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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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観測室長の苦悩

「急ぎ、国王様にお伝えしたいことがあるのだ。そこをどけ!」


 槍を交差させて男の侵入を防ぐ騎士たちにその人物はしかりつけるように声を荒げる。


(大臣職では無いな。)


 兵士たちは頷き合う。


「申し訳ありません。現在、国命により大臣職未満の方の国儀メンバーへの謁見が一切許されていないのです。どうかお引き取り下さい。」


 ワシのような鳥の紋章を金で装飾した白銀の鎧に身を包んだ近衛騎士が落ち着いた声で告げる。


「そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのだ。せめて国王様にエレール様から書状を預かっていると伝えろ!」

(まったく、これだから若造は!)


 クレートの声が届いたのか重厚な扉が重たい摩擦音を響かせながら開く。それを開け放ったのは一人の女性だ。この扉は大の男騎士が8人がかりでようやく開くものだ。そんなことができるとしたらその正体は限られる。


「ラザール騎士、下がりなさい。」


 厳粛でありながら鈴の音のようなどこか心を打つ声とともに、悠然と現れたその人はひざ下までストレートの金髪を伸ばした20歳ほどの女性であった。彼女がドレスでも着ていれば、どこかの貴族の令嬢としてみえることは間違いないだろう。だが、彼女が身にまとうのは聖銀の下地に金とエメラルドの装飾があしらわれた甲冑であり、肩から広がる紅いマントは王国の紋章であるハヤブサを模した金の刺繍が中央に施されている。そして、腰には二本のレイピアが携帯されていた。


「はっ!フィルネール様。」


「これは、近衛騎士長。お耳に届いたかと思うが、どうにか国王様との謁見を願いたいのである。こちらがエレール様からの書状だ。」


 そう、彼女は国王直属の近衛騎士団の長たる人物である。その容姿ばかりが注目を浴びるが、剣の腕ではライトに魔王の近衛魔人と互角とまで言わしめたほどである。あの日からなお進化し続ける彼女は今やどれほどか。


「クレート殿、まずは書状の中身を確認させていただいてもよろしいか。」


 まずは名前を言い当てたことに内心で賛辞を送りつつ、謁見につながるように布石を打つ。


「もちろんだ。だが、私はエレール様から直接お言葉も預かっている。直に謁見してご報告差し上げたい。」


 エレールからの文面を吟味する近衛騎士長、フィルネール。さらりと髪が耳の高台から零れ落ちる。金のレースカーテンがかかる横顔は通りすがったもの全てを引き込むかのような魅力を持っており、まさにこの国の騎士たちの憧れを集約する存在であることを物語っていた。そのことは騎士団とりわけ近衛騎士団への入隊希望者の多さで証明される。一方で、近衛騎士団の訓練は地獄とも称され、その指揮者であり、騎士団随一の腕前からフィルネールは鬼将軍ともささやかれている。

 そんなわけで、怒りでも買えばその威圧に文人たるクレートが相対すれば耐えられるはずもない。正直、王の間を前に失態を晒してしまうのではないかと不安を彼は覚えていた。


 短くは無い静寂が場を支配する。


(まったく、ストレスでハゲそうだ。これが終わったら長い休みを取ろう。)


 近衛騎士の一人がフィルネールに呼び立てられる。耳元で囁かれた女性騎士は頬を赤く染めながら大きく頷くと一礼して飛び出していく。その様子を見送ったフィルネールがクレートに近寄る。


「ふむ。これは直ちに王にお知らせすべき案件ですね。クレート殿、こちらへついてきていただけますか。」


 案内されたのは謁見の間でなく、議場でもなく、王様の私室であった。


(王様の私室だと。私室には王族以外は何人も入れないはずなのに。どういうことだ。)


 不安げにフィルネールを見ると何事もないかのように部屋の方向へ手を差し出す。


(入りなさいということか。)


 重厚な扉の前に立つと、フィルネールがハヤブサの顔を模した像が咥える呼び鈴を鳴らす。


「入るが良い。」


 国王の声が響いた。


「はっ。クレート、入室いたします。」


 以前聞いた国王の声に比べて力なく聞こえた気がしたが扉が厚いのかと気を取り直して引き手を取って開ける。


「そなたは確か観測室長であったな。何かあったのか。」


 ベットの上でクレートを出迎えた国王の顔は大変やつれていた。それこそ病気を疑わせるほどだ。それでも起き上がることはできているようだった。


「国王様、お体の調子がよろしくないのでは?」


 近くに来るように手招きされたクレートはベットの傍に近づく。傍らのテーブルには沈静効果のあるハーブティーが用意されていた。


「何、少々気を揉むことが多くてのう。して、用件はなんだ? ここに来たということはエレール様がらみか?」


 そう言った国王は眉間のしわをつまむような仕種をした。その顔には悩み事をこれ以上増やさないでほしいという言葉が書かれているようだった。どうやら今回のことはすでに承知しているようだった。


(国王はすでにご存知ということか。まぁ、個人に持たせておくには危険な代物だからな。エレール様が直接話されたのか? それならばなぜ私はここに呼ばれたのだ? あの手紙には何が書かれていたのだ?)

「はっ。エレール様からお手紙とお言葉を預かって参りました。」


「おお、ついに来たか。果たしてどのように転ぶか。」


 国王が足をクレートに向けて話を聞く体勢を整える。そこにフィルネールが近寄ると恭しく手紙を差し出す。


「手紙はこちらです。なお、現在ライト様の縁者がみえているようでして、その方を中心に精霊の顕現が本日だけで2件も起こっています。これに対してエレール様から接収をあきらめるよう承りました。それにしてもエレール様はお綺麗でした。フィルネール殿も人の身とは思えませんが、それでもあの方は別格ですな。」


 国王が手紙を受け取ったのを確認してクレートは一応のために前置きをおいて話し始める。


「ほう。精霊の顕現が二回もか。それは良い話だな。それにしてもエレール様が綺麗か。ご本人がおればさぞ喜んだ言葉だろうな。」


(ん? どういうことだ。この件はご存知だったのではないのか。)


 国王は手紙を読み始めると徐々に焦燥の顔を作り始めた。これはひょっとすると貧乏くじを引いたのではないかと不安となる。長い沈黙の後、王様は静かに口を開く。


「クレートよ。その者から強制接収はしておらぬのだろうな。きちんと確認はしたのか。」


「はい。大丈夫であります。」


 先ほどクレートは風の伝達魔法によりレーテルから間に合った旨の報告を受けていた。


「ひとまずは安心か。おぬしはこの手紙を読んだか?」


 国王はあからさまな安堵のため息をついた。


「いえ、国王様宛ですので無断で開くわけにはいきませんでした。」


「そうか。では、読むが良い。」


 国王はフィルネールに手紙を渡すとハーブティーに口を付ける。フィルネールがどこか嬉しそうにクレートに手紙を差し出す。受け取ったクレートは折りたたまれた書状を抜き出して広げる。


「えっ? あ、はい。失礼いたします。」


 そこにはこの国の将来の行く末を決めうる事柄が記されていた。


『国王よ、私はこの国を去り、世界樹に帰ることを決めました。このことが【深き森人】たちから世界に広まり、あるいは間者たちに気づかれれば、英雄の喪失という話は瞬く間に広がるでしょう。それこそ噂一つでも立ち上がれば終わりです。この国は戦火にあえぐことになるでしょう。

 ですが、それはその存在に変わる者がいなかった場合です。

 ライトの不在は私の死を整理するため旅に出たことにして隠す方が賢明でしょう。その間にライトの後継者たる存在を育てるのです。たとえば、フィルネールはその最たる候補でしょう。彼女が更なる力を手にすれば、さらに時間を稼げましょう。そうしている間に国全体の戦力を高めていくのです。

 私たちの縁者が彼女を強くする一助になることを期待しています。

 それと、トーヤはライト同様気ままな渡り鳥です。偶然立ち寄ったこの地が彼にとって安息の地でなければ、拠り所にせず去っていくことでしょう。私たちと違ってこの国を心から愛してもらえるようにするにはどうすれば良いかお考えいただいた方が良いですよ。

 ただ、私の見解では、ライトより人目に立つのは嫌うような子ですからご注意くださいね。

 それと、私たちの家は大切にしてください。英雄たち(わたりどり)思い出の地(よりどころ)なのですから。』


「クレート・デクルニス。お前に特命を授ける。トーヤなる人物を陰ながら助力し、もってあまり目立たせることなく不自由すること無いようように手配せよ。これはこの国の行く末のかかった大仕事である。そなたの手腕が試されておる。おぬしには王命証を貸し与える。何としてもこの国に愛着を持ってもらうのだ。」


 そこには憔悴しきった王の顔ではなく、この国の行く末と言う重責を他人に丸投げして苦悩から解放された初老の顔があった。そして、対面するクレートの顔にはこの話のある前の王の顔ににじんでいた苦悶の表情が浮かんでいた。

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