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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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鍛冶の街 その7

「やれやれ、ずいぶん買わされてしまったような。」


「仕方ないですよ。あんな言動したのですから。」


 当夜は両手に抱えた布袋の中身を覗き込むとため息交じりにアイテムボックスに収納していく。そんな当夜の姿に苦笑しながらフィルネールは歩幅を合わせて彼の隣に寄り添うように近づき、作業の進んでいない残りの半分を当夜のアイテムボックスとつながっている革袋に入れていく。


「はいはい。僕が悪かったですよ。

 それはそうと、フィルもずいぶん買ったみたいじゃないか。その茶葉みたいなのって結局何なの?」


 フィルネールは当夜が店内を鑑定して回っている間にいくつもの乾燥した葉を選んでいた。時折、当夜を気にしながら店員と小声で何かを相談している節も見られたが当夜は敢えて触れずにいた。とは言え、彼女の鈴のような高い声は通りが良く意識せずとも耳に入ってしまった。そこには“興奮”やら“眠れない”とか危ない薬を連想させるような単語が含まれていた。あと、その顔が妙に赤かったことは気のせいだったと思う。


「これらですか?」


「そう、それ。何かの葉っぱだよね。ああいう店にあるくらいだから化粧品とかになるのかな。」


「近いですね。油に入れて火を焚くと香りが飛ぶのですよ。精神安定にかなりの効果があると昔から使われているのです。これはアイオリスという植物の葉を乾燥させたものですね。最近、アリスネルが疲れているようでしたのでこれで癒してあげようかと。あ、もちろん私も楽しむのですけどね。」


 フィルネールがそう言うと数枚の葉をすりつぶしてできた粉末の入った小瓶を振って見せる。その顔には清楚な表情が張り付いていてその裏の表情は読むことはできない。あるいは言葉通りの安全安心のハーブなのかもしれないが、あの怪しい言葉や態度を垣間見た後では不安を払しょくすることはできない。


「そうなんだ。いや~、女子力高いねぇ、君たちは。」


「何を枯れたおばさんみたいな発言しているのですか。そうですね、トーヤもご一緒したらどうですか? いえ、むしろ一緒すべきです!」


 当夜はこの世界に麻薬があるのかないのかはもちろん、あった場合に不法となるような定め事があるかも知らないので特段問いただすつもりは無かったが、いずれにしても巻き込まれないように話を切り上げるつもりで発言した言葉が逆効果だったことに戦々恐々としていた。なお、フィルネールの顔には先ほどまでの清楚さはどこに行ったのか彼女らしくない鼻息を荒げて興奮気味に遠くを見つめていた。そんな姿が当夜をなおさら不安に追い立てた。


「フィル、ちょっと怖いよ。

 そう言えば、僕の車の中にも似たような物があったなぁ。僕もそれを持っていこうか?」


 フィルネールが害のある物を他人に使うはずがないと自らに言い聞かせながら自らもアロマテラピーの真似事で買ったゼラニウムの精油の存在を思い起こしていた。


「それは助かります。では、今宵は私の部屋に集まりましょう。」

(ふふふ。興奮作用のある薬草も買いましたからね。あとは、)


 フィルネールがアイオリスの葉の裏で取引をしていた媚薬の効果を持つダヒビール茸の粉末の入った小瓶を強く握りしめる。


「了解。じゃあ、食後に。アリスにはどう伝えるんだい?」


「そうですね、私から、」


 フィルネールが風の魔法でアリスネルに伝言を飛ばすことを提案するよりも早く当の本人が2人の虚をつく形で突撃してくる。


「と、トーヤ! 気を付けてっ。貴方に危険が迫ってるの。」


 息を乱しながら当夜に飛びついたアリスネルはその勢いをもって当夜を押し倒して庇うように張り付くと周囲を見渡す。背中を打つ衝撃に息が飛び出るがアリスネルの体がそれに蓋をする。受け身を取ったは良いものの腕をレンガにぶつけた当夜は涙を浮かべたがすぐさま柔らかい布に吸収される。すなわち当夜の顔はアリスネルの胸の中に包まれているのだ。

 息苦しさに当夜は思いの丈を放つと共にアリスネルを引き離す。


「ぶはっ! ちょ、っと、何するんだよっ。そもそも危険って、それはお前だー!」


「ひゃっ。何するの!? トーヤの命が狙われているんだよ?」


 腰に手を回されて宙をばたつくアリスネルは当夜に必死の抗議をぶつける。両手は当夜の後頭部を求めてひらひらさせている。


「アリス、落ち着いてください。一体何が当夜の命を狙っているのですか?」


 我に返ったフィルネールがアリスネルを当夜から受け取ると当夜の身に迫っているという危険の正体を突き止めるべくアリスネルに問いかける。


「えっと、あれ? それは、その~、」


 アリスネルはフィルネールを見るとすぐさま視線を外して宙を漂わせる。


「まさかトーヤを取られたくないからと私のことだとは言いませんよね?」


 フィルネールの目がすぅと細くなる。その様子にアリスネルが大きく身振り手振りで誤解である旨を伝えようとする。


「ち、違うのっ。でも、本当に危険なのっ。本当よ!」


「う~ん、嘘はついてないと思うけど。」


「そうですね。アリス、それはどこからの情報ですか?」


 アリスネルのあまりに必死な姿に2人は訝しげに思いながらも周囲に警戒を強める。


「えっ? そう言えば、どこで、」


 様子のおかしいアリスネルに当夜は彼女の言葉を最初から思い出していく。自身に迫る危険、情報元は不明、狙っている相手がいる、ということを整理しながらも情報の乏しさにそもそもの問題を見出す。


(迫っているということはすぐでは無いということになるかな。まずはアリスを落ち着かせられればもう少し詳しく聞けるか。)

「アリス、ゆっくりと深呼吸をしてみて。僕はすぐに危険が降りかかるわけじゃないだ。ほら。」


 当夜はアリスネルを抱きしめながら頭を撫でて優しく囁く。アリスネルの肩が一瞬ビクンと震える。


(どうやら打撲や怪我の後は無いみたいだな。打撃による記憶障害というわけではなさそうか。)


「う、うん。」

(そう言えば私は何で当夜が危ないって思ったのかしら? 確か森で誰かに教えてもらえた、あれはだれ? うっ、思い出そうとすると何でか苦しい...。)

「もう大丈夫。ありがとう。だけど、―――駄目、やっぱり思い出せない...。」


 当夜が頭部を撫でながら診断を終えた頃、アリスネルが苦しそうな表情を浮かべて記憶を遡れないことを告げる。


(思い出せない、か。記憶の操作、そんな魔法でもあるのかな。だとしたらそれを解く魔法もあるんじゃないか。)

「ねぇ、フィル。記憶の呼び起しができるような魔法ってないの?」


「仮に封印されていたならそれを安易に解くのは危険だと思います。下手をすれば人格を破壊するように仕組まれているかもしれませんから。」


 フィルネールが当夜の問いに間接的に是であることを答えるが、明らかに不適切な手段であることを訴えている。騎士団に身を置く彼女には幾度となく捕虜となった人間がそのような状態から強制的に覚醒させられて悲しい末路をたどった姿を見てきただけに諌めざるを得なかった。


「ちなみにどこまでの記憶があるんだい?」


 フィルネールの強い意思を感じとった当夜はすぐさま思考を切り替えて前後の記憶を確認する。


「えっと、森で魔物相手に魔法の練習をして、それから誰かに声をかけられた気がする。後はすぐにトーヤに危険を知らせるために走っていたって感じ、だと思う。」


「その誰かってところが気になるな。おそらく、そいつが犯人か。これで正体のつかめない奴が2人、あるいは同一人物か、僕らに関わってきたわけか。」

(何かが裏でうごめいているみたいで気味が悪いな。)


 当夜はフィルネールに目をやると二つの伝言を思い出してそのいずれもが正体不明でありながら当夜の行動に大きな波紋を落としていることに自身が何者かに操作されているような不気味なものを感じずにはいられなかった。

 そんな当夜を心配したのかフィルネールが先に進むための声をかける。


「とりあえず、宿に戻りましょう。トーヤ、少し時間は早いですが武器の様子を見に行きましょう。」


「そうだね。」


「ごめんなさい。何だか困らせただけだった。」


 アリスネルがその目に涙を湛えながら肩と首を大きく落としてうなだれる。


「そんなこと無いさ。おかげで気を引き締められた。さぁ、行こうか。」


 アリスネルの頭をひとしきり撫でると当夜は鍛冶ギルドのある方角を向く。

 3人はひときわ大きくなった影を背負いながら交差する剣と槌の紋章を見上げる。門の脇にあった紐を引いて御用聞きに出てきた若いドワーフに目的を告げて敷地内に足を踏み入れる。当夜は2人をダービルの工房の扉の前に留めて単身作業場に進んでいく。


「すみませ~ん。早いけど様子を見に来ました。うぉっ、ダービルさん、大丈夫ですか?」


 踏み込んだ先に真っ先に目に入った光景はうつぶせに倒れ伏すダービルの姿であった。すぐさま抱き起した当夜にダービルが涙と鼻水を盛大に流しながら謝りを入れてくる。


「こ、これはトーヤ殿。申し訳ありません。硬貨を、あの白銀の硬貨を奪われてしまいました...。」


「なっ? いったい誰に? いえ、ダービルさんは大丈夫なんですか?」


 彼の言う白銀の硬貨とは先に預けた1円玉のことであろう。それよりも体に目立つ怪我がないことに当夜は一先ずの安堵を得る。


「俺を心配してくれるなんて、あんたは本当に良い奴だっ。それなのに、俺はっ、」


 どうやら感極まってもともとの言葉遣いが出てしまったダービルは言葉を詰まらせてしまう。


「どんな奴なんですか、その相手は?」


「し、師匠。」


 犯人に今回はたどり着けたようであるが意外な人物の名が上がったことに思わず耳を疑う。


「は?」


「相手はヴォルゴ師匠だ。様子を見に来た師匠に出来上がった剣の研ぎ具合を確認していただいたんだが、その折に作業台の上にあった硬貨に気づかれてそのまま問答となって、結果として殴り倒されたようだ。」


 どこか他人事のように結果を口にするダービルもまた自らの敬愛する師がこのような暴挙に出たことを信じられないようだった。


「それでヴォルゴさんは?」


「わからん。だが、まだそれほど時間は経っていないはずだ。そんなに遠くには行っていないと思う、たぶん。」


 当夜がヴォルゴの所在を確認するために外の2人と働きかけようとしたときだった。フィルネールの声が問題の人物の声と共に扉越しに響いた。


「あら、中でずいぶんと揉めているみたいですよ。」


「そうですか? まったく何を揉めておるんじゃ。それより早くワシの実力を見せつけてやらんとな。

 見よ、この剣を! レゾールなんぞの武器など霞んで見えんほどの出来だぞ!」


 勢いよく開かれた扉の先には自らの作品を自慢げに見せつける子供のような無邪気さをはらんだヴォルゴの姿があった。2人の唖然とした顔に続いて当惑した男たちの疑問符が声となって響いた。


「「はぁ!?」」

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