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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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世界樹への道 トワージ その3

「さて、さて。皆さん、皆さん。私の権限でこの森の全機能を使えるようにしてあります。準備のためにいろいろ立ち寄ってみてください。」


 アンアメスが手を叩いて注目を集めると楽しそうに声を上げる。


「そういえばアンアメスさんがいない時はどうやって木の、建物の中に入ればいいのですか?」


 少しテンション高めな村長に当夜が恐る恐る声をかける。ここで当夜には私がついて行きますよなどと言われたらたまったものでは無い。だが、当夜の不安は杞憂に終わる。


「ええ、ええ。そうですね、そうですね。これを皆さんにお渡ししておきましょう。」


「地図と、枝?」

「枝やな。」


「世界樹の枝です。まぁ、先代のですが。それを地図にある行きたい場所に立つ木に当てていただければ入れますよ。もちろん相手方が受け入れてくれればですが。」


 アンアメスが全員に手渡しで配ったものは羊皮紙でできたクラレスの地図とは異なる和紙に近い質感の紙でできた地図とやたらと重たい木の枝だった。


「受け入れてくれれば?」


「ええ、すでに先祖帰りした者を除いて世界樹側についていますので。村を回っていただければわかるでしょう。それもまた、私の望みなのです。世界樹がもたらす悲劇を知っていただければ幸いです。」


 先ほどまでの明るい雰囲気はなりを潜めて村の長の表情には影が落ちた。同時に寂しさに満ちた笑みを浮かべる。


「それって、」


 当夜が食い下がろうとすると2人の間にライナーが割って入る。


「どうやら何かがあったんだな。

 トーヤ、時間もあまり無いんだろう? さっさと行くぞ。行けばわかるさ。」


 当夜は開きかけた口をを閉じて頷く。その様子を確認したライナーは腰を引かせながら木の扉を跨ぐ。ライナーの体が木に埋まる形で当夜が閉じた口を再び開く。


「そうだね。ちょっとみんなは先に行っててもらっていいかな。僕はアンアメスさんから貰うものがあるから。先に準備を頼むね。特に、役立たず評価のライナーは入念にね。」


 当夜は壁に埋まるライナーを見てクスリと笑う。思い浮かべたことは外から見えるはずの間抜けな姿だ。本人もその理由を理解したのか不貞腐れ気味に当夜に振り返る。


「悪かったな、役立たずで。」


「ホンマ、ライナーは役立たずやからなぁ。」


 ライナーの低めの声にレムの明るく軽やかな声が重なる。


「言っておくが、お前もだぞ、レム。」


「ウ、ウチも!?」


 ライナーが視線をレムに移して口角を上げる。レムの顔に驚きが浮かぶ。当然のようにアンアメスの話を聞いていないレムであった。


「当たり前だ。とりあえずアイテムの確保だけでも役立つように頑張るぞ。いいな、レム?」


「なんや納得いかへんけど、しゃーないな。ウチ、可憐な女の子やから。」


 左半身が木の壁に埋まったライナーにレムが駆け寄るとポニーテールを肩に乗せて頬を乗せて可愛らしい笑顔を浮かべる。


「調子に乗るな! じゃ、先に行っているぞ。」


 少し顔を赤らめたライナーはその顔を隠すように正面を向いてレムの耳を引っ張りながら出ていく。壁を抜けるまでレムの抗議する声が響いていたがその声はどこか嬉しそうだった。


「ハハハッ。頼んだよ。」


「さぁ。さぁ。この私から貰いたいものだなんて何かしら? 内容によっては高くつくわよ。貴方の体で払ってもらっちゃおうかしら?」


 微笑ましい光景を見送った当夜にアンアメスがレムがしたように駆け寄る。そのまま彼女の手が当夜の肩回りを抱きしめる。それとともに長身の彼女の額が当夜の後頭部に乗る。彼女の体温や匂いがはっきりと伝わる。


「...道化。貴女が道化ですか?」


 普段なら慌てて飛び退くような出来事にも関わらず身動ぎもしない当夜が声を抑えめにしてためらいがちに問う。


「ドウケ、道化。どうして、どうしてそう思うのかしら?」


 当夜を抱くアンアメスの腕の力が一瞬緩む。それはほんのわずかな時間であって軽減した圧力も微々たるものだったが、あまりに密着していた2人の間には明確な変化として広がった。


「その言葉遣いです。それに空間も操ることができるみたいですし。」


 彼女の挙動に半ば確信めいたものを感じた当夜は先ほどよりも声を強めて指摘する。


「なるほど、なるほどね。そうね、正解よ。」


 今度は一切の動きの変化を見せること無くアンアメスが肯定する。だが、その声には彼女の持ち前の明るさは一切認められない。


(やっぱり。道化とのかかわり。テリスを失った直後の教会での出会い、図書館での不可思議な体験、赤神との闘い、それらすべてが重要なターニングポイントだった気がする。あれらはどういう意図がある誘導だったんだろうか。)

「やっぱり。なら、」


 意外なほどあっさり肯定されたことや彼女の声色の変化に大きく動揺しながらも当夜は逸る気持ちを抑えきれずにこれまでのことの意図を確認しようとするが、アンアメスは当夜の胸の前で組んでいた手をほどくと次なる疑問を問おうとする唇の上に指を重ねて制する。


「だけど、だけど、貴方の知っている道化のことを言っているのであれば不正解。」


 悪戯めいた声が当夜の頭上から響く。


「ん? えっと、どういうことですか?」


 当夜の顔に理解ができないという疑問符が浮かんでいる。


「ふふ、ふふふ。そこは貴方が考えて。でも、でも、ヒントはあげる。私が道化として活動していたのは貴方がこの世界に来る前のことよ。そこからは別の存在に変わってもらっているの。」


(僕がこの世界に来る前までは彼女が道化で、それ以降は別人。僕が会っているのはその別人の方。それって僕が来ることで影響を受けた人ってことだよね。だとしたら、(ライト)? いや、エレールさんって線も。)

「それって、」


「はい、はい。この話はお終い。貰いたいものってこれなのかしら。もっと口づけがほしいとか愛がほしいとかを期待してたのに残念ね。」


 アンアメスがこの話はここで打ち切りと言わんばかりに当夜の両肩を叩いて背中を押して戸口に進める。


「そんな重いものをいきなり欲しがりませんよ。」


 当夜も彼女からそれ以上を得ることは適わないと理解して笑顔で振り返る。


「あらあら、私は重荷ってことなの。お姉さん、悲しい。」


 アンアメスが俯きながら涙を拭うような姿を見せながらもあからさまに明るい声で当夜をからかう。その手が頭を撫でるように催促しているのが見える。当夜が苦笑いを浮かべている。そんな2人の間に少年が割り込む。


「はいはい。嘘泣きはそのくらいにしておきなって。当夜、そろそろ村を見てくるといい。それも必要なことだよ。」


「了解。そうだったね。

 ありがとうございました、アンアメスさん。」


「ええ、ええ。いってらっしゃい。」


 当夜は2人に手を振ると勢いよく木の壁に飛び込む。


「サービスのしすぎだよ。」


 当夜を見送った少年の声が低く咎めるように短く放たれる。それに対して返されるエルフの女性の声は始めこそ真剣みを帯びていたものの徐々に頬を緩ませたものに変わっていく。


「ええ、ええ。わかっています。

 ...呼び捨てまではまだまだ遠いものね。

 でもでも、良い匂いだったなぁ。あの人の匂いも好きだったけど薄かったんだもの。これぞ異界の香りってやつね。」


「やれやれ。君ってやつは...。」


 【時空の精霊】と呼ばれる少年はガクリと首を折ると右手で額を支えながら髪を掻き毟る。


 空間を跨いで当夜が苔むした大地に降り立ったところにライナーの声がかかる。


「おう、早かったじゃないか。」


「あれ、まだここに居たの?」


 すでにそれぞれが行動を開始してその場には残っていないものと思っていた当夜は目を丸くして全員を見渡す。


「はい。どこから回るかで相談していたのです。私としては別れて分担した方が効率的だと思うのですけど。」


 切り株に地図を広げていたレーテルが当夜に振り返ると人数分の小石を3つのグループに分けて見せる。


「ウチもレーテルに賛同や。ただまぁ、ライナーは騙されるかもしれんからウチが付いとったる。」


 レーテルの小石を覗き込んでいたレムが後ろ手にライナーの傍らに寄り添うとそっと体を預ける。ライナーは少し驚きながらも受け止める。そんな2人を見た当夜がニヤニヤと笑みを浮かべて近づくとレムとは反対の位置に立ちその肩を叩く。


「一緒に買い物したいんだとさ。それじゃ、ライナーとレム、フィルとレーテルで、」


「私は一人で大丈夫です。それよりトーヤ様を一人にする方が心配ですからフィルネール様がお目付けください。」


 当夜の言葉に首を横に振ったレーテルは赤いジャスパーのような小石をレムとライナーに、緑のクリソプレースのような小石を当夜とフィルネールに投げてよこす。それぞれの小石にはメモのような機能があり、マナを込めると文字として空中に投影される。今回、そのメモにはレーテルがあらかじめ見繕った備えるべき品々が記載されている。


「私ですか?」


 ニッケルグリーンの小石を受け取ったフィルネールが思わず声を上げる。


「はい。トーヤ様の常識は大方非常識ですから。この大事に厄介事を起こされてはかないません。それに、私は私で秘伝の魔法で本国に送りたいものがありますから付いて来られても困るのです。」

(トーヤ様ほどの人材をクラレスレシアに繋ぎ止めておくにはフィルネール様とどうにかくっ付いてもらわないと。)


 レーテルは風魔法を使った伝達魔法で試験放送のようなまねをしつつ、本国で首を長くして待っているであろう苦労人を思い浮かべて小さく笑う。その姿にライナーとフィルネールは彼女が何を言わんとしているのか理解することができたが、当夜とレムはただ首を傾げることしかできなかった。もちろん後者の2人からすれば特に気になることでもないので食いつくことも無い。


「...そういうことなら。良いですか、トーヤ?」


「もちろん。フィルと一緒なら心強いよ。とりあえず各自の役目が終わったら集合はこの宿屋で。作戦開始は今夜の最終確認をもって夜明け前に仕掛けるつもりだから。それじゃ、さっそく各自準備に入ろう。」


 満面の笑みで応えた当夜にフィルネールは平静を装っているものの内心では体を震わせて喜んでいた。


「わかった。」

「まかせとき!」

「はい。」


 それぞれ返事をしてその場を離れていく。見送った当夜がフィルネールに振り返ると、彼女はどこか上の空で当夜の視線に気づくことなく明後日の方角を向いている。やむなく、当夜が声をかける。


「フィル、このメモを見るに、まずは武器屋に寄りたいんだけど良いかな?」


「まずは食事ですよね。えっ、武器屋? そうでした。私も剣を預けていたので丁度良かったです。」


 フィルネールが当夜の問いとかみ合わない返事をしたかと思うと目の前で手を激しく交差させて慌てて訂正する。彼女らしからぬ行動に当夜は訝し気に首を傾ける。


「う、うん。それってどこに頼んでいるんだい?」


「コホン。武具屋は3つあるのですが【深き森人】のお店は休業中で、ドワーフのエルゴル氏が経営するお店だけが開店しているだけなので選ぶことはできませんよ。」


 赤らめた頬を隠すようにフィルネールはサッと後ろを向く。腰下で組んだ指がせわしなく動いている。


「休業か。とりあえずエルゴル氏の店以外にも挨拶しておこうか。ひょっとしたら店員さんが戻っているかもしれないし。ところで、お腹空いているの?」


 当夜がフィルネールの横に並ぶと彼女の照れ隠しを空腹によるものと勘違いして余計な一言をかける。


「そ、そんなこと無いですよ! そ、そんなことより、さっさと武具屋(・・・)行きましょう?」


 フィルネールがまた一歩、当夜の先に歩を進める。その顔は先ほど以上に真っ赤になっている。その脳裏には当夜と手をつないで買い物に興じる自身の姿とアリスネルを憂いる当夜の姿がせめぎ合っている。


(せっかくレーテルが作ってくれたチャンスじゃないですか。手をつなぎたいとか甘えて、っ! いえ、トーヤはアリス救出に気を揉んでいるのにそのような身勝手なことができるわけが、ですけど、)


 立ち止まったは良いもののそこから一切動きが止まり声すら発しないフィルネールに当夜は自身の不用意な発言によって彼女が怒りに包まれているのではないかと冷や汗を流す。


(あちゃー、女の子に今の発言は無かったなぁ。これは怒っちゃったかな。まずいよなぁ。どうにか機嫌を直してもらわないと。でも、フィルってあんまり自我を出してくれないからなぁ。どうしたらいいんだろう。)

「フィル?」


 どうにか彼女のことを呼ぶことに成功した当夜だったが返事がなかったらどうしたものかと内心で肝を冷やしていた。しかし、フィルネールの反応は当夜の不安が杞憂であることを語っていた。


「あっ。すみません。ちょっと考え事していました。」


「珍しいね。フィルのそう言うところ見たの初めてじゃないかな。僕が地図見て案内したいところだけど一度訪れたことのあるフィルに案内してもらった方が早いかな。」


 ホッと安堵の一息をついた当夜は再びフィルネールの横につくと先の話を引きずらないように本題を進める。


「そうでしょうね。では、トーヤ、手を、」

(あっ!? 勢いでっ。)


 フィルネールの剣を握る者のそれとは思えないほど白くしなやかな手が当夜に差し伸べられる。ごく自然な流れで誘われたそれは、元の世界であれば当夜も何ら違和感なく握り返していただろう。だが、異世界然とした容姿を持つフィルネールを前にしてはそうもいかない。無論、普段の堅いイメージの強いフィルネールが発したがためというのも大きい。おかげで彼自身も驚くほど間の抜けた声が飛び出る。


「へ?」


「ご迷惑でしょうか?」

(ど、どうしましょう。今更撤回できません。当夜に引かれてしまったでしょうか。)


 自身の発言を問い直されたかのような錯覚にフィルネールは瞳にグルグルと混乱を宿して心の中ではその強靭なはずの精神が激しく右往左往しているのを感じた。それでも今更引くに引けずに変換率の悪いにもほどがあるが武術にて鍛えた鋼の精神を恋愛の駆け引きに総動員して努めて冷静に声を絞り出した。


「いやいや。そんなこと無いよ。

 でも...何だか照れるね。」


 慌ててフィルネールの手を取った当夜はその温もりに安らぎを抱くと同時に気恥ずかしさを覚えて思わず視線を空に移して上擦った声で感想を漏らす。以前は自身から誘ってのものだったが、相手から誘われると勝手が違った。


「そうですか?」

(な、何ですか、その台詞。こんな雰囲気ではこちらまでどうにかなってしまいそうです。)


 そんな当夜に対してフィルネールは飛び跳ねて回る心情を一切言葉に乗せずに落ち着いた声を演じ切る。当夜はおろか本人すら気づいていないがフィルネールは顔を下に向けて紅潮しているし、手だって小刻みに震えている。それほどまでに2人とも気が動転しているのだ。それこそ以前とはお互いに抱く感情も深く変化していることに2人とも気づいていない証拠でもある。


「やっぱりフィルの方が年上みたいに感じるよ。それにしても何だかアイドルと一日デートって感じだよ。まったく心臓バクバクだ。こんな緊張は初めてだ。モヤモヤした気分が吹き飛ばされたよ。

 アハハッ。そっか。アリスを助けることで頭がいっぱいいっぱいだったんだね、僕は。これじゃあ、助かる者も助けられないや。」


 当夜が小さく笑う。


「そんなことは...、いえ、そうかもしれません。私も同じです。」

(私の方こそ余裕が無かったのかもしれませんね。ここまでの戦いもこれからの戦いにも生き残られるかどうか際立いものばかりですから。)


 フィルネールの握る手が強まる。その手に当夜も応えるように力を乗せる。


「おかげで少し周りを見る余裕ができそうだ。ありがとう、フィル。」


「...ふふふ。どういたしまして。さぁ、行きましょうか。」

(それにしても私の方が“年上”ですか。変な言い回しですね。まるでトーヤの方が年上みたいではないですか。)


 フィルネールが当夜の顔を見つめるとほほ笑む。


「お願いするよ。」


 歩き出した2人の間に気恥ずかしさのようなものは一切漂っていなかった。そこにあるのは強い信頼と2人は未だに気づいていない深い感情だった。

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