鍛冶の街 その1
街中に響く槌が鋼を鍛える音が耳朶を打つ。
当夜は仲間たちと離れて1軒の鍛冶屋、否、鍛冶屋敷を前に屋根を見上げている。そこには槌と剣が交差する黄金色に輝く紋章がそびえ、他の中小の鍛冶屋と一線を画することが明らかである。そこは国王から勧められた鍛冶師、ヴォルゴという老人が経営している一大鍛冶ギルドの本拠地である。
「すみませーん。こちらで武器を診てもらえると伺ったのですが。」
巨大な黒鉄の門は閉ざされており、やむなく当夜は門越しに声を張り上げる。もちろん正しい姿でないことは確かだが、当夜自身もそれを自覚しているがほかに手段がない。正式には門の隅にぶら下がる紐を引くだけで受付の鐘が鳴る仕組みとなっている。
この時は偶然にもヴォルゴの弟子の一人が近頃のスランプを紛らわそうと外の涼やかな空気を味わいに出てきたところであった。
「なんだ、おめーは? ここはなぁ、おめーみたいなガキの来るところじゃねーんだ。さっさと帰んな。」
遠くで叫ぶ少年にいぶかしげに近づきながら、頭の芯から爪の先まで確かめる。見るからにひ弱な冒険者風でお金の匂いもしない、入店の仕組みも知らない一見さんに間違いない少年にこの業界のルールを教える。そこには鬱憤も含まれていただろうが、概ね常識的な断わりを入れた。
「ええっと、そう言わずに。一応、紹介状も持ってきましたので。」
当夜の手に一通の小奇麗な封書がはためいている。その口ぶりから鍛冶師は当夜をどこぞの国の貴族のボンボンと判断した。通常の店であれば、そのようなお偉いさんが商品を求めに来れば諸手を揉んで満面の笑みで迎え入れただろう。しかしながら、ここ、ヴォルゴのギルドは違う。王族や最上級の冒険者にしかその権利を与えない、寧ろ、そんな世界の覇者たちですら選り好みできるのだ。もし彼らが膝をついてでも納めたいと思う者がいるとしたらドワーフ王にのみである。
「誰だ、そんな勝手な真似しやがったのは。俺たちを、ヴォルゴの親方を嘗めてやがんのか? あ゛ぁ!?」
そう言うと髭を首の付け根辺りまで伸ばした壮年のドワーフは門越しに当夜の手から紹介状を奪い取ると無遠慮に封を破り開ける。そこに王の紋章が当てられた蝋付けがなされていたことも気づかずに。文を検める内にその男の顔色が時を追うごとに赤みを失っていく。額を幾筋も流れる汗と抑えようもない震えに受け付けたドワーフからは悲愴な雰囲気が満ち溢れてくる。
「な、な、なっ。おいっ、いえ、これはどういうことでしょうか!?」
明らかに言葉遣いの変わったドワーフに苦笑いを浮かべながら当夜はただ軽い笑みと言葉を添えて答える。
「んー、さぁ? 君たちの王様がここを勧めてくれたんだけど、どうやら問題があったみたいだね。他をあたるよ。」
「い、いえ、滅相もありません。こちらの手違いでした。今すぐお通しいたします。」
「ダービル、どうした? 騒々しいぞ。 ん? どうしたのかね、少年?」
背を向ける当夜とそれを追いすがるように引き留める弟子に怪訝な表情を浮かべて二人を見比べる年老いた白髪のドワーフが戸を開いていた。
「朝早くから失礼します。剣を診ていただこうとお願いに来たのですが、ガキの来る場所じゃないと断られまして、他をあたろうかと。」
さほど高位の者とは思えない少年に泣きつく誇り高いはずの弟子の姿にただ事でないことを理解した高齢のドワーフは言葉を選びながら事態の把握に努めようとする。
「ふむ、それは。弟子がずいぶん失礼なことを申したようですな。お許しいただきたい。しかし、ここはドワーフの工房でも一二を争うほど客が入る。ともすれば相応の対価が求められる。弟子は貴方のご年齢からそれを支払えるか心配に思ったのでしょう。こと、購入に至って恥をかくこととなった大人が幾人もいるのですからな。」
「外見か。はぁ。わかりました。
一応、紹介状をお見せしようとしたのですが、それすら蔑ろにされるような接客を取られたので個人的には店の品位に疑問を持ってしまいました。その点は如何に?」
「招待状? 拝見しましょう。」
当夜が少し困ったように足にくっつくドワーフを見つめると奪い返した手紙を差し出す。すでに封は開けられており、包み紙は幾重にも折れ目がついている。この店の開闢者とも言うべき者であり、ドワーフの王も認める一級の鍛冶師であるヴォルゴの目が文に記された見覚えのある字体に見開かれる。
「むぅ、これはダイタル王からの...。それもこれほどがさつに破られて。ダービル、お主!?」
「も、申し訳ありませんでした。親方の工房に泥を塗る行為、お許しください!」
ダービルが当夜の手を放すとヴォルゴに向き直り、うつぶせに全身を投げ出すと許しを請う。
「馬鹿者っ。謝る相手が違うっ。この方に誠意をもって謝るのが筋であろう。もうよい。お主は今を以て我が工房との一切の関係を絶て。いいな!」
「ひっ。どうか、お許しを。」
なおも師であるヴォルゴの右手に縋り付いて慈悲を乞うダービルを払いのけるように手を振るとそのまま足で肩を押し飛ばす。レンガ造りの階段を数段転げ落ちたダービルは片手を師に向けて伸ばしながら隠す様子もなく涙を流している。まさに今生の別れを意識されるものだ。そんな弟子に興味を失ったのか振り返ること無く当夜に奥に進むように勧める。一度は嫌悪感を抱いた相手であれど、事の一端は自身の無知が起こしたことであることを薄らと感じとった当夜は、日本人特有のこと無かれ主義を発動させ、ダービルに憐れみを感じていた。
「ちょっと失礼します。えっと、貴方がヴォルゴさんでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうでしたな。ワシがこの工房の責任者をしておりますヴォルゴと申します。」
「なるほど。はじめして、僕は当夜 緑邊、冒け、うーんと旅行者です。ちょっと縁がありましてクラレスレシア王国の使節団に同行させていただいております。ところで、ダービルさんでしたか、彼はあの程度のことで首になってしまうのですか?」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。あやつは王の手紙を蔑ろにしました。これはドワーフからすれば万死にあたる行為です。むしろこの程度で済んだだけ幸運でしょう。もちろん、貴殿が王に訴えたいということであれば別ですが。どうされますか?」
「う~ん。つまるところ貴方は彼に謝るように指示していながら本音は王を恐れていただけということかな。彼と大して変りないね。僕から見れば王か師かの違いでしかない。」
「い、いえ。もちろんトーヤ様にも配慮はしておりますとも。」
知っていた。ヴォルゴが第一声、当夜に謝りを入れるようにダービルを一喝したことは記憶に新しい。だが、ここまでの問答から彼の気遣いの裏側に王への畏敬の念が大部分を占め、トーヤ自身への敬意が薄いことを突くには十分である。そう、当夜は客の立場を利用して揚げ足を取りながら話を有利に進めようとしているのだ。彼の弟子のためにも。
「だけど、僕の意思も関係なく彼を裁いているけど?」
「そ、それは...、」
「アハハ。失礼。もちろん師と弟子の決め事に口を出すのも野暮なのだろうけどちょっと彼にも機会を与えませんか?」
「機会、ですか? して、具体的に何を?」
「僕の知人の鍛えてくれた剣を研ぎ直してもらいたい。だいぶ酷使してしまってね。それが課題というのは? 合否は師匠であるヴォルゴさんの目に適えばよしということで。もちろん対価はお支払いしますよ。」
当夜は鞘に収まる剣を撫でながらヴォルゴに目配せする。
「なるほど。ですが、鍛冶のことで、となるとワシの目は厳しくなりますぞ。」
ようやく当夜の目論見に気づいたヴォルゴは小さく咳払いした後、少しばかり頬を緩めはしたものの、鍛冶師としての火の灯った目を向ける。それはやがて小さく震える弟子のダービルに向けられる。
「だそうですが、どうします、ダービルさん?」
「も、もちろん挑戦させていただきます。どうかご慈悲を。」
ダービルに初めて会話の水が向けられたところで彼は匍匐前進するかのようににじり寄る。それはもう必死の形相である。
「自信はあるんですか?」
「弟子であれば望みが薄くともこの機会受けないはずはありません。」
「そうですか。では、これを。」
彼の強い意思を確認して当夜はレゾールが当夜を想って打ってくれた聖銀の剣を差し出す。そこには海上の魔物や盗賊たちとの戦闘ではびくともしないはずの優れた武器でありながら数えきれないほどの刃こぼれが散見する。それは【赤神】や【紫甲の悪意】との尋常ならざる戦いでついたものだ。それでもなお鋭い光を宿していた。
「こ、これは!?」
「むぅ。」
二人は当夜から差し出された聖銀の剣を驚きと共に凝視する。
「失礼、トーヤ様。この剣はどちらで手に入れられたものですか?」
ヴォルゴは自身のプライドを守るためにも当夜の口から古代の精霊が作り出したものといった人外の叡智の結晶であることが語られることを期待した。その見るからに年季の入っていない剣を、他に追随を許さぬ高みに至ったはずの自身でも作り上げることができない剣を、まさか同族が作り出したなどというは不安をいち早く否定してほしかったのだ。
「ああ、これはクラレスのドワーフ、レゾールさんにお造りいただいたものですよ。」
ヴォルゴが膝から崩れ落ちる。その口からうわ言のように言葉が落ちる。
「レ、レゾールってあの名殺しレゾール? いや、そんなはずは、」
彼の知るレゾールはヴォルゴ自身も認めるそこそこ才ある小僧であった。腕は才並みに上がったが努力を知らない彼はそれ以上の成長を見込めなかった。そのドワーフにあるまじきネーミングセンスもあってか、この街では商売にならず、旅に出て行ったときもさして興味を引く存在では無かった。それこそ目の前で崩れ落ちる弟子ダービルの方がよほど腕前は上であろう。しかし、続いて当夜の話すレゾールの話はまさに彼のことであることを物語っていた。
「あのレゾールさんかどうかはわかりませんが、ネーミングセンスは出鱈目だったですね。あれは売れませんよ。」
「まさかレゾールに越えられるとは。ワシも老けたものだ。すまんな、間違いなくこの国でその剣を研いでやれるものはワシぐらいであろう。ダービルではとても、」
研ぐだけならばどうにか自分にもできるであろうと言葉を発し、ふと弟子の姿が目に入る。そこには切望の後の希望からさらに絶望に落とされた放心状態のダービルがいた。そんな二人に当夜が無理難題を吹っかける。
「じゃあ、ダービルさんがこの剣をきちんと整備出来たなら弟子に戻してあげますか?」
「それは、当然そのような才ある者であれば手元に残しておきたいところはやまやまですが、それは不可能と言うものでしょう。」
当夜の言葉で放心から戻ったものの顔を青ざめて嫉妬と落胆の影を落とすダービルの姿は師の発言に偽りがないことを如実に物語っている。師であるヴォルゴも悔しげに顎鬚を数本抜いている。ドワーフにとって何よりも誇るべき髭を抜くことは相当な精神的な負荷がそこにかかっていることを意味している。そんな二人に当夜は悪戯心を湛えた表情で見やる。
「ならダービルさん、一緒に鍛冶場までご案内いただけますか?」
「は、はい! こちらです。」
絶望的とはいえ自身が何もできないままに終わるよりは希望が見えた瞬間だったと後にダービルは語る。当夜を引きつれて向かった先は彼の工場である。ダービルほどの高弟ともなれば自身の炉を持つことを許される。ダービルが炉に火を入れたところで当夜から声がかかる。
「ちょっと待って。では、これを受け取ってもらって鍛冶に入ってもらえますか?」
当夜が差し出したのは【鍛冶の精霊】に祝福された一円玉。レゾールに起こったことを今度はダービルに起こそうというのだ。
「これは、聖銀? いや、いったいこれは?」
「【鍛冶の精霊】の加護を受けた方がうまくいくと思うんだよ。実際、レゾールさんもこの剣を打つのに使っていたし。」
「貴方は一体。【鍛冶の精霊】とは恐れ入ります。王が紹介状を認めるだけあるということですか。」
彼ら、ドワーフが信奉する【鍛冶の精霊】が祝福したものと聞いてダービルは恐る恐る手に受け取る。体中を温かい力と自信がみなぎり始める。これならやれる、否、より良きものに昇華させられるというやりがいに満たされる。
「口外不要ですよ。それと、それは与えるのではなく貸すのです。お忘れなく。」
「もちろんです。とは言え、お時間をください。良い剣を整えるのであれば通常6鐘ほどいただかねば満足いくものはできません。いくら【鍛冶の精霊】の加護を受けたとしても自身で納得できる時間をいただきたいのです。」
「別に良いですよ。では、夕方お尋ねします。それまで集中できるように僕は街を見学してくるとしますよ。」
「えっ? 見張らなくてよろしいのですか?」
てっきり見張りがつく者とばかり思っていたダービルは上擦った声を上げて当夜を振り返る。そこにはさも当然という顔でむしろ疑問を呈する当夜がいた。
「もちろん。その程度で壊れる師弟関係なら僕の見る目が無かっただけのこと。ドワーフの誇りを軽蔑するだけですよ。それでいいですよね?」
「当然だ。馬鹿にするな! っあ。」
「期待しています。僕の剣をよろしくお願いします。」
思わずダービルの地が出たが当夜は咎めること無く、むしろ口元を緩めながらお辞儀を伴ってお願いをするのだった。




