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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
223/325

世界樹への挑戦2

 攻めのフレイアと守りのアルピネルが互いの力を突き合わせる中、もう一つの戦いが始まりを告げていた。

 時はアルピネルと別れて間もなく、自らを癒そうと大地・大気から世界樹が吸い尽すマナの青白い光によって浮き立たされた幹が黒い影に見えた高台を超え、世界樹まで30mほどに迫った時のことだった。世界樹の圧倒的な存在感を以てしても隠しきれない存在が幹を挟んで対照的な格好でもたれかかりながらたたずんでいる。幹に左手を乗せて右手を腰に当てて立つ者、背中を幹に預けて体育座りに体を丸める者、2人は同時に当夜たちに顔を向ける。暗闇の中だというのにツァボライトグリーンの輝きが3つ煌めく。そのいずれにも明確な敵意が宿っていた。


「何者か!」


「レムネット・アメレス。」

「———レジュナム・アメス。」


 ライナーの呼びかけに両者は敵意に満ちた瞳を閉じ、そっとそれでいて涼やかな声でその名を返す。立っていた側のレムネットと名乗った女が体を向けると右手のひらを空に向ける。大地が淡く白い光を放ち始める。当夜の【暴食】と世界樹の治癒によってマナを完全に失ったはずの空間でいとも容易く魔法を紡いだレムネットの姿が浮かび上がる。黄金色の前髪を掻き上げたことで露わになった左目を覆う眼帯が朱色に輝いている。フレイアすら消耗を免れなかった当夜の魔法の中心地に居ながらにしてその体にはいっさいの傷が見当たらない。


「どうやら予想通り【世界樹の目】は健在みたいね。フレイアよりもピンピンしてるじゃない。」


「そのようなことはありません。ひどく傷つきました。」


「———ただ、お母様が癒してくれた。」


 ライラの言葉にレムネットが首を強く横に振り、レジュナムは杖を支点にようやく立ち上がる。


「そのようだな。どうする? やはり戦うのか?」


 ライナーが背中の剣の柄に手を伸ばす。


「いえ、こちらはお母様の元に異世界人を招きいれるよう命令を受けていますのでそちらから出向くつもりであるなら止めることはありません。ですが、玄関はそちらの枝ではありませんよ。」


 レムネットがどこから取り出したのか長いキセルを一本の枝に向けている。その枝こそ当夜たちが目指す先であった。皆が目を奪われる中、レムネットは口角をつり上げてキセルの示す先をそれぞれの視界の中で幹に動かす。


「悪いけど君たちのお母さんに会うのはアリスを取り戻してからにさせてもらうよ。」


 当夜が両脇の剣の柄に両手を添える。当夜にあわせるようにそれぞれが各自の武具を取り出せる準備をする。


「———それは無理。」


 警戒心の薄まるような緊張感の無い声が響く。声の主であるレジュナムは眠たげな半眼をどうにか開き、右肩から胸に向けて流していた金のロングヘアーを後ろに逃がす。その姿に見覚えのあるライラが目を細める。


「やっぱり貴女はあの時の女術師、確かセレスとか呼ばれていたような気がするけど? それにその髪、あの時は青白かったはずよね。」


「———正解。あの姿は仮のもの。貴女、思い出した。私の世界樹の杖を傷つけた強い人。」


 首を傾げて何かを思い出そうとする仕種をしたレジュナムが一つ手を打つと世界樹の杖を取り出してそこに刻まれた斬撃の後を見せる。それを見たライラが小さく笑うと包丁を引き抜いて構える。


「あら、ありがとう。でも、貴女も大概よ。」


「———どうも。」


「レジュナム、そのくらいにしておきなさい。どうやらこちらの提案には乗っていただけなさそうですので実力行使で片づけさせてもらいます。個人的な恨みはありませんが、これも命令ですので悪しからず。」


「———そういうこと。」


 レムネットが自身の背丈を優に超える長槍を片手に持ちながら頭上で軽々と回し、対を成すレジュナムは小さく溜息をつきながら杖を胸に抱きながらゆっくりと当夜たちに向かって歩みを進める。後者は心なしか面倒そうに雑な動きであったが。


「トーヤ。お前たちは予定通りに行け。」


「そうよ。アリスをちゃんと取り戻していらっしゃい。」


「はい! 行こう、みんな!」


 大斧を背中から下したワゾルが一歩大きく前に出る。その姿はあまりに大きく頑丈な城壁のようで味方にして大いに頼もしさを感じられる。


「おお。」

「「はい。」」

「了解や。」


 世界樹に向けて駆けだす当夜たちと見送る【世界樹の目】の2人、その2人が彼らに手を出さないかといつでも飛びかかれる準備をするライラとワゾル。三者は更なる変化を見せることなく時を過ごす。やがて、離れ行く者と残る者たちの間合いが完全に隔たれた時にライラが唇だけを動かす。


「ずいぶん簡単に見逃してくれたけどどういうことかしら?」


「お母様からのご指示ですから。私たちは貴方がた2人を止めることが本来の任務としていただいております。あの女の命令は途中で途絶えましたので無効と判断されました。優先されるのはお母様の命令のみです。」


「それは幸運ね。それにしても私たちを抑える理由は何かしらね~?」


「———秘密。ただ、大きな理由の一つは強いから。」


 手の中で包丁を器用に転がすライラの挑発にレジュナムは似たように杖をバトンの如く回しながら受け流す。


「ライラ、アルピネルが待っている。急ぎケリをつけるぞ。」


 これ以上の問答は無意味とばかりにワゾルが再び距離を詰める一歩を踏み出す。


「そうね。私はこっちの眠そうなお姉さんをやるわ。貴方はそっちの眼帯ちゃんをお願い。色目にやられないでよ。」


「最後の一言が余計だ。お前も無理はするなよ。」


「ええ。」


 ライラとワゾルのやり取りを聞いていたレムネットの口角が僅かに上がる。


(ふふ。どうやら分かれて戦うようですね。こちらとしては不本意なのですが。レジュナムと私との相性は最高でしたのに。向こうもそうだと、)

「なっ!?」


 突撃してきたワゾルの腕の振り間を射抜くようにライラのフォークとナイフがすり抜けてレムネットの目に向かう。レムネットが迫るフォークとナイフを槍で器用に撃ち落として視線を前方に戻すと大地を裂きながらワゾルの斬撃が彼女の振り払った槍の間合いを超えて迫っていた。


(先の投擲は私の武器を引きだすための囮。こうも腕を横に動かされた状態では、)


 どうにか体を捻ることで直撃こそ避けられはするものの片腕を失うことを覚悟したレムネットはレジュナムに体勢の乱れたワゾルを攻撃するように目線を送った。だが、その先に彼女は居ない。すでにそのことを見越して動いていたのだろうとレムネットは安心した。だが、レムネットの下方から飛び出たのはレジュナムの杖、一歩相方より引いていた彼女は相手の連携を予測できたのだった。轟音と爆風に2人が包まれる。

 落ち着い始めた土煙の中から現れた2人は一切の損傷も被っていない。それを成した薄紅色の魔法障壁がそのすべてを受け止めたせいか大きくひび割れている。


「へぇ~。やるじゃない。」


 ライラが賞賛の拍手を送り、ワゾルが振り上げた大斧を元の位置に戻す。


「レムネット。油断良くない。」


「ありがとうございます。レジュナム。助かりましたわ。」


「本気出して。でないと負ける。」


「そうですね。相手にも失礼ですものね。

 お2人を最高のお相手と認めて本気を出させていただきます。」


 そう言うとレムネットは瞼を閉じ、眼帯に手をかける。瞑っていた両の目が開かれる。その隠されていた瞳には見覚えがあった。アンアメスと似通った紫円に幾重にも刻まれた銀輪、そのものだった。


「...【紫銀の魔眼】。」


 ライラが目を細める。


「あら、ご存知なのですね。」


「彼女以外にも発現していたとはな。」


 アンアメスの言葉を借りればある人物が世界樹に施した悪戯とのことで彼女が持つその目ももう一つの目も本来ならば他の者たちが受け取るべきものだったそうだ。


「彼女? ああ、裏切り者のフィルネットお姉さまですか。」


「裏切り、ねぇ。」


 ライラの頭に浮かんだ人物とレムネットが挙げた人物は他者が耳にすればかみ合わないものだったのだが、両者が思い浮かべた人物は同一人物である。


「レムネット、長期戦は避けたい。」


「わかっています。今度はこちらからです。」


 言うが早いか、レムネットは長キセルを大きく吸うと乳白色の煙を吹き出す。その程度の量であれば大気中に霧散するはずの煙はその見通しの悪さを失うこと無く一方的な広がりを見せる。


「ライラ!」


 ワゾルの呼びかけと同時に乱した空気の流れで自身の位置を隠すかのように何度となく移動を繰り返した2人はようやく動きを止めると背と背を合わせる形で集合した。


「この霧、それに相手の作戦って一体? 何にしても一度、」


 ライラは一旦距離を取って次なる手を打つ散弾を付けようと小声でワゾルに囁こうとした。その時、遠くからレジュナムの小さな声が届く。


「【凍結の雨】よ、降り注げ!」


(おかしい。これだけの霧であんな小さな声が広がらずに届くなんて。まさか幻覚!?)


 ライラが至った推測はレムネットらの目線から見ていた光景と合致していた。確かにレムネットの放った煙は2人を一瞬ではあるが包んだ。それでもその煙は一瞬で空気に薄れて行った。レムネットたちからは無意味に警戒したライラたちが無駄に俊敏な動きで駆けまわり、距離を取って周囲を見渡している姿が映っていた。そう、幻覚こそがレムネットの【紫銀の魔眼】の能力であって、今回は消えない煙幕を2人に見せていたのである。ライラがワゾルにそのことを伝えようとしたときだった。一粒の水滴がライラの手の甲に落ちる。


ジュゥウウ


「雨? っう!? これ、雨じゃない。」

「うおぉおおおぉぉぉ!」


 肉が焼ける音と共に強烈な痛みがライラを襲う。反射的に体を盾にしたワゾルが大斧を高速で回して衝撃波の盾を作り出す。無論、すべての水滴を防ぎきることなど出来ずにワゾルの体を痛めつける。2人を襲ったその水滴の正体は大気中に溢れる窒素が魔法によって温度を下げられて液体となったものだった。どうにか魔法が止むまで奇蹟的に斧を回し続けたワゾルの手は動きを止めると同時に斧の重みに耐えきれず大きくきしむ音を立てて砕けた。

 幻覚を盾にいつの間にかワゾルたちに近づいていたレムネットは長槍をワゾルの無防備な背中をめがけて振り下ろす。


「これで一人終わりです。」


「やらせない!」


 ライラがワゾルの陰から這い出るとナイフを投げつける。長槍はナイフに圧されてワゾルの肩をかすめるにとどまる。攻撃が外れたにも関わらずレムネットが小さく笑う。


「誰が男の方だと言いました?」


「ライラ! 後ろだ!」


 手が崩れ散ったために支えとならない右腕を大地に突き差して体を起こしたワゾルはかつてないほど声を張り上げる。その声は先行する当夜にすら届くほどだった。


「え?」


「———さよなら。【氷葬】。」


 ライラの背に触れる手。振り返ったライラの目に映った光景はレジュナムの微笑、そして冷たく閉ざされていく視界。ライラの意識は闇に消えた。


 氷の柱に閉ざされた最愛の妻を前に四つん這いで俯くワゾルの姿はこれから処刑される敗者を思わせるに十分なものだった。


「貴方もすぐに送って差し上げます。」


 レムネットが振り上げた長槍を振るう。大男の首が重く鈍い音を立てて転がる。

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