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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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鍛冶の街 その2

「おう、坊主。お父ちゃん用の武器でも買いに来たのか? 俺が一式そろえてやるぞ。」

「坊主、何の使いだ? 良ければ手伝ってやるぞ。」

「よう、坊主。おめーさんに武器は早ぇから遊び道具なら俺が作ってやるぞ。」

 ・

 ・

 ・

 よくわかった。ドワーフは親切だ、とても、とっても。言葉はぶっきらぼうだが。よくわかった。よくわかったから『坊主』以外の名で呼んでくれないだろうか、と当夜がへきへきしながらレンガを敷き詰めた階段を降りていく。已然、当夜を呼び止めようとする声は止まないが、ご遠慮いただきたいキーワードが消えることは無い。おそらくダービルの言動もその中に含まれるものなのだろう。


「あのぅ、お兄さん。」


「ん? 僕?」


「はい。こちらです。えっと、初めまして。私はエリアットと申します。ご伝言をお伝えに参りました。」


 振り返った当夜に声の主は見当たらない。首を傾げた時だった。不意に腕の裾が引かれる。下を向くとそこには腰丈ほどの小さい少女がいた。いや、少女というよりは大人の女性が縮小されたような違和感を感じる。その正体は小人族である。ドワーフの国では比較的に小人族が多い。これは背丈にコンプレックスを抱くドワーフ(男)が使用人に小人族を好むためであり、また小柄ながらに力強いことが要因と言われている。

 当夜は小人族の女性に目を向けると観察する。どうやら武器の類を持っている様子は認められない。エリアットの言葉を思い出し、その先を問う。


「伝言? 誰からですか?」


 先を促す当夜の顔の上を見上げて何かを思い出すようにエリアットは口を開く。


「えー、確か。『言葉のままに伝えます。世界樹に会うのは早計です。まずはコートル王国の危機を救いなさい。そのためにもあと2日この地に残るように働きかけるのです。』です。

 綺麗な女の人だと思います。お知合いですか?」


「いや、僕が聞きたいよ。ちょ、ちょっと待ってて。」

(誰だ。僕らの行程を知っている人物であることは確かだ。口調からライラさん、では無いな。あの人なら頼んでも無い茶目っ気を混ぜてくるはずだし。ん? 綺麗な女の人だと思います。どうして‘と思います’なんて表現なんだ。)

「その人について特徴を教えられる範囲で教えてくれないかい?」


「えーと。名前は出さないように言われたけど、他には言われてないから大丈夫かな。そうですね。声色は鈴の音のように綺麗でしたよ。銀の仮面を被られていたから顔はわかりませんでしたけど、雰囲気は高貴な美人さんって感じでした。背も高くて、私、羨ましかったです。あと、長い金色の髪がたなびいていたのが印象的でした。」


 エリアットは一つ一つを思い出しながらジェスチャーを織り交ぜながら説明する。その特徴の多くが一人の人物を強く想起させる。


(それって、フィルじゃないか? だけど、フィルなら直接伝えればいいだけのことだし。)


 フィルネールであれば風の魔法で伝達可能である。外部に漏らしたくないことや記録に残したいことであれば紙媒体を使うことも考えられるが完全なる私信である。そこに伝言、口伝なんて不確かなものを使うことに疑問を抱かないほど当夜は素直な男では無い。


(言葉も何か意味があるのだろうけど、この少女に何か意味があるのではないか。少し探りを入れるか。)


「これで良いですか? 私、お母さんにお薬買ってあげないといけないからそろそろお暇します。」


 しばし無言を続ける当夜にエリアットは自身の役目は終わったものと手の中の中銀貨を強く握りしめた。それは依頼主からもらった破格の報酬である。そして、鉱山で大きな怪我を負った母親の治療薬を買うための貴重な資金でもある。


「ん? お母さん病気なの?」


「ううん。鉱山の崩落に巻き込まれて大怪我を負ったのです。ですから、上級治療薬が必要で。とにかく、急いでますのでこれでっ。」


「あっ、ちょっと、君!」


 彼女は伝言の内容から外れた質問をする当夜に自身に与えられた仕事が完遂したものと判断して振り向くこと無く駆けて行く。当夜はその突飛な行動に一瞬我を忘れたもののすぐにその後を追う。

 エリアットはさほど距離のない一軒の薬師処に飛び込む。その後を少し遅れて当夜も店の戸に手をかける。その手で戸を開けることを店主とエリアットの会話が阻む。


「わりーな、エリ。上級治療薬はここには無いんだ。そもそもこの街にはねーんじゃないか。それこそ、王宮の宝物庫くらいだろう。あとは法国までいけばあるだろうが、遠すぎるよな。」


「なら、中級治療薬でもっ。」


 男の声にエリアットの高い悲鳴にも似た声が響く。その声から必死にしがみついている姿が容易に想像できる。


「あるにはあるが、おっかさんのあの怪我に使うんだろう。望み薄だぞ。それにアエルにはわりーが半端に生きててもお前さんと妹さんの負担が増すだけだ。それをあいつが望むとは思えねーぞ。」


 店主は彼女の母親とその置かれている危機的現状を存じているようだ。中級治療薬では対応の効かないほどの重症ということだろう。


「なら、お母さんを見殺しにしろって言うんですか!? 妹の前では絶対に言わないでくださいよっ。」


「だがなぁ。」


 エリアットの剣幕に大きくうろたえながらも冷静に事態を把握していた店主は苦しいながらも現実を受け止めるように彼女を諭そうとして口を開きかける。


(上級治療薬か。この間の補充でいくつか手に入れていたかな。)

「エリアットさん、上級治療薬なら僕が持っていますよ。」


 人族の屈強な店主が可愛らしい小さな少女に気おされながらもつらい言葉を紡ごうとしたところで当夜が戸を開けて希望の光を浴びせる。


「えっ?」

「なんだとっ。」


 二人が信じられないといった表情で呆然と当夜を見つめる。


「ほら。これでしょ?」

(ん? 1個減っている? 誰かが使ったのかな。)


 当夜がアイテムボックスから上級治療薬を取り出したのと同時に在庫が一つ減っていることに疑問の表情を浮かべていたが二人は当夜の手に抓まれる銅瓶に視線が向かってしまいその表情の変化に気づくことは無かった。

 兎にも角にも店主に確認のため治療薬を預けると、店主はいそいそと蓋を開けて一滴指の上に落として色の確認のあとに口に含む。


「間違いない。上級治療薬だ。エリ、少し値が張ってでも譲ってもらえ。」


「ええ。お願いします、私にそれを売っていただけないでしょうか? 母が危ないのです。」


 二人の顔に明るい色が灯る。そこには絶望という闇の牢獄に見つけた希望という光を離さないという強い決意が見えた。


「良いけど、僕も立ち会わせてもらってもいいですか。足りなかったら困るし。悪気はなかったんだけどお話を聞かせてもらっちゃっいました。僕も遠く離れた親を案ずる身、ついていっても良いかい?」


(この方もお母さんのためにこの薬をご用意されたのでは。そうであれば受け取るわけには...。いえ、それでもお願いしなければ。例えこの体を求められたとしても。)

「ええ。みすぼらしいところですので来ていただいても大した御持て成しは出来ませんが。」


 エリアットの体が僅かに震えた気もしたがとにかく急いだ方が良いだろうと敢えて問うことはしない。 


「わかった。なら急ごうか。」


「はい。」


 二人は古びた灰色の安山岩を削った石敷きの通りを降りていく。先頭を行くエリアットが振り返ると石室のような6畳間ほどの部屋を指さす。


「ここが私の家です。では、お願いいたします。お母さん、お待たせ。」


「遅いよ~、お姉ちゃん。」

「おかえりなさい、エリ。」


 エリアットによく似た顔立ちの、より小さな少女が小さな門から顔を出す。ついで、一人の女性、とは言っても当夜の胸ほどしか背丈は無い子供にしか見えない大きさだが落ち着いた雰囲気と少しばかりしわが寄り始めたその顔は自身の母親の姿と重なった。


「お、お母さん? どうして!?」


 驚き、喜び、混乱に次々と襲われているエリアットは目を大きく見開き、体を小刻みに震わせながらどうにか短い問いの言葉を絞り出す。


「お邪魔しています。貴女がエリアットさんですね。私は、えっ、トーヤ?」


 その二人の奥から窮屈そうに腰をかがめて戸を潜る金糸の束が目に入る。そして、その首が持ちあがると黄金色の滝の隙間から覗く碧眼が当夜の瞳と交差する。


「フィル。やっぱり君か。」

(あの伝言はやっぱりフィルか。目的はこの家族に会わせることか。でも一体何故?)


 当夜が伝言の主をフィルネールに定めてこの一連の騒動が彼女の組み立てたものと納得しつつもその真意を掴みかねている頃、当の彼女も当夜がここにたどり着いた理由を求めていた。折しも二人の疑問は重なっていた。


(どうして、トーヤ(フィル)がここに?)

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