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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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癒す者

 とにかく当夜は動いた。人が多いと言っても渋谷のスクランブル交差点には程遠い密度の大通りは直線で駆け抜けてもせいぜい三人程度が壁になる程度だ。それほど足を取られること無く伏せる男の横にたどり着く。そのまま目の前の血まみれの見るからに年上の男性に声をかける。


「大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫だ。命があっただけ運が良かった。っ、クソっ」


 男は膝をつき蹲るような姿勢のまま吐き捨てるように呟く。


「とにかく治療を。どこか近くの病院まで運びますよ。どこが近いですか?」


 周囲の安全を確認すると全身の様子を診察する。上半身こそ丈夫そうな鎧のおかげで大きな傷は無いが、路上に散らばる血の跡から大きな裂傷を負ったことは間違いない。


「ビョーイン? 何だそりゃ?

 治療か。そうだな、治療を受けないとな。まぁ、すぐそばに神殿があって良かった。そこまで肩を借りても良いか?」


 病院という言葉に心当たりがないのか問い返されたが、興味なさげに、と言うよりも失血により意識が朦朧としてか、深い追いされること無くただ弱弱しく腕を伸ばしてきた。


「神殿? ああ、あそこだね。こっちからで良い?」

(そうか。神殿に医師がいるのか。とは言え、)


 当夜は男の左肩の下に自らの体を潜り込ませると足に力を籠める。だが、180cmを優に超える男の体は容易には上がりそうにない。


「ああ。

 ...ぐっああぁ!?」


 それどころか男は苦悶の表情を浮かべて体重を当夜に任せることになってしまった。ふと、脛を見るとひどい裂傷に加えて外見でもわかるほどに骨が折れて突き出ている。出血によるものか、痛みによるものか、顔色はなお悪くなっている。

 当夜は、覆いかぶさってきた男の下から這い出ると仰向けに転がす。陽の明かりのもとで確認すると思わず当夜は顔をしかめてしまう。


「って、ごめんなさい。ちょっと道の脇で応急手当をしましょう。あのっ、誰か手伝ってくださいっ」


 当夜は片手を挙げて辺りを見回す。すぐに誰かが駆けつけてくれるものと信じていた当夜は信じられない光景を目の当たりにする。振り返った人々は男も女も冷ややかな顔でそそくさと歩き去ってしまう。


「「「...」」」


 何かには辛辣な言葉を投げかける者までいた。


「ルーキーだろ。自業自得だって。」

「そいつを助けたって良いことなんかないぞ、少年。」

「俺たちの金で食いつないでいるんだ。まずは役立つ階級まで上がってから頼れってんだ。」


 当夜が反論しようというところで当事者から悲痛な声がかかる。


「お、おい。良いんだ。ほかの人を巻き込まないでくれ。」

(これ以上みじめにさせないでくれよ...)


「なんでだよ!?」


「...ルーキーだからさ。お前も俺なんかを相手してても時間の無駄だ。さっさと行ってくれ。俺ならどうにかなるさ。」


 腕の力でどうにか自ら道脇まで移動しようとする男の体を支えながら当夜は手伝う。その間も男は当夜に関わらないように告げてくる。やがてたどり着いた歩道の縁で何もかも諦めたような表情でどうにか民家の壁に背をもたらせた男は声もしぼみ気味にうなだれる。おそらくもう動く気は無いのだろう。間違いなくこのままでは野垂れ死にだ。


「馬鹿なことを言わないでください。こうなったら、」


 当夜は街路樹の枝を折り、ハンカチをポケットから取り出し、ワイシャツを脱ぐ。


「これを当て木にして、ハンカチをガーゼ代わりにして、服を包帯代わりにすると。すみませんが、痛みますよ。」


「なっ、ぐっ、痛ぅうう。お、おい。そんな良い布を、」


 前屈をして当夜の行動を止めようとした男だったがそれよりも早く襲ってきた痛みに背を仰け反らせる。何しろ当夜がその傷口を力一杯押さえつけたのだから。気を失わなかっただけ大したものである。


「別にそんな良いものじゃないですから。それより一旦血を止めましょう。」


「こ、こんなことで止まるのか?」


 ゴーダは痛みをこらえて当夜から圧迫行動を引き継ぐ。襲い来る痛みに耐えて顔をゆがめる。それでもその効果もあってか明らかに出血の勢いは落ちていた。


「おい。何だか本当に血が止まったみたいだ。」

(くそっ、治療薬を買ってなかった自分は本当に冒険者失格だな。それに比べてこの少年はどうして、)


「一時的にですけどね。それに、根本的な問題は解決していませんし。」


 さてさてどうやって神殿まで自分一人で運ぼうか、あるいはこの男を置いて神殿までシスターを呼びに行ったほうが良いか。当夜は首をひねる。


「いや、ここまでしてもらえただけありがたい。後は自分で何とかするさ。」


 この先役立つ見込みも無い自分のためにまだ何かをしようとする少年にゴーダは深く感謝すると同時にこれ以上巻き込みたくないという気持ちも持ちあがってきていた。


「何とかってどうするおつもりですか? そんな体で。」


「通りすがったシスターにでも声をかけるさ。幸い神殿の傍だからなそのうち通るだろうよ。」

(これで助かったのなら真っ当に生きることを誓うとするよ。君みたいな少年でさえ、そういう努力をしているんだ。俺も頑張らないとな。)


 二人が出会って初めて男に笑顔が宿る。そこには生を完全に諦めていた時のような悲壮感はない。


「シスター、ですか...。」

(やっぱり僕が呼んでくる方が早いか。問題は街の人みたいに断られないかどうかだな。)

「ん? あれは、」


 当夜の視界にフードを被り、修道服のような衣装をまとった女性がこちらに向かってくる姿が映る。即座に駆け出す当夜。


「ねぇ、貴女はシスター様ですね?」


 息を切らせて前に立ちはだかった当夜にシスターは警戒をにじませた声を出す。


「え? ええ。そうですけど。貴方は?」


 パライバトルマリンのような鮮やかなネオンブルーの瞳を当夜の漆黒の瞳が捉える。街の人にされたことを許すまいとその目に強い意思を乗せて。


「僕は、ってそうじゃなくて急患なんです! 助けてくださいっ」


「どなたか怪我をされたのですね。急いで案内してください!」


 シスターはフードをあおるとその美しいブロンド色の髪を晒す。白い肌に浮かぶ南国の海のような包容感を想わす瞳には当夜の期待に応える強い意思が宿っていた。


「はい。こっちです。」


 シスターの手を引く。細くて弱弱しい感触に思わず手の力を弱めそうになる。それでも息を呑んで力を籠める。そうすることでしか今の心を表せなかったから。


「っ、これは...」


「馬車に轢かれたようで。一応、血は止めていますが...」


「どうして血が止まっているのかはよくわかりませんが、君の魔法ですね。これらを触媒にしているのですか?

 あっ、ごめんなさい。すぐに治しますね。【癒しの風】では難しそうですね。では、これを、」


 シスターは腰からぶら下がった袋からマニキュア瓶ほどの大きさの石質の瓶を取り出す。だが、ゴーダは慌ててシスターの手を押し返す。


「ありがたいがそれはいただけない。俺には【中級治療薬】なんて買えるほどの金は無い。さっきも稼ぎをすべて失ったんだ。【癒しの風】をいただけないでしょうか?」


「大丈夫です。これは【下級治療薬】ですよ。もし貴方が恩義を感じているのでしたら別のところでお返ししてください。それに、ここで治療の手を抜けばこの子に見限られてしまいますもの。」


 明らかに【下級治療薬】とは異なる濃さのそれを惜しげもなくそのシスターは振りかける。たちどころに折れていた骨が体の中に戻り、裂けていた脛が癒合していく。そう、これほどの効果をもたらす奇蹟は間違いなくこの薬を【中級治療薬】たらしめていた。


「う゛っ、うう...、あ゛りがどう゛、あ゛りがどう...」


 そう言い残すとゴーダは気を失った。当夜が慌てて心音を確認しようと鎧を外そうとしたところ、シスターはその手を止めた。


「大丈夫、気を失っただけ。私はリコリス。北街の教会に席を置く者です。貴方は?」


「えっと。僕は当夜・緑邊。エレールさんの家にお世話になっている者です。」


「まぁ、エレール様の。そうですか。

 では、トーヤ。この人は私の方で面倒を見ます。貴方はどうしますか?」


「もちろん最後まで付き合いますよ。神殿に運べばいいのでしょうか?」


「そうですね。ですが、私たちでは難しいでしょう。本人も意識を失っていますから。今、神殿の衛兵を呼びますね。」


 呼びますと言ってから瞑想に入ってしまったリコリスに首を傾げつつもしばらく様子を見ることに決めた当夜は彼女が目を開けるまで30秒ほどをそれ以上に長く感じながら待った。


「これで大丈夫です。もう少し待ちましょうか。ところでトーヤはこの後どちらに?」


「はい。神殿に行こうかと。冒険者登録の途中だったんですよ。」


 当夜は黒い石板をリコリスに差し出す。


「まぁ。それでは【精霊の祝福】を受けるということですね。」


 リコリスの表情が華やぐ。


「そう、それ。その【精霊の祝福】って何なのですか?」


「え? 知らない、のですか?」

(名字持ちならば貴族のはず。それなのに精霊学の最たる基礎も教わっていないなんて有り得るのかしら。それに治癒魔法も使ったようですし。習っていないはずは無いのですが...)


 当夜の疑問をそれこそ疑問だといわんばかりにリコリスは首を傾げる。その表情にはさきほどまでの笑顔は無く困惑しているようだった。


「え、ええ?」

(何だか知っていないとまずそうな雰囲気になってきたけど? おいおい、光っ。基礎知識に必要なことだったんじゃないの? これ。)

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