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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
195/325

ドワーフ王との交渉

 馬車をひく馬の足音が静けさに満ちる街道に波紋のように広がる。

 翌朝、ドワーフ王自らのお出ましに姫様同様、面喰いながら当夜たちはレアールの門をくぐる。そこには肩身を狭く窮屈そうに縮こまる当夜の姿があった。


「もう一度お願いさせてもらいたいのだが、その【ジドウシャ】とやらを拝ませてもらえんかな。」


 威風堂々とした雰囲気を漂わせてドワーフと言う割に大柄に見える男は口を動かす。しかし、あふれ出る威厳すらも覆い隠す髭が口の動きを一切封じ、腹話術に長けた様相を魅せる。


「あれは一度しまうと取り出すのに厄介でして。それにお見せしても僕には人に教えるほどの知識はありませんから。」


 当夜は【時空の精霊】からの苦言を思い出しながらやんわりと断りの返答を返した。しかし、社交辞令の断わりなど許さない者が一人割って入る。


「無礼なっ。貴様、ドワーフの王たる父上の頼み事を聞けないというのか!?」


「それなら僕がこの席に居ることの方が無礼ではないかと。今からでも後ろの馬車に移りましょうか?」


 当夜が目を細めて軽蔑の視線を送る。当夜はこの世界では明らかに未熟な少年とも思える容姿であるが、精神的には30近い年齢に達している。そんな彼からすればもとより心象よろしくないレターニャの重ねられる稚拙な行動は苛立ちを誘発するに十分すぎるものだった。彼女の言葉はこの居苦しい空間を抜け出す丁度いい渡り舟となりそうであった。


「ふん。自分でもわかっているじゃないか。さっさと後ろの馬車に移っていただきましょう。この馬車は王族や高貴なる者が乗るべきです。その通りでしょう、父上? そうだ、近衛騎士団長であられるフィルネール様にお越しいただきましょう。」


 レターニアが当夜が乗りかかった船をさらに沖合に押し出す推力を加える言葉でまくし立てる。

 途端に当夜の目がさらに細まり、侮蔑を浮かべるように口角が上向く。当夜を中心に場の空気が急速に冷えていく。この時、二人の人物は肝を大きく冷やしながら執り成しの言葉を探していた。  


(これがトーヤの怒り。ドワーフ王はわかっているのだろうが、これはまずいぞ。【ジドウシャ】にしかり、数多くの宝玉、トーヤと言う人物の関心を失することがどれほどの痛手につながるか。外見に侮り、対応を間違えていれば王国も、)


 ライナーの思考を遮るようにドワーフ王の叱責がレターニアに降り注ぐ。


「馬鹿者っ。お前のせいでこの方々に迷惑がかかったのだぞ。本来であれば後ろの方々も皆こちらに乗せたいほどだ。聞いた話ではトーヤ殿が貴女らを救うように動いてくださったとか。」

(ガードルとライナー殿の話が事実ならばドワーフにとって彼は宝に等しい存在だ。わが娘には悪いが彼を立てないことには敵対しかねん。それがどれほどの停滞につながるか。それにしても、娘より若いこの少年は何と不気味に大人びていることか。)


「う゛う。」


 レターニアが滅多にない父親の怒りに触れて涙を浮かべていじけている。ドワーフの王、ダイタル・キュクロープは可愛い最愛の娘の涙に喉を鳴らしながらぐっと言葉を飲み込む。


「それで、本音のところは?」


 当夜が試すような視線を投げかけ、ダイダルは真っ向から受け取る。


「お主の知識、技術、所有物に触れたい、それに尽きる。」


「面白い人ですね。でも、それって言いかえれば僕自身に興味は無いということですか。」


 初めてダイタルは子供らしく破顔する当夜の年相応の姿を見た気がした。


「今はまだ深く知り合った仲でも無いのでな。だが、どのような人物かは大いに興味深いところだ。何しろ、盗賊に襲われている見ず知らずの者を助けようとするお人よしだ。危ういところを感じているし、好感を抱いたのも事実だな。」


「ふ~ん。ダイタルさんでしたか。自動車はともかく貴方の知りたい情報を開示するにも、こちらの無理も聞いていただけないと割に合いませんね。その辺は?」


 大口を開いて怒りをぶちまけようとするレターニアをタイダルが制する。ライナーも当夜を諌めようと声をかけようとするが、ドワーフの王はそれすら手で押しとどめるように制する。


「うむ。もちろん、ほしいものでもあれば言ってみるが良い。ワシにできる範囲で最善を尽くそう。」


「僕には無いかな。それはそうと、もし僕の友人からのお願いがあるって言われたら僕の意思と同じく受け取ってもらえるのかな?」


「もちろん可能だ。お主の友ならば大歓迎だ。」

(確か王国は王都が魔人によって壊滅的な被害を被ったとか。だとすれば我らに会いに来た理由は事前の伝文のとおり再建支援ということか。王国の使者としてライナー殿と同じ立場なら弱い立場に立つと判断しての言葉か。不気味なほどに取引を知る子供だ。)


 ダイタルは当夜から彼の視線の先、ライナーに意識を移すとと豪胆な笑みを浮かべる。当夜もまた捉えようのない笑みを浮かべる。


「僕は王国の民じゃないけど王国の友人だからね。ところで、ライナー、王がそのようなありがたいお言葉をくださったけれど君からは何かお願い事は無いのかい?」


「トーヤ、お前。」

(まったく子供とは思えんぞ。)


「...。」

(こんなの認めない。お父様の笑顔を作れるのは私だけなんだから...。)


 ただ一人苦渋の表情を浮かべる少女は当夜ににらみを投げかけ続けたが当夜自身はもはや完全に取り合う様子は無かった。



 ドワーフの城とも呼べる金属の構造物をひたすら積み上げた建物はこの世界では文字通り最も硬い城と呼ばれている。構造物の中には剣や斧のような武器、鎧、盾のような冒険者や騎士に必須な武具防具あるいは建物の部材、調理器具、農具といった生活用具まで含まれている。

 当夜たちは構造物が落ちてこないことが不思議な渡り廊下を通り過ぎて玉座の間とみられる部屋にたどり着く。


「これは、」


「すごいじゃろ。ここに飾ることができるものは皆傑作と呼ばれるものだけじゃ。街中のドワーフはこの【キュクロープの展示場】に自慢の品を飾ることを目指しておるのだ。」


 ダイタルのいう通りこの城と呼ばれる建物は本来、ドワーフたちにとって品評会場とも博物館とも言える場所である。彼らは自らの力作を誇る場所に街の中心の広場を選び、そこにひたすらに作品を飾り続けて自慢しあった。いつしかそれは商売の広告塔となり、彼らの街に潤いをもたらすきっかけとなった。そして、いつしか巨大な城の如く高く高くそびえることとなった。この玉座の間こそ最初の広場その場所なのだ。なお、その管理者の子孫がダイタルなのである。

 そのダイタルが様々な色の装飾が施された豪華な椅子に腰かけている。周りには完全武装をした兵士たちとガールド、そして嫉妬の目を当夜に向けるレターニアの姿があった。

 レッドカーペットの先端でライナーが恭しく礼を取ると残りの者たちもそれに従う。その様子にドワーフの王が早速ながら取引の口火を切って落とす。


「ようこそ我らが城へ。クラレスレシア王国の使者とその友人らよ。貴殿らの来訪の理由は文の中ですでに確認している。我らと王国は良き隣人として良好な関係を築いている。とは言え、我らも慈善活動とするには取引先が多すぎて平等性を保たねばならん。王都の再建の支援、その対価はいかに?」


 ライナーが口を開くよりも先にアリスネルが若干の苛立ちを含めて疑問に別の疑問をぶつける。


「良き隣人、ねぇ。私たちの森からずいぶん木を盗む者が多いのだけれど、私の森もその中に含まれるのかしら?」


 ドワーフの多くは世界樹の周辺に広がる森を深く開拓して鍛冶の原動力である火の燃料として過剰伐採をしてきた歴史がある。これにより一刻は【深き森人】と戦争状態に陥った。この騒動の後に締結された協定によって世界樹の根のある範囲ではいっさいの伐採を認めないという規制がかかった。しかし、実態はそれを承知したうえでの盗難が相次いでいた。


「これは、これは、【深き森人】のお嬢様。もちろんでございます。取り締まりを強くしているのですが、あまりに良質な木をお持ちのために惹かれる者が多くて申し訳ありません。ですが、わが国は取り締まりを強め、世界樹の森に害成すものをきつく罰しております。また、灰や土を貢ぐことで良き関係を維持しているかと。どうかご理解ください。」


「あっそう。」


 彼女なりにライナーの立場を浮上させる援護射撃を行ったのであろうことは確かだ。だが、それは【深き森人】との間の問題であって本件には影響を与えるのは難しそうである。それでもライナーはアリスネルに感謝の念を抱きながら交渉の場に立った。


「こちらでお支払いできるものは金貨200枚と不足分として鉱山資源をと考えております。隣人のことで心を常日頃砕いて来られた王様のことであれば我が国の置かれている厳しい状況を理解していただけるかと。」


「ふむ。金貨200枚かね。貨幣は貴国が立ち直っていく上で必要なものであろう。どちらかといえば鉱山資源にこそ興味深いな。どうかね、鉱山一つを我らに明け渡してくれないか? そうだな、クネル鉱山はまだ新しい面白い鉱山と聞いているぞ。」


「そ、それはさすがに...。」


 窮地に立たされているライナーの姿にレムが小さく舌打ちをする。その音を隠すように当夜の声が重なる。


「友人をあまり困らせないでほしいな。馬車での話を蒸し返すのは時間の無駄だろうから一つ贈り物を贈らせていただこう。

 これを。」


 当夜は財布から【鍛冶の精霊】に祝福された一円玉を取り出すと親指で跳ね上げると落下してきたそれをその手でつかみ取って前に突き出す。


「おお。ガールド、受け取って参れ。」


「はっ。

 まさか!? これはっ。」


 ガールドは受け取った硬貨を見つめて息を呑むとしばらく立ち尽くす。その後慌ててダイタルの手元に届ける。


「これはっ、これは一体? これほど軽い金属。聖銀? いや、未知の金属か!

 おっと、すまない。興奮してしまった。お返ししなさい。」


 ダイタル自身、金属に対する造詣は深く、その価値はそこらのドワーフよりも長けている。それは、ライナーの示した金銭的価値には及ばないだろうが、それは人から見ればの話であってドワーフから見れば金では換えない価値がある。


「ああ、いや。それは贈り物と言ったでしょう。どうぞお納めください。」


 当夜は両手を開きながら大きく身振りで意思表示する。


「な、なんとっ! しかし、これは国宝級だぞ。いや、金では換えない代物だ。本当に良いのか?」


「それは姫様もご同車いただいた馬車でのやり取りを思い出してくだされば十分かと。」


「わかった、わかった。お主らには娘を助けて貰った恩義もある。対外的にも十分な理由があったな。それに貴殿とは仲良くしておきたいのでな。これ以上のわがままは言わんよ。」


 ダイタルは苦笑いを受けべながら、王としての職責よりも一人のドワーフとしてこの未知の金属と向き合いたいと思う気持ちに負けたことを嘲笑いながら、そんなドワーフの心をつかむ少年に畏敬の念を送らざるを得ないと目を瞑った。

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