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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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謎の男との闘い その2

「これは張り切り過ぎたかね。フレイアも死んだかもしれんな。まぁ、この際どうでも良いが。」

(フハハッ。いいぞ。やはり魔法と言う力は素晴らしい。この力を地球に持ちかえれれば全世界を私が治めることも可能だ。しかし、この体では予備動作が必要だというのも厄介だったが、完全なる復活を遂げればそれすら無用となる。これはその時が楽しみで仕方ないな。)


 ステッキを撫でる男は宙を漂いながら白い蒸気が巻き上がり赤く地を染める熱に目を細める。赤神との闘いでは魔法発動の機会を与えられずに鬱憤が溜まっていただけに生命が焼ける匂い、大地が溶融する色は男の感情を否応なしに昂らせる。

 当夜は男の様子に舌打ちをすると立ち上がり、対の剣を構える。その目には男の先にある焼けた中心地の先にあった仲間たちの姿が浮かぶが、あえて敵方の心配をしてみせる余裕を演じる。だが、彼には空間把握による探知をいくら行えども答えは見つからない。それに伴い、当夜の胸には不安、怒り、恐怖と言った感情の波が荒れ狂っていた。


「あんたの仲間なんだろう! その言い方は無いんじゃないか!」

(くっ、なんて範囲だ。誰の気配も感じられないっ。フィルならきっと魔法で、ライナーとレムもきっともう戦域から離脱していたはず、)


「仲間? ククク、あれはこの世界の材料で作ったただの道具だ。道具は所詮消耗して廃棄される道理だろう。もう、私にはアレは必要ないのだよ。そんなことより済まないな、貴様の仲間とやらも消してしまったようだ。」


 当夜の心の中を読んだかのように男は見下して鼻で笑う。当夜の首筋にうっすらと青筋が浮かぶ。


「そうか、殺す!」


 当夜が首を一度下に向けて呟くと男は粘つくような笑みを浮かべてステッキを振り上げる。男が魔法の予備動作に入るのと当夜の姿が掻き消えるのはほぼ同時だった。

 ステッキに当夜の剣が浅く食い込む。当夜は【静止する世界】と【空間転移】により肉薄し、空間を裂く形で剣を振るった。それこそ、赤神の剛剣に盾を割り込ませたときのように。だが、結果は半分も切ることもできずに止められている。逆に弾き返そうとするステッキの修復力に圧されているほどだ。


「むぅ!? 馬鹿な、この杖は我がマナを濃縮して作った自信作だぞ。とにかく離れよ、フレイムランス!」


 簡易的とは言え高出力の魔法を目の前で無動作に放たれた当夜であったが、過去のアリスネルとの特訓の経験が体を反らすことで反射的に避けさせる。同時に剣に込められた力が消え、さらにステッキから押し戻される。どうにか距離を保っていられるのもステッキが上下から剣を挟む圧力によって維持される状態であって次は間違いなく無いということは明白だった。当夜はステッキに足を当てると力を籠める。男は空中でたたらを踏んだように後方に下がる。そこに一本のナイフが迫る。どうにかステッキを盾にして防いだ男の顔に余裕はない。


「どうした? さっきみたいな強力な魔法を撃てば良かったのに。」

(空間ごと切り裂く予定だったんだが、このステッキはただの杖じゃないな。)


「いや、大したものだ。薄くなったとは言え、自慢の杖を傷つけられるとはな。魔法は得意なのだがイメージを溜めることなく撃てるほどこの体は完成していないのだよ。」


 ステッキを蹴り上げていったん距離を取って地上に降りた当夜に男は目を向けて頼んでもいない説明を始める。それは当夜が距離を取ったおかげで生まれた余裕が生んだ慢心だったのかもしれない。


(やっぱり、大型魔法は予備動作も無しに撃てるほど甘くはないということだ。そうでなければもっとバカスカ撃ってきているはずだ。そうとわかっていれば僕がもっとうまくこいつを止められていたのに。きっと赤神はあいつがステッキを回し終わる前にその予備動作を止めていたんだ。)


 当夜の瞳に悔恨の色が宿ったのを男は見逃さなかった。


「いいぞ、その目だ。すべてにおいて貴様は合格だ。喜び給え。」

(まったく以て惜しい話だ。どうせならこの場で【時空の精霊】に変えてやりたいところだがマナが足りん。だが、望みが無いわけでは無い。より後悔に溺れてくれれば僅かな力で堕ちてくれるだろうよ。そのためには情報収集端末を利用するのが一番良いか。)


 思考を鈍らせていた当夜の前で男がステッキを回し始める。先ほどと違い、ほんの数瞬であったが出遅れた当夜にはステッキの動きしか目に入らなかった。再び時空の魔法によって距離を詰める。


「させるか!」


「ほう、確かに予備動作をつぶされては敵わんな。ところでこれをどう見る?」


 男のステッキは回転を止め、爆心地に向けられる。当夜の剣がステッキのあるはずだった空間に吸い込まれると同時にステッキと違って柔らかい何かを切り裂く感触が伝わる。確かな手ごたえは男の腹を貫いていた。だが、そこから流れ出るのは血では無く黒く汚れたヘドロのような液体であった。そして、眉間にしわを寄せて男の顔を見上げた当夜と目の合った男は大きく口を歪ませて笑っていた。そして、ステッキの先をゆっくりと当夜に向けて動かす。その動きにつられるように球体が当夜に近づく。その見覚えのある球体は当夜が作り出したアリスネルを保護するための【時空の檻】だった。


「ア、アリス!? 何をするつもりか知らないけどさせない!」


 当夜は男の腹を穿つ剣と反対に握られた剣をその頭部に向けて突き出す。

 男も黙ってそれを許すことは無く、体を仰け反り杖を割り込ませる。結果としてアリスネルを封じた【時空の檻】に当夜の剣が触れて剣の軌道が大きく左外側にずれる。


「ふん、この檻は外部からの魔法攻撃も物理攻撃も防ぐか。優秀、優秀。だが、外からは攻撃で無ければ干渉できるのではないかな。大方、コレに施された命令を消すつもりだったのだろう?」


「ちっ!」


 男に完全に見破られたことに驚きという衝撃を突きつけられるとともにどこか言い知れぬ不安が襲い掛かる。当夜はそれを打ち払うべく右手を振り上げて腹から肩口まで切り裂き、伸びた左腕を再び引き戻すと心臓を貫く。これにより決着を付けたつもりであった。

 当夜の頭越しに期待とは異なる言葉が落ちてくる。それは巨大なハンマーで殴られるよりも大きな衝動に感じられた。


「その慌て様子は図星だな。」


 顔を上げることが怖かった。それでも当夜は確かめずにはいられない。その目に飛び込む男の顔には優越感と醜い笑みが浮かんでいる。その表情から当夜の頭に男の思いついた残酷な考えが浮かぶ。認めがたいがゆえに問いただす形でしか確認できない。


「何を考えている!」


「いやなに、自らを攻撃するように命令するのもおもしろそうだと思わないか?」


 男は舌なめずりをして【時空の檻】を撫でる。その瞳には狂気が浮かんでいた。当夜の額を冷たい雫が伝い、顎先に集まる。当夜は叫ぶ。


「やめろ、...やめろ!」

(口を、口をつぶすべきだった。畜生! 腕が引き戻せない。【静止する世界】はインターバルが、)


「さぁ、主の命に従え、その身に刃を突き立てよ。」

(胸を狙うふりをしながら腹を刺せ。

 私に楯突いたことを後悔させてやろう。そして、我が駒に堕ちるが良い。)


 その口をつぶすための攻撃を放つ余裕は当夜には無かった。ついにその言葉が放たれる。


「はい、」


 風の刃が小さな両手に握られる。握る手からは赤い雫が滴り落ちてその標的部分に印となって広がる。標的は胸だった。


「駄目だ、アリス!」


「っ!」


 当夜の声に手元がぶれたのか刃が胸では無く腹部に埋まる。アリスネルの口からくぐもった呻きが漏れる。


「貴様ーーー!!」


 当夜が右腕を振り下ろす。狙うは当然頭部。だが、男はそれを予期していたかのように右手に持ちかえたステッキを割り込ませる。逸れた攻撃は再び裂けた肩を抜け、腹部に埋まる。


「やはり場所を指定してやらねば苦しませるだけだったな。これは失礼、失礼。今度はお前も狙ってくれた頭にするかね?」


「お前は、許さない。許さない!」


「おお、怖い。ところで、その【時空の檻】とやらにこの私の干渉を絶つように組み込んでおければと思わなかったか? いや、そもそも赤神に残ってもらうべきだったと。いやいや、それより先ほど真っ先に口を封じていれば良かったと。」


 男は体半分が失われるような事態に陥っていながらも余裕を崩さずに当夜をあおる。それは【時空の精霊】化の条件の一つでもある過去への回帰願望を高めるためであった。だが、男は知らなかった、当の昔に当夜はその条件を満たしていることを。それゆえに時空の魔法に関して異常な成長性を示していたことを。そうとは知らない男は満足げに当夜を見下ろすとうすら笑う。


「くっ。」


(さぁ、苦しみの声を上げよ。助けを求めよ。この男を後悔の海に落とすのだ!)


 男の命令が世界樹を通じてアリスネルに届けられる。食道を遡って噴き上がる血が口から溢れる隙間を縫って偽りの言葉がこぼれる。


「トーヤ、助けて。苦しいよ。死にたく、ないよ。」

(違う。私が言いたいのはそんな言葉じゃない。)


 アリスネルはその光景を首輪でつながれているかのように近寄れずにモニター越しの如く見守ることしかできない。叫ぶ声はまったく逆方向に翻訳されたかのように肉体から放り出される。


「アリスっ、待ってろ! 必ず助ける!」


(いいぞ、もっとだ。もっと感情を逆撫でよ。)


 当夜の剣がめった刺しに男の体を穿つ。男の体からあふれ出るヘドロによって衣服がぼろ雑巾のように爛れている。もはや、口頭でアリスネルに命令を下すことは不可能であることは誰が見ても一目瞭然であったが、当夜はその手を止めない。


「トーヤ、どうして助けてくれないの。私、死んじゃうよ。」

(やめて! これ以上声を出さないで!)


 精神体となったアリスネルが耳をふさいで縮こまる。その頭に温かい手が触れる。


(彼をこれ以上苦しめたくないのですね?)


 その声はどこか自身の声に似ていたが、どことなく嫌悪感を抱かせた。


(だれ!?)


 振り返ったアリスネルの目の前に少女が佇んでいた。自らとよく似た容姿であるが大きな違いがあった。彼女は【深き森人】では無かった。そして、金髪碧眼では無く、栗毛にパパラチアサファイアのごとき橙色がかったピンク色であった。


(私は貴女。彼を助ける術を知る者。)


 無感情に告げる言葉はどれも見過ごすことはできないものであるが、今の彼女には当夜を助けることができるという言葉こそが重たくも輝きをもって頭に残った。思わず食って掛かるかのようにその言葉の真意を問いただす。


(トーヤを助けられるの? どうすれば良いの、教えて!)


(ですが、そのためには貴女は消えます。それでも、)


 少女は目を細める。


(良いから教えて、早く!)


 アリスネルは少女の足に縋り付くと懇願する。


(わかりました。では、最後の機会です。貴女は当夜のために消えることを望みますか?)


(はい。)


 アリスネルの答えを聞き届けた少女はにっこりとほほ笑む。その笑みにアリスネルは思わず見惚れた。


(では、おやすみなさい。)


 少女の声とともに薄れていく意識、体は透けて消えてゆく。すべてが消えゆく間際にアリスネルは言葉を残す。


「さようなら、トーヤ。ありがとう。幸せでした。」


 アリスネルの肉体がその言葉をそのまま当夜に届ける。そして、再び掲げられた両手が一直線に胸に下される。


「アリス!」


「馬鹿な! 命令をまだ下していないぞ! っ、しまった!」


 零れ落ちて地面に山を築いたヘドロから男の顔が現れて声を上げる。そこには道具に出し抜かれた驚愕と姿を現してしまったことへの焦りが見える。


「アリス! あ゛あ゛ぁあああぁぁぁ!」


 当夜は剣を手放し、地面に大の字に落下する。左手を持ちあげて【時空の檻】に差し伸べる。その手をアリスネルが掴むような幻想が映る。そのまま胸に運ぶとそのぬくもりを確かめるように抱きしめる。


「貴様、何をした!」


 無粋な声にゆらりと起き上がった当夜の瞳には絶望と怒りが渦巻いていた。

 人の形を取り戻した男は当夜に叫ぶ。


「違う、違うぞ。私が求めていたのはその感情では無い!」


 その声に当夜の口が震える。低く冷たい声で呟く。


「...。同郷? 人間? 知ったことか。」


「貴様、何を言っている?

 なっ!?」


 当夜から流れる気迫に思わず男は後ずさる。その瞬間を当夜は見過ごさない。一瞬で距離を詰めると手刀を突き出す。抵抗もなく肩から男の腕を切断する。地面に落ちる腕、傷口からドロリと溢れるヘドロのような体液。それは先ほどの戦闘と大して変り映えなく見えた。


「私に肉体は無い。無駄だ!

 痛っ! 痛い? 痛みだと? 馬鹿な、」


 事態は大きく変化する。男は傷口を抑えて慄きながら尻もちをつく。


「ど、どういうことだ!?」


「アリスには適用しないのにお前には効くとはな。世界は狂っているよ。さて、体をくれてやったんだ。感謝しろよ。」


 当夜が成したこと、それは精霊化の真逆、精神体の固定である。かつて失われたテリスールの精神を固定できないかと精神世界を信じてこなかった当夜が思想を大きく転換してまで理論構築していた魔法である。膨大な情報操作に脳がついて行けずにことごとく失敗していたが、この状況でついに成功させたのである。その相手が守りたい者で無く殺したい相手というのは皮肉としか言いようがないのだが。


「馬鹿なっ、いくらなんでも人体を瞬時に作り上げるなど、...ありえん。それほどのイメージなど人体をくまなく解剖していなければ、

 フハハハ、まさか、貴様、この私よりも人を捌いてきたのか。とんだ殺人鬼だ。呆れたものだ。」


 男はどうにか立ち上がると落ちているステッキに向かって転がり、それを拾い上げると魔法を放つべく残された腕で回す。


「貴様と同列に並べるなよ。知識の量が全然違うんだよ。過去の亡霊め。」


 ステッキが残された半分の回転に移ろうとした時点で当夜に一切の動きは無かった。この時点で男の脳裏には勝利と言う言葉が浮かんだ。そこには当夜の【時空の精霊】化という目標は完全に失われていた。ただ目の前の若輩者を消し去ることを優先していた。だが、その行動は正解では無かった。ステッキは本来の回転運動とは異なる動きで男の体から離れていく。当夜の手刀は時空を裂く見えない刃という形で再び放たれていた。ステッキをつかむ腕は宙を舞い、ステッキは黒いマナをまき散らしながら霧散していく。男を形作っていたマナが完全に消滅した証だった。そこに居るのはもはやただの人間と同義であった。


「やはり、貴様はあの時の!

 ぐぎゃっ! ひっ、痛い? 痛いーーー!」


 当夜の言葉に男は過去のある出来事に思い当たった。それを確かめる間もなく当夜の手刀が男の腹を貫く。強烈な痛みが男を襲う。後方によろめきながら穴の開いた腹を抑える。


「おいおい、その程度で叫ぶなよ。アリスが感じた痛みはこんなものじゃないぞ。」


 抜き手を染める赤い血に目を細めた当夜が男の頭に手刀を振り落す。


(あの時の奴がこいつだったとは。だとしたら早く処分せねばならん。【時空の精霊】化が裏目に出たということか。早くこの体から抜け出してこのことを本体に伝えねば、)


 男の意識はそこで途絶えた。

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