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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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時空の精霊による祝福

 なにやら神殿の前が騒がしい。騎士やらローブを身に纏った黒づくめの者たちやらが言い争っている。厄介事には近づかなほうが良いのだが当夜たちはその渦中を通らなければ目的の地に辿りつけない。緊急搬送といえば通してもらえるのだろうか。

 全身を痛めたゴーダをありあわせの材料で搬送していた当夜とリコリスは足を止める。前を行くリコリスがこちらを振り向いたかと思うと首を振る。


「あれは王国の騎士団と観測室の方々ですね。彼らが出てきたということは緊急事案なのでしょう。」


(やっぱり通り抜けるのは難しいのか。)


 何となくそのような気がした。騎士たちの姿を認めた当夜の中で植え付けられたこの世界の知識が警鐘を鳴らしていたのだ。


「こうなるともう裏口から、」


 リコリスが角を左手に、すなわち王宮側に、顔を向ける。遠く、神殿の敷地が切れる間際に小さな門があった。


(遠いな。)


 リコリスの足がそちらに向くと同時に高い声が響く。


「貴方たちっ、ここは神殿の前ですよ!」


 慌ただしい空気の輪が突如乱れる。その中心には、幾何学模様の描かれたエピドート色で顔まで覆ったローブを着た少女(声からするに)がいた。


(あれはこの世界の流行りのファッション? まさかね。あれじゃ、どこぞのゆるキャラじゃないか。いや、どちらかのマスコットなのかも。)


「「「レーテル様!」」」


 フードを被った者たちが歓声に似た声を上げる。


「———これは、これは室長補佐殿。」


 一方の騎士の先頭に立つ者は少々面倒そうな表情を浮かべる。


「一体、これはどういうことですか?」


「どうもこうも...いえ、貴室の職員が神殿に許可なく乗り込もうとしていたのです。ご存知の通り神殿はアルテフィナ法国の出先機関です。調査にしろ、検査にしろ、政治的な色が含まれるなら一度外交交渉をして了解をとっていただきたいのですよ。」


 上位の騎士は言葉こそ丁寧だが煩わしそうに説明する。探求心に駆られた彼らがどのような理由を付けようとも引き下がらないことを知るこの騎士は内心で貧乏くじを引いたと肩を落としていた。特に上級職の者ともなると無駄に法や取り決めの抜け穴を見つけるのに長けてくる。今回も厳しい闘いになることを騎士は覚悟した。


「そうでしたか。それは失礼しました。観測室の者は直ちに本部に戻りなさい。それと例の物はまだ回収していませんね?」


「え? ええ、まだ接触できておりません。申し訳ありませんっ」


 観測室の職員たちは力強い味方のはずのレーテルが糸も容易く引き下がったことに明らかな狼狽を見せる。


「そうですか。間に合ったようですね。それでは皆はいったん研究所に戻りなさい。これは国王様の意思です。逆らえばどうなるかわかっていますね?」


 レーテルは反論が出る前に準国命の札を掲げる。皆の目が一斉にそちらに向かう。


「「「はっ、撤収します」」」


 観測室の職員たちは踵を返して王宮に戻っていく。その背中にはある種の哀愁が漂っていた。騎士たちもまた、声をかけあうと二人の門兵を残して解散する。


「あの方は観測室の偉い方のようですね。どうやら解散させてくれたみたいですね。」


 リコリスは柔らかな笑みを浮かべて振り返ると足を正門に向け直した。 



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 白亜の神殿の門、引き戸式の玄関ともに拒むものはいないのか開かれたままであった。おかげで両手の塞がっている二人には幸いした。

 中に進むと、いくつもの木製の椅子が並んだ大広間が広がっており、大きく三つの広間に区分された。入り口の大広間、全長3mはあろう女神像が建つ中央の広間、そして最奥の祭壇の間である。建物自体の建材や女神像はミロのビーナスよろしく白亜の大理石を切り出して削ったものと見受けられる。特に最奥の祭壇には、全長8mのパイプオルガンが壁沿いに備え付けられており、その前に教台と階段状の舞台が広がっていた。まるで結婚式会場を思わせるつくりだ。

 差しこむ光につられてふと顔を上げれば、至る所にある窓から光が差し込み、通路に幾何学紋様が映し出されている。どうやら、透明な方解石のような複屈折性の高い透明な石を巧みに組み合わせることで文様を浮かび上がらせているようだった。

 まったくの白い空間は精神的にもよろしくないと聞いたことがある。この神殿も基調は白に統一されているが、この空間は、光と影をうまく利用した紋様やところどころに生けられた鮮やかな青色の小さい牡丹のような花(片メガネによる解析によると、セレアラという聖水の材料らしい)がアクセントになってむしろ落ち着いた神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「トーヤさん。あちらの処置室に入りましょう。」


 リコリスが当夜にギリギリ届く程度の小さな声で提案する。当夜は無言で頷く。それもそのはず、途中で何人か椅子に腰かけ頭を伏せる信者さんがいたのだが何やら真剣にお祈りしており、声を上げるのも憚れる雰囲気だったのだ。

 リコリスが向かった先は入り口の大広間に隣接した一つの部屋だった。


「誰かいますか?」


「はい。どちら様ですか?」


 リコリスの問いかけに答えたのはハスキーな声の女性だった。


「北街のリコリスです。それより急患です。」


「あら、リコリスさん? 今、開けるわ。」


 出てきた女性は少し細目に細面の顔立ちで衣服は修道服であることは変わりないがリコリスよりも装飾が多く、当夜にはリコリスよりも上位の位置づけを受けている人物と映った。

 リコリスが進んだことで少し引っ張られる形となった当夜をもの珍しそうに見送った女性はベットに乗せられたゴーダを診る。


「上半身は何事も無いわね。あっても擦り傷くらいかしら。ただ、下半身はひどいわ。正直、足が切断されていてもおかしくない傷だったはず。リコリス、貴女、もしかして...」


「しょ、しょうがないではありませんか。そのまま見捨てるなんて【癒しの精霊】様の名を汚す行為ですもの。」


 リコリスが下を向く。その顔には納得できないとあからさまに書かれている。


「どういうことですか? リコリスさんは人として取るべき姿を取っただけですよ。何が問題なのですか?」


 当夜が援護射撃をしようと声を上げる。


「はぁ。この子は?」


「この方を最初に介抱してくれた方です。」


「そう。自己紹介がまだだったわね。私はダーラ。神殿の教育の長をしている助祭よ。貴方はその身なりからすると貴族様かしら。」


 血まみれの服を吟味するように確認したダーラは恭しく礼をする。クラレスレシアの騎士たちのそれとは異なり、ロングスカートの端をつまみあげる形式だ。


「当夜 緑邊です。貴族、みたいですね。それより、」


「そうね。貴方は冒険者を知っているかしら?」


 当夜の言葉を待たずしてダーラが口を挟む。


「これからなろうとしているところです。」


「そう。なら、なおさら丁度良いわ。冒険者の報酬は10~8級まで住民の税金が加算されているの。これは若い冒険者の育成のためよ。そして、その級には新人から才能の無い者まで多くの冒険者がいる。となると?」


 人差指を立てて話していたダーラが突然指を当夜に向ける。


「———費用がかさむ? 将来は街を守るかもしれないのに?」


「有体に言うとそうなるわね。ただ、税金を納める側からすると兵士はともかく冒険者は待遇のよいところを求めてフラフラしちゃうからねぇ。それに国同士の戦争ともなると我先に離れていってしまうのよ。自由なだけに。加えて、そう言う制度が残っているのはもうこの国だけなのよ。さらに、意図的に長くその階級に留まる者たちがいるとなると、ね。」


「なるほど。それで、リコリスが咎められたのはどうつながるんですか?」


「ああ、そうだったわね。教会も似たようなものなのよ。こちらは寄付と言う形だけど。住民が寄付したお金をさらに冒険者、ましてや自分たちの税金を喰っている初級冒険者に費やしたとなれば良い気持ちはしないでしょ? それに他の初級冒険者も同じことを期待してしまうわ。」


「そう言うことか。でも、僕は僕の行為も彼女の行為も間違いじゃないと思っています。」


「そうね。間違いではないわ。でも、気を付けなさい。良かれと思ったことが予想外の方向に転がることは大いにあることなのよ。」


「———わかりました。」

(でも、次も見捨てるつもりなんて無いけどね。)


(こちらの言い分は理解したうえで納得はしてないみたいね。頭は非常に良いみたいだけど心配だわ。)

「はぁ。物わかりの良い子ね。貴方みたいな子が増えてくれればいいのにね。」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ダーラとリコリスは気を失ったゴーダの介抱をすることになり、当夜は三人と別れることになる。中級治療薬では治しきれないゴーダの怪我は街の人に施す程度の治癒魔法をかけるということなので任せることにした。途中、リコリスが案内を申し出てくれたが、ダーラが彼女の治癒魔法の腕を見たいということだったのでやむなく遠慮した。


「【癒しの精霊】の間、精霊様の像の向かって左手が検査所よ。拝礼者もたくさんみえているからお静かにお願いね。」


「ありがとうございます。それではその人をお願いします。」


 出口まで見送りに来たダーラが次なる目的地を示す。頭の中で仮想の経路を描いた当夜は頷くと奥の様子を覗き見る。ベットの上で横たわるゴーヤとその手を握るリコリスの姿が見える。


「任せてください。」


 当夜と目が合ったリコリスが部屋の奥から手を振っている。


「小さい子の前だからって張り切っているみたいだけど甘く見ないことね、リコリス。」


(リコリスなら大丈夫。頑張れ! って、これ通じるかな?)


 振り返ったダーラがリコリスを嗜めるように言う。その影に隠れながら当夜がガッツポーズを見せる。果たして伝わるかどうかはわからなかったがとりあえずやってみた。光から受け継いだ知識にも咎められなかったので大丈夫だろう。


「大丈夫ですよ。」


 リコリスがウインクして返す。どうやら意図は伝わったようだ。当夜に視線を訝し気に戻したダーラの後ろで当夜と似たようなガッツポーズを見せてくれた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 数名の拝礼者たちの座る椅子をよけながら中央の通路に戻る。皆、真剣に何かに祈っている。彼らは自身に加護を与えてくれる精霊に感謝をささげているのだ。シスターたちも中央の女神像に祈りを捧げている。この女神像こそダーラの言う【癒しの精霊】の像だ。

 祈りを捧げるシスターたちとその祈りを一身に集める女神像を横目に当夜は左に見える扉を目指す。

 扉をノックすると中から若い女性の声が返ってきた。


「どうぞ。お入りください。」


 入ると、先ほどのダーラと同様の青い装飾が鮮やかな白地のローブを身にまとった20代くらいの女性がテーブルを挟んで向かいに座っていた。アフガニスタンで見られるセシウムベリルのような空色の髪は窓から差し込む光の効果でところどころ白く輝き、その日の空の景色のようだった。タンザナイトのルースのような青紫色の輝く瞳が当夜の目を見つめる。


「こんにちは。小さなお客様。祝福をご希望ということでよろしいですか。よろしければそちらの席におかけください。」


 シスターともその上級職とも見える彼女が向かいの椅子を白く細い手で示す。


「こんにちは。ええ、その通りです。僕は当夜と言います。よろしくお願いします。」

(雪女さんみたいだ。美しいけどキツイ人なのかな?)


 当夜は席にかけると石板とギルドからの紹介状を出して彼女に差し出す。


「トーヤ君ですね。私はシルティナです。よろしくね。では、早速、祝福の儀に入りますね。はい、早速だけどこの石板にマナを注いでください。」


 ギルドの紹介状に簡単に目を通したシルティナは石板を当夜に返す。


(何、マナって。よくゲームとかに出てくるアレのこと?)

「えっと、マナって何ですか?」


 まずはそこからだった。シルティナの方も首を傾けると再び当夜を上から下まで観察する。


「うーん、教会の授業でまだ習ってないのかな。ギルド登録ができるくらいだから15歳は過ぎているということで良いのよね?」


 シルティナが腕組みをして唸っている。どうやら光はまた一つ重要な点をすっ飛ばしてくれたようだ。


「ええ。こちらの戸籍では15歳でしたよ。」


「でした?」


 当夜の言い回しに若干気にする節を見せたシルティナだったが、当夜の完全な外し忘れの産物の正体に気が付く。


「あら? そのモノクルはマナで作り出しているみたいね。消費も結構しているみたいだからマナは使えているということよね。だとしたら、感覚で扱えているのかしら。」


「えっと、どういうことですか?」


「そうね。じゃあ、おねーさんの手を握ってもらえる? はい。」


 シルティナが当夜の前に手を差し出す。当夜は恥じらいながらシルティナの右手をにぎった。髪や肌の色から連想されるような冷たさは感じられない。むしろ柔らかくて温かくて安らぎを感じる。彼女の視線を感じて顔を上げると彼女の顔がすぐそばに合った。思わず目を横に泳がす。


「どう? これでわかるかな?」


 小さな笑いが零れた彼女が手に僅かに力を入れる。すると、シルティナの手から暖かみのある奔流が肩まで登ってきた。


(な、なんだ? 暖かいものが手から伝わってくる? ただの体温じゃない。なんだこれ?)

「———なんだか暖かい流れが伝わってきます。」


 よくわからない感覚だっただけに素直に表現する。


「そう。それがマナだよ。」


(これが、マナ? すごいっ、これで僕も魔法が使えるってことじゃん!)


「うんうん。じゃあ、その流れをこっちの手に送り返してみて。」


 そう言ってシルティナは左手を当夜に差し出す。マナを感じ取れた興奮もあってか恥じらいなどどこにやら、当夜は勇んで握ると右肩まで登った暖かさを左手まで引っ張るようイメージを意識する。どうやらうまくいったようでシルティナがほほ笑む。そんな笑顔にドキッとしてしまう当夜であった。


「成功だね。じゃあ、この石板に同じように流してみて。」


 そう言われて石板にマナとやらを送ってみる。すると、石板の色がメタリックグレーに変わったではないか。


(鋼色? ってことは金属に関する属性か。そうなると剣を強化してとか、何もない空間から剣を生み出したりとか。なんか格好いいな、それ。)


 当夜が取らぬ狸の皮算用をしているころ、相対するシルティナは少し困ったような表情を浮かべていた。


「うーん。黒銀色か。」


(あれ? あんまり良い印象ではないみたいだし。)

「何か問題でもあるのですか?」


 自分よりもはるかに専門家であるシルティナにそのような表情を浮かべられて、挙句に言葉まで厚遇されていないとなると浮かれていた当夜でも不安が押し寄せてくる。


「あっ、ごめんね。大丈夫だよ。大きな問題は無いの。ただ、珍しいんだけど、使い勝手が難しい属性というか。そう、君は【時空の精霊】の祝福を受けたの。それってすごいことよ。稀少な祝福だもの。ただ、使い手が少ないだけに扱える魔法があまり確立してなくて。今知られているのはアイテムボックスと空間認識くらいかな。それも、」


 両手をバタバタと交差させるシルティナは最後のところで口を両手で塞ぐ。どうやらその先はあまり良い内容ではなさそうだ。


(それも、の後は聞かないでおこう。これ以上凹みたくないし。)

「アイテムボックスと空間認識というのは?」


「そう。アイテムボックスは名前の通りアイテムとかをしまえる能力じゃないかな。そのあたりはギルドに聞いてみるといいかもしれないね。

 空間認識は、風、水、土それから光の精霊の加護を受けた人が恩恵を受けることが多い能力かな。

 はい!これで無事祝福の儀は完了です。トーヤ君、お疲れ様でした!」


 言うが早いか背後の戸を開けていそいそと部屋を出ようとしている。出会った時のクールビューティのイメージは微塵も残っていない。もとよりこういう性格なのだろう。見た目に騙されてはいけないということなのだろう。とはいえ、ここで逃がすわけにはいかない。人当たりが良い人物ならなおさらだ。


「え? それだけ?」


「ごめんね。本当に【時空の精霊】や時空魔法は知られていることが少ないのよ。もう、この辺で許して貰っても良い?」


 律儀にも振り返るとそのまま席に戻ったシルティナは借りてきた猫のように小さくなっている。


「あ、こちらこそごめんなさい。それと、ありがとうございました。いろんな人に聞いて必ず物にしてみせます。」


「期待しています。」


 どうやらこれで終わりのようだ。神殿は祝福をするだけで属性や能力についてはギルドで聞いた方が良いようだ。当夜が入ってきた扉を開けて出ようとしたところで机の上に突っ伏せたシルティナから声がかかる。


「そうだ。トーヤ君の片メガネだけど結構マナを消費しちゃうみたいだよ。常時展開するのは大変じゃない? 外しておいた方が良いんじゃ無いかな。倒れちゃうよ。」


「え?」


「さっきもマナを分けた時にすっからかんだったみたいだから。そのままにしておくとマインドダウンで倒れちゃんだよ。」

(だけど、あの時のトーヤ君は完全にマナが無かったみたいだったのよね。でもそうならとっくにマインドダウンしてただろうし。きっと勘違いね。)


 そう言われるとそうなのだ。何かを解析するたびに気力が抜け出るような感覚を味わっていた。先ほど、マナの流れを教えてもらった時には抜けてしまった気力を満たされていくような感覚だった。


「うへぇ。気を付けます。」

(そうだよね。ゲームでもMP管理は大事だもんな。マインドダウンで倒れたところを殺されるなんて嫌だもんな。でも、すっからかんってほどじゃないと思うんだよね。まだまだいけそうだったし。それはそうと片メガネは単純に外せば大丈夫かな。)


 外して胸ポケットにしまおうとするが上着はゴーダの治療に使ってしまったのだった。どうしたものかと片メガネを捻るとまるで湯気のように消えてしまった。


(おっ、消えた!?)


「あっ、やっぱり。モノクル無い方が可愛いよ。」


 突っ伏せていたシルティナが顔をあげてこちらを見ている。どうやら驚いてしまった顔を見られていたようだ。嬉しそうに笑っている。


「ちなみにライトって人はどういう精霊の祝福をもらったんですか?」


 照れ隠しに当夜は問う。


「えーと。ライトって英雄のライト・オーシャン様ですか?」


 シルティナが目をぱちくりしながらこちらを見ている。呼び捨てにしているのがそんなにおかしかったのだろうか。当夜からすれば光は加害者であって敬意を払う相手には感じられていないのだが、この世界でのライトの存在は神や精霊にも近いありがたい存在なのだ。


「えぇ、その人です。」

(様付けだって? あいつ、そんなに偉いのか。)


「ライト様は確か精霊王の導きを受けていたそうですよ。」


「精霊王の導きですか?」


 聞き慣れない単語に当夜は復唱したことでその点にも説明が必要であることを暗に示す形となってしまった。


「そっか。知らないかぁ。有名な話なんだけどなぁ」

(男の子なら小さい頃にあこがれる英雄譚の主人公筆頭だと思うんだけど。きっと何かあったんだね。そうだよ、こんな大人びちゃって。)


 憂いにも憐憫にも似た感情がシルティナの瞳を潤ませる。


「うっ」

(何か勘違いされたっぽい...)


「確か、人外の力を発揮できるとか。実際に世界中のあらゆる武人が勝てない魔王ですら簡単に撃退しんだから。」


(なんだよそれ。チートじゃん。それに引き換え、僕は...

 【時空の精霊】か。響きは良いのにシルティナさんの話からはあまり期待が持てないんだよな。)

「ちなみに【時空の精霊】による加護ってどんなのですか?」


「あら。加護のことは知っているんだね。知っているかもしれないけど、【火の精霊】だと攻撃力特化、【風の精霊】だと俊敏性向上とかにつながるってわかっているんだけどね。イメージ通りでしょ?

 でもね、【時空の精霊】についてはよくわかっていないの。さっきも言ったけどそもそも【時空の精霊】に選ばれる人がめったにいないし、かといって名を馳せた人もいないの。

 それに、顕現した例も無いし。本国、アルテフィナ法国の巫女でも【時空の精霊】と意思疎通できた例は無いのよ。何というか、理論的にはいるはずだけど、実在を確認できない存在って感じかな。ただまぁ、だれもが恩恵には与っているからその存在を信じているわ。アイテムボックスとか地図とかね。最近の研究では幾つかの種類の精霊の複合作用とも考えられているみたいね。いずれにしてもイメージ的には明確な肉体強化系ではないと思うよ。」


 知らぬ存ぜぬと切られるはずがここまで聞けたのは大収穫と評してもよいだろう。いつの間にか当夜も席に座り、目の前にこれまたいつの間にか出されているティーカップを啜り合った二人は同時に一息つく。爽やかなハーブティーのような香りが鼻を抜ける。


「なるほど。僕もそんな気がします。いろいろとお世話になりました。ありがとうございました。」


「はい。教会や神殿でこれからも顔を合わせることもあるでしょう。これからもよろしくお願いね。それと、悩み事を聞くのも私たちの仕事なのよ。いつでも相談しにおいで。」


「はい、ありがとうございます。こちらこそ今後ともお世話になります。それでは、失礼します。」


 シルティナのなぜか名残惜しそうな笑顔に笑顔で会釈すると今度こそ扉を跨ぐ。そこにはすでに10人ほどの人が並んでいる。扉に近い一人、二人などは若干お怒り気味のようだ。いそいそとその場を離れる。


「【時空の精霊】かぁ。」

(【時空の精霊】ってゲームとかだとすごい強いイメージなんだけどなぁ。

 確かに現実的には何ができるかちょっとわかりづらいよね。アインシュタインでも召喚できないかな。といっても僕が理解できないか。

 とりあえず、自身の能力を把握することに努めるか。あとは地球で聞きかじった内容をどれだけ能力に反映させられるかとか実験してみよう。)


 神殿を後にする当夜の心境は期待と不安で複雑であった。

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