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世界を渡る石  作者: 非常口
第5章 渡界5週目
193/325

到着前夜

(今日で3日か。もう少しで着きそうだな。それにしても、)


すぅすぅ


 助手席が板についたフィルネールが首を当夜側に傾けながら気持ちよさそうに寝息を立てている。後部座席でも一様に同じような光景が広がっている。二日前の喧騒はどこ吹く風、今やベットよりも心地よい座席を全開に倒してクーラーを貪る仲間たちの姿に当夜は苦笑するよりほか無かった。

 そう、彼らを包む世界は闇夜に染まっている。白く、青く星々が煌めく夜空は当夜が自宅から見たいかなる夜空よりも清んで見えた。さて、こんな時間にまで走る必要があるのか。それほどの急ぎの旅かと問われればその通りであるのだが、実際のところはそれが理由では無い。何しろここに至るまで数多くの旅行者や商人らとすれ違ってきたのだが、驚きのあまりか、すれ違う馬車からは武器を構えて怯える者や逃げ出す者が現る始末。その様子にレーテルが何気なくつぶやいた‘夜に動ければ良いのですが’という言葉を受けて現状に至る。もちろんカーナビに映る人の存在が近づくたびに車を止めて降りては収納という作業を繰り返すことで解決を図ることもできたのだが、そのたびに車に慣れてきたレムやライナー、アリスネルはうっとおしいと苛立っていた。当然、当夜も面倒くさいと思うところがあった。ゆえにすれ違う者たちがいない夜の走行が行われるようになったのである。


「この【ジドウシャ】という馬車は本当にすごいですね。こんなに暗い夜に移動を可能とするなんて。」


「あれ? フィル、起きていたんだ。」


 フィルネールはこの夜行自動車が始まって以来、ずっと隣でカーナビを見ながら助言や世間話をして当夜の退屈を紛らせていた。そこには当夜の疲労を見極めたり、寝不足を案ずる優しさが垣間見れた。そんな彼女も慣れない自動車や助手席という負担、当夜への気遣いが祟って眠ってしまったものと微笑ましく思っていたのだが、どうやら鋼の精神で睡魔の誘惑を蹴り飛ばしてきたようだった。


「ええ。つい心地よすぎて少し寝てしまったみたいです。ごめんなさい。」


「大丈夫だよ。ナビもあるし、寝ててもいいよ?」


 寝顔も可愛いし、と繋げようとしたが当人によってあえなく遮られる。


「大丈夫です。もうそろそろ到着ですね。【ジドウシャ】はこの辺りで止めた方がよろしいかと思います。見張りの兵が驚いてしまいますから。」


 フィルネールがカーナビに映し出された現在地と目的地の位置関係を確認しながら進言してくる。彼女が気にしているのは車のライトのことだ。街路灯も信号機も無いためにヘッドライトは上目、慣れない道なだけにブレーキは多様せざるを得ずブレーキランプが点滅を繰り返し、さらには律儀にウインカーを使う当夜の運転はさも生き物が感情を表しているかのように見えただろう。事実、車のライトを目撃したいくつかの野営では見張り役が人魂をみただの、大型魔獣が出ただのと騒ぎになっていた。

 そんな迷惑を振りまきながらも目的地に近づいた当夜は、車を街道脇の広場に止めて夜が明けるのを待つこととした。自動車に搭載された時計はすでに一日の長さが地球と異なるこの世界では時間の参考計測にしか用をなさない。夜明けまでの時間を問おうと横を振り返った時だった。フィルネールが当夜にしなだれかかってきた。どうやら一切眠ること無く走り続けた当夜にあわせるように助手席でサポートに徹してきた彼女も車での移動が終わりを告げたと判断した瞬間に緊張の意図が切れてしまったようだ。隙だらけの寝顔につい頬を緩めた当夜はそっと、彼女の髪を撫でる。

 エンジンを切る前に街への道のりを確認しようと当夜がカーナビに目を向けると、そこには青と赤が入り混じる慌ただしい区画があることが表示されていた。


「フィ、フィル。寝付いたところ悪いけど起きてくれないか?」


 見たこともないようなあどけない表情を浮かべるフィルネールを起こすことにためらいを覚えながらも当夜は意を決して声をかける。


「あっ、私、また、」


「いや、せっかく休めるようになったところで悪い。これをどう思う。」


「モンスター? いえ、この動き。野党ですね。襲われている側が不利のようです。どうします?」


「どのみち、この後、僕らも襲われる可能性があるだろうし、こっちから先制しよう。助けられるものなら助けてあげたいしね。」


「なら行きましょう。この【ジドウシャ】で突撃すればかなりの動揺を誘えるはずです。」


「マジで? しょうがない。みんな、戦闘だ! このまま突撃する。舌をかまないように気を付けろ!」

(頼むから車に傷つけないでくれよ。)


「ふぇっ?」

「な、何だと!?」

「何や~?」

「う、ううん?」


 寝惚け眼の後部座席組を置き去りにして、当夜はアクセルを力強く踏み込む。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 街道から少し離れた高台でその人物たちは休息をとっていた。ドワーフ王が誇る自慢の娘、レターニャ・レアール・リベラとその護衛兵たちである。今は視察と行軍訓練の最中である。娘に激甘な王は魔物のきわめて弱い街のそばに限り外出を許可したのだが、彼女の意向で現在は許可範囲外までその足を伸ばしていた。


「な、何事です!?」 


 それはあまりに突然だった。いくら足を伸ばしたと言っても所詮は街のすぐそばと護衛兵たちは油断して警戒を疎かにしていた。そこへ不意の強襲である。相手はそこそこ名のある盗賊団であった。護衛兵は多いと言えどもお飾りに近い者ばかり、人を殺すことに長けた屈強な男たちによって次々と凶刃に倒れていく。それでも王が無理やり押し付けた歴戦の騎士がギリギリのところで抑えていた。だが、それも数で勝る盗賊たちからすれば抜けない相手では無い。


「ひ、姫っ。お逃げください! 野党ですっ。時期に抜かれます。」


「や、野党!? どうしてこのような場所に。」


「おい、聞いたか?」

「ああ、姫様だってよ。こいつは良い金づるだ。金だけ巻き上げたら女としてどっかの国の貴族に売っちまおうぜ。」

「そりゃいい。」


 テント越しに聞こえる剣戟に混じって男たちの舌なめずりするような欲にかられた声が聞こえる。


「ひっ!?」


 レターニャの小さな悲鳴に応えるように男たちの足音の輪が狭まる。すでに顔所のいるテントは盗賊団に包囲されてしまったようだ。王直属の護衛兵であるガールドがテントを回りながら激しく威嚇する。すでに剣と剣の交わる音はほとんど聞き取れない。レターニャは覚悟を決める。自らののどに美しい細工の施された王直製のナイフをのどに当てる。


 盗賊たちが一斉に踏み込もうとしたその瞬間、遠くから轟音を立てて閃光猛々しく坂道を感じさせない力強さで駆けあがってくる巨大なゴーレムの姿がその場の者たちの目を奪った。それは布越しのレターニャでもわかるほど異様な存在であった。


「お、おい! 何なんだあの魔物はっ。」

「わかりやせんが、こっちに向かってきやすっ。親方、どうすりゃっ。」

「や、やべぇぞ。に、逃げろっ。」


 男たちが蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ去ろうとするがドアを開けて駆けだしたフィルネールによって足の腱を次々斬り倒されていく。ライナーもまた背を向ける盗賊を次々となぎ倒していく。アリスネルに至っては過去の経験からか盗賊を容赦なく魔法で血祭りに上げていく。レムとレーテルは倒れているドワーフたちを介抱していた。当夜はガールドに向かって足を進める。


「敵では無いのだな?」


 ガールドはヘッドライトの光によって真っ暗にしか映らないその相手に向かって敵味方の確認を行う。依然として剣の切っ先を向けたままなのは警戒を緩めていない証拠だろう。


「もちろんです。僕らはドワーフ王に謁見を願うクラレスレシア王国の使節団です。」


「おおっ。風の文は届いておりますぞ。しかし、到着が早すぎるのではありませんか?」


 当夜の答えに明らかに声を喜色に染めてガールド剣先を下に落とすが、文の到着と彼らの出現の日数の不釣合いに気づいたのか声を重たいものに変える。


「ええ、まぁ、こいつのおかげですかね。」


 当夜は苦笑いを浮かべながら後ろの車を指さす。


「そのゴーレムの力ですか。おかげで助かりましたが、」


「ゴーレムではなく、どちらかと言うと馬車ですけどね。」


 それは一体?と問いが続く前に当夜が答えを出す。もちろん一般人がこれを聞いただけで目の前の物体に納得できるはずも無いのだが、ガールドの前に更なる驚きを与える人物が登場したことで話は途切れる結果となった。


「お~い、トーヤ。こっちは粗方片付いたぞ。」


「ライナー、使節団の長は君だろ? 真っ先に敵に突撃しないでくれよ。」


「ラ、ライナー皇子ではありませんか!?」


 暗がりで良くは見えないもののガールドは王の間で幾度か見かけたことのあるライナーの登場に大きく驚くとともに安堵していた。だが、驚いたのはガールドだけではない。仲間である当夜もその一人であった。


「ライナー皇子?」

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