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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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歓迎

 漆黒というほどに黒いジェットのような材質の円卓を囲む10人の影が囂々と燃える暖炉の火のような明るさを湛える光球によって床に広げられている。円卓の上にはドワーフが誇る芋と肉を中心とした郷土料理が並び、種類に数にと多くの酒が所狭しと並んでいる。その円卓の先にある舞台では酒に中てられたドワーフたちが軽快に痛快に転げるように踊っている。

 そう、当夜たちはドワーフ王ことダイタルが主催する宴に招待されたのだ。もちろん、この宴は異国の使節団である当夜たちを歓迎するために開かれている。細かな交渉事をゆだねられたレーテルと未成年のレムを除いて、当夜しかり、アリスネルしかりだいぶ酒がまわっているようだ。ドワーフの酒は大いに酩酊を促すものから客人向けの上品なものまで多岐に渡り、酒に疎い者でもその道にどっぷりと惹きこまれてしまう魔力がある。そんなドワーフの酒に中てられた当夜もいつになく陽気に間延びした声で会話を進めている。

 宴も終盤に近づいた頃、唐突に両手を揉んで飛び跳ねるレムの黄色い声が会場に響く。彼女の歓声を誘ったその正体は、テーブルの上に広がるドワーフの郷土料理の数々でもドワーフの小躍りでもない、酔いに気を良くした当夜がドワーフたちに振舞うために出したおやつの数々に対する反応だ。すでにドワーフ側は国王を除いてすでにその手に銘々選んだものが乗せられている。大半はすでに腹の中に納まっているが。そんな姿を見てひとり呻く者がいた。ダイタルである。彼は待てども待てども部下が毒見を終えた当夜の差し入れを持ってこないことに苛立ちを覚えていた。そんな彼の怒りを知るはずも無いレムが追い打ちをかける。


「ウチ、これがええ。食べてええやろ?」


 レムがどら焼きを指さしながら当夜を上目遣いに見上げる。そんな彼女を尻目にフィルネールが無言で件のどら焼きを盗り上げるといそいそと個包の封を切って口に運ぶ。


「構わないけど、今、フィルネールが取って行ったよ~。」


 酒に浮かされた当夜の陽気な声がレムの希望を打ち砕く。


「えっ? んな、ひどいやないか、フィルネール様っ。」


 フィルネールの柔らかな唇がどら焼きを挟み込む度に次々と消えてゆく愛おしい相方を見守りながらレムはゴクリと唾を呑む。フィルネールはその甘味に負けた女の至福の表情を浮かべてどら焼きを愛おしそうに口に運び続けている。その様子からはレムにその欠片も回ってくる気配が無い。


「あっ、じゃあ、私はこれで。」


 フィルネールから取り返すことを不可能と判断したレムはテーブルの上の円形のパンを取ろうとするが、アリスネルの手がそれより早く掻っ攫っていく。アリスネルが手にしたそれはプレミアムなロールケーキ、中央の生クリームが艶めかしく純白に輝く。


「っ~、それも狙っとったのに~。しゃーない、これで。って、あれ? ここにあったパン、どこ行っちゃったん?」


 レムが代わりにとあげたパンとはチーズケーキのことである。彼女が見渡す先には5枚のクッキーが納まった袋とモンブランしか見当たらない。


「う、美味い! ほう、酸味だが果物のそれだけでは無いな。それを塗りつぶすほどの甘味。これほどふんだんに砂糖を使ったお菓子があろうとはな。これだけで銀貨何枚になることか。これは誰にも渡せぬっ。」


 次々と消えていく魅惑の食べ物に焦りを覚えた王は狩人がほかの得物に気を取られる絶妙なタイミングで席を立つと残り僅かな選択肢からベイクドチーズケーキを救出する。そばに控える兵士が毒見をしようと近づくや否や国を治める者として愚かな行動をとる。そこに一切の迷いはない。兵士が驚きの表情を浮かべるのも当然だ。その表情は王の顔色からより深刻なものとなる。王の顔が驚きに染まり、動かなくなったかと思うと呻きだしたのだから。もちろんあまりの美味さにであるが。次に発せられた言葉に兵士が安堵するまでしばし間があったことは彼の人生でも一二を争うほど混迷を極めた瞬間であったことは確かだ。


「その気持ちよ~わかるで。はぁ、それにしてもまた取られてもうたわ~。まぁ、王様じゃ、しゃーないわ。それなら。あ、あれ? 何も残っとらへん、」


 レムが円卓の上を舐めるように覗き込むと顔を大きく振りながら現実逃避に走ろうとする。そんな彼女に当夜がとどめの言葉を降らせる。


「レム、悪いね。もう無くなっちゃったみたいだ。おかしいな~。僕の分もないし、人数分確かに出したはずなんだけど。まぁ、いっか。大したものじゃないし、食べられなくても良いだろ、レム?」


「っんなの、許せるわけないやろ!」


 レムがかつてない憤怒の表情を浮かべて抗議する。ドワーフの度数の強くも飲みやすい火酒に毒された当夜がへらへらと笑いながらレムの言葉を本気に取り合おうとしないでその様子をフィルネールに無意味に報告しようとしたところでふと気づく。


「あれ? フィル、頬にクリームがついているよ。取ってあげる。ん、甘~。」


 当夜がフィルネールの唇の端に付いたクリームを確かめるためか顔を近づける。そこまでの動きはフィルネールでも目を見張るほどの動き、一瞬で距離を詰めると下から見上げるように、少しでも動けば唇同士が触れるほど肉薄する。フィルネールは自身の顔が上気するのが手に取るようにわかった。体温が急上昇したせいでクリームの艶めきが高まり雫として緩やかに降下し始めると、当夜がすかさず指で掬い取って口に運ぶ。


「えっ、そんな、ちょ、ちょっと、何やっているんですか!?」


 フィルネールが思わずと形容するように一歩後退する。その顔には若干の焦りが浮かんでいる。当夜がクリームの甘さとフィルネールの恥じ入るような動きに思わず頬を緩める。


(お~や~、こんなことで照れるなんて意外と女の子らしいところがあるんだね~。ん~、クリームってさっき食べていたただのどら焼きには含まれないトッピングだよね。てことは、)

「フィル~~?」


 当夜はフィルネールの焦りの中に見え隠れする後ろ暗いものの正体に気づいて少し意地悪な笑みを浮かべる。途端に彼女は俯きを深くすると小声で食べ物に意思があることを告白する。普段の年長者ぶる彼女らしからぬ少女然とした憂いを浮かべた姿に思わず見惚れる。


「はい、だって誘惑が凄いんです。私を食べなさいって。」


「まったくしょうがないなぁ。でも、可愛いから許せる!」

(それにしても、普段ならこの辺りでアリスの暴力が振るわれる、無いしはぐぬぬっとか顔をゆがめてにらみを利かせてくる頃なんだけどなぁ。)

「ん? アリス、さっきから後ろを向いているけど気分が悪いの?」


 当夜はフィルネールの珍しい姿にはしゃぎながらも目ざとく椅子の影に隠れるアリスネルの姿を認める。しかし、案ずる当夜の声にも一向に振り向く気の無い返事が返ってくる。


「ん~ん。だんでぼだいよ゛。」


 当夜がそっと近づくとその横顔を確認して確信する。もう一人の犯人はこいつだと。


「アリス、お前もかいっ。」


「だっで~。おいじずぎるだぼん。」


 振り返ったアリスネルの頬はリスが頬袋にドングリを詰め込んだように膨らんでいた。その顔が可愛いことは可愛いのだが態度に反省が見られず、レムの怒りのボルテージが高まっているのが背中越しに伝わってくる。


「レムにはこれを上げるから我慢してね。ほら、手を出して。」


 当夜は肩を震わせるレムの頭を撫でながらアイテムボックスから一つの缶を取り出してその小さな両手に乗せる。


「これ、何なん? お宝?」


 レムは両手で抱え上げるように持ち上げるとその缶に描かれた色鮮やかな宝石の絵柄に瞳をシースマークに変えて中の確認をするように振る。カラン、カランと宝石に似つかわしい軽い音が響く。


「ドロップ飴、飴だよ。貸してごらん、蓋をあけてあげる。」


 カキョンと小気味いい音を立てて蓋が外れる。缶を傾けてレムの手のひらに一粒のピンク色のエメラルドカットに似た形状の飴を転がす。


「あ、飴? これが? き、綺麗や。これが食べ物なん?」


「イチゴ味だね。結構おいしいから気にいると思うよ。」


 親指と人差し指でつまみ上げたそれをしげしげ見つめるレムは意を決したように口にそのまま含み入れる。彼女の顔を驚きと至福の二色の感情が塗りつぶす。しばらく無言で楽しんだレムが当夜に感謝の意を伝える。


「ありがとう、トーヤ。」


 当夜が素直に感情を表現するレムに柔らかな笑みを返しながら反対の手に缶を受け取らせる。レムが更なる喜色を浮かべる。


「して、トーヤ殿はこの後どうされるおつもりかな?」


 餌付けを終えた当夜にガールドが待っていたように言葉をかける。もちろん、武と鍛冶にばかり秀でた彼としてもこのまま当夜にこの地から離れてもらわれてはこの国に訪れた好機を失することとなることくらいはわかる。もしも、その答えが即時帰還であったならこの街の魅力を過剰でも押し売らなければならない。


「ん~、次の行先は【世界樹】だったかなぁ。でも、その前に街を見させてもらいたいものだね。まぁ、みんなの予定にあわせるつもりだけど、どうなのかな?」


「俺はこれで急ぎの予定は終わったからな。問題は無いぞ。むしろ、ゆっくりしたい。」


「ウチも折角やからいろいろ見て回りたいな。」


「私はどのように進めていただいても結構ですよ。」


「私も別に急いでいないわよ。トーヤの好きにしていいわよ。」


「ということなので今日、明日は散策ということで。」


 皆、ここまでの強行軍が祟ってか、ゆっくりしたいという感情があからさまに表情に浮かび上がっている。言葉もまたそれに追従していた。特に急ぎの用も終わったライナーは誰よりも早くその旨を伝えてきた。ただ、彼の場合はその裏に許嫁と決められたコートル王国の気の強い姫君に合いたくないという本音が隠れている。ともあれ、無事に当夜たちがドワーフの街に留まり、住人たちとの接点が生じる可能性が示されたことでガールドやドワーフ王は深く安堵し、満面の笑みを浮かべていた。


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