世界樹に宿る者たち
ついにあの男が物語に絡む。
名前を間違えそうになったのは内緒。
『よもや私たちが起こされるなんて。』
少女の声。
『まったくだよ。世界樹がなぎ倒されたこともそうだけど調整者たちでも歯が立たないとか。お母様と同格の存在でも来ちゃったかな。』
続いて少年の声。少女同様にその姿は見当たらない。だが、それは一般人にすればということだ。ディートゲルムの目は倒れた世界樹の幹の上に向けられたままその声の主を探す素振りも無い。そう、彼には2人の姿が見えていた。
『ええ。きっとそう。前例があるのならば次もあることは自明の理というものでしょう。お母様もおっしゃっていました。二度あることは三度あるって。
ですが、そのお方が敵対者となるとは悲しい限りです。』
世界樹が見る見るうちに枯れ朽ちていく。それと同時にマナが二つの肉体を作り出す。わずかな差で先にその身を完成させた少女はエルフ特有の美しさの中にどこか東洋人じみた幼さが色濃く残っている。長くたなびく髪が漆黒なのもそれを大きく後押しする。少年の方はやはりエルフの要素を持つが故か中性的な姿だ。2人は姉弟だと言われれば誰もがそのまま受け入れるだろう。
『そうだね。敵対者だ。』
少年の目が鋭くなる。その目線の先でディートゲルムが怪しく笑う。何かを思いついたかのように。
「なんだね、君たちは?」
(大したマナだ。双子と言うのも実に良い。決まりだ。)
『僕たちは世界樹に残されたお母様の願い。その因子を受け継いだ存在。そして、君を封じる者。』
少年の声が高らかに木霊する。腰に手を当ててディートゲルムを指さす姿はその容姿通り子供じみている。それでもディートゲルムをして十分に警戒すべきエネルギー量を誇る。彼の言葉が誇張でないことを如実に示している。
「封じる、か。」
(私と同格の存在と言ったか。お母様ということは女か。ノーラとのハイブリッドとはずいぶん違うな。容姿からするとそいつは東洋人か。まぁ、地球人であればだが。)
「貴様らは世界樹の化身ということで良いかね?」
ディートゲルムはここまでに得た情報を精査する。重要な点は敢えて述べる必要は無い。得たい情報は不要なバックグラウンドを入れること無く相手から聞き出してこそ意味がある。
『ええ。似たようなものです。ただし、地球に住まう人の因子を受け継いでいますけど。もちろんお母様のですよ。ご期待に添えましたか?』
少女は逆に男が予測し得た情報だけを開示していく。相手方が地球人を知るか否かはディートゲルムにとって大きな情報である。そして、少女らにとってもアドバンテージを手放すような行為である。それをこうも容易く公開する意図が読めず、ディートゲルムは困惑に眉がピクリと動いてしまうのを止められなかった。何より最後の問いかけにはこの世界ではあまり見ない挑発的な雰囲気が忍んでいるようにさえ感じられる。
(この女は危険だ。考えが読みづらい。敵に回すよりもうまく丸め込んだほうが良いか。)
「地球の者、やはり東洋の出の者か。日本人なら組しやすいやもしれんな。」
ディートゲルムはまだ見ぬ彼女を己よりもよほどいびつな存在と捉えていた。おそらくは彼女もまたマッドサイエンティストと呼ばれる存在なのだろうと。そこに加えて戦況において劣勢に立たされている彼女の国を救う術を見せれば協力を得ることは可能と考える。もちろん上位に立つのは自身であると疑っていない。
『残念ながらその方に貴方を合わせるわけにはいきません。お母様は争い事は嫌いでしたし、この世界を好いています。貴方とは馬が合いません。』
少女の強い否定の意思が伝わる。それはディートゲルムの期待を大きく裏切る。しかし、決して悪い方向ではない。
(あれだけのおぞましい仕組みを作り上げた人物の因子を受け継いだにもかかわらずこの高潔さ。だとしたらそいつはただの夢想家だ。)
「そうか。残念だよ。これほどのおぞましい仕組みを作り上げた人物に会ってみたかったがね。」
言葉でこそ期待をにじませているがディートゲルムは大きな失望を抱いていた。世界から負の感情を奪い取るというクレイジーな実験を思い描いた悪魔は所詮彼自身の影だったのだ。己の影に脅威を感じるとはいささか間抜けであるが他者から見える自身の姿を客観的に判断できる良い機会となった。もはや、彼女らの祖に感心など無くなっていた。むしろ、目の前の2人こそが重要なのだ。地球とこの世界の両方の因子を持つ彼女らは彼にとっての計画の最大の鍵と成り得るのだから。
『おぞましいのは貴方でしょう。』
『僕は君の方が怖いけどね。』
2人は揃って口を開く。
「くくく。貴様らが作り上げたこの世界の仕組みには敵わんよ。」
男は2人の顔を交互に見定める。どちらの方が簡易に手中に納まるか。先ほどの話の通りならば情に深い性質も持っているはずである。ならば話は簡単である。その手を打つよりも先に少女が口を開く。
『負の感情の浄化システムのことですね。確かにいびつな仕組みです。ですが必要なことだったのです。世界の独立性を保つためにも。』
それすらも特段重要なカードでは無いのか少女は容易く切ってくる。確かにディートゲルムからしても人の感情を奪うこの仕組みをこの世界を好くような人物が敷くということは甚だ疑問ではある。そして、世界の独立性とは何か。研究者である彼には疑問に対する答えが必要である。そして、その答えは己の中で容易には生まれそうにない。彼女らに対する敵対行動は棚に置いて会話を続ける必要が生じる。このタイミングでそのような手を打ってくるとはベースとなった日本人もやはり只者では無いのかもしれない。あるいは完全なる阿呆か。
「ほう。仕組んだ奴はそれを理解したうえで導入したのか。やはりおぞましいな。」
(夢想家ほどこの世界で厄介なものはいないかもしれん。意思の強さではある意味で最も気高く強いからな。)
この世界で最も危険な人物はゆるぎない意思を持ち、現実と空想の境界が区別できない存在だ。少なくとも理性的で常識に囚われがちな研究者ではないと彼は考える。ディートゲルムが怖れた人物像に彼女らの祖は近づいていた。だが、次に姉弟が口にした言葉はそのことを否定した。
『お母様もそのことは気にされていました。そちらの世界とこちらの世界が隣接する限りいつかは貴方のような危険因子が降りてくると。』
『そうそう。君みたいな危険人物の到来とかね。』
姉の言葉に陽気に相槌を打つ弟。姉弟でディートゲルムに対する認識が大きく異なっている言葉だった。そのことが彼に選択を絞らせる。
「———危険人物かね。」
口角を上げたディートゲルムはこれまであまり関心を示さなかった弟を観察する。
『そりゃそうだよ。やって来たというよりは連れて来られちゃっただけの存在のくせに。お母様とはまるで別。』
舐めるようなディートゲルムの視線に身震いして遠退いた少年は頬を膨らめる。
(くくく。必然と偶然の違いは大きいぞ、ガキ。やはり私は必然的にこの世界に渡る存在だったのだ。)
「ほう。ならばそこまでわかっていながらお前たちの生みの親は危険人物の侵入を防げなかったということかね? 負の感情の浄化システムとやらは大したことが無いようだな。」
弟の不用意な言葉が作った母親を貶める言葉に少女は溜息を一つついて弁明に入る。
『ふぅ。訂正します。貴方がこの世界に現れたのは必然といえるでしょう。
そちらの世界の負の感情の高まり、貴方のような狂者の存在、負のエネルギーに引き寄せられるマナの性質。これらがかみ合ってしまえばいつかは生じる話。
マナがそちらの世界のあまりに強力な負の感情に引き寄せられた結果として地球とエキルシェールをつなぐワームホールが形成される。とは言え、最初は数多あれど小さな渦。それらがこの世界に負の感情に汚染されたマナ、瘴気をもたらしたとしても世界樹が十分浄化できる量でした。ですが、そちらの戦争が末期に近づくほどに濃くなる瘴気はいつしか集積者である巫女の力を超えてしまいました。それは巫女の増員を世界樹に判断させ、双子の巫女が生まれました。瘴気は巫女に集められ、直ちに世界樹に浄化されるのですがフレイアは違ったのです。彼女の境遇が生んだ小さな負の感情、それが彼女を瘴気の器に変えてしまいました。やがて、フレイアの中で濃縮された瘴気はさらに瘴気を呼びワームホールを一つに束ね、さらに拡大させたのです。今度は物質すらも通過させるほどに。』
「なるほど。そして、私がこちらの世界に引きずり込まれた。」
少女にとっては母親を護るための言い訳。だが、ディートゲルムの中ではすべてのパズルが組み合ったような音と共に彼の計画の保障が示されたように感じた。
『そうです。お母様はこれを危惧されていたのでしょう。ですが、時が足りなかった。ドリアード側の要望が優先されたのです。』
『お母様はお人よしで抜けていたからなぁ。そこが良いところなんだけど、』
「お前たちの話しぶりでは私と同郷の者はすでにこの世界には居ないみたいだな。」
弟側からは得られ物はないと見切りをつけてディートゲルムは口を挟む。だが、無視されたことに嫉妬めいたものを感じた弟は口を滑らせる。
『半分正解、半分不正解。お母様は、』
『キュエル。』
生みの親から許された内容以上のことを漏らしそうになった弟を姉がたしなめるように名前を呼ぶ。正直なところ彼女から許されているとはいえ自身が口にしたこともかなり危ういと思っている。弟が評したことはもちろんだが少女はさらに一つ付け加えたい。甘いのだと。ゆえに制限されているところは引き締めるというのが少女の意思である。
『ごめん。』
『大丈夫。』
(今のやり取りで気づかれたとは思えませんが。ですがこれ以上の会話は危険。この男は聡い、聡すぎます。お母様に会わせてはいけない。)
首を垂れて落ち込む弟をその一言で立ち直らせたものの、落ち着いて見える少女の中では危機感が膨らみ続けている。それは自身らを案ずるものでは無く、その母に向けられたものであってディートゲルムを封印すること自体は成功することを信じて疑っていない。
(ここまでの流れ。同郷の者はすでにいない。これは間違いない。この世界に居ないという言葉が否定されたということは死んだとみるべきか。それとも向こうに帰ったか。その帰る術を知りたいところだが、これ以上の追及は困難か。)
『さぁ、おしゃべりはここまでです。』
『そうそう。さっさと封じさせてもらうよ。』
ディートゲルムの思考を遮るように少女が宣言する。それは戦いの幕開けを意味した。彼女たちの中では封印と言う単純作業なわけだが。
「封じる。倒すでは無く封じるか。封じてどうする。お前たちのお母様とやらに倒してもらうか?」
ディートゲルムの挑発。その者が死者あるいは戻ることのない存在であれば何かしらの不興を買うであろう。だが、帰ってきた言葉は。
『おお。すごいね。でも、倒してくれるのは、』
『キュエルっ』
『なんだよ、姉さん。どうせこいつはもうおしまいだよ。』
『甘く見ては駄目よ。』
『だって女神さまの魔法だよ。』
少女はディートゲルムの表情を確認する。そして、不安は的中したことを悟る。
(いや、待てよ。居ないことが半分正解、半分がかかる言葉が空間でなく時間と言うことなら...つまりは現在では無い過去か未来。そして、聞き覚えの無い用語、私も知り得ぬ科学知見。そう、間違いなく私よりも科学水位が高い時代。つまりは未来。私にとっては未来の存在。だとしたらすべてのつじつまが合う。それは時空間を移動してきたということ。そういう魔法が存在する。ならば我が望みも十分叶う。ここで得た力とマナを祖国に持ち帰るどころか戦端が開かれた時点に戻ることすら可能だ。
そして、女神、お母様、キュエルとやらの元となった男、3人以上と言うのは確定か。厄介だな。しかし、その置き土産が魔法とは、)
「魔法か、魔法とは行幸だな。それにお前たちの自信の源の正体もおおよそ予想がついた。そして、これは運命だ。時空転移を知っているな、お前たち。」
姉弟のやり取りからついに真実を探り当てたディートゲルムは獲物を狩る側の雰囲気を解き放つ。溢れ出す瘴気が村全体を覆い始める。
『キュエルっ』
『わかってるって、』
『『天より振り下ろされし雷霆よ、彼の者を奈落に落とし、永劫の時に封じよ、タルタロス』』
ディートゲルムの大規模魔法を予見した2人はあらかじめ用意されていた禁術を解き放つ。それは一度発動してしまえば彼女たちにも制御できない。村は当然、その中に住まう者たちすべてを封じ込めるだろう。それが必要な時と判断した。世界は色を失い、暗闇に閉ざされる。
「ほう。北欧神話と来たか。私はさながらテュポーンかね。」
残された男の声は敗北への悔恨では無く、2人への憤怒でも無く、地球の物語を思い起こした余裕に満ちたものだった。それは一抹の不安を少女に抱かせた。
『———終わりましたか。』
マナの気配を探る少女にその者の気配は感じとることができない。つまりはそういうことだ。それを後押しするようにキュエルは村の合った空間を指さす。森は球状にえぐれて地層がその断面を幾重にも重ねている。瘴気ごとすべてを抑え込んだのだ。
『当たり前だよ。この空間のマナを全部喰い尽したんだよ。見てみなよ、あいつの作った結界も消えたし。』
『そうね。あとは世界樹を再び立ちあげないとならないわ。』
(異世界からの瘴気供給は続いているもの。このままでは再び同じことが起きてしまう。)
姉弟は抉られた大地の底に立つと祈りをささげ始める。だが、いるはずの無い男の声に即座に中断されることになる。
「いやはやとんでもない魔法だ。転移の魔法が成功しなければ私の研究も永い闇に閉ざされるところだった。
しかし、この村の住人ごととはよくやる。だが、安心しろ、実験体はきちんと確保してある。」
宙に舞うディートゲルム。その背後には見たことの無い人種と化した村人の姿。その数2,000人を超える。そして、その中央に黒い棺を浮かべるフレイアの姿もあった。
『転移だって? そんな馬鹿なっ』
キュエルが驚くのも無理はない。かの魔法は他の魔法のいずれよりも優先度が高く、発動してしまえば何人も逃れられないはずである。ゆえに彼らは発動の直前に転移した。ゆえに彼らが転移の間際までそこに居た彼は転移であっても間に合わないはずなのである。
『いえ、可能性を憂慮すべきでした。時空を遡ったのですね。』
(ですがあの方々のように【時空の精霊】の加護が働いたようにはみえなかった。まさか、自身で編み出したというのですか。)
「ほう、姉の方は驚かないようだな。
私はマナを介して絵空事のような兵器を開発して持ち帰り、祖国を蘇らせるのだ。そして、地球を支配した暁にはここを植民地とする。そのために何が必要か、そう、行き来の手段だよ。私はここまでそれを考え続けてきた。いや、自身を納得させるだけの理論を組み上げてきた。お前たちの教えてくれた情報は実に有意義であった。ワームホールという概念、転移魔法の実演。それこそ世界の、時空の渡り方を完成させる最後のピースだった。そこまで出来上がれば小規模な時空転移など容易いと言うものなのだよ。」
(まぁ、それは建前なのだがね。私の目的は研究だ。祖国を蘇らせるのは研究成果を認めさせる場をより私に優位にさせるため。この世界は祖国の植民地などにはしない。ここは私の研究フィールドとなるのだ。)
両腕を掲げて笑う男に顔を引き攣らせたキュエルは小声で姉に知恵を求める。
『僕らにはこの世界を飲み込むような大規模魔法は撃てないよ、どうする?』
だがそれは隣に転移していた男の耳に十分届いていた。
「もう次は無いと受け取っても良いのかね?
さて、どうして君たちが残っていると思うかね?」
『どういうことだ?』
『っ!? キュエル!』
ぎこちなく振り返るキュエルの意識が突如後方に飛ぶ。気づけば兄弟の立ち位置は入れ替わっていた。
「おやおや、勘のいい女だ。嫌いじゃないがモルモットとしては印象が良くないぞ。」
瘴気をまとった腕で羽交い絞めにされた姉の姿がキュエルの視界に映る。
『お前っ 姉さんを放せっ』
「ああ、そうしてほしいなら貴様も我がもとに来い。」
吼えるキュエルに落ち着き払って提案するディートゲルム。少女の喉を抑えるその手から溢れる瘴気は徐々に彼女を侵蝕し始めている。
『来ては駄目よ。この者は私たちを指標にするつもりです。』
掠れた声で警告する内容の受け取り方は全く別物だ。目的を見破られて驚嘆するディートゲルムと理解に及ばず困惑するキュエル。
「ほう。さすがだ。」
『どういうこと?』
「君たちのいうワームホールは終戦を迎えれば負の感情の減少に伴い収束してしまうだろう。ともすればワームホールを維持することは難しい。ならば今あるワームホールを固定してしまえばよい。固定には座標が必要だ。こちらに一つ、あちらに一つ。時空の概念はあちらにはある。だが、こちらにはなかった。だから、困っていたのだ。私を生贄にしたのでは元も子もないからな。それに私と波長の合うような者などそうは居ないのでね。ところがどうかね、君たち2人は、」
解説しながらキュエルに近づくディートゲルム。その瘴気に満ちた手がキュエルを捉える間合いに入る間際で姉の悲痛な叫びが響く。
『逃げなさいっ キュエル!』
「やれやれ、君は聡すぎる。まずは君を固めてしまおう。」
ディートゲルムは困り顔を浮かべるとその瘴気のすべてを彼女の首元に傾ける。暗紫の揺らめきが彼女を包み込んでいく。
『姉さんっ』
『キュエル、ごめんね、早く、逃げ、て、』
キュエルの悲痛な呼びかけにその口を小さく動かす少女の瞳からは光が失われかけていた。
『姉さんっ
誰か助けてよっ』
その場で泣き崩れるキュエルは絞り出すように助けを求める。彼に近づいてくる手は決して救いの手では無い。作業を一時的に止めて絶望するキュエルを捕まえようとするディートゲルムの手だ。キュエルは諦めの境地でその手を見つめる。やがて、その手が姉同様にキュエルの喉に触れようとしたとき、救いの声が届く。
『———ああ、そのために僕はここにいる。』
友人:って一言発しただけじゃん(#゜Д゜)=◯)`3゜)--*
非常口:投稿前に駄目出しされた(/ ゜ロ゜)/




