直、その決意はそう遠くない未来に砕かれることだろう。それほど容易い話では無い。2人ともそのことを十分に理解している。


『...楽しみに待ってる。』


 それでも当夜は幸せそうに笑って返した。

貧血気味なタイミングで書いたので内容が結構あやしい...

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