王国を覆う不安
ワシはクラレスレシアの国王、レゼルダス・リウス・クラレシアである。ワシも長いもので在位50周年という節目を迎えた。
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クラレスレシアは、首都クラレスを中心に15の村からなる小国である。クラレスから馬を飛ばせば3日で全ての村に伝令を飛ばすことすらできる。ただし、精霊や魔法が存在するこの世界では馬と言うものは補佐的なものだ。また、水が豊富である。例を挙げるならクラレスでは迷いの森から流れる川が街の西側、歓楽街と飲食街を貫いている。また、地下水が吹き上げる泉が各家に一般に普及しているほどだ。豊富な水に加えて温暖な気候であるため農業や林業が盛んである。その結果、他国に比べて非常に裕福な土地であるため食料の輸出が盛んである。さらに、戦費に力を注がず、殖産興業やインフラ整備に力を注いだため織物や工芸品の生産の発展につながった。
しかし、それは戦力拡大に走る他国からみれば、是が非でも手に入れたい魅力として映ってしまった。結果、外交のみならず武力による侵略を受けるにつながった。
隣国にして強大な国力を有し、世界の覇権を狙うグエンダール帝国である。国土の3割に侵攻を許し、それぞれの村はもちろんクラレスでも籠城がそう長く続かないであろうことは誰の眼にも明らかであった。しかし、この危機は二度の転機によって免れた。
一つは北の大陸における魔王の出現であった。クラレスレシア暦715年。魔王は、自らの強大な力はもちろん数多くの魔人や魔獣からなる魔の軍団を率い、北の大陸を覆いつくすと海を超えてアルテフィナ法国に侵略を始めた。これを重く受け止めた精霊信仰の宗主国アルテフィナ法国は、人族・エルフ・ドワーフらの種別や国家の区別に関わらず団結して魔軍に立ち向かうことを宣言した。当初、帝国の恐怖に追われる国々はより身近な恐怖にこそ怯え、この宣言に従う国はわずかであった。それでも拡大する戦域と魔王軍の強さと神殿での精霊の加護を受けられなくなることに脅威を覚えた各国はアルテフィナ法国の意向に従わざるを得なくなっていく。さらに帝国が停戦の宣言をしたのだ。これにより各国は国家間の侵略行為を中断し、魔王討伐のための連合軍を結成するという協力体制をとることとなった。しかしながら、精霊の加護を受けた連合国の総力は魔軍になんとか食らいつく域まで到達したものの、魔王個人の力に圧倒されてしまう。数の力では覆しようの無いものだった。魔王が戦線に出てきてからは虐殺の一途であった。
そこへ突如現れたのがライト・オーシャンらのパーティであった。彼らの存在こそがクラレスレシアにとって二つ目の転機であった。彼らは仲間の一人に犠牲者を出したものの、誰もが絶望に囚われていた悪夢を覆したのである。その後、彼らは当初から支援していたクラレスレシアの領土に定住した。おかげで魔王すらを打ち滅ぼす強力な戦力がクラレスレシアに転がり込んできたのである。
そう、現在の繁栄と安寧は先代たちの努力と伝説に謳われた英雄たちによる功績が大きい。
ここまでが暦1112年、つまりは397年前である。
この他国の介入を許さない戦力を永久不滅たるものしているのがライト・オーシャンの存在である。彼は、『渡り鳥の拠り所』のメンバーが次々天命を全うする中、この世界で最も長寿とされるエルダーエルフさえも驚くほど衰え知らずなのだから。
そして、クラレスレシアは終わりの無いかのような恩恵に甘え続けることとなる。
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ところが、そんな彼らの存在に揺らぎが生じた。それはワシの在位50周年の祝賀式に二人を招待しようと使者を送ってから数鐘のことである。祝賀祭典を司るザルス大臣が顔面蒼白で駆け込んできたことから始まる。
「国王様っ! 一大事でございます!」
ザルスは近衛兵を引きずるように部屋に乗り込んできた。文官の彼が武を極めた兵士の精鋭中の精鋭たちを力技で引きずる様はある意味恐怖だった。他の近衛兵たちも驚きのあまり呆けている。ただ一人その長たるこの国の英雄候補が武器を構える。
ワシは思った。このままではザルスが報告も無いまま殺される、と。彼の目を見るに理性は失っていないようだ。双方を落ち着かせるためにもワシが声をかけねば。
「どうした。ザルスよ、落ち着いて話すがよい。一体何があったのだ。」
可能な限りの威厳ある声で問うた。
「ラ、ライト様とエレール様に出した使者からの伝言でございます。」
その言葉で理解した。ザルスは有能であるがまだ若い男のだから仕方ない。ここまでそつなく事を成してきた彼のことだ。ワシの記念行事に大事な来賓を招くことに失敗したと思い込んでいるのだろう。基本的に二人は国事に出席することは無いのだ。
「あぁ。なんだ、お二人に出席を辞退されたとでもいうのか。まぁ、彼らは人前を嫌うからのう。そうなったなら致し方あるまい。別段、そのように騒ぐことでもあるまい。」
(他国であれば是が非でもご出席をいただきたいと思うだろうが、彼らはこの国に定住してくださっている。そこのところを踏まえて好きにしていただくことこそが大事なのだ。)
これは我が王家に伝わる決まり事なのだ。当時の国王は彼らからのこの国への滞在条件として王国の行事には参加しないというお願いを出された。その時の王はそれを是として応えたというものだ。正直、ワシも国事の形式だったものは好きでは無い。ゆえにわかるのだが、個人的に彼らとは友人のようになりたいとも思っているゆえに複雑な気分だ。
「いえ、そのような些細なことではありません。この国のあり方が変わります。」
ザルスはワシが父親から聞かされた昔話を回想している間に息を整えてはいたものの相変わらず顔色が優れない。
「ほう? どういうことだ?」
彼らに振り回された臣下たちを良く知っている。だいたい原因はライト様にあるのだが。
「王様! お気を確かにお聴きください。ライト様が行方不明となりました。」
ああ、行方不明か、大したことではあるまい。あの方なら無事だ。そのような感想がいつもどおり浮かんだ。そうだ。ライト様を倒すような化け物がいるとすれば世界は一瞬で崩壊する。そんな化け物などいるはずがない、と思うのだが世界とは広いものだ。【武の精霊】の調べでは彼を上回る存在が居るというのだ。とは言え、彼に言わせればお互いに戦い合う関係では無いということであった。
「ふん。そのようなこと以前もあったではないか。確か3年前は旅に出ていたということで収まったではないか。」
ワシは3年前の祭典を思い出していた。あの時も新任の大臣が泡を喰っておった。確か、あの時は北の大陸にあるという【封印の地】を確認する旅だったか。まぁ、数年に一度は長いこと旅に出ることが彼らにはあった。
「それが...。この度はエレール様に二度と戻れなくなるという言葉を残してその場から消失してしまわれたとか。その後エレール様があらゆる手段で連絡を取ろうとしても一切連絡が取れないと。その上、エレール様も一段と老いが進んでしまわれ、ご本人様曰くはもう長くないと。」
消失。寿命。エレール様は決して誇張などしない。それはこの国の護りが崩れることを意味している。エレール様の天命はともかくライト様の消失などまったく予期していなかった。あったとしてもそれはワシの代では無いことは確かなはずだった。
「そ、それはまことなのか? だとしたら...
ザルスっ! 急ぎ大臣を集めろ! 議題は伏せた上でだ。欠席しよう者がおれば首根っこを掴んでも連れて来い!」
「はっ!」
その後、緊急で開かれた国議の場は紛糾した。焦点の一つである事実の公開・非公開は言うに及ばず、この国の在り方として帝国への隷属を選ぶか徹底抗戦を選ぶかまで発展し、三日三晩議論が続いた。しかし、この国を平和に存続させる手段は英雄たちの存在以外に浮かばず、ワシはもちろん大臣たちの疲労はピークに達し、答えの無いままに一度国議を閉会することになった。この件は当然ながら国家秘密として伏せられた上で。
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三度の夜を会議で費やしたその夜、ワシは秘密裏にエレール様に助言を求めに街に繰り出した。普通、国王自らが国内の人物に会いに出向くことなどあり得ない。国王が最大権力者である以上、たとえそれが英雄であっても使者を立てて来場願うか意見を請うものである。だが、今はそれどころではないのだ。【渡り鳥の拠り所】の門を開き、玄関の戸を叩こうとするとワシの来訪を知っていたかのように勝手に開く。そこには久しく姿を見ていなかった老婆の姿があった。
「久しいのう、小僧。」
相も変わらずこの方はワシを王と呼ぶことは無い。いつも小僧呼ばわりだ。確かに年齢の差はそれ以上に開いているがいい加減認めてほしいものだ。
「こちらこそ、久しく尋ねず失礼しております。」
王として威厳を保つためにも、認めてもらうためにもつい形式だった態度をとってしまう。エレールの寂し気な顔が目に留まる。
(ライトは看取るのがつらくなるって言っていたけど私はそうじゃないと思う。この人たちとももっと親しくなって良いと思う。彼の先祖たちのように。私も看取られる側に回ったからかしらね。)
「老いたワシをからかうほどの余裕もないか。用件はわかっておる。我ら不在によるこの国の在り方について聞きに来たのであろう。だが、ワシはライトのいないこの世界に何の未練もない。」
「そのようなことをおっしゃらないでください。この国は皆さまにとっても思い出の地になっていたのではないのですか。」
そっけない態度で返された言葉であったがワシは引き下がるわけにはいかない。与えたことも無い思い出にすがる。過去の先人たちがどれほど彼らを大切にしていたのか知らなかったが、そこにしか頼れるものは無かった。
(この街を愛しているけどここで甘えさせるわけにもいかない。これが私の役目。ライトはいずれこの世界を去ることはわかっていたもの。それでも今の私に残せるものなど多くはない。)
「人がいなくなれば、そこに残るのは物だけじゃよ。思い出は物として残るが、護りたいという意思までは残せんよ。」
「ですが、このクラレスレシアに住まう者たちには皆様との絆や思い出は残っています。その思いが踏みにじられるのはあってはならないことです。かといって従順に大国に隷属すれば搾取されるだけの地域になり果てます。」
一見冷徹にも思えるその言葉であるが護りたいという意思があることは理解できた。もうひと押しする。0と1では大きな違いである。
「わかっておる。ワシたちとてこの街で引き籠っていただけではない。住民たちとも付き合いもある。好いている連中も多い。とはいえ、その者たちにはすでに話を通しておる。今頃移住もしておろうし、残ることを希望するものを咎めるつもりもないしのう。まぁ、王からの直接のお願いじゃ。一応知恵を絞るが期待はしないことじゃ。」
その日、ワシは何一つ助言を得られず帰ることとなった。それでも辛うじて検討を得ることを約束してもらった。過去の思い出にすがって。自身としては彼らの意向を最大限に尊重していたつもりでいたのだが、エレール様のこの国への思い入れの低さにどこか選択を違えていたのであろうと反省するよりほかなかった。それは彼女の物寂し気な雰囲気が十分に醸し出していた。ワシらは知らず知らずのうちに彼らを遠ざけていたのかもしれない。
時は流れ、王宮に陰鬱な雰囲気が漂う中、観測室長がエレール様の手紙を持って駆け込んできたのだった。




