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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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世界樹への道 トワージ その4

 木陰ではリンドウと矢車草を掛け合わせたような淡い青紫色の美しい花が咲き、コケモモを大きくしたようなチェリーレッドの木の実が鈴なりに実っている。木漏れ日が若木を明るく照らしてペリドットのような若々しい黄緑を映えさせる。そんな草花や木々を横目に2人組がゆっくりと歩いている。女性が男性の手を引く形で立ち止まり、声をかけることで2人の足取りが止まる。


「ここです。【深き森人】のディーハ氏が経営されているそうです。私が来た時には不在でしたが、今日はどうでしょう。」


 フィルネールに連れられて当夜がたどり着いた先は例によって巨木の前である。ただし、今までの木と異なり、二又に大きく分かれていた。


「ふ~ん。とりあえずノックして、うわっ、」


 当夜がノックしようと手を幹に当てた瞬間、勢いそのままに吸い込まれるように腕が木の中に消える。支えを裏切られた当夜の体も前傾姿勢で続いていく。どうにか踏みとどまったはいいが、すでに上半身は木に突っ込んだ形となる。


(アンアメスさんの言っていた全機能って鍵も全部開けてくれているってことなんじゃ。まさかね。)

「まさか入れちゃうなんて。今日は店員さんがいるのかな。」


 中はお店と言うよりは普通の家と言った方がしっくりくる内装だった。例によって敷き詰められた羽毛はアンアメスの家に敷かれた物に比べて固くゴアゴアした印象である。そんな床の至る所に木の壁と一体化した戸棚がいくつも並び、数多くの書物が並んでいる。そして、テーブルとロッキングチェアーが一式中央に位置していた。テーブルの上には無造作に置かれた絵本が一冊、少女が赤い実を拾い集める姿が画かれたページを開いた状態で置かれている。そこまで把握したところで背後から心配そうなフィルネールの声がかかる。


「大丈夫ですか、トーヤ?」


「あ、うん。

 そうだ。すみませ~ん。どなたかいませんか?」


 当夜は我に返ると声を張り上げて家主を呼ぶ。


「...おにーちゃん達、だぁれ?」


 当夜の声に応じて出てきた人物は到底この家の持ち主と断ずることができないような幼い少女であった。オドオドと奥の部屋から現れた彼女は白いワンピースの裾を握りしめて当夜たちの踏み入れた部屋の端で対角線上に位置取り、突然の来訪者に怯えながら観察している。金色のショートヘアでは隠しきれない長い耳はエルフであることを如実に表していた。バナジウムベリルを連想させるような青緑色の透き通った瞳が当夜に期待と不安が入り混じった困惑の色を浮かべている。よく見れば目は充血し、目じりには涙が流れた跡がくっきりと残っている。声も鼻声である。これだけの条件が揃えば彼女が泣いていたことは明白である。当夜はそれ以上怯えさせないように腰を落として優しく語り掛けるように声を出す。


「やぁ、こんにちは。僕は当夜、買い物に来たんだけど、お父さんかお母さんはいるかい?」


「...おとーさん、...おかーさん、うわぁぁあああ!」


 当夜の言葉に少女は劇的に反応を示した。それも悪い方に。両親を探すように視線を漂わせたかと思うとその場に崩れるようにしゃがみ込み、全身を震わせて大きな声を上げて泣き出す。


「なっ!?」


「怖いことがあったのですね。大丈夫。お姉さんがここに居ますから、ね。」


 当夜が驚きに一歩後退する中、フィルネールは鎧をほどくと少女に緩やかにそれでいて速やかに近づいてそっと前から抱きしめる。ほほ笑むフィルネールと目の合った少女の体の震えが徐々に治まる。


「...う、うん。」


「ほら、これを食べて。美味しいですから。」


 泣きじゃくる少女の呼吸が落ち着くとフィルネールはアイテムボックスから一つのケーキを取り出す。それはずいぶん昔に当夜が彼女らに振舞ったものだ。フィルネールは当夜からの贈り物が消えてしまうのが心苦しく、つい時間の流れが停滞する当夜のアイテムボックスに保管していたのだった。ある意味ではフィルネールに取ってお菓子の価値以上に付加価値のついたそれを他人に与えるという行動は心の葛藤があるものだったことは間違いないが、それでも目の前の少女に譲る選択をとった。


「わぁ、あっ、あっま~い。」


 恐る恐る小さな欠片を口に運んだ少女はその甘味に誘われるがままに次々と大きな塊を口に頬り込んでいく。少女の笑顔で暗かった部屋が華やぐ。


「そうでしょう。それは全部食べていいですから安心して。私はフィルネール、こう見えて騎士なのですよ。困ったことがあるなら教えてください。少しは役に立てるかもしれませんよ。」


 フィルネールが笑顔のまま少女の頭を撫でる。少女は指に付いたクリームを舐めとるとどこからともなく取り出した大きな葉でその手を拭く。フィルネールの騎士という言葉に反応した少女は目を輝かせて彼女の胸に飛びつく。一瞬の出来事にも関わらずまるで待っていたかのように自然に抱き留めるフィルネールは少女の額に自らの頬を当てる。


「おねーさん、騎士様なの? すごいんだぁ。...だったら、」


 少女は当夜に一度目線を向けるとぷいっとそっぽうを向き、背伸びしてフィルネールの耳にささやきかける。蚊帳の外に追い出されたような錯覚を覚えた当夜は思わず苦笑いを浮かべるが、それでも少女の見せた無邪気さは決して悪い気分にさせるものではなかった。


(ドワーフの国でもそうだったけどフィルって子供の扱いがうまいよなぁ。さて、どんな話が飛び出すのやら。)


「...そうだったのですか。ハルちゃんはずいぶん悲しい想いをしたのですね。でも、私一人では助けてあげるのは難しいです。強い人の助けが必要です。」


「「え゛?」」


 真剣な表情で少女の話を聞いていたフィルネールが当夜に顔を向けると小さくほほ笑んでウインクする。少女、ハルと当夜が同時に声を上げる。似たような声を上げた当夜にハルの視線が向かう。その目には不安と期待が混濁している。


「大丈夫ですよ。あのお兄さん、トーヤはいろいろな不思議な魔道具も持っているすごい人なのですよ。先ほどのお菓子もトーヤが持ってきたものなのです。それにトーヤは私の未来の旦那様ですから。」


「ぶっ!?」


 当夜がフィルネールの思わぬ不意打ちに吹き出す。少女がその様子に首を傾げながらもどこか雰囲気を和らなものに変えたのが当夜にも伝わってきた。


「そーなんだ。何か意外。

 じゃあ、おねーさんを信じておにーちゃんにもお話する。

 3日日前のことなの。朝から天気が良くて、プラハの実の収穫も終わって、世界樹さまのお掃除が終わってお家に戻ってきたの。本当にいつも通りだったの。なのに、その日の夜は違ったの。いつものようにおかーさんがお本を読んでいてくれたのに、いきなりおかーさんが苦しみ出して、どうしたのって聞いても答えてくれなくて。おとーさんを呼びに行ったらおとーさんも苦しんでいて、おかーさんのところに戻ったら動かなくなってて。それから、それから、おとーさんとおかーさんが急に別の人になっちゃって、ハルのことも忘れちゃって、お外に出ていこうとするから止めようとしたら、ハ、ハルを振り払って、」


 ハルはその日の出来事を思い出しながら言葉にしていく。そのうちにつらかった記憶が思い起こされたのか涙が頬を伝い始める。必死に伝えようとする彼女であるが、幼さゆえかそれぞれの言葉には物語としてのつながりはなく、特に核心部は外部の者には到底何が起こっていたのかなど理解できなかっただろう。だが、当夜にはアリスネルの変わりようを見ていただけにおぼろげながら事態が把握できた。それでもより詳細を確かめようと少女の言葉を遮ろうとしたところでフィルネールがその指でトーヤの唇を抑える。その顔は至って笑顔でハルを捉え続けている。


「うん、うん。ハルちゃん、悲しかったよね。つらかったよね。」


 泣きじゃくっていたハルがフィルネールの声にあわせるかのように落ち着きを取り戻していく。


「それでもハル、追いかけたの。そしたら、世界樹さまに追い払われたの。毎日、毎日、虫取りも掃除もしてたのに!」


 せっかく落ち着いたハルであったが、過去を思い出して再び感情を高ぶらせる。


「そう。ハルちゃんは偉かったのにひどいね。」


 フィルネールが再びハルを抱き寄せる。


「わかんない、わかんないよぉ。ひょっとしたら、ハルが知らないうちに世界樹さまを傷つけたのかもしれないし。これは罰なのかも...。だったら、ハルに罰をくれればよかったのに...、」


 抱かれていたハルの腕に力が込められてフィルネールの乳白色の絹糸で織られた柔らかな服がよれる。縒り集まった服にハルが体液にあふれた顔を埋める。相当な高価な品であるにも関わらずフィルネールは少女の行動に顔をしかめることは無くただ優しく受け止めていた。


「そんなことは無いはずです。ハルちゃんの世界樹を想う気持ちは本物ですから。きっと伝わっています。きっと原因は別にあるはずです。お姉ちゃん達は丁度そのことを調べに来たのです。だから、安心して待っていてくださいね。」


「そ、そうなんだ! ありがとう、フィ、フィー...、」


 ハルの顔に満面の笑みが浮かぶ。自身の名を思い出そうと必死に頭を回転させる少女に小さく笑うとフィルネールはその手で少女の手を掬い上げる。


「フィルでいいですよ。」


「フィル...、ありがとう、フィルおねーさん。」


 小声で自らの心にその名を刻み込んだハルは、パッと顔を上げると朗らかな笑顔で礼を伝える。


「ハルちゃんは良い子ですね。また来ますからね。」


「うん! 待ってるよ。」


 フィルネールがハルの髪を撫でると、少女はくすぐったそうにそれでいて嬉しそうに快活な返事をする。

 フィルネールの目配せを受けて当夜が先に家を出ると程無くして彼女が神妙な面持ちで現れる。


「トーヤ、今の話しですが、」


「わかっているよ。アンアメスさんのいう通り世界樹が僕らの障害となっている証拠だろうね。結果として、世界樹の眷属である村人が操られたってところかな。アリスのお母さんが敵とか冗談きついよ。」


 当夜が左手で顎を擦りながら目線を右に泳がせて先んじて答える。


「そう、なのでしょうね。そして、ハルちゃんはご両親を奪われた。彼らがアリス救出の障害になることは間違いないでしょうね。アリスだけでなく彼女のご両親も救う。かなり困難が予想されますね。それにしてもどうしてハルちゃんが無事だったのかは説明がつきませんが。」


 フィルネールがハルの残るディーハの家を振り返る。


「そうだね。でも、もしもそう言う要素がハルちゃんにあるなら仲間のエル、【深き森人】も親みたいな世界樹も、もちろんアリスだって救えるんじゃないかな。」


「そうならばいいのですが...。だとしても情報が足りません。もう少し回ってみましょうか。」


 フィルネールが地図を開いて次なる目的地を指し示す。そこは今いるところから大して離れていない住宅地の傍であった。住宅地と言ったがもちろん家々が立ち並ぶ光景を思い描いてはならない。たどり着いた当夜が見た景色は地図上に記されていた数多くの世帯名を連想することができないものだった。なぜならばそこにはディーハの家のような二又の木と巨大な木が一本ずつ立つのみだったのだから。そう、二又の木が次の目的地であり、巨木の方はマンションのようなものだったのだ。


「何だか木が乱立でもしているのかと思っていたけどそう言うわけでもないんだね。」


「そうですね。こちらの木にあれだけの世帯が入られているということなのでしょう。さぁ、今回はこちらの鍛冶屋さんに用事がありますからそちらには入らないでくださいね。」


 少しつれない反応でフィルネールが二又の木に足を運ぼうとする。


「えっ? 何で?」


「何でといわれましても...。トーヤは迷子になりやすいですから。」


「...そんな理由かい。」


「いえ、下手に入るとどこの家族を訪れたのか外部からではわかりませんから。もちろん、手をつないでいてくれれば問題ありませんけど。」


 事務的な対応の理由を明かしたフィルネールが寂し気な手をパッと後ろに隠す。唇を尖らせてはいるが明らかに当夜を意識した視線をフィルネールは向けている。


「あっ、」

(そう言えばハルの家に入ってから解いたままだった。あー! そうだ。フィルがやたらと僕の手に目線を送っていたのはそういうことか。うわー、やっばいな。)


 ようやくその理由に気づいた当夜は慌ててフィルネールに駆け寄る。


「問題ありませんけど!」


 フィルネールがサッと一歩後退して当夜を寄り付かせない。フィルネールと当夜が数手同じ所作を繰り返す。


「アハハッ!」


 当夜が突然に笑い声を上げる。


「何がおかしいのですか?」


 フィルネールが怪訝そうに当夜を咎める。


「あ、いや、そう言うわけじゃないんだ。そういうフィルも面白いなって、ね。」


「...似合わない、ですよね。」


 一瞬毒気を抜かれて呆然としたフィルネールだったが、恥ずかしそうに俯く。時折上目遣いに当夜の様子を確認しては即座に目を伏せるという行動を繰り返す。そこには気丈な大人の女性と言う印象よりも恋に焦がれる乙女の姿があった。


「ううん。可愛かったよ。それと、ごめんね。気づけなくって。」


「ま、まぁ、トーヤは鈍いですから。次はちゃんと気づいてくださいね。女の子は容姿や行動もそうですけど小さな変化を気づいてもらえないと自身に感心が無いのではないかと心配になるものなのですよ。」


 言いたかったことを言えたフィルネールは少し晴れやかな顔つきで人差し指を立てながら教師のように講ずる。自身の行いを振り返った当夜は苦笑いを浮かべて及第点の返事で逃れる。


「はい、以後善処します。」

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