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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
208/325

不穏な目覚め

「主よ。お待ちしておりました。」


 妖艶な女の声ががれきの山と化した城の跡に響く。周囲は霧と粉じんによって覆われ、その声の主とそれが向けられた相手の姿を覆い隠す。

 粉じんが粗方落ち着くと影が二つ現れる。一人は白銀の鎧を纏った少女、もう一人はスーツ姿にステッキを持つ中年の男である。がれきに腰かけていた男が肩に降り積もった灰を振り落すと立ち上がり答える。


「今はただの切れ端だ。帝国の時と同じな。だが、もう間もなく完全なる復活だ。長かった。実に長かったぞ。【始原の精霊】はどうした?」


「道化の仲間たちによって深い傷を負っております。今は神殿でお休みいただいております。」


 少女は膝間突いたまま主の問いに答える。その身には塵が積もっているが主の指示があるまで一切の身動ぎすら取る様子は無い。


「役立たずめ。だが、帝都では俺もまんまとしてやられたからな。他人のことは言えんか。道化か。あの時の小僧を思い出させるな。奴は少なくとも寿命で死んでいるだろうが、代わりにするには十分な因縁だな。」


 小さく舌打ちした男の気配に濃い殺気が纏われる。そこまで口以外をまるで動かさなかったフレイアの体が僅かに震えた。それは本当にわずかだった。それを証するようにその身に降り積もった塵は目ではとらえられない程度にしかこぼれていない。だが、それは彼女らしからぬ失態であった。それほどまでにその殺気は濃密であり、また己が積み重ねてきた失態におびえていたということを意味している。それこそこの紳士的な男の恐ろしさを示している。


「すべてはこの私の失態です。まことに申し訳ありません。」


 額を伝う汗が顎先から零れ落ちて塵を吸着する。


「ふん。それで、【時空の精霊】を手に入れる手立てはついているのか?」


 容姿端麗な少女がおびえる姿に薄気味の悪い笑みを浮かべた男はすぐさま真面目な雰囲気に戻すと厳しい声で彼の目的を達するための計画の進捗を問いた。


「はっ。異世界の人間に目星をつけております。」


「くくく、同郷の者か。確かに上位精霊を作るには地球の人間を使った方が確実だからな。失敗作はどうしている?」


 男が思い浮かべる者は双子の兄妹。あとわずかで完成した儀式は中断され、忠義を刷り込むことに失敗した精霊。能力も存在も希薄な彼の目的の最重要な役割を与えられながらも失敗作と終わった【時空の精霊】。


「どうやらターゲットに接触した模様ですが、おかげでその素質を十二分に花開かせてくれたようです。」


 初めて少女の口角が上がると主に似た不気味で加虐的な笑みを浮かべる。男もまたその笑みにつられて顔をゆがめる。


「それは重畳。して、その者はどこに居る。」


「すぐ近くです。どうやらこちらに向かってくるようですね。いかがしますか? 私が連れてまいりましょうか?」


「いや、この私が直々に吟味してやろう。」


 男はフレイアに背を向けるとがれきを踏みしめながら当夜たちが向かってくる方角に歩みを進める。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どうなっている。これがあの豊穣のコートル王国だというのか。全土を覆うあの霧は帝国滅亡の折に現れたものと同じではないか。」


 その声はコートル王国の残存者たちの野営地に響き渡る。

 ここはコートル王国の辺境。野営地は白い霧が明瞭に切れる不思議な空間からわずかに離れた位置に倒れこむように設けられていた。

 声の主、ライナーの目に飛び込んできた光景は霧の内部に突如として現れる砂漠化したかのような荒廃した世界であった。


「こ、これはライナー様?」


 足を引きずり、現れた白髪の男は装飾がきらびやかな槍を杖代わりに現れる。その槍もまたところどころに亀裂や欠けが目立ち、身にまとう鎧も一部が溶けて焼けただれている。


「おお、ハーク殿。ご無事だったか。トーヤ、上級治療薬を。それで状況は?」


「すでに王都は落ちました。我らが王はすでに、」


 ハークは顔を下に向けて実に沈痛そうな声を絞り出す。言いづらそうな様子にライナーが手で制すると次なる確認を行う。


「それは聞いている。それで、アーニャ姫は?」


「アーニャ様はご無事です。ですが、こちらにはおられません。アルテフィナ法国に保護されております。」


「そうか! それは安心した。」


 予想よりもひどい国の惨状に最悪も覚悟していたライナーの声が弾む。だが、続いたハークの言葉は彼の予想をさらに裏切るものであった。


「...いえ、そうとも言い切れません。我が国を滅ぼした存在、それは法国の差し金です。この霧とともに現れた魔人に突如として侵犯してきた法国の騎士は何やら忠誠を示していたのです。それに王は、王を殺したのは法国の女騎士でした!」


 ハークは未だに信じられない事実を思い出す。

 それは2日ほどまえのことだった。城下町にある囚人を捕らえる牢獄からの報告から始まった。一報、それは煙幕のごとき霧の発生であった。警備兵は囚人の仲間が脱獄のために煙幕をばらまいたのだと判断したのだ。だが、そうでは無かった。囚人たちは苦しみ始めると体色を土色に変え、口から人体に有毒の息を吐きだしながら看守や警備兵に襲い掛かる。そのある意味ゾンビ化した囚人をなぎ倒し続けた兵士たちの目に続いて飛び込んできたものは人の男の姿をした恐怖そのものだった。その後の記録は無い。それは直接その男がもたらした情報であり、それ以上を語ることは無かったからだ。だが、ハークには一瞬で理解できた。この者が歩いた道には生命は残されていないだろうと。ハークが王と王妃を背に庇い自慢の槍を構えた時だった。玉座の間の扉が開かれて20名ほどの白亜の鎧を身にまとった騎士団が雪崩れ込んできた。その鎧にはアルテフィナ法国の紋が輝き、中でも一人の金髪紅眼の少女は別格の強さを有して見えた。活路の見えたハークが僅かに油断した瞬間、世界が燃えた。鎧を焦がす熱波が肌を焼くと同時に兵士たちの苦悶の嘆きが響く。それでも条件反射の如く王と王妃を守るべく【風霊の障壁】を展開する。すべてのマナを使い果たしマインドダウン寸前の彼が目にした光景は今でも信じられない。その男に膝をついて恭しく首を垂れる法国の騎士たちの姿であった。王の王妃を連れて逃げるように叫ぶ命令がハークを動かして窓から飛び降りる。次の瞬間、体を真っ二つに裂かれる王の姿と王妃のいたところに突き出される血塗られた剣が空を突き床を抉る。それを成した女騎士の恍惚とした歪んだ笑みがハークの目の裏に焼き付いた。


「ば、馬鹿なっ、あの国は魔王討伐の指揮を執ったのだぞ。それに世界の崩壊をも止めることに尽力した絵にかいたような平和国家だぞ! ありえん。」


 ライナーがハークの肩をつかむ。力んでいたせいか傷口がふさがっていないハークが痛みに呻き、思わず膝をつく。当夜は治療のタイミングを計りきれずに治療薬を片手に右往左往している。


「その通りですが、確かに見たのです。それと、問題の騎士団から追撃を受け続けました。半数は仕留めたのですが、個々の実力はフィルネール殿にも匹敵するほどです。さらに王を害したあの憎き女に至っては間違いなく序列一桁。何よりあの魔人は危険です。戦闘技量は定かではないのですが、あまりにも基本能力が違いすぎるのです。例えるなら私が歴戦の兵隊アリだとしたら相手は生まれたてのドラゴンです。寝返りを打った拍子に我らのアリ塚は崩れ、塚の主は横でその時を待っていたアリクイに食べられ、私は鱗の隙間に偶然当り生きながらえた。それほどの力差を感じた。」


 ライナーは彼が負ったあり得ないほどの傷を見せつけられることでその言葉を納得させられた。彼がボロボロの鎧を脱ぎ去るとその下は重度の火傷に侵され、見るも痛々しい。当夜は慌てて上級治療薬を塗っていく。驚くような効果を以てハークの傷が癒えていく様を確認しながらフィルネールが傍に寄るとひざをついて同じ目線にしゃがみ話しかける。それは王を守るという同じ立場にある者としてハークがどれほど無念な心にあるかを理解しているゆえに許される言葉であった。


「ハーク殿。この度は無念だったでしょう。」


「フィルネール殿。ああ、私の力不足だった。どうにもならなかった。」


「王妃を救ったのです。コートル王の最後の願いを完遂したのです。貴殿は十分にやり遂げましたよ。このようなときに申し訳ありませんが、敵の特徴を教えていただけませんでしょうか?」


「ああ、魔人は髭が特徴的な人族タイプの男だった。首にひもを巻き、礼装に身を包んでいた。そして、王を殺めた女騎士は、金の髪に紅い瞳、白亜の鎧を身につけていた。武装もそうだが腕も尋常では無かった。奴の突きを初撃で躱すことは不可能だろう。その女は20名ほどの神官騎士を従えていたな。どいつもこいつも尋常でない腕の持ち主だ。上位者に至ってはおそらくは序列で20位くらいには入っているだろう。だが、あの魔人と女騎士は別格だ。底が見えなかった。魔人の攻撃パターンはまるで不明だ。我が国を滅ぼしたあの力も今にして思えば何か力を解放した余波にすぎないと思えるのだ。」


 俯いていたハークであったがこの国のため、この世界のために持てる情報のすべてを開示する。


「っ!? そ、その方と戦っては駄目です!」


「ア、アリス? どういうことですか?」

(やはり、アリスは何者かと通じている。それが今回の件に関与しているなら相当に危険な相手と捉えるのが妥当。ならば早いうちに断ち切らなければ。その方がアリスのためにもなるはず。)


 2人の会話が届いた瞬間アリスネルの脳裏にはある人物の姿が浮かぶ。それは深層心理でこそ明瞭に現れたのだが、アリスネルの意識にはぼやけて投影される。それでも刷り込まれた恐怖が彼女の口を開かせた。自らの意図しない発言に思わず口を両手で覆う。そんなアリスネルにフィルネールが疑念と不安を含んだ目を向ける。


「あ、ううん。ハークさんが敵わないような相手に戦いを挑むなんてやめた方が良いと思うだけだよぉ。」

(どうしてだろう。戦ってはいけない相手だって直感した。だけど、そんなこと言ったら私おかしい奴だと思われちゃう。)


 アリスネルが両手を交差させながら背中に冷や汗を浮かべて全力でフィルネールの抱いた感情の払しょくを図る。そんなアリスネルをこれまでに感じてきた疑念と合わせて追撃するべくフィルネールが口を開いたと同時に当夜の声が響く。


「まぁ、僕もアリスの言う通りだと思う。序列一桁台の方々に頑張ってもらうしかないんじゃないかな。さっさと安全な場所に移ろう。アルテフィナ法国も危なそうだし、ここはドワーフの街まで戻ろう。」

(最悪は彼に頼るのもあり、か。)


 2人の微妙な空気によりも圧倒的な深刻さで迫りつつある危険から早急に離れるべきと判断した当夜は後退を進言する。


「そうだな。その方がよかろう。我らが束になってかかっても無駄死にするだけだ。だが、あれはライト様でも敵わないのではないだろうか。」


 当夜の言葉に頷いたハークは前半については同意していたが、後半については暗い表情で当夜の言葉を否定する。


「うへぇ、英雄様ですら敵わへんとかどんだけ化け物やねん。」


 重苦しい空気が場を支配する中、耐え切れなくなったレムが無理やり明るい声で割り込む。やれやれと息をついたライナーがハークに確認とばかりに問う。この辺域ですらこの様子であることを踏まえるとそれは絶望的であることは明白だったが、王族に席を置く彼には確認せずにはいられなかった。


「ハーク殿、民はまだ危険域に残っているのか?」


「いえ、まず間違いなくいないでしょう。魔人の力による衝撃は私クラスですら自らと王、王妃を守るだけで精いっぱいでしたから。ここまで落ち延びる際に3つほど村を見てきましたが、人の形を残したものはおりませんでした。コートル王国は壊滅したといって過言ではないでしょう。辺域の者たちもすでに隣国に避難していると思われます。」


「そうか。だとしたら、わざわざこちらから出向く必要は感じられないな。」


 ライナーは両腕を組んで難しい顔をする。その心の内はすでにその後の自身の執るべき行動を計算している。あまりに難問であるそれを想像しての表情である。


「そうなります。皆さまにはこのことを世界中に知らせていただきたい。おそらくその中で帝王たちの耳にも噂が入るでしょう。」


「そのくらいしかできんな。済まないな。役に立てず。貴殿はどうするつもりだ?」


 鎧を着こみ、槍の状態を確認するハークにライナーは実直な男名だけに容易に想像がつくこの後の行動に苦笑しつつも敢えて問う。


「私にはまだやるべきことが残っておりますのでここで失礼します。王妃を安全なところまでお守り願えませんでしょうか?」


「そ、それは、ハーク殿が受けられた王からの命でしょう。ならば、貴殿が最後まで遂行すべきです。」


 フィルネールもまたハークの目指す先を理解してその行為の結果が容易に想像できてしまうがために理由を付けて止めようとする。とはいえ、もし彼女が同じ立場だったならば同じ行動をとっていただろうと思うと果たして自身の発言が正しいのか自信を失してしまっていた。


「いえ、もはや私に求められたところまではお連れした。命は達したのだよ。」


 これ以上は問答するつもりは無いといわんばかりに戦いの準備を終える。装備こそ整備が行き届いていないが、傷が癒え、体力が回復した今ならかの強大な力を持つ魔人相手では無理だとしても王の命を奪ったあの女騎士にならば奥の手を以て十分に一矢報いてやれる可能性がある。例え自らの命を失おうとも。


「お行きなさい、ハーク。行って我が夫の恨みを晴らして戻ってきなさい。必ず戻ること。私の新たな命として帰還を義務付けましたからね。」


 外見こそ地球上での妙齢な女性であるが、実際には初老に達しているコートル王国妃は赤く腫らした目から流れる涙を拭いながら強い口調でハークに命ずる。


「はっ!」


 ハークの力強い返事が返った時だった。


「おや、モルモットが集まって何を相談しているのかね?」


 無感情な男の声が空から響く。ハークと王妃の表情が瞬時に強張る。


「な!?」

(気配が感じられなかった。一体何者?)


 フィルネールをして声がかかるまで一切気配を察することができなかった。驚きと共に見上げた先に居た存在はハークが話した魔人の特徴とある一点を除いて合致していた。


「誰だ!」

「ば、馬鹿な! 皆、逃げろ! こいつが魔人だ!」


 ライナーの威圧的な問いに被せるようにハークが歯をむき出しにして叫ぶ。ハークの言葉に反応した男は下を這う虫を見下すように当夜たちを見渡す。辺境から集まった生き残りの兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。その先にも死しか待ち受けていないのだが。


「おやおや、私が魔人とは失礼する。その仕組みを生み出したのは私の怨敵なのだがね。皮肉なものだ。

 で、どれが今回の生贄かね? ん、ま、さか、貴様!」


 当夜と男の目が合った瞬間、男は胸を反らせていた体勢を大きく反転させて前のめりに当夜を観察する。


「!?」

(何だ、こいつ? 僕のことを知っているのか?)


 研究者特有の研究対象を舐めまわすように観察する熱のこもった視線に思わず身震いする。


「いや、まさか、な。」

(奴とてすでに寿命が尽きているはずだ。だとすれば他人の空似か。やはり同僚たちと同じく私にも日本人は皆同じに見えるな。)

「いや、失礼。私は道具には寛容なのだよ。まして、君は我が大ドイツ国の盟友たる日本の民だ。ならば、双国のためにその身を捧げられることを誇りに思うが良い。」


 男は目を細めて地平線の先を見ているかのように遠くに視線を移す。


(何言っているんだ、こいつ。)

「言っている意味が解らないな。」

(いや、今ドイツって言ったか。だとしたら同郷の者か。でも、ちょっとニュアンスが違う気がしたな。それにこいつは僕たちを人として見てない。マッドサイエンティストって感じだな。)


 当夜は未だ上空で停止するスーツ姿の男を研究者の卵だった大学時代に培った観察眼で見定めにかかる。


「世の動きも知らぬ下民か。生きるに能わぬ存在、まさにモルモットに最適だな。」


「ハーク殿、本当に奴が件の魔人なのですか? 聞き及んでいたほどではありませんが。」


 フィルネールが感じた違和感、それはあまりに話とかけ離れた強さに対する不安感の弱さである。確かに強大な敵であると評価すべきであるが、コートル王国をこれほど荒廃させた存在には見えないのである。 


「確かに。まるで圧倒的なあの力を感じられない。とは言えど素直に勝てるとは言い難いぞ。」


 ハークもまた毒気を抜かれたように唖然として空に浮かぶ男に目を向ける。


「ですが、撤退戦には十分持ち込めます。合図は任せます。」


 フィルネールは自身にその目が向けられていないことを確認するとゆっくりハークに近づき言葉少な気に戦闘の指揮をゆだねる。


「了解した。私と貴女とで殿を。」

(君たちを逃がすために私は生きながらえたのだろうな。王を守れなかったこの命、敵を、あの女騎士を討つことはできぬかもしれませんがここで使わせていただきます。)


「ええ。ライナー様、撤退行動にお入りください。」


「わかった。トーヤ、アリスネル、退くぞ!」


 フィルネールとハークが得物を構えると、フィルネールの言葉を受けたライナーが王妃とレムを抱えて走り出す。当夜が突然の出来事に一瞬呆けると同時に周囲を見渡す。そんな当夜の視界に女騎士の姿が映る。


「みんな、待つんだ。そこにまだいる!」 


 当夜の声に急制動をかけた先頭を行くライナーの鼻先を鋭い一閃が走る。ライナーをレムと王妃ごと葬り去る予定が狂ったフレイアはその原因を作った当夜に一瞬興味を示したが彼我とのあまりにかけ離れた実力差に即座に興を殺がれたかのように無表情に視線を逸らす。


「あら、私は攻撃を放ちながら転移したはずなのですけど。どうしてわかったのかしら? まぁ、構わないか。

 貴方たちが生きて帰れるとは思わないでほしいのだけど? 良いことを教えてあげましょう。そこに顕現されし我が主は分け身であって本来の力のほんの一部の力をお見せになられているだけなのですよ。」


「分け身? これほどの力でありながら?」


 フィルネールがフレイアの言葉に耳を疑いながらもどこかハークの話やコートル王国の現状に対して腑に落ちるものがあった。


「おや、そこの男はその一端に触れたのでしょう?」


 フレイアが王を刺殺した剣でハークを指し示しながら妖艶な笑みを浮かべる。その笑みの裏に浮かべた威圧感がそこに居る者たちを縛り上げるように苦しめる。


「くっ。」

(この女、やはり化け物か。だが、この俺が王の命を奪ったお前を、この機会を逃すと思うなよ。必ず一矢報いてやる。)


 ハークが強い意思を固めて槍をきつく握る音が響く。


「さぁ、始めましょう。貴女はどうするの? アリスちゃん?」


「っ!?」


 フレイアが戦闘開始の合図を宣言すると同時にパーティの強みを崩す言葉を投げかける。アリスネルが顔色を青ざめて呼吸を荒げていたが、その呼びかけに体を大きく震わせ、その身を抱え込むようにしゃがみ込むと頭を抱える。


「アリス?」


 当夜の心配そうな声に勇気を得たアリスネルが顔を上げてフレイアに自らの意思を叫び伝える。


「私は、私はトーヤたちの仲間よ!」


「あらそう。まぁ、その騎士様2人の相手は厳しそうね。そうね、そっちの王子様とおちびちゃんの相手でもしてなさい。『さっさと、その2人を殺せ。』」


 当夜には自動翻訳によって同じ言語に聞こえたそれは他の者たちにとっては精霊語と呼ばれるもの。その命令が下された瞬間からアリスネルが苦しみだす。駆け寄ろうとするレムから転がるように逃げ出すアリスネルは悲鳴とも叫びとも言える奇声を発し、荒い息で自らから逃げるように声を絞る。


「う゛ぁあああぁぁ! に、逃げて、2人、と、も、」


 しばらくして動きを止めて棒立ちになったアリスネルがレムとライナーに振り返る。その顔に一切の感情が認められない。レムが声をかけようと一歩踏み出した時だった。アリスネルから無詠唱の火の魔法が放出される。その火の槍は寸分たがわず2人の立つ場所に降り注ぐ。とっさの判断でレムを抱えて避けたライナーはその殺意に怖気を覚えた。


「う、嘘やろ。」

「やめろ、アリスネル! ちぃっ!」


 次々と放たれる攻撃の雨に一心不乱に逃げ惑う。やがて、ライナーが魔法と魔法の切れ間にアリスネルに肉薄する。そこにフィルネールの声がかかる。


「ライナー様、アリスを傷つけてはなりません。その者に操られているにすぎません!」


 だが、フィルネールの声に耳を傾ける余裕のないライナーの剣閃がアリスネルを吹き飛ばす。もちろん、大剣の背で吹き飛ばしたのだが下手をすれば致命傷となる一撃だ。立ち上がる土煙がその衝撃の威力を証明する。だが、その煙が吹き飛ぶとまるで痛みを感じていないかのようにアリスネルが無表情に立ち上がる。そんなアリスネルに再び剣を構えるライナーにレムが飛びついて制止させる。再び魔法の雨が降り注ぐ光景にフレイアが口を大きく開いて邪悪な笑みを浮かべる。


「そんな余裕があの2人にありますかねぇ。」


「っ!」


 フレイアの言葉にフィルネールがその輪に飛び込もうとするが、その目の前に紅い瞳の光が走り、大きく後退を余儀なくされる。


「あら、そちらにはいかせませんよ。そうですね、あなた方は序列1位を破ったこの私が相手してあげましょう。」

(ターペレットは第5位などと嘘ぶいていましたが、あの者こそ最強の男で間違いないはず。だとすれば今や私こそが最強の騎士。ククク。)


 死角からのハークの突きすらも容易く躱すと払い飛ばす目的で振り放たれた斬撃は衝撃波とともにハークの体を遠方まで吹き飛ばす。体勢の崩れたはずのフレイアにフィルネールが追撃を繰り出すがその無理な体勢から引き戻した剣で受け止められる。空いた手から繰り出された拳が掠めたフィルネールの鎧を砕く。両者が一旦距離を取ったことで戦闘の一幕が終わる。だが、その一合で息を激しく切らしたフィルネールとハークに対して余裕の笑みを浮かべたフレイアは挑発的に手招きする。


「おやおや。我が道具たちが気を使ってくれたようだ。さぁ、貴様の力を見せてみよ。」


 二組の戦いをしばらく見ていた男は空中から降りてくると当夜に自分たちの戦いの始まりを告げる。


「ちっ、何なんだよ、こいつは。」

(僕一人では間違いなく勝てない。彼を呼ぶしかない。だけど、呼んでしまって大丈夫なのか?)


 その圧倒的な威圧感に当夜が一歩後退する。仮にこのまま戦えばまともな戦闘になること無く敗北を迎えることは必至だ。ともすれば強力な助力が必要だ。当夜にはその切り札があるのだが、敵わない戦いでありながら約束を頼りに呼び出しても無為に命を失わせることになるのではと当夜が引け目を感じて躊躇っていると当の本人から声がかかる。


「まったく、さっさと呼べっつうんだよ。まさか、てめぇ一人で勝てるなんてうぬぼれているわけでもあるまい。」


 いつの間にか現れた赤神は肩を大剣で叩きながらだるそうに欠伸をすると乗っていた大岩から飛び降りる。


「赤神!?」


「よう! 楽しそうだから俺の方から出てきてやったぞ。強ぇ奴がいたら呼べって言っといただろうが。」


 肩を大剣で叩くことを止めることなく当夜の横まで歩いて向かってくると当夜の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ひょっとしてずっと付きまとっていたの?」


 当夜は鬱陶しそうにその手をどけると少しばかり緊張がほぐれたのか話の展開を砕くお返しの言葉を投げる。


「そこかよ? ちげーよ。ヤな奴から情報提供があったんだよ。貴様も卑怯だとは言わんよな?」


 赤紙がスーツを整え続ける男に目線を向ける。


「ふん。ハンデがあり過ぎたからな。丁度良いわ。精々揉んでやろう。」


 男はネクタイを最後に締め直すと準備は整ったとばかりに顎を上げて手招きして2人に先手を譲る。赤神の目が細まり、口角が吊り上がるのが当夜の目に映った。3組の戦いが加速し始める。


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