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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
207/325

コートル王国に向けて

「おはよう。」


 当夜が朝練を終えて大部屋の扉を開き、中で朝食をとる者たちに朝のあいさつを投げかける。だが、そこに居た5人のうち女性3人は寝不足の表情で食べかけのパンを残してスープで体を温めている。さらに1人は意気消沈とばかりに頭をテーブルに放っている。最後に沈んだ男を明るく励ます最年少はいつになく彼に密着している。


「おはようございます...。」

「...おはよう。」


「二人ともどうしたのさ。

 それで、今日はどうしようか? 世界樹に向かうかい? 一応奇妙な伝言もあったし、後にしても良いけど当初の予定では次は世界樹だしね。どう思う、ライナー?」


「はぁ、」


「何凹んどるんや? ええやん、ウチは全然気にして無いでぇ。」


「だがなぁ、」


「ええやん。ウチが良かったんやからそれで終いや。」


「いや、良い機会だった。お前を正妃に迎えるぞ。親父が何と言おうとも。こうなれば元から乗り気でなかった婚約など破棄だ!

 よし、トーヤ。コートル王国に乗り込むぞ! ん、そう言えば何か言ったか?」


 良く観察すればレムは立っているのが億劫なのか完全にライナーに体を預けている。普段のライナーであれば恥ずかしさから追い払っているだろうが今日は不思議と受け止めている。そんな2人の変化にある程度の察しはついたが敢えて問う。


「いや、もう目的は果たされたよ。それより、何かあったのかい?」


「い、いや。何も、何もなかったぞ...。」


「そやな。」


「いや、明らかに何かあっただろ。やたらレムが大人びて見えるぞ。」


 おそらく顔には下種な笑みが浮かんでいるだろうと苦笑いしながら当夜は言葉を発した後で反省した。


「トーヤ、人はなぁ、経験を積めば大人になっていくんや。まぁ、お子ちゃまなトーヤには難しかったかしら。」


 当夜の内心を読んでかレムが茶々を入れる。若輩ながらも一歩踏み込んだレムにはアリスネルやフィルネールの落胆ぶりにことが至らなかったことが容易に想像ついた。ちょっと背伸びして上から目線を作ろうとするレムに当夜はこれ以上は藪蛇と判断して話をレーテルに振る。


「何か腹立つなぁ。まぁいいや。

 おはよう、レーテル。眠そうだね。」


「誰のせいですか、誰の!」


 額を抑えたレーテルは当夜、アリスネル、フィルネールの順にきつい目線をぶつけると深いため息をつく。


「ん? 何のこと?」

「「...。」」


 ただ一人気づいていない当夜を除き、2人は目に映る光景をテーブルの上に逃がす。 


「...もういいです。それよりまさかとは思いますが、ライナー様?」


「いや、違うぞ。違うんだ。断じてフィルネールから没収したアレは使っていないぞ。だが、俺も気づかないうちになぜか、」


 ライナーがレーテルの質問に体を一度震わせると頭を抱えてテーブルに向かって無罪を訴える。


「まさかそこまで届いていたなんて。トーヤさん、その薬は絶対に使っちゃ駄目ですよ。媚薬ですからね、それ。」


「トーヤ! お前のせいか!」


 レーテルが当夜に忠告を行うとしばらくの沈黙を破ってライナーが叫ぶ。


「え、いやいや。ただの香水だよ、これ。」


 そんな2人の雰囲気に自身の起こした認めたくない事態を把握し始めた当夜は地球での真実を告げてみるが次のレーテルの行動に思わず頬を引き攣らせることになる。


「ひっ? いいですか、それは本当に危険なのです。むやみに出さないでください!」


「なんだかもはや科学兵器だね。僕には全く効かないんだけどなぁ。」


「トーヤさんって一体...。」


(...。)


 当夜は取り出した精油の入った問題の瓶を胸にしまう。レーテルのつぶやきとは別にそれを見つめる視線が一つあることに気づかないままに。


「それはそうと行先はコートル王国でいいのかな?」


 ライナーに責任の所在を突きつけられる前に不利な話を逸らすように試みる。


「話を逸らすな!」


「ライナー様、落ち着いてください。そうですね、ライナー様の御意思ではそうなりますが、それを別とすれば世界樹へ向かう方が効率的です。そもそも、クラレスレシア王国としては先ほどの失態は伏せておきたいのですが。」


 当然のように巻き起こるライナーの待ったを退けたのはクラレスレシア王国の文官でもあるレーテルであった。


「失態って。きついな、レーテル。だが、俺は本気だぞ。」


「ライナー。せやけどウチのことは別に気にせんでええんやで。」


「そうですね。ライナー様の話は後でも大丈夫でしょう。時間が立てば落ち着いて考えられるでしょうから。」


「だが、」


 なおも食い下がろうとするライナーを無視してレーテルが話を続ける。


「それよりも例の伝言、アリスネル様の勘、これらが気になるところです。」


「ふ~、わかったよ。伝言ってアレだろ? 昨夜の食事時に出たフィルネールを彷彿とさせるやつだろ。それでアリスの勘ってのは何だ?」


 夕食の時にも話は出していたのだが、酒に飲まれていたライナーに復習させるためにアリスネルが自らの身に起きた不思議な出来事と当夜の危機を真剣な面持ちで語る。その姿たるや当夜の記憶の中でも最も力のこもった就職活動での面接で披露したプレゼンテーションすらしのぐほどのものだった。


「なるほどな。トーヤに危険が迫っていると。ふ~む。だが、具体性に欠けるな。俺としては謎の伝言の方が気になる。コートル王国の危機、そして、この事態を予期したかのような具体的な道筋の明示。これがアリスの言う当夜の危機にどう絡んでくるのかはわからんが、俺には伝言を重視した方が良い気がするぞ。」


「私としては早くお母様の、世界樹のご意見をうかがいたいんだけどね。」


 ライナーの意見により世界樹訪問が遅れそうなことを危惧したアリスネルが即座に言葉を挟む。この世界の住人に取って世界樹の存在は護り神に等しいものである。その効力をアリスネルは良く理解したうえで短い言葉ながらも話の方向を世界樹に向けるように舵取った。


「そやねぇ。世界樹の助言を貰えるんならその方がええんちゃう? 誰の情報かもわからんもんより信頼の置ける世界樹やで。」


「難しいですね。トーヤはどう考えているのですか?」


「んー。世界樹に軽く立ち寄ってまずは助言を聞く。それからコートル王国に向かう。そこでコートル王国の危機とやらの有無を調べる。必要なら解決する。そして、世界樹に戻ってきちんと挨拶をしようか。僕の車を使えば本来の時間よりは短縮できるはずだしね。」


 当夜がみんなの意見をまとめた継ぎ接ぎだらけの妥協案を示す。


「そうね。私はそれが良いと思う。」


 アリスネルが大きく頷いて周囲の同意を得んと見渡す。


「だが、伝言では2日待てってあったんだろ? 明日がその日だろう。出立はもう一日待った方が良いんじゃないか?」


 話がまとまりかけたところでライナーがコートル王国への舵取りを目論むように伝言の中身を取り上げる。


「そうですね。それが良ろしいかと。伝言通りならコートル王国へと直行した方が良いかもしれませんから。」


 フィルネールもまた伝言を重視したい一人であったためライナーの言葉に乗じる。


「じゃあ、そういうことで。今日はどうする?」


「悪いがレムとレーテルは俺についてきてくれ。相談したいことがある。」


 ライナーがきゅっと眉毛を釣り上げて2人を扉の前で振り返ること無く呼びかける。2人の対照的な感情に彩られた返事が戻される。


「ええよ~。」

「ええ。」


 3人が大部屋を去っていくところを確認した当夜はぐったりとうなだれている2人に確認を取る。仮に遊びに行きたいと声がかかっても休ませるつもりではあるのだが。


「じゃあ、僕らはどうしようか?」


「私はちょっと寝かせてもらうわ。寝不足で...、」

「同じくです。」


 相当に疲れているのか2人とも小さく遠慮の意思を示すように手を振っている。


「わかった。しっかり休んでね。」


「うん。」

「すみません。」


 当夜は小さくごめんねと謝ると部屋を後にする。


(じゃあ、僕は、)


 当夜はその日一人で街中を散策して必要な薬剤や食料を足して回り、その後は車の整備をするなど翌日の出立の準備に明け暮れた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝。

 昨日と同じように集まった6人はテーブルを画こう囲むと朝食を取りながら本日の動きを確認する。


「さて、2日目に入ったわけだけどそれっていつごろまで待たないといけないのかな。夕方だったらここでみんなで待ち続けるのもあほらしいよね。」


「なら、みんなで買い物する? それともどっかで修業とか?」


 アリスネルの提案にレムが少し顔をゆがめて後者に対して拒絶の言葉を投げる。


「修業はなぁ。ウチ、嫌やで。」


 レムが遊びを提案しようとしたところでフィルネールがその広い索敵能力で違和感を検出する。


「しっ、人の気配が近づいてきます。

 急ぎの知らせですかね。」


 しばらくしてフィルネールが剣の柄から手を放すことで相手を敵対者でないと示す。


「失礼します! ドワーフ王ダイタル様から火急の知らせです。コートル王国で大災害級の魔物の発生です! 速報では王族の方々の多くが亡くなられたとのことです!」


 息を切らして入ってきたドワーフの男はあの伝言を信憑性を裏付ける内容を伝達する。


「なんだと!? アーニャは、アーニャ姫は無事なのか!」


 ライナーがコートル王国にいる自らの許嫁の名を叫ぶ。一度も目にしたことの無い相手ではあるが、気になるものは仕方ない。


「それは、わかりません。情報が錯綜しておりまして。ただ、コートル王は崩御されたとのことです。」


 コートル王国存亡の危機を告げる内容に愕然とした表情である男の確認をする。かの御仁が演習で不在であったとしか言えない事態であるからだ。


「馬鹿な!? あの国にはフィルネールを超える第12位のハーク・アライアント殿がいらっしゃる筈では? お守りできるはずだろう?」


 ハーク・アライアント、かの赤神に匹敵するといわれる猛者であり、コートル王国に忠誠を誓う王直属の騎士団の長を務めている。かつての魔王から僅かな怪我のみで現王を守った英雄でもある。


「ハーク殿はご存命ですが重傷を負っているとのことです。」


 ライナーの淡い期待を裏切る内容であった。それすなわち相手は魔王を超える化け物である恐れがあるためだ。今のメンバーの中で最も強いフィルネールですら魔王には敵わないことは明らかなだけに今駆けつけることは無謀としか言いようがない。それでもライナーは向かわずにはいられなかった。無事を確かめたうえで謝り、告げねばならないことができたのだから。


「一体何が...。みんな、急いでコートル王国に向かいたい。頼む!」


「仕方ないね。僕らが行ったところで役立つかはわからないけど避難くらいなら手伝えるかもしれないからね。予定をかえることになるけどいいかな?」


「しょうがないですね。」

「ウチも構わへんけど無理はせーへんでよ。」


 戦いも相手の強さも知らないレーテルとレムが快く承認する。


「でも、...。いいえ、わかった。」

(絶対に貴方は私が守るから。)


 敵の強さは理解できなくとも漠然とした不安に駆られるアリスネルが覚悟を決める。


「避難の援助までですよ。戦闘は避けます。いいですね。」


 最後に相手の力量を理解したフィルネールが目を細めて全員を威圧する。


「もちろん。

 よし! 車の準備は終わっているよ。行こう!」


「ああ! みんな、すまんな。使いの者よ、ダイタル王にご挨拶に伺えない失礼を詫びていたと伝えてくれ。」


「承知しました。ご武運を。」


 使いの者が頭を下げて了承するのを確認すること無く全員が街の外に向けて走り出す。エンジン音が響くと6人を乗せた自動車が朝日を切り裂きながらコートル王国領目指して加速していくのだった。

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