鍛冶の街 その4
評価をいただいていたこと、感謝いたします。
これからも読んでいただけると幸いです。
「なるほどね。そういうことがあったんだ。」
合流した2組はお互いの話をすり合わせる。当夜の印象ではフィルネールは彼がここに居ること自体が想定外といった様子だ。ただ、ここに当夜が足を運んだことは彼女にとってアイテムボックスの中身を勝手に使用したことを説明するのに勝手が良いと伝達主をフィルネールと憶測する当夜には思えた。
「ええ、それで勝手に砂糖をいただいてしまいました。申し訳ありません。」
「そんな、謝らないでほしいな。」
「ですが、トーヤの信頼を裏切るような行為です。これではあの方にあわせる顔がありません。」
「う~ん。フィルが気にするほどのことじゃない気がするけど。大体、逆にフィルがそう言う行動をとらなかったとしたら僕は軽蔑していたかもしれないね。だから胸を張ってくれていいんだよ。」
そう言って当夜がフィルネールの代わりに胸を張って見せる。実際に人命を尊重したフィルネールに対して好印象は受けるし、仮に使わずに治療薬だけだったとしても軽蔑するはずも無かっただろう。まぁ、あの方なる人物にちょっと意識を引かれたがあえてそこは聞かなかったことにした。
「ふふ。ありがとうございます。」
「ねぇ、フィルネール様とお兄さんって恋人同士なの? 見た目が姉弟って感じじゃないもん。」
当夜は気づいていないがあの方という単語に引っかかった瞬間に顔をゆがめていたらしく目ざとく気づいた少女はからかい気味に2人の会話に割り込む。
「そ、それは、」
フィルネールがとてつもない横槍が気配も無く突きつけられたことで一瞬大きくたじろぐ。相手役に挙げられた当夜もきょとんとして言葉を失っている。
「こら、クーシャ。2人を困らせないの。」
そんな2人の様子にエリアットが困り顔でたしなめるが、その表情に徐々に修学旅行の夜の部屋で友人たちと好きな男の子を探り合う聞き手側の立場を勝ち取った者のそれと変わっていく。
「ん~、クーシャちゃんは中々勘が良いね。」
先に思考を取り戻した当夜が小さい子を相手するように話しかける。当夜から見ればクーシャは10才にも満たない少女にしか見えないからだ。当然、例によって14歳とこの世界での当夜の外見年齢と大差ない年齢に達している。彼女から見れば当夜の発言は少々馬鹿にしたものに聞こえるが、年上のフィルネールと対等なやり取りをする当夜を警戒してそこには触れないでいる。
「じゃあ、」
「でも、まだ恋人には成れてないかな。時たまからかわれているけどね。血は繋がってないけどお姉さんが弟を心配してくれている感じかな。」
なんだ、やはり自身と大差ない少年かとクーシャが胸をなでおろす中、フィルネールが拗ねたように聖銀の装甲が煌めくブーツを地面に突き立てている。
「...。」
「そうなの?」
フィルネールの様子に疑問を抱き、今度はフィルネールに確認をとる。
「はい。そうですよ。」
「フィルネール様、お顔が怖いです...。」
フィルネールが無表情に平坦な声で短く切り捨てる。ここまでいかなる者にも慈愛を与えそうなフィルネールの聖女のごとき雰囲気が少年に向けるものでは恋愛に苦悩するする女の子のそれに変わっている。こちらの方が人らしく感じられて安心できるのだが、今回の感情は負の要素が大きすぎた。
「あの~、お話の途中で申し訳ありませんが、私たちにはそれほどの蓄えはありません。返済は暫くのご猶予をいただけないでしょうか?」
フィルネールの様子から会話が一旦の切れ間に入ったものと判断した小人族の少女2人の母親はここまでの会話から物品の所有者と判断される当夜におずおずと尋ねる。
「ああ、それならエリアットが支払ってくれるみたいですよ。僕は別に構わないんだけど。ね、フィル?」
(まったく、伝言なんて簡単な依頼による報酬を渡して、彼女自身に対価を支払わせることで心理的負担を軽減させるとはね。真面目なフィルネールらしいよ。)
ここまでの誘導を成したフィルネールならばこの伝言の報酬に与えた過剰な報酬をあてがうことを考えているはずだと当夜は認識していた。
「...。トーヤの好きにすればいいと思います。」
当夜が中々彼女の意思に気づかないことに苛立ちを感じながらも早くそのことに気づいてほしいフィルネールは無為な行為と感じつつも不機嫌そうな態を続ける。
「何怒っているんだい?」
不機嫌であることには気づいている当夜はその原因を計りかねていた。当夜は自身が鈍感であることを理解しているが、恋愛小説にあるようなドが付くほどの鈍感主人公のような失態は犯すはずがないと自負していた。確かに客観的に見るということでは彼の観察眼は優れていたが、自身のこととなるとてんで精彩を欠くその観察眼ではその理由にたどり着くことは難しいだろう。
「女心がわかっていないからに決まっているじゃないですか。」
当夜とフィルネールの様子を観察していたエリアットが呆れたようにため息交じりに呟く。そんな彼女のずばりと言い当てた一言にフィルネールが我が意を得たりと大きく頷いている。
「えっと、フィル、本気ってこと?」
自身が超が付くほどのニブチンであることを指摘された当夜は当の本人に確認するしかないことに冷や汗を流しながら問う。
「あ、当たり前です。散々、アピールしてきたじゃないですか!」
先ほどまでの怒り心頭と言った表情から顔を赤くして両手を振り下ろしながら抗議するフィルネールは涙目に当夜を見上げる。
「いや、だいぶ冗談めかしていたし、」
いや待てよと彼女とのやり取りを鮮明な映像記憶と共に思い起こす。いくつものフラグを踏み倒していたことに冷たい汗を滝のように流しながらもどこか救いの出口を見つけようとつぶやいた言葉がそれだ。
「それは、その、恥ずかしかったから。そ、それにアリスもいましたし。」
恥ずかしかったからという普段から淡々とした彼女らしくもない台詞の破壊力に慄きながら当夜は土下座したい心地に立たされていた。そんな当夜に更なる破壊力の込められた爆弾が投下される。
「そのアリスって人はトーヤの妻なの?」
「つ、妻って。いや、そういう関係じゃないよ。こ、恋人だと思うよ。」
この先の展開にいやな予感がする当夜は言葉を詰まらせながら更なる失言を漏らす。
「思うー? 男なら2人とも娶るくらい言える度胸を持ちなさいよ!」
クーシャの姉であるエリアットもまた他人の恋バナに興味津々である少女であった。彼女はもはや当夜を母親の恩人と見るより直接の恩人であるフィルネールの鈍感彼氏とみなしている。そんな彼女は当夜が一歩踏み込むように苛烈な追い込みを見せている。そこには楽しんでいる節が見え隠れしている。
「だけど、僕は別の世界の人間で、」
「だったら、2人とも連れて帰ればいいじゃない。」
「そんなことできるわけがないだろっ。」
(マナが無い世界に連れていったらどうなることか。)
エリアットの提案は当夜も一度は考えたことのあることだ。だが、存在を否定するかのように霧散したテリスールの血や聖銀の在り様はそのことの危険性しか感じられない。
「なら、あんたがここで幸せにしてあげなさいよ。それとも2人とも好きじゃないわけ?」
「うう。まあ、それは好きなんだけど。それより何で助けた相手にこんな言われようなのさ?」
ここまでまくし立てられてきた当夜だったが、ようやく反撃の一手を打つ。というより彼女の口撃をかわすにはそれより他無かった。
「う゛っ。それは~、」
エリアットが対する言葉に窮している様子を見て当夜はようやく事態の収拾にこぎつけたかと安堵した。
「いいえ、エリアットさんのおっしゃる通りです。トーヤは私たちのことは遊びとお考えなのですか!?」
「フィルまで!?」
当夜の期待に反するように当事者のもう一人であるフィルネールが反旗を翻した。果たしてフィルネールはこの場に自分たち以外の存在が居ることに気づいていないのではないだろうか。
「私は本気ですよ。トーヤは、トーヤはどう、なのですか?」
そんな彼女の目には当夜しか映っていない。その目は真剣そのものでごまかしを許さないということをありありと示していた。
「はぁ。ちょっと待ってて。」
(この世界では重婚は罪では無い。所詮独り身だし、地球とエキルシェールを行き来すれば十分可能だよな。とは言え最終的にそうなる可能性もあるとしたら2人を幸せになんてできるんだろうか。いやいや、落ち着けよ、僕。それ以前に僕はフィルのことをどう思っているんだ。出会ったころなら高嶺の花。今なら友達以上であることは確か。一緒に居ると落ち着けるし、話をしてても楽しい。これって好意を抱いているってことだよな?)
自問自答を繰り返してたどり着いた依然としてあやふやな答えに一瞬苦笑しつつ、当夜は表情を引き締めてフィルネールに向き直る。その真剣な面持ちにフィルネールが喉を鳴らす。
「僕はフィルネールのことが好きだ。だけど、そこから先のことを求められてもすぐには答えを出せそうにない。それでも良ければ今はまだ背中を預けていてほしい。答えは近いうちに出す。」
「ふう。そんなところだと予想していました。でも、真剣に考えてくれたなら今は十分です。そのうちに良い返事を貰えればうれしいです。とは言え、私もアリスも異性からの評判は悪くないですからあんまり遅いと後悔しますよ。」
小さくほほ笑むフィルネールの美しい姿に思わず頬を赤くする当夜はその言葉を強く実感しつつ、自らの優柔不断さに呆れていた。
(やれやれ、情けない話だな。それにしてもフィルはこのことを考えさせるために伝言を寄越したのかな。それにしては回りくどい手だしなぁ。そもそもエリアットもフィルが依頼主だという雰囲気を一切表さなかったからなぁ。やっぱり本人に聞く他ないか。)
「それはそうと、あの伝言はフィルネールじゃなかったのかい?」
さて本題と言わんばかりに当夜は話を変える。それこそ二度とその話題に戻らないことを祈って。
「あの伝言とは?」
当夜の予想した伝言主からの疑問に当夜は自身の推測が外れていた可能性が高くなったことを感じた。
「エリアットを通して伝言をいただいたんだけど依頼主はフィルっぽい様相だったからね。」
「そーいえば声質は似ているような。だけど何か違う気がする。」
その目をエリアットに移すと彼女は宙を見上げて何かを思い出すようなしぐさをしてフィルネールをしげしげ見つめて記憶の依頼主と照合する。だが、何かそこには整合の取れないものがあるらしくエリアットは渋い表情を浮かべている。
「話が見えませんが私はトーヤに伝言を出したことはありませんよ。それ以前に最近は誰にも出していませんね。風の魔法で十分ですから。」
そんな2人に完全なる否定の言葉が降ろされる。
そこで生まれる新たな疑問。
「そうだよね。じゃあ、誰だったんだろう。」
「ちなみにその内容をお尋ねしても?」
フィルネールもどうやら興味を持ったようだ。
「エリアット。」
「わ、私ですか。もう仕事は果たしたのに、」
「治療代ただにするけど。」
「っはい。えー。『言葉のままに伝えます。世界樹に会うのは早計です。まずはコートル王国の危機を救いなさい。そのためにもあと2日この地に残るように働きかけるのです。』です。」
当夜の呼びかけに難色を示したエリアットであったが、当夜が目の前に吊り下げた餌に飛びつく。彼女は伝言そのままに再度その内容を声にする。
「なるほど、それは奇怪な伝言ですね。」
フィルネールはその伝言に当夜が最初に感じた疑問を同じく抱いていた。そして、その後に聞かされた容姿は確かに当夜が自身と間違えても仕方がないものであった。自身を模した存在に嫌悪感を抱きながら心のどこかで当夜との関係を進めたこの一連の出発点に感謝していた。そして、その言葉に従うべきであると直感めいたものを感じていた。




