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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
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ドワーフの姫、レターニャ

「よ、よう。久しいな。ガールド。」


 ライナーが引き攣った笑顔で生返事する。その顔にはその名で呼ぶなという強い意思が込められているがいつになく深い闇夜と当夜の車の強烈なライトの光量のせいでそこまで詳細にはガールドには伝わらない。今宵は二つの衛星エルとメルがいずれも姿を隠す日、深新月にあたるため殊更暗いのだ。


「久しいには久しいのですが、どうしてこちらに? お手紙ではあと10日はかかるかと思っておりましたが。」


 ガールドは自身よりも断然巨大なハルバードを大地に突き立てると、倍はあろう背丈のライナーに手を伸ばす。ライナーがその手を強く握る。異様に固く、生き物の皮膚とは思えない岩のような手の感触は3年ぶりだ。それは巨大なハルバードを振るい続けてきたこともあるが、趣味の武器作りがその多くを担っている。ライナーはかつて彼の趣味に付き合わされたことを思い出していた。彼のパーマの効いた長い髪や誇らしげに伸ばす髭同様に炉で煌々と赤く燃える火に鉄を差し、その腕同様に重厚な槌で刀身を鍛える姿はまさに鍛冶の化身であった。彼の造る武器は【鍛冶の精霊】や【火の精霊】、【土の精霊】など数多くの精霊によって祝福される。ライナーの剣もまた彼の力作だ。ただ、ライナーの手に納まるまで8鐘ほどの自慢話を頂戴したわけだが。 


「相変わらず、趣味が盛んなようだな。

 まぁ、予定よりも大いに早くなったのは、あれのおかげでな。それにしても何があったんだ? 盗賊ごときに後れを取るなんてお前らしくない。」


 ライナーの言葉ももっともである。ガールドはその実力を含め第1戦級の冒険者と遜色ない実力を持っている。その上、ドワーフ王の軍務における参謀を務めるほど戦略的指揮に長ける人物である。


「返す言葉もありません。私の不徳によるものと反省しております。おかげで姫の命は救われました。姫、出てきてください。ライナー皇子ですよ。」


 ああ、とライナーは納得する。ドワーフ王の娘は母譲りの我儘と父譲りの勝気さで有名であった。おそらくはガールドの言葉を蔑ろにしたであろうことは想像に難くない。併せて、姫直轄のお飾りの部隊では彼の指揮について来れないだろう。


「ええ。もう少し待ちなさい。支度をしています。」


 当夜が自動車のエンジンを切って戻ると、テントの中からランプの明かりが薄らと白い布に声の主と思われる人影を映し出す。頭が大きく背丈の低そうな4頭身といった姿が連想されるその影に当夜は興味津々だった。何しろドワーフの女性という存在をイメージできない当夜にとってそれは未知との遭遇を意味しているのだから。


(やっぱり女性ドワーフも男性に似たような姿形なのかな。)

「なぁ、ライナー。やっぱり、」


「それ以上言うな。それだけ(立場)で判断されるのは嫌なんだ。」

(俺はこれまで通りの関係を望んでいるのだ。それ以上は聞かないでくれ。)


「そうは言うけど、」

(やっぱり女性の姿を詮索するのは良くないか。さすが、紳士だね。王族だからってのもあるだろうけど、ライナーの人となりってところか。)


「頼むっ。俺はライナーだ。お前たちの仲間のただのライナーだ。それでいいだろう。」


 ここにきて当夜は自身とライナーの会話がかみ合っていなかったことに気づく。同時に暗闇に慣れてきた当夜にはライナーの苦渋の表情が薄らとではあるが読むことができた。


「ん、んん? ああ、そっち。まぁ、フィルは当然知っていたとして、アリスはさほど気にしないだろうし。ただ、レムは相当ショック受けると思うな。」

(何をそんなに気にしているんだ。僕は異世界の王だの、何だのに興味ないし。ま、王族って言われればそう言う雰囲気を醸し出しているときが結構あったなぁ。もともと高位の貴族って印象だったし、別に驚くほどのところでもないかな。偉い人は偉い人でもライナーはライナーだからなぁ。)


 当夜が王族に抱ける評価は上級貴族よりちょっと上、いずれにしても興味の無い相手である。どちらかといえばライナーはそんな立場よりも仲間としての位置付けの方が大きい。そんなわけでこの世界における王族の本来の価値を大きく侮っている当夜は別段普段と変わりなく対応する。


「そうだな。だが、畏まられるのも嫌なんだ。せっかくできた友人だからな。今の関係が良いんだ。」


「ふ~ん。僕にとって優先されるのは仲間としてのライナーであることに変わりないけどね。」


「トーヤ...。」


 ライナーが当夜から顔を背けるように夜空を見上げる。星よりも強く輝く月があればさぞきれいにライナーの顔を流星が流れただろう。ガールドが小さく笑う声が聞こえる。二人の間に生まれたわずかな沈黙を少女の声が崩す。


「お待たせしました。」


 現れた女性は当夜の予想に反して8頭身を地で行くモデル顔負けの背格好であった。ドワーフの姫様の顔を拝むべく当夜が大きく上を見上げると、テントからこぼれるランプの光を屈折させて逆に当夜の正体を鋭く観察する当人の視線と衝突する。橙色の髪は強いウェーブを誇示しながらも均等に長い髪全体に行き届かせている。切れ長の目には磨き上げられた斜ヒューム石のような鮮やかでありながら透明感のある瞳が置かれている。唇は暗闇でもわかるほどに紅く、上がり気味の口角ともに勝気な性格を表している。鎧は銀のプレートアーマーに金の細かな装飾が至る所に施されている。中央には着ている者を象徴するかのように獅子と槌の紋章が大きく刻印されている。


「へぇ、美人さんなんだね。ドワーフの印象からは想像できないよ。」


 当夜が思わずと言った感じで賞賛の言葉を小さく呟く。近いとは言えど聞き取れるかどうか難しいほどの声であったが、レターニャは聞き逃すことは無かった。途端に顔色を険しいものに変えて当夜を指さすとおでこを数度つつく。


「むぅ、何なのですか、この子は? 失礼ではありませんか。私はれっきとしたかのドワーフ王の娘ですよ。」


「そうだぞ。これほど典型的なドワーフの娘はいないぞ。」


 当夜の意思に反してどうやら気に障る内容だったようでドワーフ2人組から非難の声が上がった。当夜は小さく失礼しましたと詫びの言葉を伝えるとライナーに確認を取る。


「ドワーフって、そこの騎士さんみたいな特徴って印象があるんだけど。」


「そりゃ、男はな。だが、女性はこのようなものだぞ。」


 ライナーが2人に愛想笑いを浮かべて当夜に対外的に厳しい顔を向ける。2人には当夜が注意されているように映ることだろう。


「世間知らずなガキは放っておきましょう。それよりライナー皇子、この度はお助けいただきありがとうございました。こんなところでは何ですから我が街へ急ぎましょう。」


 レターニャは真の命の恩人である当夜を軽視してライナーにお礼の言葉を贈る。当夜の目がすぅっと細まるのがわかったライナーは思わず当夜に目で合図を送る。非礼を許してあげてほしいと。


「姫、護衛兵に相当な被害が出ております。ここで一先ず負傷者を休ませ、動けるものに伝令を飛ばさせましょう。ライナー皇子の活躍の証拠である野党も連行しなければなりません。それでよろしいでしょうか、皆様?」


「むぅ。そのとおりでしたね。ガールド、私に異存はありませんよ。」


「俺も構わんぞ。もとより、明日の到着を予定していたからな。」

「右に同じ~。」


 ガールドの提案にその場の全員が同意する。一人子供のように拗ねた声を出す者がいたようだが。


「トーヤ、機嫌を直せ。彼女も不快な思いをしたんだ。これから外交を行わなければならん。少しこちらにあわせてくれ。」


 ライナーが治療に回る仲間たちの下へと戻る当夜に駆け寄ると両手を合わせながら頼み込む。彼からすればこのようなことで相手の気分を害し、せっかく恩を売ったにも関わらず心証を下げることを恐れたのが事実だ。なぜならこれから彼が背負わなければならないことは彼の国民の生活に大きな影響を与えるのだから。だが、当夜と言う存在も同じく重要である。いずれもが現国王から託されたクラレスレシアの未来を大きく左右する光なのだ。


「はぁ。ライナーの言うことならしょうがないね。貸し1だからね。今度何か奢ってよ。まったく以て僕は奢らされてばかりだからさ。」


「ああ。そうしよう。まったく年長者の俺が奢られ続けるのもつらいしな。」


 ライナーは当夜の見た目不相応の大人の対応に感謝の気持ちを抱きながらも当夜の軽口にあわせる。

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